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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
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大都市アルカリス 欲する者達

「あんた、甘い物が好物なのかい?」


 トリスはいつも利用しているパン屋の店主から声をかけられた。突然のことでトリスは少し困惑したが素直に頷いた。


「やっぱりそうだったか。あんたは気が付いてないかもしないが、俺はあんたの顔を覚えちまった。いつも大量に買ってくれて、うちにとってお得意様だよ」


 トリスはこのパン屋を週に一度の割合で訪れていた。ここのパン屋は先代から普通のパンの他に甘味パンが豊富に用意されており、ジャムやクリーム、バターを使った物から季節を限定とした果物を使ったパンが豊富に並んでいる。


 トリスは店に訪れると普通のパンと幾つかの甘味パンを購入していた。自分で食べるのは勿論、家にいる住人の分も買って帰るのでかなりの量を買っていた。


「最初は家族へのお土産だと思っていたが、いつも新作の甘味パンや季節限定のパンが出ると必ず購入するし、この前うちのパンを公園で食べているところを見かけたんだ。うちの看板商品の蜂蜜とバターが挟んであるパンをさ」


 トリスはこの店の看板商品である蜂蜜とバターが挟んである甘味パンを必ず購入していた。このパンは店主の父親である先代が考案したパンで、使用している蜂蜜とバターはこの店が独自のルートで取り寄せているため他の店では真似できない逸品だ。


「それであんたの名前はなんて言うんだ?」

「トリスだ」

「トリスさん、いつもうちのパンを買ってくれてありがとう。よければある人を紹介したいのだがいいかい?」

「紹介? 誰だ?」

「あんたと同じ甘い物好きな男達だ」


 店主はそう言うとある住所が書かれた紙をトリスに渡した。




 パン屋の店主に声をかけられた翌日。トリスはある場所に来ていた。そこは南区画にある小さな事務所だった。その事務所には看板はないため空いているのかと思われたが、中から人の気配がするので空いているのではないようだ。トリスは事務所のドアノッカーを叩いた。


「はい、今行きます」


 事務所の扉が開くと色白い男性が出てきた。トリスはパン屋の店主から紹介されて来たことを男に告げた。


「トリスさんですね。お待ちしていました。会長がお待ちしています」


 男はそう言うとトリスを事務所の中に入れ、会長が待っている応接室に案内した。


「会長。トリスさんがお見えになりました」

「通してくれ」


 男が応接室の扉を開いた。トリスは案内されるまま応接室に入ると驚きの人物がいた。


「始めまして。俺の名前はレディだ」


 応接室にいた男はアンチトードのリーダーであるレディだった。レディはその風貌と寡黙な一面から『沈黙の巨漢』と呼ばれ、冒険者の中で一番武勇が優れていると言われている。トリスは何かの策謀かと思い警戒した。


「そんなに警戒をしないでくれ。別にあんたと戦いたいわけじゃない。ここにいる俺はアンチトードのリーダーではなく、この事務所を管理する会長としてあんたと話がしたいんだ」

「会長として話がしたい? なんの会だ?」

「よくぞ聞いてくれた。俺が管理する会は『甘味を愛する男達の会』だ。発足して二十年以上も経つ由緒ある会だ」


 レディは大声でそう宣言すると満面の笑みを浮かべてトリスの手を掴んだ。


「トリスも甘い物だ好きなんだろ。是非この会の会員になってくれ!」


 トリスの前にいる巨漢の男は寡黙とは縁遠い存在だった。




「甘茶です」


 トリスを出迎えた色白の男はトリスとレディの分のお茶出しをして応接室から出て行った。トリスは出されたお茶を一口飲むと確かに甘茶だった。目の前に座るレディも美味しそうに甘茶を飲んでいる。先ほどレディは自分のことを甘党だと語ったことはどうやら嘘ではないようだ。


「レディが甘党なのはよく判った。俺をここに呼んだのはレディが管理する会に入会させたいからなのか?」

「そうだ。入ってくれるか?」

「入会する前に概要を教えてくれ。それと俺がどうして声をかけられたかの理由も話してくれ」

「失礼。少し先走りすぎた。俺が管理する『甘味を愛する男達の会』は読んで字のごとく、甘党の男達が集まる会だ。只集まるだけでなくアルカリスの甘味処を情報共有する場でもある」

