閑話 ブラウニーのいない家
閑話なので少し短めです。
ブラウニー。
人の家に住み着き、家人のいない間に家事を行ったり、家畜の世話をする妖精で古くから伝えられる。ブラウニーをモチーフにした物語は多くある。靴屋に住みつき店主が寝ている間に靴を完成させたり、洋服屋に住みつき寝床と食事を条件に家事を手伝うと言った童話が存在する。
「ブラウニーが家からいなくなったの」
夕食時。トリスの家ではクレアが突然、皆の前で「ブラウニーが家からいなくなった」と発言した。大人のフレイヤやローザ達は突然の発言で目を丸くし、ロバートやベネットはブラウニーと言う言葉を聞いて目を輝かせた。
「ク、クレア。何の話をするんだい? ブラウニーってあれか童話に出てくる妖精のことかい?」
「はい、朔夜さんが言うブラウニーで間違いありません! その証拠にここ最近家の中の様子が変なんです」
「そうなのかい?」
「はい。前は家の傷んでいた箇所がいつの間にか直っていたり、庭の雑草が綺麗に刈られていたり、鳥の糞も綺麗に掃除されていました。他にも色々ありますがそういった家の細かいところが手か行き届いていました」
「なるほどねぇ。それは確かに奇妙だね」
「…………」
「…………」
「…………」
クレアの言葉に朔夜は感心するが、フレイヤ、ローザ、ダグラスは少し気まずそうな顔をした。
「だから、もう一度ブラウニーが住めるような家にしたいの!」
「クレアお姉ちゃん、具体的には何をすればいいの?」
「童話だとお菓子が好きだよね」
「みんなでお菓子を作ってお裾分けを用意しようか?」
「チョコレートを使ったお菓子が好きと聞いたことがあります」
クレアの提案にベネットが賛同し、エルやナル、ロバートも乗り気だ。
「じゃあ、明日みんなで作ろう! ブラウニーが喜ぶような美味しいお菓子を作ろう」
「それって僕らも参加した方がいいのかい?」
「料理はできるがお菓子作りはやったことがないよ」
「フェリスとヴァンも勿論手伝ってもらうよ。小麦粉をふるいにかけたり、生地をこねたり、伸ばすことはできるでしょ!」
フェリスとヴァンも参加することになり、子供達全員でお菓子作りをすることになった。
「それで本当にブラウニーはいなくなったのかい?」
食後のお茶の時間に朔夜は大人達にことの真相を問い詰めた。子供達は明日作るお菓子を別室で相談している。
「朔夜も判っているでしょ」
「ローザがそう言うってことはブラウニーの正体はトリスか?」
朔夜の問いにフレイヤ、ローザ、ダグラスは頷いた。
「トリスさんって家の仕事もしているんだ。てっきりダグラス達がやっているんだと思っていた。……サボっていた?」
「ザック、人聞きの悪いことを言うな。家の中の掃除はフレイヤとローザがやって、外のことは俺がやっている。だが、三人だけだと家の細かいところまでは手が届かないは事実だ」
「それでトリスさんが補っていたんだ」
「正確に言うとトリスさんが率先してやっていたの。粘液生物を使って」
「「ぶっ!」」
フレイヤの告白に朔夜とザックは思わずお茶を少し吐き出してしまった。
「粘液生物って『塔』にいる魔物のことかい」
「たぶんそうだと思います。地下の鍵のかかった部屋に何匹かいます」
「それって違法なんじゃなかったけ……」
『塔』に住む生き物を持ち出すことは禁止されている。鎖で繋ぎ檻に入れていたとしても魔物には未知の力がある。鎖を引き千切り、檻を破壊して逃げ出す可能性がある。逃げ出した魔物が人を襲う危険性は十分にあるので魔物を『塔』から持ち出すことは禁止されていた。
「トリスさんは『塔』で捕まえたものじゃないと言っていました」
「そうなんだ。粘液生物って『塔』の外にもいるんだ…… 危険性はないのかい?」
「何度か触らせてもらいましたが大丈夫でした。丸くて色のついたゼリーみたいに透明でツルツルして柔らかかったです」
「丸くて、ツルツルして柔らかい? それって本当に粘液生物なのかい?」
