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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
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島国 バエル王国 心労による思考

「では、あの兵士達は反乱軍の者達なのですか?」

「はい、国王軍に扮して悪事を行っていたようです」

「道理で変だと思いました。数日前に来た国王軍の兵士は非難するよう勧告してきたのにあやつらは昨日村に来ると非難をするな。自分達の言うことに従えと言ってきたのです」


 村長の家でアルフェルトは村長と幾人かの関係者が集まり、先ほどの出来事について話をしていた。村長が言うには正規の国王軍の兵士は開戦が決まった段階で村へ避難の指示をしに来た。村人全員が避難の準備をしていざ村を出ようとしたときの先ほどの国王軍に変装した兵士達がきた。


 兵士達は避難の指示を取り消し村の備蓄を勝手に持ち出して宴を始めた。勿論村人が逃げ出さないように広間に集めて自分達の監視下において傍若無人に振る舞っていた。


「怪我人は出ましたが幸いなことに死者はでませんでした。王子様達が来なければもっと悲惨な目にあっていたでしょう。本当に感謝します」

「頭を上げて下さい。元々は反乱軍を抑えられていない私達にも責任はあります」

「寛大なお言葉有り難くいただきます」

「それよりもこれからのことを考えましょう。今から避難はできそうですか?」

「正直に言いますと厳しいです」


 アルフェルトが訪ねた避難と言う言葉に村長は難色を示していた。兵士達による村の被害は軽微だったが、それでも片付けなどで今日は村から出ることはできずにいた。それに問題なのは斬られた女性だった。命は救うことはできたが暫くは安瀬が必要だ。荷馬車に乗せて運ぶこともできるが傷が開いたり、傷口が膿んでしまう可能性があるのでこの村から出すのは得策ではなかった。


「彼女一人を置いていけば避難することはできますが、それはあまりにも残酷です。せっかく助かった命なのにそれを捨てることは我々にはできません」

「そうですかよね……」


 村長の言葉にアルフェルトは頷くことしかできなかった。助かった命を捨てる命令をアルフェルトは出すことができない。それにここで無理に村人を避難させても遺恨が残ってしまう。


「それよりも王子様の護衛の方はお強い。それに傷の手当てもできるほど博識でいらっしゃる」

「全くです。傷の縫合も見事で薬草の知識もあるなんて村の薬師も驚いていました」

「彼が噂に聞く近衛騎士なのですか? 近衛騎士は文武に優れた者しか務まらないと聞きますから」


 アルフェルトの悲痛な表情を見た村人達は避難の話を逸らすようにトリスの話を始めた。村人達は既に避難することはできないと悟り無理やり明るい話題をし始めたのだ。村人達は覚悟を決めているようで、このまま村に残り戦火が過ぎ去るのを静かに待つことにしたのだ。


 そんな従順な彼らの態度にアルフェルトは胸を痛めることしかできずにいた。




「この薬草を使ってください」


 トリスの前に出されたのは擦り傷に使われる一般的な薬草だった。この薬草はすり潰して他の薬草と混ぜることで火傷や擦り傷によく効く軟膏ができる。しかし、深い切創には向かない薬草だった。トリスはその薬草を出した子供の頭を撫でながら薬草を受け取った。


「ありがとう。この薬草はもう少しお母さんの傷が癒えたら使うよ。だからは今はこの薬草を持って来てくれるかな? お母さんは血を多く流したからこの薬草が必要なんだ」

「うん、判った。探してくる」

「村の外には出るのは駄目だ。村で持っている人から譲って貰え」


 トリスは自分の鞄から増血剤を作るのに使用する薬草を子供に渡し、集めてくるように頼んだ。


 トリスは村にある小さな診療所で女性の手当を続けていた。応急処置が無事に終わり今は感染症の予防に使う軟膏や増血剤を作成していた。そんなときに女性の子供が自発的に薬草を集めてトリスに渡しにきたのだ。自分にできることを幼いながら必死に考え行動したのだ。トリスもそのことを察し子供にもできる仕事を依頼した。


家から飛び出していった子供は嬉しそうな顔がトリスの印象に残った。トリスはそんな少年の心境とは裏腹に沈んでいたからだ。


 トリスは先ほどの自分の軽率な行動を悔やんでいた。村へ侵入したまでは冷静に行動していた。しかし、兵士達が行っていた『余興』を目にしたときから冷静でいられなかった。特に母親が斬られたのを目にした瞬間にトリスの身体は動いていた。気が付いたときには兵士を倒し母親の応急処置を行っていた。


 兵士の遺品から彼らはギレルやベルディアの言うとおり反乱軍の兵士だった。だが、トリスが行動を起こしたときはまだ可能性でしかなかった。もし本当に国王軍の兵士だった場合は問題が起こる可能性があった。最悪の国王軍の作戦を妨害したときして処罰される可能性すらあった。そう考えるとトリスのとった行動は軽率だった。


 自分がどうしてそのような軽率な行動をしたかはトリスには判っていた。アルカリスを離れ復讐を後回しにして自分の拘りを解消するためにこの国に来た。イーラが死んだことにより、自分がかつて抱いた思いを叶えるために。だが、それは叶うことはできなかった。イーラという逸材は剣聖と呼ぶに相応しい男だったと今更思いしらされた。


 イーラはシーダンと同じ『身体強化の魔術』を独自に身につけていた。しかも、シーダンが取得していなかった第二段階の『制御』と第三段階の『付与』まで取得していた。魔術師でないイーラは自分の力を正確に理解はしていなかったが力に溺れることなく鍛錬を行っていたのだ。


