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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
125/140

大都市アルカリス 求める者達

「子種を下さい!」


 アルフェルトはトリスを訪ねてくるなりとんでもない発言をした。後ろに従者として付き添いできているリーシアや双子のルーラ、レベッカもアルフェルトの発言を聞いて顔が引きつらせていた。


 初秋のある日、リーシアからトリス宛てに手紙が届いた。手紙の内容はバエル王国の内乱の後始末が終わったので近々挨拶をしに来るという内容だった。


 リーシア達は内乱の所為で異国に疎開してきた。その内乱が収まったのでルーラやレベッカ、それにロバートを連れ戻し、お世話になったラロックに挨拶するために戻ってきたのだ思われた。しかし、実際に会ってみるとそうではなかった。




 リーシアの手紙が届いた数日後、トリスの家にリーシアと双子のルーラ、レベッカともう一人の人物が訪れた。その人物はバエル王国の王族であるアルフェルトだった。アルフェルトは以前のような男装ではなく、仕立ての良い淡い緑のエンパイア・ドレスを着ていた。


「お久しぶりです」

「「「お久しぶりです。ロバートがお世話になっております」」」


 アルフェルトはトリスに一礼をして挨拶をし、それに続きリーシア達も挨拶した。トリスも挨拶を返したがどうしてアルフェルトまでここに来たのかが疑問だった。


「久しいな。今更敬語を使うのは面倒だから今まで通り話させて貰うぞ」

「はい、それで構いません」

「それで今日はどういった用事だ。リーシアからの手紙では内乱の後始末は終わったと書いてあったから観光か?」

「いいえ、違います。もっと大切な用事です」

「大切な用事?」

「はい、トリスさんの子種をください」

「…………なんだと」

「子種をください!」


 アルフェルトが予想外の台詞に冗談かと思ったが、目を輝かせているアルフェルトと後ろで控えているリーシア、ルーラ、レベッカの引きつった顔を見るかぎり冗談ではないようだ。


「冗談ではないようだな。だが、どうして俺がお前の子作りに協力する必要があるのだ?」

「今回の内乱で次の国王の候補がいなくなりました。私が王女だと公表したので王位継承権は返上しました。父はまだ三十後半なので暫くは問題ありませんが後継者がいないというのは致命的です。一刻も早く王族である私が次の世継ぎを作る必要があります」


 アルフェルトがバエル王国の危機をトリスに語るが、実際にアルフェルトの兄がいるため後継者の問題はそこまで深刻ではなかった。


 アルフェルトの兄は反乱軍の旗印となったので王位継承権はないが、王族の血筋だと言うだけで生かされている。国政には一切関わることはできず血を絶やさないことのために処刑をされず国王の目の届く場所に幽閉されていた。


「それなら自国の貴族や国政関係者と婚約すればいいだろ、国のためにと言うならその方が有益だ」

「私もそう思っていたのですが、私の夫になったとしても次の王位に就ける訳ではありません。私が産んだ男児のみに王位継承権が与えられるのです」

「アルフェルトが男児を産むことができなければその責任のシワ寄せは夫にくるのか?」

「全てが夫の所為になることはありませんがある程度の非難は受けると思います」

「王にもなれず、避難の対象になると普通の貴族や国政関係者にとってアルフェルトの結婚は勝ち目の低い博打だな」

「はい、それに内乱のときに行った演説の所為で私は『神の巫女』や『神託の王女』と言う異名を得てしまいました。その異名から私を蔑ろにした場合、神罰によって裁かれると言うありもしない噂が流れてしまい、他国の人も敬遠しているようです」

「それで事情を全て知っている俺のところに来たのか?」

「はい、トリスさんは全ての事情を知っていますから受け入れて貰えると判断しました」

「平民の俺の血を王族に入れてどうする。周りが反対するだろう」

「大丈夫です。トリスさんの名前は広まっていませんが、反乱軍の遊撃部隊を殲滅した影の英雄として認められています。国王の信頼を得ている臣下として認識されています。トリスさんとの子供なら誰も反対できません」


