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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
121/140

島国 バエル王国 するべき場所

オリンピックが始まりましたね。

ニュースでしか観ていませんが、選手や関係者の健康を祈ります。

 馬車に揺られること数日、トリスはアルカリスに戻ってきた。向かいの席にはギレルとベルディアもおり、二人もアルカリスに来ていた。トリスは二十日近く離れていた都市を懐かしみ、ギレルとベルディアは始めて訪れるアルカリスの喧騒に驚いていた。


「これがアルカリスか。噂に違わぬ騒がしさだ」

「騒がしいだけじゃないわ。いろいろな国の人や物に溢れている。あそこに売っている物は大陸の北にある装飾品です」

「あそこに売っている酒は大陸の南にある果実酒。西の麦酒もあるぞ」

「東で作られている反物もあります。本当に世界各地の様々な物がありますね」

「観光は後にして、まずは宿にいくぞ」


 アルカリスの人と物に目移りしているギレルとベルディアを引き連れトリスは宿屋を目指した。


「この宿は知り合いが経営している宿だ。できたばかりだが経営者は信用できる人物だ。暫くはここに滞在して貰う。いい物件の家が見つかったらそっちに移って貰う」


 トリスはラロックが経営している宿屋にギレルとベルディアを案内した。冒険者が使う安宿ではなく商人や旅行者が使うそれなりの値段がする宿屋だ。


「もっと安い宿でもいいんだが……」

「ギレルは問題ないかもしれないが、ベルディアがいるだろ。安宿だと治安に問題がでてくる。それに今のベルディアに宿を変えると言えるのか?」


 ベルディアは宿屋に訪れてからずっと宿の備品に目を輝かせていた。共用で使用されているが、清潔に掃除されている手洗い場や湯船が設置されている共同風呂。部屋の寝具もそれなりにいい物が設備されている。女性であるベルディアは大満足していた。


「まあ、金を払っているのはトリスの旦那だ。そちらが問題がないのであれば俺が口出すことじゃない。それよりも本当に俺らを雇うのか」

「ああ、二人には必要になるときまでこの都市に滞在して貰う。衣食住に関しては俺が手配する」

「有り難い話だが、住む場所だけ提供して貰えればいい。自分の食いぶちくらいは稼ぐさ」

「なら、冒険者になってみるか? ギレルの戦闘技術なら問題はない。魔術師のベルディアと組めば中堅クラスにはすぐになれると思うぞ」

「確かにそれも面白いかもな。だが、この都市ならもっと面白い職業があるかもしれない。暫くは職探しに勤しむさ」

「あまり口は出さないが悪事には手を染めるなよ」

「安心しろ。傭兵で人を殺したことはあるが、人の通りを外した外道にはなったことはない」


 ギレルは胸を張ってそう言うのでトリスはそれ以上は何も言わなかった。ギレルに一ヶ月ほど生活できる資金と次に会う約束をしてトリスは自宅に戻ることにした。




 夏の暑い日差しの中を歩きながらトリスは久しぶりの自宅に戻ってきた。家の庭では朔夜とダグラスの指導でクレア達が稽古をしていた。刃を有する武器は稽古用に刃を潰してあり、朔夜はクレア、エル、ナルを相手にしダグラスはヴァン、フェリス、ジョセフの相手をしていた。


 朔夜は武器は薙刀。薙ぎ斬るを得意とする武器で槍のように柄が長いので間合いが広い。だが、その分距離を詰められると剣や拳の方が有利だ。ナルの魔術による援護射撃でクレアとエルが間合いを詰めようとするが、朔夜は巧みに薙刀を操り簡単に間合いを詰めさせない。もし、間合いが詰まったとしても素早い身のこなしで、クレアとエルの攻撃を躱して距離をとる。


 クレアとエルはナルの援護を受けながらさらに追撃を試みる。クレアがエルよりも前に出て朔夜の薙刀を受け止める。先ほどまでは躱していたが、薙刀を受け止めることによって朔夜の動きを止めることにした。朔夜は薙刀を受け止められ一瞬動きは止まるがすぐに薙刀を引いた。だが、それよりも早くエルが朔夜の懐に入った。クレアとエルの見事な連携だ。


