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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
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大都市アルカリス 惹かれ合う者達

「どうです。こうすれば飛行魔術が簡単に使えるようになるんです」


 ベルセールはトリスとフェリスに自身が編み出した飛行魔術を披露していた。飛行魔術は理論的には可能とされているが、飛行魔術は成功させるには複雑な魔力制御と膨大な魔力が必要とされている。


 風の魔術には浮遊魔術があり人を浮かせることは可能だ。飛行魔術はそれを更に発展させ鳥のように自由自在に飛行する魔術だ。人を長時間浮かせるには膨大な魔力が必要になりその魔力を制御するための術の構築や維持に多くの魔術師が挫折した。そのため飛行魔術は机上の空論とされていた。


「飛行魔術を風の魔術だけで行うのは私では無理でした。でも、最近発表された魔術論文の中に『重力』と言う土の魔術で干渉できる新たな発見がありました。『重力』は物体が地面に引き寄せられる力で物が地面に落ちるのはその影響だと論文に書いてありました」

「ベルセールさんはその『重力』を制御して飛行魔術を成功させたのですか?」

「違います。確か『重力』に干渉する魔術を使用していますがそれだけでは浮遊魔術と一緒です。物が浮くだけで自由自在に飛ぶことはできません」

「土の魔術で『重力』に干渉して浮き上がり、風の魔術で移動を行う……。二つの魔術を行使する必要があるが補助道具を使えばその問題は解決する。『重力』を軽減させるのは護符(アミュレット)で行い、移動に関する魔術は使用者が行っているのか?」

「はい、トリスさんの言う通りです。護符(アミュレット)で『重力』に干渉して移動は術者が行います。飛行するには少し訓練が必要になりますが慣れれば簡単です」


 ベルセールは嬉しそうに自分が編み出した飛行魔術をフェリスとトリスに説明した。ベルセールの方法は確かに従来の方法よりも簡略化されており、訓練をした魔術師なら誰にでも扱えるようになっていた。試しにフェリスが術を使ってみるとベルセールほどではないが飛行魔術を使うことができた。


「少し緊張しましましたが、何とか成功しました」

「大空を飛ぶのは楽しかったか?」

「はい、とても気持ち良くて楽しかったです。トリスさんも試してみますか?」

「俺は遠慮しておく。それよりも次の課題としては速度が増したときの風の抵抗と術に使う護符(アミュレット)だな」


 ベルセールが用意した護符(アミュレット)はペンダントのような人が身に付ける装飾品などではなく、戦士が使用する大楯(グレートシールド)だ。人の背丈の半分近くもある大楯(グレートシールド)には鉄と一緒に魔鉱石が混合された逸品だ。


「人を浮かせるほどの魔力を常時発動させるには小さい装飾品では耐久力がありませんでした。子供が冬に遊ぶソリを参考にして、中古で売っていた大楯(グレートシールド)で試したら上手くいきました。ですが、大きすぎて持ち運びには不便ですよね」

「浮遊魔術が発動しているから重さは気にならないが、冒険に持ち歩くには邪魔だな」

「それに魔力を循環させる必要があるため、鉄に魔鉱石を混ぜる必要があります。魔鉱石が混合した武器、防具は値段が高いのでそこも改善が必要です」


 ベルセールの飛行魔術はよくできている。護符(アミュレット)の問題点さえ改善できれば一般の魔術師に普及できるほどだ。ベルセール、トリス、フェリスが護符(アミュレット)の問題点を上げていき改善点を模索し始めた。


 人が乗る程度なら大楯(グレートシールド)ほどの大きさは必要ない。人の重さ程度ならソリのような木の板でも問題はないが、木の板や鉄の板では魔力が上手く循環できない。一般的に物に魔力を循環させたい場合は魔鉱石の粉末状にして混ぜ込む。鉄なら溶かして加工する際に混ぜ込むことはできるが木ではそのような加工はできない。また、魔鉱石を粉末にして混ぜるにはかなりの加工技術が必要になるので値段も高騰してしまう。


