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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
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大都市アルカリス 落ちた者達

アパートの修繕工事がうるさくて集中できない今日この頃

(囲まれているな)


 貧民街でトリスは十数人の人に囲まれていた。ここの場所に案内をしてきた親方とリズは囲まれたことで驚き困惑している。トリスを陥れるために二人が画策したわけではないようだ。


「物取りの類か? 生憎だが俺は冒険者だ。無傷で金品が取れるとは思わない方がいいぞ」


 トリスは大声を上げて取り囲んでいる者達へ牽制した。トリスの声に取り囲んでいる者達は一瞬怯んだがその場から逃げだす者は一人もいなかった。


(さて、襲ってくるなら迎え撃つが親方やリズに怪我をさせたくない)


 トリスの刀を整備しているのは親方とリズだ。親方ほどの腕を持つ人間はこの都市にはいない。彼が怪我をしたりした場合はトリスにとってかなり不利益になる。後遺症をもたらした場合は目も当てられない。


(金品を渡してこの場は治めるか……)


「お、お前がトリスだな」

「!?」


 トリスがこの場を治める方法を考えていると一人の男がトリスの名前を呼んだ。


「……そうだ。俺に何か用事か?」

「せ、設計図を渡せ。お前が作ろうとしている時計の設計図だ」

「――おまえ、どこでその情報を聞いた?」

「いいから、黙って設計図を渡せ!」


 レプラ族から譲り受けた時計の設計図を知る物は少ない。流通の経路を委託したラロックと数月前に交渉をしたダグラスの元雇主。ダグラスの元雇主とは契約が破棄されているので、情報が洩れる可能性はあったがそれよりも身近な候補が一人いた。


「親方、どういうことだ?」


 トリスは隣にいる親方を睨んだ。トリスは親方に時計の制作をできる職人の当てがあるか尋ねていた。無論、仲介料や手数料を支払っているので口約束ではない。しかもこの場所に来たのは親方が職人を見つけ引き合わせるために招いたのだ。


「わ、わりぃ。どうやら俺の人選を誤ったようだ」


 親方が見つけた職人は落ちぶれて貧民街に身を寄せていたが腕は確かだった。親方も自分と同じようにやりがいのある仕事に就くことができれば立ち直ると思い時計制作の話を持ち掛けた。だが、職人は親方の誘いを受けるのではなく、他者に情報を流して利益を独占しようと考えたようだ。


「差し伸べられた手を掴むか、振りほどくか。それとも違う道を選ぶかは人それぞれだな。だが、顔も知らない他人に大事な設計図を渡せるほど俺はお人好しではない」


 トリスは刀を抜き臨戦態勢に入った。トリスが刀を抜いたことで周囲の空気が一気に重くなった。高位の冒険者は素人が数人で襲っても傷つけることはできない。日頃から魔物と戦闘しているため荒事にはなれているのだ。そのことはトリス達を囲んでいる者達も十分に判っているため、緊張感が周囲の空気を重くした。


 弓矢や石の投擲などを気にしながらトリスはこの場から離れることを選択した。ここで囲んでいる者を殺しても後始末が面倒なだけだからだ。トリスが逃走経路を探すために周囲の気配を探っていると新たな気配を感じた。


「お前達、武器を収めなさい!」


 大きな声ではないが意志の強さを感じさせる声だった。その声にいち早く反応したのはトリスに時計の設計図を渡すように要求した男だった。


「ロベルト様! どうしてここに」

「お前達がトリスさんを襲撃すると聞いて出向いたんだ。焦る気持ちは判るが人から奪った物で商売をしてもいつか破綻する。ここは私が謝罪するからお前達は家に帰りなさい」

「……判りました」


 トリスの視界からはロベルトの姿は見えないが声の感じからして初老の男性だ。謎の人物の介入によりトリス達を取り囲んでいた者達は武器を下ろして帰っていった。全員がこの場から立ち去ったことを確認すると謎の人物はトリス達の前に姿を現した。