 エルは朔夜に顔面を目掛け拳を突き出した。朔夜はエルの拳を防ぐために薙刀の柄を離し、腕で交差させてエルの拳を防いだ。朔夜は自身の腕から軋む音が聞こえたが気にする様子もなく獰猛な笑みを浮かべていた。朔夜は武器の薙刀を手放したまま大きく後ろに飛びクレア達から距離を取った。武器がなくなりクレア達の勝利かと思ったが朔夜は腰に差してあった短刀を抜き構えた。


「予備の武器を構えるなんて久しぶりだね。卵の殻が取れていないひよっこ冒険者だと思っていたけどどうやら巣立ちが近い若鶏のようだね」


 朔夜は笑みを浮かべたままそう言うと今度は自分からクレア達との間合いを詰めた。




 朔夜とクレア達が対決する一方でダグラスとヴァン達の対決も続いていた。ダグラスは朔夜とは違い攻撃を躱すのでなく全て受けきっていた。飛んでくるフェリスの魔術を手や足で払い落とし、ヴァンの槍もジョセフの斧も全て受け止めていた。


 ダグラスは既に『身体強化の魔術』を『制御』まで自在に操れるようになり、ヴァン達のどんな攻撃も受け止めていた。ヴァンもクレア達同様に連携をして様々な攻撃を繰り出すが全てダグラスには通じなかった。攻撃を躱す必要がないためダグラスは稽古が始まってから殆ど動いていない。


 ヴァン、フェリス、ジョセフは防御に徹するダグラスを攻略できずにいた。だが、三人はただ手を拱くだけではなかった。ヴァン達は一度ダグラスから距離をとり小声で話し始めた。ダグラスは敢えて邪魔することはせずに彼らの様子を見守った。


「やるぞ!」

「「おう!」」


 ヴァンのかけ声にフェリス、ジョセフが応じ、かけ声が終わるとヴァンとジョセフがダグラスに向かって走りフェリスが魔術を発動した。今までと同じ行動かと思ったが、フェリスが発動した魔術はダグラスではなくヴァンとジョセフを狙ったものだ。


 フェリスが発動した魔術は風の魔術で対象を吹き飛ばす術だ。それを後ろからヴァンとジョセフにぶつけヴァンとジョセフはその風の力を借りて加速した。本来なら骨が折れるほどの衝撃だがヴァンとジョセフは『身体強化の魔術』を使い一時的に身体を強化した。戦闘では稚拙で使えないが自分の身を一瞬だけ守るだけなら問題はなかった。風の魔術で加速した二人はダグラスに特攻した。


 二人の特攻にダグラスも受け止めることはできないと判断しその場から大きく飛んだ。一直線に加速しているヴァンとジョセフは追撃することはできないが自分達の持っている武器をダグラスに向かって投げた。加速中の無理な姿勢からの投擲はダグラスの驚異ではなかった。ダグラスは慌てることなく飛んでくる槍と斧を受けとめた。


「!?」


 槍と斧を受け止めたダグラスの横腹に鈍い痛みが走った。何かがぶつかった痛みでダグラスはすぐに周囲を確認したところフェリスから魔力弾が飛んできた。フェリスはダグラスがヴァンとジョセフの攻撃を躱すことを予測して魔力弾を使った。


 魔力弾は魔術師が最初に覚える攻撃魔術で初心者の魔術師が練習に使う魔術だ。術式は簡単で瞬時に発動でき利点がある。フェリスはその術でダグラスに攻撃し、見事にダグラスにダメージを与えた。ダグラスは一発だけだがダメージを受けたことに悔しそうにしながらヴァン達相手を続けた。


(全員、ちゃんと成長している)


 トリスが留守にしている間に八人は全員己の技量を上げていた。クレア達は自分の技量を上げるだけでなく周りとの連携を確実に高め、ダグラスと朔夜は『身体強化の魔術』を確実に使いこなしていた。荒削りなところはあるがバエル王国で出会ったシーダンよりもダグラスや朔夜の方が使いこなしている。


