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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
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島国 バエル王国 隠者の末路

 戦場から早馬が王城に一通の知らせを届けにきた。留守を預かっていた家臣達はすぐに知らせの内容を聞くと歓喜に沸いた。「国王軍の勝利」と簡潔な知らせだったが、その知らせが数年に渡る内乱が終わりを告げるものなので誰しもが喜んだ。


 知らせを受けた家臣達はすぐに凱旋の準備を行うために帆走し、城下町や各都市、村々への連絡を行った。知らせを受けた国民は大いに喜びに溢れた。


 ただ一人の人物を除いて。




 早馬の知らせが届いた翌日の夜。王城から一人の人物が闇夜に紛れて王城から離れようとしていた。人目につかないように目立たない外套を頭からかぶり、遠目では性別や年齢も判らない。外套を着込んだ人物はまるで夜逃げでもするように王城から逃げようとしていた。


「何処に行かれるのですか?」


 外套の人物の通り道を塞ぐようにリーシアが目の前に現れた。


「……」

「こんな時間に人目を避けるように逃げるなんて、どうされたのですか? なにか人に言えない後ろめたいことでもあるのですか? セルジオ殿」


 名前を言われ観念したのかセルジオと呼ばれた男は外套のフードを脱いだ。


「これはこれはリーシア殿、こんばんは。あなたの方こそこんな時間にどうされたのですか?」

「先に質問したのは私ですよ。セルジオ殿」

「ふぅ。すいませんね。長年秘密にしていた娯楽を見つかってしまい動揺してしまいました」

「娯楽ですか?」

「はい、王宮での職務は何かと心労が溜まります。それを発散させるために夜中に娯楽街へ遊びに行くのです。褒められた娯楽ではないので人目を避けていました。もっとも人目を避けて行動するのもなかなか面白いのでそれもちょっとした趣味になりつつあります」

「そうでした。それは失礼しました。私はてっきりセルジオ殿が逃げるのではないかと思いました」

「逃げる? この私が何故です? 国王軍が勝ったのなら逃げ出す必要はありません」


 セルジオの職業は宰相を支える政務官の一人で、王城に勤務している者は今回の内乱では国王側だと誰もが認識していた。だから逃げ出す必要なないとセルジオはリーシアに弁明した。


「確かに国王軍が勝ったなら政務官のあなたは逃げる必要はありません。ですが、国王を裏切り反乱軍に加担していたのであれば話は変わってきます」

「私が反乱軍に加担していた! 政務官でもあり、王の相談役でもある私がそのようなことを何故するのですか?」


 セルジオは十七歳から二十代後半まで大陸のある国に留学していた。大陸の学問と政務を勉強するためのもので、帰国してからはその知識と経験から外政を担当し、ときには国王の相談役をしていた。王宮内では宰相に次ぐ実力者であった。


「なにか根拠はあるのですか? 反乱軍の者…………例えば主犯のナジム伯爵が私と内通していたと証言したのですか?」

「いいえ、ナジム伯爵からは何も聞かされていません。彼はまだ話せるほど回復していませんから……」


 ナジム伯爵は戦に負けたショックとトリスの受けた負傷で口も開けない状況だ。だが、王都に連行される数日中には回復が見込まれ、王都に着いたらナジム伯爵の裁判を行う。


「ならば何故私を疑うのですか? 先ほども言いましたが城を抜け出したのは娯楽街に行くためです。まさか、娯楽街に行くことが罪になるとは言わないですよね」

「確かにあまり公にできる趣味ではありませんが、罪になることではありません。ましてや娯楽街に行くだけで国王を裏切り反乱軍に加担していたなどと言うつもりもありません」

「でしたらそこを退いて下さい。この場で起きたことはお互いに秘密にしましょう」

「いいえ、ここを退くことはできません。主からの命令なので」


 リーシアがそう言うと後ろから一人の人物が姿を見せた。


「アルシェ!」


 セルジオが発した言葉はアルフェルトの母親の愛称だ。本名はアルシェリーナ。ボルフェルトの第二王妃である人物だ。家臣なら王妃の名を愛称で呼ぶような不敬は行わない。だが、セルジオにとってアルシェリーナは年下の幼馴染みであった。


