島国 バエル王国 余興……苛立ち
私用と体調不良が重なり二週間投稿できませんでした。(>_<)
夜空の闇が少しずつ薄れ、星の光よりも日の光が増して日の出の時間が近づきつつあった。遊撃隊員の遺体は骨だけが残り綺麗に火葬された。トリスは穴に土を入れ埋葬を行った。ギレルとベルディアは仲間達に冥福の祈りを捧げ、アルフェルトとリーシアはそれを黙ってみていた。
トリスは穴を塞ぐと土を踏み固めそこに石碑をおいた。石碑と言っても子供くらいの大きさの石で銘などの加工は一切されていない。だが、事情を知る者にはただの石ではなく墓標だと判る。ギレルとベルディアはトリスの度重なる気遣いに深く感謝した。
ギレルとベルディアが墓石に祈りを捧げ終えるとトリスは今後の方針をアルフェルトに問うた。
「これからのことは決まったのか?」
「……一旦お父様のいる本軍に行きます。作戦の成功と新たに得た情報を伝えます」
「賢明な判断だ。捕虜の二人も連れて行くのか?」
「はい、情報の真偽についてはまだ確信とは言えません。お父様や家臣達も私から聞くよりも本人に直接聞きたいと思います。なのでトリスさんには本軍までの護衛と捕虜の監視をお願いします」
「判った」
アルフェルトの方針にトリスは反対することはなく五人はボルフェルトいる本軍に向かうことになった。
「王子、一つ質問してもいいか?」
「何ですか?」
「どうして俺とベルディアを拘束しない。それどころか武器まで返し俺達が裏切るとは思わないのか?」
ギレルは国王軍に向かうために歩き始めたが、ギレルとベルディアは拘束はされておらず、それどころか武器まで返された。捕虜に対する扱いではなかった。
「トリスさんがその方が良いと言いましたから。この島は熊も多くいますし、野生動物に襲われたらあなた達は身を守る術はありません」
「それはそうだがこの武器を使って王子を人質にすることも可能なんだが……」
「そうですね。でも、それはトリスさんがいる間は無駄だと思います。あなた達が行動するよりもトリスさんの対応の方が早いです。それにあなたはそんな愚を犯す人間ではないと私も判断しています」
「…………随分と聞いていた話と違うな」
「私のことを誰かから聞いていたのですか?」
「ああ、反乱軍ではアルフェルト王子のことも度々話題に出ていた。第一王子とは違い国王に従順で王族の責務を全うしている優秀な王子。だが、その反面自分の意見や意思などはない人形のような王子だと聞いていた」
「確かにそうですね。少し前の私はそんな感じでした。今は面倒なので自分の意思で行動しています」
「華奢な外見とは違ってなかなか剛毅な気質もあるようだ」
「女の子に剛毅と言うのは失礼ですよ」
「王子!」
アルフェルトのとんでもない発言にリーシアが悲鳴に近い声を上げた。アルフェルトは自分が女だと言うことを自ら打ち明けた。
「アルフェルト様、何を言うのですか!」
「隠していても意味がないから言いましたが、何か問題でもありますか?」
「だ、大問題です」
「女?」
「王子ではなく王女なのですか?」
「ええ、私は女です。なので次の国王になる資格はありません」
「そんな重要なことを俺らに喋っていいのか?」
「問題ありませ……」
「問題あります」
「…………リーシア、話の腰を折るのは止めて下さい。私がギレル達に正体を明かすのは誠意に対する返答でもあるのです。ギレルはトリスさんの誠意に応えて私の質問に嘘偽りなく答えました。それはトリスさんへの誠意であって私に対するものではありません。私は彼らに何もしていませんから当然です」
アルフェルトは一呼吸し、話を続けた。
「相手に無償で何かを求めるのは一種の甘えです。無償で何か求める前にまずは自分から行動する必要があると私は最近になって学びました。今の私はギレル達の誠意に返す等価を持っていません。なら誠意には誠意を返すのが一番だと思い正体を明かしました」
「アルフェルト様…… そのような思惑があったと知らず口を挟み申し訳ございません」
「いいのです、リーシア。秘密を守ろうとするあなたに相談しなかった私にも非があります。これから私も一言相談するようにしますね」