 ベルセールが用意した大楯(グレートシールド)は魔鉱石が混ぜられているが傷が多く、盾としては限界が近かったため安く売られていた。今は実験用に使用しているので問題はないが、冒険に使用するには大きすぎし防具として使えなかった。


「魔術師が使用するから杖の形状が理想ですね。杖の大きさなら人が乗っても問題はないですし……」

「でも、一般の杖は木を削って作るから魔力を循環させるのが難しいよ」

「杖の両先端と中央に魔鉱石を埋め込んで循環させるのはどうですか?」

「加工する手間が増えるし強度も落ちる可能性があるよ。魔術師にとって杖は長く使う物だからなるべく強度は高い方がいいと思う」

「思い切って鉄で杖を作りますか!」

「鉄の杖を振り回せるほどの腕力が必要になるよ。他の術を使うときは杖の浮遊魔術を切らないと術同士が干渉して何が起きるか判らないよ……」


 ベルセールとフェリスは互いに実現可能な提案を行うが妙案は浮かばない。会話に入らないトリスは護符(アミュレット)に記述されている魔術刻印を観察し別な構想を行っていた。


「飛行魔術は使うにはやはり杖に魔鉱石を埋め込むのが理想ですか……」

「ちょっといいか? 試したいことがあるから協力してくれ」


 フェリスの言葉を遮りトリスはそう言うと自分の魔導鞄(マジックバック)から木片と魔鉱石を取り出した。木片は四角い角材で長さは人間の背丈ほどあった。トリスは取り出した木片を地面に置き魔鉱石を加工し始めた。


「ベルセール、『重力』を制御する魔術刻印はこれでいいのか?」

「は、はい。全体的な構築は合っていますが細かいところに抜けがあります。こことこの場所。それとここです」

「判った」

「…………トリスさんは本当に剣士なのですか? 魔術師以上に魔術に詳しくて魔術刻印もできる剣士なんて聞いたことありませんよ」

「剣は我流だが小さい頃から触っていた。魔術よりも剣を触っていた時間の方が長いし、剣術の方が魔術よりも得意だ」

「剣士なのに魔術を習ったのですか?」

「生きるために必要だったから学んだ。それに魔術に関しては剣術とは違って師匠がいた。師匠は魔術のことは一通り教えてくれたから俺でも魔術を扱えるようになった」

「お師匠様が魔術師? 剣士のお師匠様が魔術師なんて物語みたいですね」

「…………確かに魔術師の弟子が剣士なんて子供が好きそうな話だな」


 ベルセールのたわいもない質問に答えながらトリスは魔鉱石に魔術刻印を刻みできあがった魔鉱石を木片の端に組み込んだ。トリスは新たに作成した護符(アミュレット)をベルセールに渡した。


