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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
122/140

大都市アルカリス 優れた者達

新章突入です。

 夏の陽射しが弱まるにつれアルカリスの都市は大きな熱気に包まれた始めた。一年でもっともアルカリスが活気づく季節が訪れようとしていた。


 行き交う人々は己の欲望を満たすために走り回る。ある者は主人の要望を満たす品を探し、ある者は自分が欲する物を捜し回る。また、ある者は一金貨でも多く儲けるために帆走する。


 人々の熱気は収まる様子もなく都市に満ちていく。そして、一番その熱気を発しているのは冒険者達であった。


 季節が味方するこの時期はランクを上げようとする者、一つでも良質な素材を手に入れ儲けようとする者。未知の領域に胸を躍らせる者。目的は様々だが皆『塔』に魅了された者達だ。


 そして、冒険者のトップである。三つのパーティーも当然動き出していた。


 女性のみで構成され所属人数は都市の中では随一をほこる天元槍華。都市の女性達の憧れの視線を向けられ、男性冒険者からは嫉妬の視線を向けられる。


 人数は十人満たない小規模なパーティーだが一人一人の実力が高いアンチトード。寡黙なリーダーであるレディが引き連れ仲間は誰も猛者である。


 創設者が剣聖イーラ・エーデであり、アルカリスナンバーワンのパーティーであるブリューナ。戦略と策謀にたける二代目のリーダーファルコンが引き連れ彼ら活躍に誰もが期待していた。




「やはり巣を移した」


 トリスは朔夜を引き連れ蟻の巣に来ていた。トリスとの戦い以降女王蟻や残った兵隊蟻は姿を消しており巣穴は放置されていた。


「だから言ったろ無駄足になるって。あんたに兵隊蟻を皆殺しにされたから新しい巣穴に移ったんだよ」

「移ったのはいいがこの階層での目撃情報はないのだろう?」

「蟻なんだから地面を掘って移動しているんだよっ」

「なら何処かに大きな穴がある筈だ」

「それはそうだけどこの奥にあるかもしれないだろう」

「俺も最初はそう思ったがこの奥は行き止まりだ。中にいるのは数匹の魔物だ」

「判るのかい?」

「ああ、探索魔術を使って調べた。虎の魔物……この辺りだと鋭い角と牙を持つ一角虎だな」

「一角虎なら角と牙、毛皮が高く売れるよ。状態が良ければ中古の家が買える値段がつく」

「欲に目がくらむと痛い目をみるぞ」

「そうだけど、あたしはそろそろ実戦がしたいのさ」


 朔夜の言う実戦とは『身体強化の魔術』を使っての戦闘だ。制御が扱えるようになって朔夜は実戦の場を求めていた。


 一角虎は別名玄人殺し異名を持っているか。中堅者の冒険者が苦戦を強いる相手で油断をするとあっさり死んでしまう。けれども今の朔夜なら十分な腕試しになるとトリスは判断した。


「判った。一角虎の数は四匹だ。おびき寄せるから準備しろ」


 トリスの言葉に朔夜は黙って頷いた。複数の一角虎を相手にするのは前の朔夜では自殺行為だった。しかし、この数ヶ月で朔夜の実力は上がっている。ダグラスとの模擬戦やクレア達との稽古。それにトリスから教えて貰った『身体強化の魔術』で確実に強くなっていた。


 朔夜は武器を構え、『身体強化の魔術』を発動した。戦闘の準備が整い朔夜はトリスに合図を送った。朔夜の合図を受けたトリスは用意したお香を焚いた。このお香の匂いは一角虎など虎の魔物が好む香りを発する。この匂いを嗅いだ虎の魔物はすぐにやって来る。その証拠にトリスがお香を焚いて暫くすると洞窟から複数の虎の鳴き声が聞こえた。


「「「「グロォォォォーーーーーー」」」」


 大気を震えさせる複数の雄叫びが混ざり合い、周りを震撼させると一角虎が洞窟からでてきた。一角虎はお香の匂いで興奮しており朔夜は見つけると獲物と認識した。トリスは朔夜から既に距離をとって気配を消しているため一角虎達はトリスを認識していない。朔夜は一人で四匹の一角虎と対峙した。




 最初に動いたのは二匹の一角虎だ。この二匹は群れの中でも下位の存在だ。故に先陣をきって朔夜に襲いかかった。朔夜は襲ってくる二匹の攻撃を敢えて避けず真正面から受けた。一匹目の鋭い爪と二匹目の牙が朔夜の腕と胴に襲いかかった。普通の人間では爪で腕が引き裂かれ、牙で胴体が食い千切られていた。だが、朔夜は無傷で一角虎の攻撃を耐えた。