 アルフェルトとそう言うとトリスの横に座りしなだれる。トリスを籠絡しようと仕掛けた。しかし、トリスの反応は淡泊だった。


「誘惑するならもっと女を磨いてからにしろ」

「えっ! 私は魅力ないですか?」


 トリスの率直な意見にアルフェルトは驚いた。トリスを誘惑しようとするが、トリスは気にもとめなかった。


「残念だが、うちの使用人の方が魅力的だ。出直してこい」

「!!」


 トリスはそう言うと部屋の隅で待機していたフレイヤに目を向けた。突然自分に視線が向けられフレイヤは驚いた。フレイヤはお茶や茶菓子の用意をするため部屋に待機していたが、トリス達の会話はバエル王国の言葉なので話の内容は理解していなかった。


「あの人はトリスさんの使用人ですか?」

「ああ、そうだ。()()()()()()()()()()()()()


 トリスは敢えて含みのある言い方をしてアルフェルトを煽った。アルフェルトは自分の魅力とフレイヤの魅力を比較するためにフレイヤに近づいた。


「チョット、失礼シマス。身体ヲ触リマス」

「えっ!」


 アルフェルトは大陸の言葉でフレイヤに話し掛け、フレイヤの返事を待たずに身体を触り始めた。


「えっ、えっ、何ですか? どうして身体を触ってくるのですか?」


 フレイヤは抵抗しようとするが、トリスの客人に失礼なことはできないので思いとどまった。アルフェルトはそれを了承と捉えたのか髪の毛から指の先まで触りは始め、そして絶望した。


「あ、あり得ない」


 フレイヤを一通り触り終えるとアルフェルトは絶望した。フレイヤの身体はアルフェルトが想像していたモノと違っていた。ゆったりとした服で着痩せしているように見えたが実際は女性としての魅力が詰まっていた。


 髪は柔らかく触り心地がいい。顔も整っており美人だ。胸は張りがあってアルフェルトよりも大きい。それなのに腰はアルフェルトと同じくらいに細く、下半身も締まっていてとても魅力的だ。そして、肌の質感はアルフェルトすら魅了されそうなほどだった。同じ女性として敗北を感じてしまった。


「どうして。同じ女性なのに敵わない……」


 王族であるアルフェルトの肌は一般人に比べると綺麗だ。しかし、フレイヤの肌はそれを上間っていた。理由はトリスの家に設置されている風呂にあった。年中温暖なバエル王国では風呂と言う習慣がない。汚れや汗を流すときは沐浴だ。


 それに対してトリスの家では毎日風呂を沸かす。水を張るのも水を温めることも全て魔術道具が行っているので人の労力がかからないので毎日風呂に入る習慣ができた。


 また、風呂好きの朔夜がきたことで風呂に果物や薬草を入れることが多くなり、それに比例して住人達の肌に影響を与えていた。


「どうすればこんなに綺麗な肌になるのですか? 教えて下さい」

「あの、どうされたのですか?」


 気が動転してバエル王国の言葉で話し掛けるアルフェルトの言葉をフレイヤは理解できず困惑するしかなかった。




「アルフェルト様、もう少し慎みを持った方がいいと思います。いきなり子種が欲しいと言われた相手は引きます」

「そうですよ。男性は清楚な女性を好まれる傾向があります」

「でも、積極性があまりないのも問題なのでその辺の駆け引きを覚えましょう!」


 リーシアの言葉にルーラとレベッカが賛同しながらアルフェルトに助言を与えた。フレイヤの身体にすっかり意気消沈してしまったアルフェルトを何とかトリスの家から連れ出し、三人は帰りの馬車の中でアルフェルトを励ました。


「慎みを持ったとしてもあの肌の質感を手に入れることはできません……」

「それはご安心ください。肌が綺麗になる秘訣を聞いてきました」

「レベッカ、それは本当なの?」

「はい、ロバートに家の生活を聞いたところあの家の住人は毎日お風呂にはいっています」

「お風呂? 湯で身体を温めるお風呂ですか?」

「寝る前にお風呂に入ると身体の血行が良くなって肌が綺麗になります。さらに眠りが深くなり疲れもとれて美容に最適なんです」

「あとはお風呂に薬草や果物を入れると効果が上がり、お風呂の後にオイルを塗ってマッサージをすれば更にいいそうです」

「本当ですか!」

「はい、私達もお付き合いしますから試してみましょう」


 レベッカやルーラの話を聞いたアルフェルトは元気を取り戻した。今回はトリスを籠絡させることはできなかったが、いつか彼の子供を身籠もるために女を磨く努力をする決意をした。


