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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
123/140

大都市アルカリス 挑む者達

諸事情により投稿は本日となりました。

 秋の冒険者組合(ギルド)はまさしく戦場だ。塔から戻ってきた冒険者達が次々と受付に並び自分達の収穫物を提出する。依頼を受けた依頼物を査定して貰う者。仕留めた魔物や採取した植物の素材を鑑定して貰う者など、冒険者の数ほどの案件が冒険者組合(ギルド)に持ち込まれていた。


 組合(ギルド)職員はその全ての案件を捌き、適切な報酬を冒険者に支払う。報酬の額が適切でないと後に冒険者とのトラブルに繋がるので忙しいからと言って手を抜くことができない。この時期の組合(ギルド)職員は八面六臂で業務をこなしていた。


「噂以上の混雑だね」

「普段の活動を控えている冒険者もこの時期は精力的に活動するといいますから」

「去年の経験からすればまだまだ増えるよ」


 始めて冒険者の繁忙期を体験するクレアとフェリスは大いに戸惑い、去年に体験したヴァンもいまだに圧倒されている。クレア達も先ほどのまで『塔』で冒険を行い、『塔』で得た収穫物を鑑定して貰うために冒険者組合(ギルド)に来ていた。


「着々と依頼をこなしてきたね」

「秋になって依頼の達成は十連続成功だよ。心も懐も熱々だよ」

「浮かれるのはいいが油断はするなよ」


 冒険者組合(ギルド)の喧騒に圧倒されている三人とは別にこの都市で生まれ育ったエルとナル、ジョセフは毎年のことなので談笑する余裕があった。


「ジョセフの割りにはしっかりしているね」

「俺らの実力でここまで来たならもっと浮かれていたかもしれないが、この成果はそうじゃないだろう?」


 エルの冷やかしにもジョセフは毅然とした態度を崩さず自分を戒めている。ジョセフはトリスから指導を受けてから態度と言葉使いを改めていた。目上の人に対する礼儀作法を学び、常に冷静さを忘れないよう心掛けていた。


 自分達がここまでの実力を高めることが出来たのはトリスのおかげだ。トリス、ダグラス、朔夜の稽古がなければこんなにも順調に依頼をこなすことはできずにいた。だから調子に乗ってトリス達から見限られたら目も当てられない。去年までは単独(ソロ)で活動していたジョセフはそのことがよく判っている。自分の態度や言葉使いを改め、調子に乗らないようエル達に忠告した。以前とは違うジョセフの態度にエルとナルは戸惑うが、ジョフセフの忠告に素直に受け入れ気を引き締めた。


「なんだ、随分と調子がいいようだな。ジョセフよ」


 今日の分の鑑定が終わり六人が冒険者組合(ギルド)から出ようとしたとき、二十歳を過ぎたくらいの青年がジョセフに声をかけてきた。青年の身なりから冒険者だと一目で判り、しかも装備の質もかなりの良い。階級(ランク)は不明だが装備からして中位の冒険者だ。ジョセフは声をかけてきた青年に軽く頭を下げて挨拶をした。


「御無沙汰しています。デシルさんもお元気そうで何よりです」

「お、どうした? 言葉使いや態度が乱暴だったお前が随分と礼儀正しいな」

「ある人から指導を受けているおかげです」

「そうかお前も誰かの指導を受けているのか。単独(ソロ)を止めたのはその人の影響か?」

「はい」

「そうか、別に誰の指導を受けようが勝手だが俺の誘いを断ってこんな奴らと組んでいるのはどうかと思うぜ」


 デシルはエルとナル、後ろにいるクレア達を侮蔑の眼差しを向けながら指を指した。


「ジョセフ、なんなのよこの感じの悪い人は!」

「エル、落ち着け。デシルさんは俺が単独(ソロ)で活動していたときに一度だけ助けてくれた人だ。それが縁で何度か声をかけてくれている」

「そうだ。俺はジョセフの恩人だ。ジョセフは力があって体格もいいから何度も俺が所属するパーティーに誘っていた」

「何処のパーティーですか?」

「聞いて驚けリューグナーだ。このアルカリスでトップのパーティーのリューグナーだ」


 ナルの質問にデシルは胸を張りながらそう答えた。リューグナーの名前が出た途端にエルとナルは反射的に萎縮してしまった。この都市でリューグナーのメンバーと揉め事を起こすのは得策ではない。リューグナーの名前はこの都市ではそれほど影響力があった。