「トリスさん!?」


 稽古に集中して今まで気が付かなかったダグラスがようやくトリスに気が付いた。ダグラスの声に全員が手を止めた。トリスの姿を見つけた全員は稽古の手を止め一斉にトリスに近づいてきた。


「トリス。いつも戻ってきたの」

「お怪我はしていませんか?」

「フレイヤさん達に知らせてきますね」

「稽古を観ていたのですか?」

「私達成長していますか!」

「お邪魔しています」

「長旅お疲れさまでした」

「いい感じに日に焼けたね」


 クレア、ヴァン、フェリス、エル、ナル、ジョセフ、ダグラス、朔夜が順にトリスの声をかけた。トリスは苦笑しながら「ただいま」と言い、皆と家の中に戻った。




「「「「「おかえりなさい」」」」」


 家の中に戻るとフレイヤ、ローザ、ザック、ロバート、ベネットが出迎えた。外の様子からトリスが帰ってきたことを察したようだ。


「ただいま、旅の汚れを落とすから濡れた布と着替えを用意してくれ」


 トリスはそう言うと自室に戻った。外套や靴を脱ぎ、汚れた服を脱いでいるとロバートが布と水が張った桶、着替えを持ってきたのそれを受け取った。布を水で濡らし身体を拭いて身を清めた。洗い立ての下着に着替え部屋着に着替えたトリスはリビングに向かった。リビングにはフレイヤ、ローザ、ザック、ロバート、ベネットがおり、お茶の準備をしていた。


 トリスはそのままいつもの自分の席に腰を下ろし、魔導鞄(マジックバック)から様々な品をテーブルに置いた。


「トリスさん、これは?」

「土産だ。皆の分がある。まずはロバート」

「はい!」

「両親から手紙を預かってきた。今は内乱の後始末でゴタゴタしているから会えないがそのうち会いに来ると言っていた」

「あ、ありがとうございます」

「あとは釣りの道具だ。向こうで買ってきた物だから使い勝手はいいと思う」


 トリスはロバートに手紙と釣り道具を渡した。ロバートは嬉しそうに手紙と釣り道具を受け取った。


「次はベネットだ」

「私にもあるのですか?」

「ああ、向こうで子供が文字を習うときに使う本と絵本だ。こっちで売られているのは大人向けの本しかない。それと髪留めだ」


 トリスは本を数冊と数種類の髪留めが入っている木箱をベネットに渡した。ロバートの故郷の文字を学んでいるベネットは本と木箱を嬉しいそうに受け取った。


「フレイヤには糸と反物だ。ローズには夫婦用の食器セット。ザックには酒だ。あとは向こうの国で使われていた香辛料や石鹸などを買ってきた」


 トリスは次々と土産をフレイヤ達に渡した。自分の趣味嗜好にあった異国の土産にフレイヤ達は大いに喜んだ。


「残りはクレア達の分だ」


 トリスはジョセフの分を含め全員の土産を買ってきていた。クレア達は炎天下で稽古をしていたので、まだ水浴びをしているのでクレア達の分は後回しになった。


「それで、俺のいない間に何か問題は起きたか?」

「特に問題は起きていません。ただ、家が痛んでいる箇所が幾つかあるので修理業者を呼ぶか迷っていました」

「あとで、確認して補修ができそうだった俺がやる。無理そうなら修理業者を呼ぶ」


 トリスはフレイヤ達から不在時の様子を聞いたが大きな問題はなかった。自分が不在の間に問題が起きなかったことは喜ばしいことだったが、自分の目的は果たすことできなかった。ただ、ギレルと言う思わぬ収穫があったのは喜ばしいことだ。


 トリスは改めて自分の目的の優先順位を決めた。過去の拘りよりも自分のすべきことを成す。イーラとの決着よりも自分の復讐をすべきだとトリスは再度心に誓った。


今回でこの章は終わりです。


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