 朔夜の着ている服はレプラ族のアーデルが仕立てた品だ。着物のデザインを参考に冒険者用に仕立てている。アーデルの服は普通の綿のように軽く鉄よりも強固だ。一角虎の攻撃はアーデルの服に塞がれ、一角虎の動きは止まった。朔夜は動きが止まった一角虎に反撃を開始した。


 まずは持っている薙刀の柄の部分で一匹目の首元を殴打した。片手で持っていたため朔夜の筋力では一角虎に手傷を負わせることはできない。だが、『身体強化の魔術』を使用しているため朔夜の攻撃は一角虎にとおった。朔夜の攻撃に一角虎のよろめき前足から崩れた。


 一匹目の一角虎の体勢が崩れたので朔夜は今度は二匹目の一角虎を標的にした。二匹目はいまだに朔夜の胴体を食い千切ろうとしているが、一角虎の牙はアーデルの服を傷つけることができずにいた。朔夜は薙刀を両手に持ち、柄の先端を一角虎のこめかみに叩き落とした。


「ギャンッッ」


 一角虎から悲痛な声が上がった。柄の先端は丸く加工してあるためは刺突武器にはならないが、強化されている朔夜の力で一角虎の頭蓋骨は粉砕された。頭蓋骨が粉砕されその衝撃で脳に手傷を負った一角虎は口や鼻から体液を垂れ垂れ流しその場に倒れた。朔夜はすぐに薙刀の刃で倒れた一角虎の首を斬り、続けて最初に襲ってきた一角虎にも同じように首を切り裂いた。


「ふぅっ」


 二匹の一角虎を仕留めたことで朔夜の口から無意識にため息が漏れた。戦ってみるまではどうなるか判らなかったが思った以上に簡単に一角虎を仕留めることができてしまった。朔夜は安堵から一瞬だけ気を抜いてしまった。


「「ガアァーッ」」

「くぅっ」


 朔夜の油断を残りの二匹は見逃さなかった。群れの仲間が殺されたが上位に位置する二匹は仲間の死も敵の油断を誘う役目だと認識している。仲間が文字通り命をかけて作った隙を見逃さず、二匹の一角虎は朔夜に攻撃をした。


 二匹の一角虎の爪は露出していた朔夜の腕と足を裂いた。皮と肉が引き裂かれたが、『身体強化の魔術』のおかげで腱や骨までには達していない。朔夜はすぐに気を引き締め薙刀を構えた。


「行くよ!」


 今度は朔夜から攻撃を仕掛けた。二匹の一角虎を同時に相手にするのは得策ではないと判断した朔夜はまずは一匹を行動不能にすることにした。『身体強化の魔術』で一気に一角虎との間合いを詰め横薙ぎの攻撃を繰り出した。一角虎はその攻撃を難なく躱すが朔夜はすぐに追撃を繰り出した。


 横薙ぎが躱されたがすぐに腰をひねり、刃の軌道を真上にしてそこから袈裟斬りに切り替えた。一角虎はそこまで予想はできず鼻を斬られた。


「グッオオオオオォ」


 鼻を傷つけられたことによりのた打ち回る一角虎。朔夜はその隙をついてのた打ち回る一角虎の前足を斬った。右前足を斬られたことで更に悲痛な声を上げ、その場に崩れ落ちる一角虎に朔夜はこれ以上の深追いはせずもう一匹の一角虎に視線を向けた。


 最後の一匹は慎重深く朔夜の様子を窺っていた。その様子から朔夜はこの群れのリーダー格と認識し最後の一角虎に薙刀を向けた。薙刀を向けられても一角虎の様子は変わらず朔夜を警戒している。他の一角虎が朔夜に敗れたことで慎重になっているのか一角虎からは仕掛ける様子はない。


(まいったねぇ)


 仕掛けてこない一角虎に朔夜は焦り始めた。朔夜の先ほど受けた傷は命に関わるような傷ではないが出血が思った以上に多かった。手当をすれば問題はないがこのまま放置すると意識を失ってしまう。もしかしたら相手の一角虎もそのことに気が付いて襲ってこないのかもしれない。朔夜はこのままではジリ貧になると判断して自ら仕掛けた。


「はあぁっ」


 先ほどと同じように横薙ぎで一角虎に仕掛けた。一角虎はその攻撃と追撃に備え大きく後ろに飛び朔夜から決して目を離さなかった。朔夜が追撃できない距離であるため、朔夜も足を止めた。思った以上に厄介な相手に朔夜の焦りは募った。


