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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
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島国 バエル王国 理不尽な戦場

 戦場には轟音と業火が嵐のように荒ぶっている。兵士は必死に業火から逃れようと走るが、空から降り注ぐ火球は容赦なく逃げる兵士達に襲い掛かった。皮膚と肉が焼ける匂いと負傷や恐怖による兵士達の悲鳴が戦場を覆い尽くした。


 アルフェルトはその光景を見て汗が止まらなかった。暑さからくる汗ではなく、恐怖からくる冷や汗だ。自分の身体が氷のように冷たく感じられていた。


「助けてくれ!」

「嫌だ、死にたくない」

「俺はこんなところで焼け死ぬなんて嫌だぁ」


 アルフェルトの耳には戦場から聞こえる兵士の断末魔が何故かはっきりと聞こえていた。どの声も凄惨たるもので必死に逃げる反乱軍の兵士達をアルフェルトや国王軍の兵士は見ていることしかできなかった。


 助けに行けば自分達も同じように火球の餌食になってしまう。その恐怖心から救いに行くこともできず、できることは火球の脅威から運良く逃げてこられた兵士を()()するだけだ。


 火球の脅威から逃げてこられた兵士は皆焦燥しており、酷い火傷を負っている者もいた。国王軍の兵士は敵である兵士を保護するなど普通の戦場ではあり得ないことだ。だが、目の前の光景はあまりにも無慈悲で理不尽だった。




 開戦する数日前、アルフェルト達が村を出立することを決めた夜、アルフェルトはトリスから信じられない案を出された。トリスの案は村を守るためにギレルとベルディアの二人を傭兵として雇用することだ。当然、そのような案は承認することはできないとアルフェルトは却下したが、トリスは対価としてトリス自身が戦争に加担することを提示してきた。


 トリスの実力は疑うことなく強大で戦力として取り込めるなら魅力的な提案だ。しかし、その提案は遅すぎた。開戦まで数日しか状況ではトリスの力は戦場に混乱を招くだけだ。


 戦争は個人が幾ら強くても意味はない。トリスがたとえ一騎当千の実力があったとしても戦争は個人の戦力ではなく、軍の戦略がものを言う。個人の力が突出していても周りとの連携が取れなければ負の要因となってしまう。


 今からトリスを軍に入れて周りと連携させるには時間がない。戦に詳しくないアルフェルトでもそのことは判っているのでトリスの案は対価とはならなかった。アルフェルトはトリスの申し出は嬉しく思いながらトリスの参戦については却下した。


 だが、トリスはなおも食い下がった。トリスも自身が軍に組み込まれても戦力にならないとは百も承知していた。だから、単独で反乱軍の戦力を削ると言った。開戦と同時にトリスは自身が使用できる最大級の魔術を使い、反乱軍を攻撃すると言ってきた。


 如何に優れた魔術師でも個人で使用できる魔術では限りがある。一度で使用する魔術では多くて数十人の敵を攻撃することができれば良い方だ。万を超える軍勢を相手にするなら数百人以上を巻き込む魔術でないと効果は現れない。魔術用の触媒を使ったとしても現段階の魔術ではそこまでの被害を出すことはできないと論されている。しかし、トリスは数千人に被害がでるとアルフェルトに進言した。


 その言葉にアルフェルトは心が揺れた。トリスは決して虚勢を張るような人物ではない。思慮深く自身の実力と相手の実力を正確に分析する人間だ。更に今までの実績と実力からすると本当にできるのかもしれない。


 トリスの魅力的な話にアルフェルトは暫く悩み、トリスの案を受け入れることを決めた。その結果、ギレルとベルディアは村の守護に就いて貰うことにし、翌朝アルフェルトはトリスとリーシアを引き連れて国王軍と合流するために村をでたのだ。




