島国 バエル王国 新たな情報
「少しよろしいですか?」
ギレルが降伏したことでこれ以上の戦闘継続がないと判断した指揮官はトリスに話しかけてきた。トリスはいつも通り丁寧な口調で返事をした。
「何でしょうか?」
「この二人の処遇についてはあなたにお任せします。ですが二人の荷物はこちらで引き取ってよろしいですか? 怪我人が何人かいるので回復薬などはこちらで使用したいのですが……」
「構いません。好きに使ってください。足りないようであれば私の手持ちの分もお渡しします」
「それは助かります。必要な分は……」
トリスは指揮官に足りない分の回復薬を渡した。その交換条件として遺体の処理についてトリスは自分の要望を伝えた。
トリスの要望とはこの場にある全ての遺体を分け隔てなく埋葬することだ。もっとも仲間を傷つけ、殺した相手を埋葬することは訝しむ者が多くいたので国王軍の遺体だけ彼らに託し、トリスは反乱軍の遺体を少し離れた場所に埋葬することにした。
「すまねぇ。仲間をきちんと弔ってくれて」
「ありがとうございます」
「気にするな。それよりもお前達は少し休んでいろ。仲間の埋葬は思ったいる以上に心の負担になる」
トリスはギレルとベルディアを休ませ一人で反乱軍の遺体を埋葬した。埋葬する遺体の数は四十六人。全員ギレルとともに大陸から渡ってきた大陸出身の者だ。祖国の土に還してやることはできないが、傭兵がきちんと埋葬されることは滅多にないので不満はなかった。
「トリスさん、お待たせしました」
トリスが遺体の埋葬をしているとアルフェルトとリーシアが合流した。戦闘が終わった際に補給部隊の連絡員にアルフェルトをここに連れてくるように依頼していた。
「事情は連絡の兵士から聞いています。反乱軍の遊撃隊を壊滅させたと聞きました」
「正確には二名ほど捕虜にした。一人は隊長でもう一人は女の兵士だ。尋問したいなら好きにすればいい。俺はここで遺体の埋葬をする」
アルフェルトにそう告げるとトリスは黙々と作業を続けた。アルフェルトはトリスの気遣いお礼を言いリーシアとギレル達を引き連れ、トリスの作業の邪魔にならないよう離れた場所に移動した。
「私はバエル王国第二王子のアルフェルトだ。お前の名前と所属を問います」
「反乱軍遊撃隊員隊長ギレルだ。っと言っても肩書きだけで傭兵団の団長だった」
「同じくギレルの部下のベルディアです」
ギレルとベルディアはバエル王国の言葉を使うことはできるのでアルフェルトとの会話に支障はなかった。。
「よろしい。では、私があなた達を尋問します。ここは大陸の法は適応されませんが、捕虜の扱いは差はありません。あなた達が私の質問に嘘偽りなく答えれば相応の対応をします」
「感謝する」
「では、幾つか質問をします。あなた方を雇ったのはナジム伯爵で間違いないですか?」
「間違いない。俺達はナジム伯爵に雇われていた。だが、ナジム伯爵は雇っただけだ」
「雇っただけ? どう言うことです」
「俺らが大陸で活動していたときに声をかけてきたのは別人だ。仲介人だが俺らに声をかけナジム伯爵と引き合わせたのは別の人物だ、ナジム伯爵はそもそも遊撃隊員を必要としていなかった」
「――あなた方の活躍があったから数ヶ月より国王軍は劣勢を強いられていました。それなのにナジム伯爵はあなた方を必要としなかった理由が判りません」
アルフェルトはギレルの言葉は罪を軽くするための偽りだと思い非難の目を向けた。
「確かに我々の働きは反乱軍に思わぬ成果をもたらした。しかし、それはナジム伯爵の計画の前倒しをしただけだ」
「計画の前倒し?」
「正確に言うとナジム伯爵の計略を戻すための前倒をした。ナジム伯爵は長期戦ではなく短期戦、今回の戦のように両軍による大戦を望んでいた。しかし、国王は大戦による国力の低下を恐れ小競り合いを繰り返し話し合いによる解決を望んだ。それがナジム伯爵の思惑とは異なっていた」
「…………」
ナジムからの思わぬ情報に今まで黙って話を聞いていたリーシアが割って入ってきた。
「――それが事実だとしたらナジム伯爵はその情報が国王軍に漏れないよう秘匿するはずだ。兵士の数が不利なのに大戦を望んでいると知られれば策があると推測され、対策を立てられてしまう。どうして一部隊の隊長であるお前がそのことを知っている」
「…………正確に言えば俺は直接聞いたわけではない。ナジム伯爵と何度か顔を合わせたときの反応や反乱軍の軍備の状況、兵士達の鍛錬などから推測したにすぎない」
「推測で我々を混乱させる気か?」
「いや、違う。俺なりの誠意だ。部下を丁重に弔って貰った感謝だ。だから俺の知っていることや気が付いたことを正直に話している」
質問を答えているギレルの態度はとても虚偽を言っているようには見えない。
「仮にお前の推測が正しいとしたらナジム伯爵はどんな手を使うのだ? 国王軍の方が兵士の数では上だぞ」
「さすがに手段までは判らないが戦は兵士の数が全てじゃない。確かに軍勢が多い方が有利だがそれがひっくり返った戦を俺は何度も経験している。それに兵士の数もそこまで開いていない。全体の六割が国王軍で残りの四割が反乱軍だ。これくらいの差なら上手く戦略を立てれば何とかなる」
歴戦の猛者であるギレルの言葉は説得力があった。アルフェルトは遊撃隊員を退け補給部隊がきちんと機能すればこの戦は勝てると見込んでいた。しかし、ギレルの話を聞く限りではその見込みは甘かった。反乱軍が勝利してしまう可能性はまだ残っていたのだ。
「アルフェルト様、このことを至急国王に伝えるべきです」