 イーラは元々も武門の生まれで剣術はきちんと基礎から学んでいた。だが、魔術に関しては素人だったイーラはその力を魔術だとは気が付かずにいた。何か特殊な力だと理解はしたのでイーラは手探りで自らの身体を強化することに成功した。


 トリスと出会ったころはまだ片鱗しかなかったが、一年を経過したころには第二段階の『制御』を覚え第三段階の『付与』を拙いが扱うことはできていた。魔術の知識がなかった当時のトリスはその力についてはよく判っていなかったが、フォールドから『身体強化の魔術』を習ったことでイーラの力について知ることができた。


『迷宮』に行く前のトリスではイーラに全く歯が立たなかった。剣術の腕もイーラが上で更に『身体強化の魔術』まで使われると剣を数回合わせるのが精一杯だった。だから、『迷宮』を脱出したときにトリスは復讐と同じくらいイーラとの再戦を望んでいた。


『迷宮』で鍛えた腕とイーラと同じ『身体強化の魔術』を身につけたことにより何処までイーラに近づけたのか知りたかった。だが、イーラの死によってその願いはもう叶わない。しかし、どうしても諦めることはできず一縷の望みを求めてこの島まできたが無駄足だった。


 イーラと同じように第一段階まで取得していたシーダンだったが、シーダンの剣術の腕はあまりにもお粗末だった。格下の相手としか戦っていなかったためか剣術の腕は二流で、『身体強化の魔術』も第一段階の『発動』しかできていなかった。自らの力を研鑽することはせず宝の持ち腐れ状態だった。


 一縷の望みをかけてわざわざこの島に来たトリスにとってその事実は心に負担をかけていた。シーダンとの戦闘後からトリスは心労が貯まり続け、自分の望みが叶わなかったことによる落胆と激しい憤りを抑えながら行動していた。そんなときに兵士達が行った余興を見せられ、感情が理性を凌駕し、軽率な行動を起こしてしまった。


 感情のままに動いてしまった自分を諫めながらトリスは未だに自分の心の奥底で燻っている思いを解消することができずにいた。




「トリスさん、少しよろしいですか?」


 母親の傷の手当てが終わり休んでいるとアルフェルトが声をかけてきた。時刻は既に夜になっておりアルフェルトはトリスを夕食に誘いにきたのだ。


「村長さんが私達のために夕食を用意と宿の手配をしてくれました。患者のことは村の薬師さんが看るのでトリスさんは休んでください」

「判った。夕食は宿に用意してあるのか?」

「はい、リーシア達が待っているので一緒に行きましょう」


 王子であるアルフェルトが自らトリスを呼びに来たのは理由があった。トリスもそのことを察したのでアルフェルトの誘いに素直に応じた。トリスは交代する薬師と患者の容態を話して診療所をでた。


「女性の容態はどうですか?」

「安静にしていれば問題はない。血を流しすぎたから栄養価の高い薬草を混ぜた麦粥を食べて過ごせば回復する」

「それは良かったです……」

「それで話の本題は何だ? 患者の容態を聞きに来ただけじゃないだろ?」

「……はい、予定通り明日この村を出発します。住人には気の毒ですが私達がここに残ってもできることはありません」


 アルフェルトは悔しそうに唇を噛みしめながら村を見捨てることを選択した。このままアルフェルトが村に残ってもできることはない。それよりもボルフェルトのところに行き自らの役目と新たに得た情報を伝えることを選択した。


「トリスさんは引き続き私と一緒に来て頂きます。リーシアだけでは護衛の不安がありますので……」


 アルフェルトは申し訳なさそうにそう告げた。トリスもアルフェルトが村を出ると言った時点で予想はしていた。トリスがこの村に残れば村が戦渦に巻き込まれても村人が助かる確率はかなり高くなる。だが、それではアルフェルトが無事にボルフェルトに会える保証は下がってくる。


 ギレル達が裏切る可能性は少ないが逃亡する可能性はあった。ギレル達はあくまで捕虜なのでこのまま国王軍と合流すれば捕虜として身柄を拘束される。そのことを考えるとギレル達が逃亡する可能性は十分にあった。


 また、反乱軍の偵察隊に見つかる可能性もあった。反乱軍も既に集結しつつある状況下なので偵察隊は当然各所にいる。アルフェルトが偵察隊に見つかれば間違いなく身柄を拘束され人質になるだろう。それら危険を考えればトリスを村に残す選択肢はなくなる。


「明日の朝には出発しますのでトリスさんもそのつもりでいて下さい」

「…………」


 普段のトリスなら即答するのだがどうしても返答をすることができずにいた。せっかく助けた命を見捨てる行為に躊躇しているのか、それとも別の理由があるのか考えをまとめられずにいた。答えが出せない自分にトリスは憤りを感じつつ気持ちや思考が暗くなっていくのを感じていた。


 そして、普段なら決して辿り着かない結論に達してしまった。




 翌朝、トリスとアルフェルトとリーシアの三人は村を後にした。見送りにはギレルとベルディア、そして村人達がいた。彼らに見送られながらアルフェルトはトリスの顔を見た。その表情はどこか思い詰めており、僅かだが狂気の気配を漂わせていた。


誤字脱字の指摘や感想などを頂けると嬉しいです。

評価やブックマークをして頂けると励みになりますのでよろしくお願いします。


過去の投稿も修正を行おうと思っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正していきます。

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