「それは本当のことか?」

「はい、お父様。私が捕らえた遊撃隊の隊長を尋問して情報を聞き出しました」


 村を出た日の夕方、アルフェルトは無事にボルフェルトを合流することができた。アルフェルトはボルフェルトがいる天幕に行き、ギレルから得た情報を報告した。


「では、ナジム伯爵はこの戦に勝利する策を持っていると言うのか」

「間違いないと思います」

「傭兵の言葉を鵜呑みにするのは危険だが、あのナジム伯爵が無策で戦いに挑むよりは信憑性がある。判った明日の軍議で通達しよう」

「ありがとうございます。それともう一つの報告があります。実は遊撃隊の隊長を捕獲した後のことですが……」


 アルフェルトが村で起きた出来事とトリスと新たに結んだ契約を話した。


「それでトリスさんと新たな契約を結び、トリスさんが参戦することになりました」

「そうか……、彼が参戦してくれるのは嬉しいが本当に数千もの敵を倒せる魔術があるのか?」

「判りません。しかし、彼はできないことを口にするような人物ではありません。多少の誇張はあったとしてもかなりの大規模な魔術を使うようです」


 トリスは魔術を使う準備のためここを離れていた。トリスは言い分ではその準備にはかなりの時間を要するため、連絡要員としてリーシアを引き連れ作業に赴いた。


「トリスさんの話では開戦と同時に魔術を発動させ、乱戦におちいる前に反乱軍を攻撃します。味方の兵士を巻き込まないため、突撃はしないようにと忠告されました」

「それは難しいことを言う。兵士にとって先陣を切るのは戦の華。それを控えろと言うのは士気に影響する。何か良い言い分を考えなければ……」

「それについてもトリスさんから提案がありました。私の正体を兵士の前で明かします。私が女性であることを明かして、セルセタの神託が下りたと虚言するのです」


 バエル王国では島独自の信仰がなされていた。セルセタとは主神に使える女神のことで気性が荒く、男勝りな女神で火と酒をこよなく愛したと伝わっていた。アルフェルトもトリスに面会したときにセルセタと名乗ったのは信仰からの引用だった。


「私が女性だと知れば今後の王位継承に影響がでます。しかし、この問題はいずれ解決しなければなりません。ならば戦時中にもっとも効果的な方法をとり、家臣や民衆に王族の力を知らしめます。たとえ真実と違っていたとしても、王族の力を知らしめることができれば私が女性だったとしても王族を軽視するようなことは起きないとトリスさんからの進言です」

「…………確かにお前の問題はいずれ解決する必要がある。王位継承者を産めなかったと亡き王妃の誹謗中傷を避けるために今まで隠していた。だが、アルフェルトがこの戦で何かしらの功績を残せば王妃の名誉は守れ、神託を受けた巫女となれば今後は神聖視される。確かに悪くない案だが問題はトリスの魔術の規模だ。神の名を使うのであればかなりの力を見せつける必要があるぞ」

「私もそれを懸念しています。今の魔術ではそこまで大規模な術はありません。ですが、先ほども言いましたがトリスさんはできないことを口にするような人物ではありません」

「確かに彼の性格から考えると自身を誇張するようなことはしない。…………危険だが賭けてみるか。ナジム伯爵の策が判らない以上、何か手を打つ必要がある。明日の軍議で妙案がでなければトリスの案を受け入れよう」


 翌日、戦の事前軍議ではナジム伯爵の策については誰も心当たりがなく、対策を立てることも妙案をだすこともできず軍議は終了した。そのため、ボルフェルトはトリスの案を受け入れ、トリスの忠告に従い作戦を立てたのだ。




 平原の中心地で国王軍と反乱軍は互いに陣を形成し対峙していた。国王軍は防御を主とする陣に対して反乱軍の陣は攻撃を主とする陣だ。兵士の士気については国王軍の方が若干高かった。アルフェルトが出陣前の演説で自信を女性だと正体を明かし、さらにセルセタの神託を受けたと語った。


 アルフェルトの性別が女性だと知り、兵士の動揺は大きかったがアルフェルトは自身にセルセタから神託が下ったと宣言した。神託の内容は王国を乱す大罪人はこの戦でセルセタが自ら罰を与えると言うことだ。その信託を受けたアルフェルトは自ら先頭に立ち神と兵士達に祈りを捧げると宣言した。


 王族が神から神託を受けるなど聞いたことないが、アルフェルトの神秘的な装いと凛とした様子から『神託の巫女』と言う言葉が何処からか上がり、それは大規模な合唱となり兵士達を鼓舞した。そして、開戦の合図がなされた。


 国王軍は事前に取り決めたとおり突撃するようなことはせず、大盾を持った重装兵士が先頭で身構えた。対して反乱軍は長槍を持った兵士が突撃してきた。二つの軍が衝突する。激しい戦闘が始まると誰もが思ったとき、突然の爆発音が辺りに鳴り響くと同時に戦場に強大な火球が出現した。