「ジョセフはリューグナーの誘いを断ったの?」

「ああ、デシルさんが何度か声をかけてくれたが加入の条件が厳しくて断った」

「入団試験みたいなのがあるの?」

「経済的理由だ」


 エルとナルの質問にジョセフはリューグナーの加入条件を説明した。リューグナーに加入すると最初は見習要員から始まる。見習要員は指導員と呼ばれる中堅者と組ませ活動させる。指導員の補佐や指導を受けて約二、三年で正規のメンバーとして認められる。


 正規のメンバーとして認められればデシルのようにリューグナーの一員として振る舞うことができる。だが、その反面として見習の期間中は報酬の半分をリューグナーに収める必要がある。


 新人冒険者の収入は少ないのに報酬の半分を納め、そこから次の冒険に必要な費用を算出すると手元に残る金額は雀の涙だ。長期的に考えればリューグナーに所属した方がいいのかもしれないが、ジョセフは母親の経済的負担を減らすために冒険者になった。できるだけ早く母親に楽をさせたかった思いがあったたためデシルの誘いを断っていた。


「そう言うことならジョセフが断ってもおかしくないわね。それでデシルさんはまだジョセフを誘うつもりなの?」

「残念だがそれはないね。俺の誘いを断ってお前らなんかと組む奴はもう必要ない。今日はそれが言いたかったから声をかけた」

「何で私達と組んでいると駄目なの?」

「当然だろ。お前達は二人は確か天元槍華に所属していただろ? リューグナーの誘いを断って天元槍華のメンバーと組むような奴を仲間として向かい入れることはできない」


 エルの疑問にデシルは忌ま忌ましそうに答えた。確かにエルとナルは数ヶ月前で天元槍華の所属していたが今は辞めている。ナルはそのことを言おうとしたがジョセフが首を振り制した。


「ジョセフ、覚えておけ。俺はもうお前をリューグナーに誘うこともしないし、お前が心を入れ替えたとしても認めない。酒の誘いくらいなら顔見知りのよしみで付き合うが、冒険者として付き合うことはもうない」

「判りました。今まで気にかけていただき、ありがとうございます」


 ジョセフは最後に深々と頭を下げてデシルにお礼を述べた。デシルはこれ以上ジョセフと話すことはないとその場から離れていった。




「なんなのよあの男は!」


 運ばれてきた麦酒を一気に飲み干すとエルは大声を上げながら憤慨した。冒険者組合(ギルド)から少し離れた酒場で六人は酒を飲んでいた。今日はこの六人で夕食を食べる約束をしていたので、新人冒険者達がよく利用する大衆酒場にきていた。


「エル、落ち着け。別にお前が怒ることじゃないだろ。デシルさんが見限ったのは俺でお前じゃない」

「そうだけど、何か私達が莫迦にされていたようでムカつくのよ!」

「私も同じ意見だよ。私やエルは天元槍華に所属していたから敵視されるのは判るけど、クレア達はあからさまに軽視していたよね」

「ナルちゃん、それは仕方ないよ。ヴァンはエルちゃん達と同期だけど私とフェリスは今年になって冒険者になったばかりだから他の冒険者からみれば只の新人だよ」


 エルとナルを宥めながらクレアは新人である自分達を過小評価した。フェリスとヴァンもそのことに対しては異論はないのか敢えて口出しはしないが別のことが気になった。


「新人だからって軽視される理由にはならないわよ!」 

「それはそうだが、そもそもエルは何に対して怒っているんだ?」

「僕もヴァンと同じ意見です。エルもナルもどうしてそんなに不機嫌なんですか?」

「それは……」

「……」


 ヴァンとフェリスの言葉にエルとナルは何かを言おうとするが上手く言葉にできず言い淀んでしまう。言葉に言い表せないがデシルの態度に二人は嫌悪感を抱き許せなかった。


「デシルさんが弱いと感じているのか?」


 二人が言い出せずにいるとジョセフが酒を飲み干しながらエルとナルに質問した。


「っ。――そんなことはないと思う」

「リューグナーに所属する人が弱い筈はないと思う」


 エルとナルはジョセフの質問を否定した。しかし、ジョセフの意見は違った。


「俺はエルとナルと違ってデシルさんが弱いと感じた。前はそんな思いは抱かなかったが、今日あったときのデシルさんは弱いと感じた。勿論俺らよりは強いと思うが勝てない相手じゃない」