「私がリーシアに命令しました。セルジオ、お久しぶりです」

「……………………アルフェルト王子?」


 アルフェルトの母親であるアルシェリーナは既に他界している。死人が目の前に現れることはないとセルジオは長い戸惑いの後に気が付きアルフェルトだと思い至った。しかし、セルジオの前に現れたアルフェルトはアルシェリーナの生き写しだった。


 髪や瞳の色は違えど顔つきから雰囲気まで瓜二つだった。しかもアルフェルトがいま身に付けている服装はアルシェリーナが好んで身に付けていた物だ。薄暗い夜道では間違えるのも無理はなかった。


「アルフェルト王子、男であるあなたが何故アルシェリーナ様の服装をしているのですか?」

「似合いませんか? リーシアにはよく似合っていると言われました。あなたもお母様と見間違えましたよね」

「お戯れを。アルフェルト王子がアルシェリーナ様に似ていても王族が女装などしてはいけません」

「そうですね。男であれば問題ですが、女である私が着るのは問題はありません」

「はあぁ?」


 アルフェルトが女性だと知っているのはまだ、戦場にいる兵士達しか知らない。伝令係もそのことは公開するなと厳命されているため王都にいる家臣達はまだその事実を知らされていなかった。


「私はお母様の名誉を守るためにいままで男性のフリをしていました。ですが、今回の戦でお母様の名誉は守られるので私の秘密を公開することになりました。お父様の凱旋とともに発表されます」

「アルシェリーナ様が……、アルシェリーナが……、女児を産んでいた。彼女は私を裏切りボルフェルトの女になった…………、男児ではなく、女児を産んだ? それなのに名誉は守られた?」


 アルフェルトの言葉にセルジオは混乱していた。あまりにも信じられない状況に頭が追い付いてこなかった。


「やはり、あなたはお母様に好意を持っていたのですね」

「好意だと……、ああ、そうだ婚約者に好意を持って何が悪い!」

「婚約者? お母様はあなたと婚約なんてしていません」

「こ、子供頃に……」

「子供のお遊びですよ。小さい頃に誰もがした他愛もないことです。それにあなたがお母様に好意を持ったのは妃となった後でしょ?」


 セルジオとアルシェリーナは七つ年が離れていた。セルジオが留学に出たのが十七歳。そのときのアルシェリーナはまだ十歳の子供だった。当時のセルジオはアルシェリーナのことを妹のようにしか見ていなかった。


「あなたは帰国した後に王妃となったお母様を見て惚れ込んだ。美しく成長したお母様を見て自分の物にしたくなったのでしょう?」

「ち、違う。私は子供の頃から彼女を……」

「あなたの言うとおり、子供の頃からお母様に好意を持っていたのなら手紙の一つも寄越さないのですか? あなたが留学中に一度でもお母様に手紙を出したことはありますか?」

「…………」

「ありませんよね? あるのは王妃となった後から。王妃にそのようなことをすれば普通は死罪ですよ」

「そうだ。だが、私は罰せられたことはない。それは彼女が私を愛していたから……」

「いいえ、お母様がそのことをお父様に言わなかったのはあなたを愛していたのではなく、あなたが大事な家臣だったから。セルジオ、あなたの損失は国益に繋がると判断し、王妃として黙秘したのです。それなのにあなたはお母様の気持ちに気が付かず、さらに反乱軍に国王軍の情報を漏らしていた」

「わ、私は反乱軍と取り引きなどしていない」

「あなたの弁明はナジム伯爵の尋問が終わった後に聞きます。ですが、十中八九あなたは内通していた。こんな夜中にでかけるのは娯楽街にいくのではなく、外国に逃亡するために。留学先に伝手があり、貯蓄と知識があればあなたは外国での生活も困らない筈です」