 その火球は三つもあり反乱軍の行く手を立ち塞がるように出現し、火球はそのまま空中で停止した。予想しなかった出来事に誰もが驚き巨大な火球を見上げた。


 火球は暫く空中に佇んでいると突然に人の頭ほどの大きさ火球を生成し反乱軍の兵士に目掛けて撃ちだし、数は一つの火球から数百もの量が打ち出された。三つの巨大な火球から撃ち出された火球は瞬く間に反乱軍の陣を蹂躙し始めた。


 反乱軍の兵士達は突然のことでなす術もなく火球の餌食となっていった。一人の兵士に当たった火球はその場の爆発し近くにいた兵士を巻き込んだ。兵士に当たらず地面に落ちた火球は大地を溶かし大地を焼いた。まるで地獄のような出来事に反乱軍の陣形は崩れてい行った。




 戦場から少し離れた高台でトリスは自分の魔術が発動したのを確認していた。開戦の合図とともに戦場で待機させていた眷属粘性動物(ファミリア)を操作し設置してあった魔術を起動した。魔術は特殊な魔術陣を用いた物でこの魔術陣でウォールドから授かった最上級の火炎魔術を使用した。


 トリスは火と雷の魔術は中級までしか扱うことできなく、それ以外の水や風の魔術は初級までしか扱うことができない。ただそれは戦闘中に限った話で時間と触媒を使えばウォールドから教えられたあらゆる魔術を扱うことはできた。


 ウォールドはトリスに魔術を教える際に、戦闘中で魔術を使用するときは瞬時に発動させる必要があると教えた。どんなに時間が掛かっても十を数える間に発動しなければ戦闘中には使えないと称していた。


 この考えはウォールドが長年の経験から得たことで、特に単独(ソロ)で行動するのであれば命に関わることなのでトリスのことを思い忠告していた。だが、今回のように魔術陣を作り、遠方から発動させるのであればその教えに従う必要はなかった。


 トリスが使用した魔術は通常は拳よりも大きめの火球を数十発撃ちだす物でウォールドが最も得意とした攻撃魔術であった。ウォールドはこの魔術を発動するのに五つ数える程度で、トリスは百を数えるまでの時間を必要としていた。ウォールド以外のこの魔術を扱うのはとても難しいがその威力は絶大だ。この魔術を受けて生き残れる魔物は滅多にいなく、群れで行動する魔物にも有効だった。トリスはこの魔術を魔術陣で威力を増幅させしようした。


 魔術を増幅させるのに魔術陣を使うのは一般的な方法だ。だが、トリスが作った魔術陣は特殊でA級品の魔鉱石を粉末状にしてそれで陣を形成した。通常の魔術陣では魔鉱石を粉末状にするようなことはしない。陣には組み込みはするが再利用するため陣から取り外しできるようにしていた。


 魔鉱石を粉末にしてしまうと使い捨てするしかない。しかも、高価なA級品の魔鉱石を使用するなど通常では考えられない発想だった。魔鉱石を大量に所持しているトリスだから、惜しげもなくそのような使い方ができる。


 粉末状にされた魔鉱石は一度しか使用できなくなるが、その反面魔術を効果的に増幅することには適していた。魔鉱石の粉末で形成された魔術陣から発動された魔術は通常の数百倍の威力となった。


 拳くらいの大きさの火球は頭ほどの大きさになり、数も数百まで膨れ上がった。更に恐ろしいことに魔術陣はまだ機能を停止していなかった。一度にそれだけの威力を見せつけたが魔術陣はいまだに動作している。停止するまではあと十数回は火球を生みだすことができる。


 トリスはその様子を見て満足していた。自分が計算した通りの威力を放つ魔術を見て達成感に満ちていた。平原のような開けた場所がない『迷宮』では自分達にも被害がでてしまう。そのために今まで使用を控え威力の実証をすることができずにいた。その実証ができてトリスは大いに満足していた。


 普段のトリスならばたとえ実証ができる機会があっても自重していた。しかし、度重なる心労で心のタガが外れ、このような暴挙に至ってしまった。近くにリーシアがいなければ声をだして笑っていただろう。


 そして、トリスの近くで戦場の様子を見ていたリーシアは恐怖の顔色が蒼白になっていた。トリスから事前に話は聞いたがこれほどの威力だとは思わなかった。あまりにも無慈悲で理不尽な戦場を目にして、リーシアは敵である反乱軍に同情を禁じ得なかった。

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過去の投稿も修正を行おうと思っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正していきます。

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