「伝えてどうする? 今から戦略を練っても遅いと思うぞ。ナジム伯爵は何年も前から準備していたのだぞ。にわか仕込みの戦略が通じるとは思えない」
「…………確かに今からお父様にこのことを伝えても無用な混乱を招くだけだと思います。ですが、言わなければさらなる窮地に立たされる可能性もあります。……少し考えさせてください。リーシアは捕虜の見張りをお願いします」
アルフェルトは状況を整理するためギレル達から離れた。一人で遠くに行くことはできないので自然に足はトリスのところに向かっていた。
「話は終わったのか?」
「終わりました。ですが、少し困ったことになりました」
「そうか……」
トリスはそれ以上は何も聞かず穴を掘っていた手を止めた。穴は既にかなりの大きさだが四十人以上の遺体を土葬するにはまだ小さかった。
「本当なら土葬できれば良いんだが人数が多い。遺体を積み重ねて火葬するが問題はない」
「近くの森に火がいかなければ問題ありません……」
「なら、遺体を並べるから少し離れた方がいいぞ。見ていて気持ちのいいものじゃない」
「大丈夫です。敵とはいえ彼らの命は私が奪ったのです。直接手を下していませんが私がトリスさんに依頼したのです」
アルフェルトの決意は固く動こうとはしなかった。トリスはアルフェルトの覚悟を好ましく思いながら遺体を丁重に積み重ね全ての遺体を積み上げると火を放った。
「穴の下に魔術陣を書いてある。遺体の肉は灰になり骨だけが残る。骨だけになるのは夜明け近くになるな」
皮膚や肉が焼ける嫌な匂いがアルフェルトの鼻孔をくすぐるがその匂いに臆することなくアルフェルトは死者に祈りを捧げた。安らかに眠って欲しいなどと傲慢な思いはない。もし、生まれ変わることがあるならそのときは幸福な人生を歩んで欲しいと願った。
「トリスさんは人を殺すのが辛くないのですか?」
「唐突な質問だな」
「すいません。気になったので……」
「俺は人を殺すの躊躇がない。むしろ動物や魔物を殺す方が辛い」
トリスの思わぬ回答にアルフェルトは驚いた。人を殺すことよりも他の生き物、ましてや魔物を殺す方が辛いとは異常者だと疑惑を持ってしまった。アルフェルトのそんな思いをトリスは気にした様子もなく話を続けた。
「動物や魔物を狩るときはいつも相手の縄張りに侵入する。向こうにとっては自分の生活圏内に突然武器を持った脅威が来るのだからたまったもんじゃない。自分自身に置き換えてみると恐怖でしかない」
「…………そう考えればそうですが、だからと言って人を殺す方が辛いと思います」
「人を殺すときは大抵の場合は欲望、意義、そして憎悪が絡む。自分の欲望を満足させるために邪魔な者を殺す。人を殺すことが快楽でそれを満足させるために殺す。仕事として人の命を奪い金銭を得る。守る者がいるために脅威となる者を排除する。愛する者や傷つけられ、殺されたことによる復讐。人が人を殺すのには何かしらの思惑がでる」
「…………」
「人以外の生き物は己の糧にするため、守る群れのために他の生き物を殺す。無益な殺生はしない。しかし、人はくだらない理由で他者や他の生き物の命を奪う。この戦も本来なら必要のない権力闘争による戦だ。傭兵として雇われた者も兵士として職に就いた者は殺すことも殺されることも覚悟している筈だ。それが嫌なら農民や漁民となればいい」
「…………だから人を殺すことに躊躇いがないのですか?」
「そうだな。農民や漁民を手にかけるのはもしかしたら辛いのかもしれない。だが、今までそんなことは一度もなかったから正直に言えば判らないな」
トリスが今まで殺してきたのは野盗、悪漢、私兵、傭兵など暴力を振るう者か金銭を得るために武器を持った者しかいない。一般人に手を出したことはない。もしかしたら罪悪感などが生まれるかもしれないが予想でしかない。
「それで本題は何だ? 俺の心情よりももっと話さなければならないことがあるのだろう」
「トリスさんには隠し事ができませんね。実はまだ王国軍が負ける可能性があります。ナジム伯爵は今回の戦も想定していたようです」
アルフェルトはギレルから聞いた情報をトリスに話した。
「――ナジム伯爵は王家の血を持っているのか?」
「明確な証拠はありませんが、書物や伝承では王家の血筋を引いています」
「なるほど、確かにその方が納得する要因が多いな。地方領主が王になれないから第一王子を傀儡として裏から政権を握るかと思ったが、自分が王位に就く算段だったか。この戦で勝利すれば自分が王家の血筋だと言って正統性を表明する。それが駄目でも第一王子に自分の血族の女を宛がい子供を王に据えることもできる。勝てば官軍だからどうとでもなるな」
「ナジム伯爵の野望を止める良い手段はありますか?」
「俺が思いつくのは戦を長引かせてナジム伯爵を暗殺するのが一番手っ取り早い。だがそれは必ず遺恨を残すし、暗殺が世間に露見すれば王家の権威も落ちる。一番いいのは大戦に勝ち、ナジム伯爵を捕らえ裁くことが望ましい」
「大戦に勝つにはどうすればいいのですか?」
「判らない。俺は戦術は持っているが戦略は持っていない。それと大軍に対しての個人では戦えるが大軍を指揮することができないから明確な答えは持っていない」
「…………そうですよね」
大戦では個の強さは関係はない。周りの兵士の士気は上がるがそれ以上に重要なのは卓越した戦略が物を言う。それは軍師の仕事であって冒険者にそれを求めることは間違っていた。
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