 朔夜はもう一度周囲を確認した。仕留めた二匹の一角虎は動く様子はない。前足を斬られた一角虎は息はあるが出血が酷いため息も絶え絶えだ。他の三匹はもう攻撃してこないと判断した朔夜は意を決して薙刀の構えを変えた。


 朔夜は薙刀を上段に構えた。そして、右足を踏み込むと同時に薙刀を投げた。朔夜の手から離れた薙刀は勢いよく縦回転しながら一直線に一角虎に向かった。一角虎はすぐに避けようとしたが、薙刀の投擲速度はそれを上回り薙刀の刃が一角虎の顔面に食い込んだ。刃は見事に一角虎の顔面を両断し絶命させた。


「上手くいったね」


 朔夜は自身の作戦が上手くいったことに安堵し、投げた薙刀を回収しに向かった。前足を斬られた一角虎も既に出血多量で事切れる寸前だった。




「まずは腕の傷を見せろ。手当をするから動くなよ」


 朔夜が薙刀を回収するとトリスが傷薬を持って朔夜に近づいた。朔夜はトリスが来たことで警戒を緩め腕の傷を見せた。トリスは傷口を水で洗い、酒で消毒し傷薬を塗ってくれた。傷口に酒や薬を塗られたときは痛みから朔夜は顔をしかめた。


「次は足だ。地面に座った方がやりやすい」

「判ったよ」


 朔夜はトリスに言われるがまま地面に座った。足の傷が腕の傷よりも深く出血が多い。もう少し手当が遅れていたら朔夜は意識を失っていただろう。トリスは腕の傷と同じように足の傷も手当てを行った。


「二匹目を仕留めたところまでは問題はなかった」

「耳が痛いねぇ。確かに二匹を仕留めたときに緊張の糸が緩んだ。あまりにも上手くいきすぎて侮ったよ」

「その所為で『身体強化の魔術』も弱まった。維持ができていれば深手を負うこともなかった」

「……その通りだよ」

「『身体強化の魔術』の維持は難しい。精神の乱れが直接影響する。常に平常心を保つ必要があるが、それができるようになれば強い武器になる」

「まだまだ、課題は多そうだねぇ」


 朔夜はそう言って落胆する。己の至らない点を指摘され肩を落とした。そんな朔夜の様子を見たトリスは複雑な心境になった。


「どうして優れた者達(おまえたち)はできたことを喜ぶよりもできなかったことを歎く」

「えっ」

「確かに朔夜は至らなかった点はあるが、それよりも一人で四匹の一角虎を仕留めることができたんだぞ。それをなぜ喜ばない?」

「それは……」

「確かに上を目指すことも大切だが、過去(きのう)にできなかったことが現在(きょう)はできたんだぞ。まずはその進歩を実感しないと今後の成長には繋がらない。優れた者達(おまえたち)は周りからできて当然と思われる。だが、同じ人間なんだ得手不得手もあるし失敗やできないことだってある。それを自覚しないと心が消耗するぞ」


 トリスは凡人でだが、ウォールドやイーラといった天才達と深く接してきた。彼らは確かに周りよりも優れているが万能の神ではない。苦手なことや不得手なことも多々あった。それを理解しているから朔夜に忠告した。周りの期待に応えようとして心が消耗してはいけないと諭した。


「……そうだね。トリスの言うとおりだ。一人で一角虎を四匹も倒したんだ。こんなことできる冒険者は十人もいないさ」

「ああ、その通りだ」

「へへぇ、なんだか自信が湧いてきた。もう一度挑戦したくなってきた」

「血を流したんだ数日は大人しくしていろ。それよりも一角虎を冒険者協会(ギルド)に持って行くぞ。かなりの高額で売れる筈だ」

「なら今夜は豪勢に外食でも……。いや、せっかくだからいい食材を買ってフレイヤとローザに料理して貰う手もあるな。食事はみんなで食べた方が楽しいし!」

「好きにすればいいさ。どうせなら食事をしながらクレア達にも今日の教訓を教えてやれ。秋の終わり頃にはあいつらも実戦が行えるくらいにはなる」


 トリスは朔夜に少し休むように言うと倒れている一角虎を回収し始めた。朔夜はそんなトリスの背中を頼もしく感じた。実力があるのに決して傲らず、自分やクレア達を導いてくれるトリスに朔夜は惹かれている。それは尊敬からくる親愛なのか、それとも男女関係における情愛なのかは判らないが朔夜はトリスに惹かれていることに間違いはなかった。


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