「ただの甘党好きな集まりか?」

「その通りだ。俺達は甘い物が好きでそれをただ楽しみたいだけだ。だが、世の中は甘い物を食べる男は少数だ。特に冒険者は酒と刺激が強い食べ物を好む風潮がある。甘い物は子供や女性が食べる物で、男が食べる物だはないと言いきる者がいるほどだ。俺はそんな偏見に傷つく男達が気軽に甘い物が食べられるためにこの会を管理している」

「管理? 創設したのは別の誰かか?」

「そこに気が付くとは察しがいいな。俺は二代目会長だ。初代会長にして創設者は剣聖の名を持つイーラ・エーデだ」

「えっ!!」


 トリスはここ最近で一番驚いた。もしかしたらアルカリスに来て一番驚いたのかもしれない。親友であるイーラがまさかこんな会を設立していたとは知らなかった。


「驚くのも無理はない。初代会長のことを聞くと皆驚く。あの伝説の英雄が甘党だとは誰も思うまい」

(いや、イーラが甘党なのに驚いたわけじゃない。あいつは甘党なのは出会ったときから知っていた)


 イーラ始めて会ってから数日後、イーラと食事をした際にトリスは何げなく甘い物を購入した。トリスは口直しに購入した甘い物を食べているとイーラが羨ましそうに見ていた。イーラの分も注文に彼に渡すと嬉しそうに食べていた。


 トリスは故郷は果物が名産であるため、先ほどレディが言ったような偏見を持つ物は少ない。トリスも幼い頃から甘い物を口にしていたので甘い物は好物だった。しかし、イーラは首都で育ったためにその偏見に悩んでいた。甘い物を注文することや購入することが恥ずかしいと感じていた。


 イーラと出会ってからトリスはアルカリスにある甘味処を巡っていた。店で食べるのはイーラが気恥ずかしいため、トリスが各店をまわって甘い物を購入していた。購入した甘い物はトリスが借りていた部屋に持ち帰りイーラと食べていた。


「俺が会長に声をかけられたのは二十年以上も前のことだ。その頃の俺は駆け出しの冒険者だった。この体格のおかげでそこそこ稼げていたが、その反面甘い物を買うのは恥ずかしくいつも店の前にある甘い食べ物を眺めるだけだった。そんなとき会長に声をかけられた。会長は俺が甘党だと一目で見抜き誘ってくれた。あの時は嬉しかった。俺と同じ嗜好を持つ人がいたことに感動した」

(そう言えば家族や婚約者にも打ち明けられないと言っていたな。だからこんな会を作ったのか……。本人達にとっては真剣な悩みだったんだなぁ)

「俺に声をかけたときに会は既に創設され、そのときの会員は俺を除いて五名しかいなかった。だが、その後の地道な活動で今や百人を超える人材が集まった。人種や身分に関係なく『甘い物が好き』と言う男達が集い、共に食し、語り合い、ときに情報を交換し合うのがこの会だ!」

「それで俺に声をかけた理由はなんだ?」

「トリスは甘い物が好きだろ。それが声をかけた理由だ。トリスがよく利用しているパン屋は俺達の中でも上位に位置するオススメの店だ。店長とも懇意にしていて店長からトリスのことを聞き是非入会して欲しいと思った」

「遠慮しておくよ。俺は甘い物は好きだがレディ達ほどの情熱はないよ」

「情熱がないだと。じゃあどうして毎週パン屋で甘味パンを買う。大量に買うのは一人分だと恥ずかしいからわざと大量に買って土産として装っているのだろう!」

「いや、普通に一人分買えるし、前は自分の分しか買っていない」

「なん、だと」


 トリスはアルカリスに来た頃は自分の分しか購入していなかった。大量に買うようになったのは家で食べているとクレア達が羨ましそうに見るからだ。その頃のクレア達はまだ嗜好品に手をだす余裕がなく眺めることしかできなかった。週に一度くらいは甘い物で皆を労うのもいいかと思いそれからは大量に購入していた。