 アルフェルトがトリスを子種を必要とするの三つの理由がある。一つ目はトリスに説明したとおり王位継承者を産むため。これは王族の義務であるためバエル王国の意向だ。二つ目はトリスとの縁を切らないため。これは国王のボルフェルトの意向だ。アルフェルトがトリスの子供を作りトリスとの縁を結びバエル王国との友好な関係を結ぶためだ。


 そして、最後の三つ目はアルフェルト自身の願望だ。アルフェルトとトリスと行動をしていくうちに惹かれ男としてトリスを見るようになっていた。父親よりも年上の相手だがアルフェルトにとってそんなことは些末なことだ。王族や貴族にとって歳の離れた結婚は当たり前だった。


 内乱が終わってからアルフェルトはトリスに気に入られるよう女を磨いた。髪も整え肌を磨き女性らしくい振る舞いを身に付けた。そして、久しぶりに会ったトリスに女らしい自分を披露し、誘惑しようと考えていた。しかし、トリスの側には強敵が存在していた。


 フレイヤについてはリーシアから事前に聞いてはいたがあれ程の逸材だとは思わなかった。一児の母と言うことも知っていたので若い自分の方が有利だと思っていた。だが、フレイヤは一児の母とは思えないほど身体は瑞々しい。それに加えて元娼婦という閨の特技まであるので今のアルフェルトでは太刀打ちできない。小兎が女豹に挑むようなものだ。


 アルフェルト自分の未熟さを悟り今日のところは引き下がることにした。しかし、今一度女を磨きフレイヤに敵わなくてもトリスに見惚れるくらいの女になることを誓った。幸いなことにトリスを籠絡させるために外交官として暫くはこのアルカリスに留まる予定だ。リーシア達もアルフェルトの護衛兼補佐役として付き添うことになったのでアルフェルトを支えていくことを約束した。




「トリスさん、結婚するのですか?」


 全員がそろった夕食でベネットが突然そんなことをトリスに訪ねてきた。トリスは食事の手を一旦止めるだけだったが他の皆は違った。食器をひっくり返す者。持っていたグラスを床に落とす者。驚きのあまり硬直してしまった者など多種多様だった。


「昼間の話が聞こえたのか?」

「すいません。部屋の前を通ったときに偶然聞こえてしまいました」

「そうか……」


 トリスはそう言うと少し考え込んだ。ベネットはバエル王国の言葉を習っているが完全に理解しているわけではない。アルフェルトの言葉を少し誤解して認識したようだ。


 実際にアルフェルトは結婚ではなく子作りに協力しろと言う内容だ。それを素直にベネットに伝えるべきか考え込んでいると事情を知らない周りは邪推をしてしまう。特にフレイヤはアルフェルトの奇行の所為で余計に混乱していた。


(トリスさんが結婚! あの場ではそのようなことを話していたのですか! アルフェルトさんが私の身体を触ってきたのはトリスさんの子供も妊娠していないか確かめるため? 奥様になるから他の女に子供がいないか確認したの? でも、その後は落ち込んでいたのはどう言うこと? ………………それよりもトリスさんが結婚するならここを出ていかなければいけないのかしら。それは少し嫌……って私は使用人なのにそんなこと言う権利はない……けれどここでの生活は充実しているからできればこのまま雇って欲しい……)


 フレイヤの思考は時間に経つに連れて暴走していった。普段ならそんなフレイヤをローザが気を利かせてたしなめるがローザもトリスの結婚の話を聞いて混乱していた。


「アルフェルトが今日来たのは結婚の話ではない。この都市に滞在する挨拶と依頼料に関する話し合いだ」

「そうなんですか?」

「ああ、『この都市で暮らすと言う言葉』を『一緒に暮らす』とベネットは聞き間違え結婚と認識したようだ。バエル王国の言葉で結婚と言う言葉はこう発音する」


 トリスは結婚に関する幾つかの言葉をベネットは聞かせた。確かにアルフェルトとの会話でトリスが教えてくれた言葉は言ってなかった。


「ごめんなさい。私の勘違いでした」

「いや、異国の言葉を正確に捉えるのは難しい。だが、近い言葉を認識できたのはいいことだ。今後も勉学に励めよ」

「はい」


 トリスの結婚の話はベネットの勘違いで終わったが、一部の人達には心に痼りが残る話題だった。

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