「勘違いじゃないのか?」

「勘違いではない。ヴァン、俺達は去年登録したばかりの冒険者でデシルさんは五年以上も冒険者をしている。普通に考えれば俺達が勝てる相手じゃない。なのに俺はデシルさんは弱いと感じ、逆にここにいるメンバーの方が驚異と感じている」

「僕達の方が驚異と感じる? それは変ですね。僕達の実力はジョセフと同じくらいですよ」

「あのデシルと言う男はダグラスさんや朔夜さんと比べるなら確かに弱いが俺らよりも強いと思うぞ」


 ジョセフの言葉を聞いてフェリスやヴァンは怪訝な表情になった。


「本当にそう思うのか? デシルさんがリューグナーに所属しているから変に萎縮していないか? エル、ナル。お前達が不機嫌なのは弱いと感じたデシルさんが自分にとって驚異と感じているクレア達を侮辱したからじゃないのか?」

「……」

「……」


 ジョセフの言葉が核心を突いているように思え、エルとナルは否定できずにいた。


「ジョセフ、それにエルやナルがどうしてそんなことを感じるんだい? 俺達は確かにトリスさん達に稽古をつけて貰っているが一度も勝てたことがないぞ」

「…………ヴァン、もしかしてその考え方がそもそも間違っているんじゃない?」

「クレア、どう言うことだ?」

「私達は確かに未熟だよ。それは変わらないけど、未熟だから弱いとは限らないよ。トリスは私達に対して未熟だとか伸びしろがあるって言うけど『弱い』って言葉は最近言わなくなったよね」

「そう言えばこの最近は言わなくなった気がする……」

「俺もクレアと同じ意見だ。自己評価が高いのは冒険者にとって致命的だが、自己評価が低いのも問題だ。目の前にある好機を逃す要因になる。夏の三ヶ月間は殆ど対人との稽古だった。しかも、対人戦の達人であるダグラスさんと上位冒険者である朔夜姉さん。さらに規格外のトリスさんを相手にしたから気が付かないうちにかなりの実力が上がった。その証拠に大きな怪我もなく依頼の達成は十連続成功している。普通の新人冒険者がそんなことできるか?」


 ジョセフの言葉で自分達の対する評価がいつまでも低いことに五人は理解し始めた。戦いにおいて敵を侮ることは死を招く。だが、自分の評価を低く見積もることは勝機を逃すこと。そして、冒険者とは挑む者。自ら勝機を掴み己の欲する物を得る者だ。


「トリスさんの指導は的確だ。俺は去年の一年間よりもこの数ヶ月の方が何倍も成長している実感がある。自惚れや勘違いではなく確かな実感が伴っている。それに今日受けた依頼だが本来ならC階級(ランク)では手に余る内容だと思う」


 六人で達成した今日の依頼は朔夜が用意した依頼だった。ジョセフ達の実力に見合った物だと渡されていたが実際はかなりの危険な依頼だった。


「出発する前に朔夜姉さんが言っていたよな、俺達が最近順調だから少し難易度の高い依頼を用意したって。だが、今日の依頼は本来ならC階級(ランク)の上位かB階級(ランク)が受ける内容だと俺は感じた。お前達はどう感じた?」


 ジョセフの指摘に他の五人も同意だった。今日の依頼はある薬草の採取だったが、採取できる場所までに行くのに魔物との連戦でかなりキツかった。それでも今まで学んだことを活かし六人が連携することで達成することができた。ジョセフの推測通りなら六人の実力は新人ではなく中堅位の力がある。


「あくまで俺の推測だが、依頼の内容から難易度を計れるようになれることも必要な技能だ。そして、自分の実力から見合った依頼を受けないと成長には繋がらない」

「ジョセフの言いたいことは判った。もし、その推測が本当ならエルとナルはどうする?」

「ヴァン、…………何もするつもりはないわ。言い返しに行くのも面倒だし」

「私も同じかな。イライラしていた理由は判ったからどうでもよくなったよ。クレアはどう思う?」

「私は知らない人からの評価よりも実力が上がったことの方が嬉しいかな。依頼も達成できたからお祝いしたいよ」

「僕も同じです」

「同意見だ」


 クレアの意見にフェリスとヴァンも賛成し、エルとナルの機嫌も戻った。六人はデシルのことは忘れ今日はとことこ飲むことにした。明日が二日酔いになろうとも今日は自分達の実力が付いたことを祝うために店の閉店近くまで六人は飲み続けた。


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