『塔』に生息する粘液生物は液体のようにドロドロしており固体よりも液体に近い存在だ。だが、フレイヤの説明では固体に近い生物のようだ。
「そう言われても私達は『塔』にいる粘液生物は見たことがないので判りません。トリスさんがそう言っていたので……」
「一度見てみたいね。見ることはできるのかい?」
「ダグラスと一緒ならいいです。粘液生物は大人しいから襲ってくることはないですが、お腹が空いていると周りにあるモノを食べます」
「ス、粘液生物に腹があるのかい……」
フレイヤが言ったのはあくまで比喩表現だ。トリスの飼っている粘液生物は基本的に大人しい。だが、体内の魔素がなくなるとそれを補充するためにいろいろな物資を消化する。空気中にも魔素はあるが粘液生物にとってそれだけでは不十分だ。なのでダグラスが餌やりとして残飯やトリスが仕留める魔物の死骸を与えていた。
「それで話が逸れたけど、トリスさんは粘液生物を使って掃除をしているで合っているの?」
「ああ、ザックの言う通りトリスさんは粘液生物を使役しているみたいで、散歩と称して家の敷地内を徘徊させている。粘液生物は壁や床には何もしないが、細かい埃や雑草、動物の排泄分を吸収する。だから細かい部分の掃除ができているんだ」
「敷地内を徘徊って、一度も見たことがないけど……」
「朔夜が見たことがないのは当然だ。なるべく人のいないときや深夜から早朝にかけて行っている。そのときに家が傷んでいたらトリスさんが直している」
「トリスって、家の補修までできるのかい?」
「農村の出身だから自分でできることは自分でやるのが当たり前だと思っています。家の補修は使用人の私やローザ、ダグラスよりも得意です……」
「じゃあ、今回の騒ぎの原因はトリスが家を離れている所為なのかい?」
朔夜の質問にフレイヤ、ローザ、ダグラスは頷くしかなかった。ブラウニーの正体がトリスと使役されている粘液生物だと知った朔夜とザックは何とも言えない表情になってしまった。
「家の主人が率先して家の補修や掃除していたら使用人の立つ瀬がないね……」
「居候の自分達も同じだと思う。トリスさんには食と住を提供して貰っているんだから……」
家の主人よりも居候の自分達が何もしていないと判ると朔夜もザックも落ち込むしかなかった。
「そうだねぇ。じゃあの子達もこのことを伝えるかい?」
「それは待ってください。クレア達は問題ありませんが、ベネットとロバートには秘密にして起きたいのです」
「ベネットとロバートだけ、ああ、そう言うことか」
「ザック、どう言うことだい?」
「ベネットとロバートがこの家に引き取られた経由は知っているだろう? 二人ともトリスさんが率先して家の仕事をしていると知ったらたぶん落ち込む」
フレイヤの制止にザックはすぐに理由を思いついた。ベネットは孤児だった自分を引き取ってくれたことに対してまだ引け目を感じていた。ロバートもトリスの命を狙ったのに罪に問われていないことに恩義を感じていた。その気持ちから二人は家事や仕事を頑張っている。
「二人はまだ子供だからもう少し甘えてもいいのに……」
「フレイヤ、あまりそう言うことは言わない方がいい。そのうち甘えてくるようになるさ」
「そうだったわね。ローザの言う通りあまり干渉し過ぎないようにするって話したわね。クレア達には話すのは丁度いい機会かも」
「でも、あの子達がベネットとロバートに秘密にできるのかい?」
「……そう言われると少し不安はあるわ」
結局、ブラウニーの秘密はザックと朔夜だけが知ることとなり子供達は知らされずに過ごすことになった。
それから月に一度、トリスの家では子供達が大量のお菓子を作ることになった。そのお菓子は家のいたる場所に置かれ、粘液生物達の新たな食料となった。なお、材料費についてはトリスの懐からだされていることは新たな秘密となった。
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