アルフェルトはリーシアの手を取りながらリーシアの謝罪を受け入れ自分の考えを伝えた。その様子を見ていたトリスはアルフェルトの変化に驚いていた。アルカリスで出会ったときは多少の使命感はあったが世間知らずで自主性が足りない印象だった。バエル王国に戻ってからは少しずつだが自主性を見せ始め今に至っている。
王族としていい傾向なのか悪い傾向なのかは一般人のトリスには判らないが、人が変化することは決して悪いことではないとトリスは思っているのでアルフェルトの変化についてはトリスは好ましく思っていた。
王国軍との合流できるまでに半日の距離まで近づいたところでトリス達は一つの村に向かっていた。このまま進むと国王軍との接触は夜になってしまう。それなら一晩だけ村の休息した方が良いと考えタラス平原が近くにある村へ向かっていた。
「避難勧告が出ているので村には誰もいませんが、建物や井戸を借りることはできます」
「勝手に使っていいのか?」
「大丈夫です。置き手紙をしてあとで連絡をするので一晩だけ使わせて貰いましょう」
「それにこれから向かう村は温泉があります。公共の施設なので誰でも使えるので身体を休めるにはうってつけです」
「本当ですが!」
リーシアの温泉という言葉に一番反応したのベルディアだった。ベルディアは出陣してから身体を洗っていない。遊撃隊員達はベルディア以外は男なので不用意に肌を露出させることを控えていたため、ベルディアは何日も身体を洗っていなかった。アルフェルトやリーシアもベルディアほどではないが身体を洗わない日々が続いていたので、温泉で汚れを落としたい気持ちが少なからずあった。
「お父様達に会うのは明日になりますが、汚れた格好で会うのも不敬になりますので今日は温泉で汚れと疲れを流しましょう」
「「はい」」
アルフェルトの言葉に女性陣が勢いよく返事をするがトリスだけは険しい表情をしていた。
「トリスさん、険しい顔をしていますが何か気に障りましたか?」
「アルフェルトの言葉が気に障ったわけじゃない。村の様子がおかしい」
トリスは探索魔術を使って周囲の確認を常に行っていた。その範囲に村が入り異変に気が付いた。
「村の様子が? 火事ですか?」
「いいや、人がいる。一人や二人じゃない。数十人いる」
「数十人ですか! まさか避難していないのですか!」
「ああ、しかもなぜか一カ所に村人が集まっている。どう言うことだ?」
詳しい状況までは把握できないのでトリス達は急いで村に向かうことにした。トリス達が村に着くと用心のため正面から入らず村の塀を飛び越えて住人に気が付かれないように侵入した。
「国王軍の兵士が村人を拘束している?」
建物の影から住人の様子を見ると王国軍の兵士数人が村人を拘束し広間に集めていた。しかも何故か酒を飲みながら宴をしていた。拘束されている村人は沈痛な面持ちで俯いていた。
「国王軍が村人を避難させずに宴をしている!?」
「いや、国王軍とは限らない。あいつらは…………」
「反乱軍の兵と思います。私達の同じ傭兵です。駐屯地でみたことがあります」
アルフェルトは信じられないと声を上げるがギレルとベルディアがそれを否定した。村を占領している兵士は国王軍に変装した反乱軍のようだ。
「なるほど、戦後の処理を考えての行動か。国王軍が非人道的な行為をしていたと後で吹聴し自分達の行いを正当だと証明するのか……」
「トリスさん、感心しないでください」
「感心などしていない。腸が煮えくり返りそうだ」
リーシアの非難の言葉にトリスは冷静に返すが口調とは裏腹にトリスの表情は険しかった。トリスの視線の先には一人の女性が剣を持たされ兵士に斬りかかっていた。
「あれは何をしているのですか?」
「余興だ。子供を人質にして母親に武器を持たせた。時間以内に母親が兵士に傷をつければ子供は解放すると言っていた」
トリスは村に異変が判った段階で眷属粘性動物を操り情報を集めいた。トリス達が村の建物に着くと同じくらいの一人の兵士が余興を提案し、周りの兵士達はそれに賛同した。六歳くらいの子供を人質にし、その母親が余興の演者に選ばれた。
「酷い。子供を人質にしてそんなことをするなんて!」
「ベルディア、落ち着け。今出ていっても子供が人質のままじゃ手出しができない」