「これを使って飛行魔術を試してくれ」

「この角材の上に立つのですか? ちょっと怖いです」

「乗る必要はない。跨がるか横に座るような感じでいい」


 ベルセールは護符(アミュレット)をトリスから受け取ると横座りして飛行魔術を使用した。起動した護符(アミュレット)はベルセールの乗せゆっくりと浮上したいった。


「わっわっわっ、思った以上に魔力の循環がスムーズです。私が作った護符(アミュレット)よりも使いやすいです」

「そうか、暫く使用してみてくれ」

「はい」


 最初は恐る恐る操作していたベルセールだったが、思った以上に護符(アミュレット)が使いやすかった。使い始めてすぐに大空を縦横無尽に飛び始めた。


「トリスさん、木材なのにどうしてあんなに魔力の循環がいいのですか?」

「あの木材は特別な物で魔鉱石を含んだ鉄よりも魔力の循環がいいんだ」

「そんな木材が存在するのですか?」

「一般的には出回っていない木材だ。家や家具を作るのには適さないから流通されていない。普段は見向きもされない木だが魔術用の杖ならこれ以上に適した材木はない」

「どんな品種なのですか?」

「バエル王国原産のコバモトの木だ」

「バエル王国ってトリスさんがこの間まで行っていた島国ですよね!」

「そうだ。大陸にあるコバモトの木では駄目だが、バエル王国のある領地で育ったコバモトの木は他で育った同種の木とは違い魔力の循環にもっとも適している」

「だから、トリスはバエル王国に行ったのですか?」

「主な理由の一つではあったな。あの木材は打撃用の武器としても適しているから杖の他にも練習用の木剣や根に使える」

「練習用って『身体強化の魔術』の練習用ですか?」

「そうだ。クレア達が武器の強化をするときに今の武器だとまず無理だ。普通の鉄や鋼に魔力を流し込むのはある程度の経験が必要になる。魔鉱石を練り込んだ武器が良いのだがお前達の予算では買えないだろ?」

「無理です……」


 フェリスは自分達の稼ぎの少ないことに恥ずかしく思うが、それ以上にトリスの気遣いが嬉しかった。自分達のために練習用の材料を用意してくれていたに心の中で感謝をし、家に帰ったら全員でお礼を言うことを決めた。




「戻りました!」


 飛行魔術を試していたベルセールがトリス達の元に戻ってきた。ベルセールは魔力が尽きかけているのか疲労感が顔に出ていた。しかし、大空を自由に飛べたことで大いに満足していた。


「トリスさん、あの木材は凄いです。大楯(グレートシールド)護符(アミュレット)よりもずっと使いやすくて、それに軽いから魔力の消費も少ないです」

「そうか、ならあの木材は譲るから自由に使ってくれ」

「いいんですか? 高価な品じゃないんですか?」

「大丈夫だ。まだ持っているしなくなったら取り寄せることもできる。その代わりに俺やフェリスが飛行魔術を使うのを許可してくれ」

「勿論いいですよ。元々そのつもりでしたから」


 ベルセールはトリスから貰った木材を嬉しそうに抱きしめ、さっそく杖に加工する算段を立て始めた。


「ベルセール、杖を加工できる職人に心当たりはあるのか?」

「あっ、そう言えば知りません。私ったら浮かれすぎて肝心なことを見落としていました……」

「なら、木材を加工できる店を知っているからフェリスと一緒に行くといい」

「えっ、僕も一緒に行くのですか?」

「フェリスの杖も作る必要があるだろ?」

「そうですけど……」


 フェリスはベルセールと一緒に買物に行くことに思わず赤面してしまった。フェリスはベルセールを異性として意識していた。クレアやエル、ナルとは気が合うがあくまで仲間(パーティー)としてだ。異性として気になっているいるのはベルセールだった。そして、ベルセールもフェリスを異性として意識していた。トリスの言葉に胸が高鳴り思わず俯いてしまった。


 二人は出会ったときから惹かれており、魔術師と言う共通点から魔術の勉強会と言う名目で何度か合っていた。名目上は勉強会なので落ち合う場所は冒険者組合(ギルド)の資料室だったり、魔術に関連の図書館だったりと色恋沙汰とは無縁の場所だった。しかし、今回は杖を加工するとはいえ、二人は街を一緒に歩くことになった。二人は今まで以上に互いを意識してしまった。


「これが、店の名前と住所だ。店主の腕に問題はないと思うが気に入らなければ別の店に頼んでもいい」

「「あ、ありがとうございます」」


 二人はトリスから店の名前が書かれた紙を受け取り、店に行く日と時間を相談し始めた。トリスはこれ以上は二人の邪魔になると思い先に帰ることを二人に告げて別れた。


 トリスは二人の思いについては薄々感づいている。トリスにとって二人は敵の娘と恩人の血縁者と言う対極に位置する存在だった。そのため、二人を祝福することも引き裂くこともしない。二人が今後どのように結びつくか黙って見守るだけだった。


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