 姿を見せたのは初老の男性だった。顔つきは温和で人に好かれる顔つきだ。だが、足が悪いのか杖をつき、子供達が男性が歩くのを補佐していた。


「はじめまして、私の名前はロベルトと言います。知り合いが御迷惑をお掛けしたようで誠に申し訳ございません」

「部下の管理はきちんとするのが上の役目だぞ」

「彼らは部下ではありません。私と彼らはここの住人で、私がここの相談役をしているだけです」

「相談役?」

「ここに住んでいる者は皆貧しく、日々の生活を送るのが精一杯です。そのため、心にゆとりがなく、争いごとが絶えません。私はその中断や相談などをしているうちにそう呼ばれるようになりました」

「なるほど、前市長のあなたなら適任と言うわけだ。この都市で生活していたとは思いもしなかった」


 ロベルトは自分の正体があっさり見破られたことに驚き、親方は思いもしない人物の登場にただ驚くだけだった。




「ここが私の家です。小さくて汚れていますがお入りください」


 トリスと親方はロベルトの家に案内された。リズはまたもめ事が起きると面倒なので先に家に帰した。ロベルト家は五階建ての一室で小さな台所、テーブル、そして奥にある寝室ととても小さな家だ。トリスと親方はテーブルに設置してある椅子に座った。


「お茶をお出ししたいのですが、ここにはお客様に出せるようなお茶はありません。これで我慢してください。貰い物ですが味は確かです」


 ロベルトは台所の奥から酒瓶を取り出してテーブルに置いた。酒瓶の中身は蜂蜜酒で蓋をあけると蜂蜜の香りが立ち込めた。


「ありがたい。俺は茶よりも酒がいい」


 親方はそう言うと早速ロベルトが出した酒を注ぎ始めた。親方は全員分の酒を注ぎ終えると早速飲み始めた。トリスはそんな親方の態度に苦笑しながら自分も蜂蜜酒に口をつけた。


「いい酒だ。蜂蜜を上手に発酵させてあって口当たりがいい」

「俺はもっと強い酒が好みだ。だが、これは女や酒の苦手な奴でもいけそうだ」

「ありがとうございます。作った職人に伝えておきます」


 ロベルトは嬉しそうに自分の酒を飲み始めた。


 ロベルト・マクレーン。七年前までアルカリスの市長をしており、市民から高い支持を得ていた人物だ。トリスはダールの過去を調べる際に当然、ロベルトのことも調べていた。彼の治政はこの都市だけでなく周辺の街や都市とも良好な関係を築けていた。ガゼルも今の市長であるダールよりも優れていたと嘆いていた。そんな彼が失脚したのは七年前に現れた巨大猪(ベヒモスボア)の襲撃だ。


 巨大猪(ベヒモスボア)の出現で一番被害が大きかった当時、市長だったロベルトはアルカリスにいなかった。近くに街や村に視察に行く名目で都市を離れたのだ。だが、巨大猪(ベヒモスボア)が現れる時期に視察に行くのは不自然だと周りが思い始め、被害の大きさも絡んでロベルトは巨大猪(ベヒモスボア)を予期していたから都市を離れたと言う噂がたった。


 ロベルトは噂を否定しようとしたが、都市に戻った際にあまりの被害の大きさに驚き復興の予算と指示だけを取りまとめて市長を辞任した。逃げるために都市を離れたのではないが、都市の一大事にいなかったことに責任を感じての辞任だった。


「トリスさんはどうして私が前市長だと知っていたのですか? 何処かでお会いしましたか?」

「俺がこの都市に来たのは半年前だ。なので直接あなたと会ったことはないが、この都市のことを調べているときにあなたのことを知った。あなたの容姿や名前についてはガゼル様からきいていた」

「ガゼル様……サリーシャの領主であるガゼル様ですか?」

「そうだ。ガゼル様は都市に来ているがお会いするか?」


 トリスはガゼルの近状をロベルトに話した。


「そうでしたか。ガゼル様は引退してご子息が後を継ぎましたか。ですが、私はお会いすることはできません。引退したとはいえガゼル様は貴族です。平民の私とは身分が違います」