「お前は一人で買うのが恥ずかしくないのか」

「普通に買えるぞ。むしろ人目を気にしたことがない」

「冒険者なのにか!」

「ああ、そうだ」

「何という鋼の精神だ」

「いや、価値観の違いだと思うぞ」

「まるで、伝説の甘味者だ」

「なんだそれは?」

「イーラの亡き友のことだ。イーラも甘い物を購入するのが恥ずかしかった。イーラも俺も体格はいいから周囲の目が気になっていた。甘い物を買うのには勇気が必要だった。だからイーラや俺は代理人をたてた。先ほど案内した男がイーラが見つけた代理人だ。イーラは金を払って彼を雇い、この事務所の管理と甘味物の購入を頼んでいる。イーラ亡き後は会長職と一緒に俺が引き継いだ。俺はイーラの意思と自分の利益のために金を払ってこの事務所の管理と購入の代理人として雇っている。だが、雇った男も甘党だが購入するのはやはり恥ずかしいようだ。あいつも自ら率先して買う勇気がない。大量に買うことで金持ちの執事を装っているんだ」

「じゃあ、伝説の甘味者っていうのは……」

「伝説の甘味者は自分が欲しいと思った甘味を躊躇なく購入する。イーラから金を受け取っていたがそれは商品の金額だけだ。自分が買うついでだと言ってイーラの分を買ってくるし、率先して甘味処を探して購入してくる。まさに甘党の鑑のような男だ」

(イーラの奴はそこまで甘い物を買うのに抵抗があったのか……)


 友人の意外な一面を知ってトリスは複雑な気分だった。もしかして自分はイーラに利用されていたのかと邪推してしまう。


「伝説の甘味者は都合のいい小間使いがいたってことか?」

「トリスよ、それは違うぞ。確かにイーラは自分で購入することができなかったが友を都合のいい小間使いとは思っていない。イーラは友のことを人として好きだったし親友だと思っていた。リューグナーの仲間よりも信頼していたところがあったと言っていた程だ」

「……それは悪かった。失言だった。許してくれ」

「謝罪を受け入れよう。そして、入会も受け入れよう」

「だから入会はしない」

「何故だ。一緒にアルカリスの甘味処を制覇しようではないか!」

「いや、普通に出来るし、入会しても俺に利益もない」

「うまい甘味処を教えるぞ!」

「それを自分で探すのが楽しいのだが……」

「じゃあ、裏メニューや隠れた甘味処を教える」

「――それは惹かれるな」

「では、入会してくれ。正直冒険者の会員が少ないんだ」

「やはり少ないのか?」

「冒険者の会員は十人にも満たない。さっきも言ったが冒険者は酒や刺激が強い食べ物を好む風潮がある。甘い物を好きな奴は多いと思うが周りの目を気にして隠してしまう。大々的に言えば嘲笑されてしまう」

「お前が甘党だと言えば宣伝すればいい。冒険者で一番強い男が甘党だとしれば大勢が

気にしなくなるかもしれない」

「そうしたいのだが、もし何も変わらなかったときが怖い……」


 レディは小さく呟きながら縮こまってしまった。イーラも似たようなことで悩んでいとことをトリスは思い出した。甘い物が好きなくせにそれを他人に言うことができず悩んでいた。トリスは甘い物は酒や煙草といった嗜好品だと思っているのでその感覚は判らない。そもそも人目を気にしていたら冒険者という危険な職業はできないと思っていた。


(うちにいる女性は甘い物が大好きだ。ジャムは蜂蜜などはすぐに無くなってしまう。だが、ダグラスやザックが甘い物を食べているところはあまり見ないな。今度聞いてみるか)


 トリスはそんなことを考えながらそろそろ帰ることにした。このままここにいても入会を進められるだけなので、一先ず保留にすることにした。


「判った。入会はまだしないが暇なときや何かあったときは連絡する。同じ甘党として情報交換くらいはするさ」

「本当か?」

「だから今日のところは帰らせてもらう」


 トリスはそう言って席を立とうとするとレディは最後にある情報を訪ねてきた。その表情は先ほどまで談笑していたとは思えないほど真剣だった。


「知っていたら教えて欲しいのだが『赤い実の果実』を知っているか?」

「林檎か苺のことだろ?」

「違う『塔』で生息している果実のことだ。赤い実と言うことしか判っていない」

「赤い実の果実か……。知らないな」

「もし、情報を掴んだら連絡して欲しい」

「なぜだ?」

「理由を話すと長くなるから次の機会に話す」

「判った。何か情報を掴んだら教えるよ」


 トリスはそのままレディの事務所を後にした。それにしても『沈黙の巨漢』と恐れられている冒険者のレディがこれほど饒舌に話すとは意外とだと思った。しかもイーラと同じ甘党とは思いもしなかった。冒険者とは関係のないところに友人の軌跡があったことにトリスは嬉しかった。


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