「たったそれだけの理由で私を裏切り者にするのか!」

「いいえ、それだけではありません。お母様の遺言です」

「遺言?」

「それはあなたには関係ないことです。ナジム伯爵の尋問が終わるまであなたを隔離します」


 アルフェルトがそう言うと暗闇から数名の男達が現れセルジオを取り押さえた。セルジオは拘束され、自殺しないように猿轡を着けられ連行された。


「アルフェルト様、終わりましたね」

「リーシア、ありがとう。本当ならすぐに拘束すべきだったのですが、セルジオの内心がどうしても知りたかったのです」


 アルフェルトにとってセルジオは良い家臣だった。外国の知識や言葉は彼から教わった。ボルフェルトにとっても良い家臣の筈だった。だが、実際はそうではなかった。ナジム伯爵に情報を流し国王を裏切っていた。


 補給部隊の輸送路や輸送物資のことはセルジオなら知ることができる。意図しなくてもセルジオには情報が集まる。彼は国王の相談役だけでなく事務官達の相談役でもあった。豊富な知識と広い視野を持つ彼を誰もが頼り相談していた。そんなセルジオを裏切り者だとは誰もが思わなかった。ボルフェルトもアルフェルトもセルジオを信頼していた。


 そんなセルジオを唯一疑っていたのは他界したアルシェリーナだけだった。セルジオの下心を知っていたアルシェリーナは彼が危険人物だと気が付いていた。いつか王国に仇なすと思い死ぬ間際にその事実をアルフェルトに託していた。

 

「国が乱れたらまず、セルジオを疑いなさい。お母様の遺言でした。でも、私はその遺言を忘れていました」


 アルシェリーナが死んだときの悲しさと信頼している家臣を疑うような遺言に幼いアルフェルトは混乱してしまった。さらに王族としての責務とアルシェリーナとの習慣がなくなり、遺言のことは忘れてしまった。


 アルフェルトは誕生日だけ女性服を着る習慣があった。アルシェリーナが存命のときは必ず行っていた。しかし、アルシェリーナが他界したことによりその習慣がなくなった。久しぶりに戦場で女性服を着ることになり、袖を通したとき皮肉にもアルフェルトはアルシェリーナの遺言を思い出した。


「私がもっと早くお母様の遺言を思い出していたらこの内乱も早く終えていたのですかね……」

「それは意味のない問いです。ですが、もっと悪い状況に陥っていた可能性はあります。ナジム伯爵が用意していた軍師や騎馬隊は機能こそしませんでしたが驚異でした。トリスさんがいなければ負けていたのは我々だったかもしれません」

「そうですね。リーシアの言うとおりかもしれません。トリスさんに出会えたことを神様に感謝しましょう」


 国を乱した者。国王を裏切った者。数年にも渡る内乱がこれで終わった。後に残るのは事後処理だけだ。第一王子についても捕らえられている頃だ。これでようやくバエル王国に平和が戻る。




 セルジオが捕らえられた数日後。国王軍が王都に凱旋した。内乱の首謀者であるナジム伯爵と第一王子は白い囚人服を着せられて檻の中で晒し者にされた。ボルフェルトや兵士達は英雄とされ彼らが一挙手一投足に国民は大いに湧いた。そして、中でも注目を浴びたのがアルフェルトだ。


 凱旋を行う前にアルフェルトが女性だと公表された。民衆の誰もが驚き、さらにアルフェルトがセルセタの神託を受けたとも公表された。


 セルセタから神託を受けたアルフェルトは国王軍を勝利に導き『神託の巫女』、『王家の至宝』と崇められた。王家の生まれた女児は後継者としてなり得ないため、王族としては位が低くみられる。しかし、今回の戦でその認識は改まり始めていた。


 王家の女児は神からの神託を受けられる『神子』や『巫女』になり得ると国民達は思い始めていた。数年に渡る内乱を収めたアルフェルトは女性の王族では始めて王冠を被る者と噂され始め、彼女を産み育てたアルシェリーナは『巫女母』として敬われる始めていた。

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