子供を助けようとベルディアをギレルは制した。ギレルとベルディアは兵士達と傭兵であるため、彼らが行っている行為に吐き気を覚えていた。確かに戦時中に起こった出来事は悲劇の一言で片付けられる。どんなに凄惨な出来事も戦時中の不幸な出来事で片付けられてしまうが、人が非道を行ってよい免罪符にはならない。
「子供が解放された瞬間に仕掛けるぞ」
ギレルは機会を慎重に窺っていたがそれは最悪の状況で訪れた。
「お母さーーーん!」
子供が母親を呼ぶ悲しい悲鳴が周囲に木霊した。母親は渡された武器であった細剣で兵士にかすり傷を負わした。母親は子供を守るために必死に剣を振って兵士に傷をつけることができた。しかし、傷を負わされた兵士は傷を負ったことなのか、それとも矜持を傷つけられたのか自分の剣で母親を袈裟斬りにした。
「きゃあああぁぁ」
「わぁぁぁ、た、大変だ」
「き、傷の、傷の手当てをしないと」
母親が斬られたことで村人達はすぐに母親を助けようと動いた。しかし、他の兵士達がそれをさせなかった。
「おっと、まだ動くな。余興はまだ終わっていない」
「そうそう、傷をつけたのは賞賛するけどまだ動いちゃ駄目だよ」
他の兵士達は村人を母親に近づけさせないよう牽制した。子供も母親に近づこうとするがまだ兵士に取り押さえられ、人質から解放されたいなかった。
「酔っていたとは俺に傷を負わせるなんて生意気だ。お前はここで死ね!」
手傷を負った兵士は母親に止めをさすために凶刃を振り下ろした。誰もが母親の命が奪われると思った。様子を窺っていたギレル達も子供が解放されていないため動くことができずにいた。
「なっ! 貴様、どこから湧いて出た」
兵士の剣は母親に届く寸前でトリスの腕で受け止められていた。トリスは母親が手傷を負った瞬間に動いていた。誰にも気が付かれないように全員の死角にな位置に移動し、母親と兵士の間に割って入った。
「五月蠅い。貴様はもう喋るな!」
トリスの声は冷たく怒気を含んでいた。その言葉に兵士は一瞬でたじろいだ。幾つもの死線を越えてきた兵士はその場に動けず、そして左胸をトリスの手刀で貫かれた。兵士は断末魔の悲鳴を上げることもできずその場に崩れ落ちた。
「なっ」
「貴様」
「殺せっ」
仲間が一瞬で殺されたことで他の兵士達はすぐに剣を抜き臨戦態勢になった。しかし、トリスの行動はもっと素早かった。トリスは右腕をかざし釘状の指弾を瞬時に他の兵士に放ち、指弾は全て兵士達に直撃した。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「痛え、痛えよ」
「誰か、これを抜いてくれ」
ある兵士は腕を。またある兵士は足に指弾が当たり激痛で剣を落とし、運悪く急所に当たり絶命した兵士も数人いた。村にいた兵士達はトリスが現れてからの僅かな間に一掃された。
「お、お主は誰だ」
「説明はあとでする。それよりもこの女性を助ける方が先決だ。お湯とそれと清潔な布を持ってこい」
トリスは村人に指示を出すと母親の傷の手当てを開始した。回復魔術を使えば母親を助けることはできる。しかし、公衆の面前で使うことはできないのでトリスは一般的な傷の手当てを始めた。
「お母さん、お母さん」
解放された子供が母親に近づき必死に母親を呼んだ。しかし、母親は意識がないのかそれに応えることはなかった。
「手を握って、呼びかけろ。意識が回復するまで何度も呼びかけろ。傷は俺が治す」
トリスは子供を励ましながら必死に手当を続け、暫くすると村人がトリスに指示されたお湯や清潔な布の他に傷薬の薬草なども持ってきた。トリスはそれらを受け取り母親の傷を治療した。傷は幸いなことに臓器までには達しておらず、皮と肉を斬っただけで失血さえすれば助かる見込みだ。
懸命な手当の結果、母親の命は無事に助かった。母親を助け、兵士を倒したトリスを村人達は感謝した。人質になった子供も泣きながらトリスにお礼を言った。村を救ったトリスは恩人として村で歓迎され、事態を見守っていたアルフェルト達も同様のもてなしを受けた。
兵士を倒し、村人が助かり誰もが喜びに沸いていた。だが、トリスの心は苛立っており笑顔を浮かべることは一度もなかった。
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