「判った。もし、気が変わったら言ってくれ」

「お心遣い感謝します」

「さて、世間話はその辺にして本題に入ろうか。先ほどの連中の目的はなんだ?」


 今まで酒を飲んでいた親方が二人の話に入ってきた。親方としては紹介しようとした職人に裏切られ、面目を潰されかけたのだ。顔や態度には出していないがこの中で一番怒り心頭だった。


「お気付けかと思いますが先ほどお二人は襲うとしたのはここの住人達です。彼らはトリスさんがお持ちの時計の設計図を欲しいっています。理由は自分達で時計を量産し、販売したいからです」

「量産と販売? 伝手はあるのかい?」

「彼らは商人や職人です。親方が声をかけてくれた職人と同じようにある理由から職をおわれた者達です。彼らはもう一度元の生活に戻るために時計の設計図を欲しました」


 時計を作るだけでも様々な工程と部品が必要になる。量産をする場合は一人の職人で全ての工程を行うよりも部品別に作成する方が効率がいい。単純な箇所は経験の少ない者は初心者に任せ、重要な箇所は職人達が行う。また、時計は美術品としても売れる可能性があるので装飾に拘れば貴族や王族なども欲すと予想していた。


「時計の量産は大きな事業となります。この貧民街にいる大人や子供達に職を与えることができます」

「だから、設計図を奪おうとしたのか。しかし、なんでそんなことをする必要はなかっただろう。俺が旦那に職人を紹介するんだからそれが上手く行けば量産も請け負えるだろう」

「それは……」

「俺が冒険者だからだろう。ここにいる連中は冒険者を毛嫌いしている。もしくは信用していない。違うか?」

「仰るとおりです。ここに流れ着いた者の多くは冒険者に対して快く思っていない者が大勢います。冒険者やそれに関わる人達から迫害を受けてここに流れ着きました」


 アルカリスは良くも悪くも冒険者が中心の都市だ。冒険者を優遇することが多々ある。だからと言って一般市民に危害が及びことはあまりないが、上位の冒険者に嫌われて事業ができなくなった商人や職人は少なくはない。


「理由は判った。だが、武器を向けられた以上こちらは簡単にそちらを信用することはできない。悪いが今回の取引は遠慮させてもらう」

「不躾なお願いとは重々承知しています。謝罪が欲しいのであれば何度でも謝罪しますからどうか時計の制作を私達にお任せしていただけますか」


 ロベルトはそう言うと深々と頭を下げた。一緒に聞いていた親方は理由が判明したことで怒りは随分と収まり、ロベルトが謝罪したことでこの件は水に流そうとしていた。しかし、当事者のトリスが拒否してしまった。トリスは自分を襲うおうとした者を助けるほど酔狂ではない。


「旦那、俺からも頼む。こいつらにもう一度機会を与えてくれないか」

「……」


 親方としては同じ職人が困っているの助けたい思いがでてきた。親方の頼みを聞いてトリスは少し考えた。話自体は決して悪いことではない。試作品を作り終えたら量産することは考えていた。販売に関してもラロックの所だけでは手がたりない。ロベルトを責任者にして貧民街の人を従業員にすれば慈善事業にもなる。


「……慈善事業か。ロベルトさん、一つだけ正直に答えてください」

「なんでしょうか」

「ダール市長の慈善事業についてはあなたは知っているのか?」

「……はい。知っています。貧民街の子供達を救済する事業です」

「その慈善事業はあなたは支持しているか?」

「!?」


 トリスの質問にロベルトは胸が痛くなった。自分の後任人者が行っている悍ましい慈善事業を冒険者のトリスから指摘された。ロベルトは平静を装いながら答えるしかない。


「素晴らしいことだと思っています。貧民街の子供に働く場所と教育の場を設けて下さったのだから」

「私が訪ねたのは表向きの事業ではなく、裏の事業のことだ」

「ッ!」


 ロベルトは今度は平静を装うことができなかった。ダールが行っている事業の本質はロベルトも知っていた。ロベルトは知っていながらそれを止めるだけの力がないため放置していた。


「その様子だと知っているようだな。それを踏まえた上で答えろ。その慈善事業はあなたは支持しているか?」


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