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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
112/140

島国 バエル王国 天賦対修練

 シーダンがトリスと対峙すると戦場の空気がまた変わった。トリスが来たことで補給部隊は安堵していたが、シーダンが指揮官達を殺したことにより焦燥感が漂い始めた。彼らの死はそれほど大きかった。指揮官は近衛騎士に推薦されるほどの実力を持っており、その部下達もそれに見合った実力を持っていた。


 それを知らないトリスは特に驚いた様子はない。ただシーダンが投げた首を丁寧に集め、アージェの側に置き彼らの瞼を閉じた。


「僕を無視してゴミを集めるなんて酔狂だね」

「お前はどう思うか知らないが、職務を全うした者は丁重に扱うべきだ。この兵士達も俺が殺した者達も立場は違うが己に課せられた職務を全うした。雑に扱っていい道理はない」

「何を甘いこと言っているの? ここは戦場だよ。戦場にそんなこと言っていたら自分が死んじゃうよ」

「それがどうした? 戦場だから何をしても良いなんて思うのは鬼畜と同じだぞ。倫理も信条も持たずに戦うのは獣よりも劣ることだぞ」

「僕が獣よりも劣る存在だと!」


 トリスの言葉にシーダンの殺気は膨れ上がった。トリスは己の理念を言っただけでシーダンを貶めるつもりはなかったが、意図せずにシーダンを怒らせてしまった。


「君は簡単には殺さない。まずは手足を斬って蛆虫のように地面に這い蹲ってもらう」

「御託はいい。殺るならさっさと来い」

「――死ね!」


 シーダンは一気にトリスとの間合いを詰めた。自慢するだけあってシーダンの移動速度は人とは思えないほど俊敏だった。しかも速いだけでなくその動きも巧妙だった。シーダンはトリスの刀の間合いまでに近づくとそのまま上に飛び上がった。跳躍力も並外れているのかトリスの頭上を優に越えていた。


 シーダンの動きを見て一人の兵士の表情が絶望に塗り変わった。シーダンの今の動きは指揮官を殺したときと同じ動きだった。急速に間合いを詰めてきた相手が飛び上がると、敵対者の視界からは消えたように錯覚してしまう。仮に跳躍したことに気づいたとしても、人は頭上からの攻撃には無防備になってしまう。指揮官達はそれに対応できずに首を斬られて命を落とした。


 そして、その凶刃がトリス目掛けて振り下ろされた。


 終わった……


 兵士がそう思った瞬間、兵士の予想と違った結果が目の前で起きた。


「ぐはぁ」


 剣を振り下ろそうとしたシーダンのは腹部にトリスの蹴りが突き刺さっていた。シーダンは強烈な痛みを感じ、何が起きたのか判らず受け身を取れないまま地面に倒れた。


「曲芸に付き合うほど暇じゃない」


 トリスは地面に倒れたシーダンを見下ろしながら冷たく言い放った。シーダンはすぐに起き上がりトリスと距離をとった。トリスはシーダンの動きを完全に見切っていた。シーダンが跳躍した瞬間に頭上から攻撃がくると予測し、シーダンいる場所を蹴り上げたのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ。まさか、僕の動きを見切るなんて…… ちょっと油断したよ」

「油断? 相手の力量を見誤っただけだろ」

「いちいち癇に障ることを言うね。いいよ。本気で相手してあげる」


 腹部の痛みを和らげるため、手持ちの回復薬をシーダンは飲んだ。これ以上醜態を晒さないため十全の力でトリスを殺すと決めた。


 回復薬の効果で腹部の痛みが和らぎ、シーダンは大きく深呼吸すると目を閉じた。一瞬の静けさが辺りを包んだがそれはすぐに霧散した。シーダンが再び目を開けた瞬間全ての者が恐怖で身を強ばらせた。


「くっ」

「なっ」

「こ、これは」


 補給部隊の多くの兵士達はシーダンから発せられる圧力に屈し、立っていることも儘ならない。それは遊撃隊員も同じなのか多くの者が膝をついていた。唯一トリスだけが刀を構え立っていた。


「どうだい、これが僕の本当の実力だよ。膝を屈しなかったことは褒めてあげるよ」

「確かに素晴らしい力だ。これは天賦の才か? それとも修練で身につけたものか?」

「そんなの決まっているだろ。修練でこんな力が身につくわけないだろ。天賦の才能だよ。凡人がどんなに努力しても決して身につけられない力だよ」

「――なるほど。その力が十全に引き出せるならこの島に来た甲斐があった」


 トリスの口元は笑っていた。まるで獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みだ。


「強がりを言えるだけの気力はまだあるみたいだね。でも、そんな物はすぐになくなるさ!」


 先ほどとは比べものにならない程の速度でシーダンはトリスとの間合いを詰めた。シーダンは動きはまさに目にも留まらぬ速さだった。トリスの周りに時折シーダンらしき影が見える程度で、周りにいる誰もがシーダンの動きを追えていなかった。トリスはシーダンを読んでいるのか刀を返し一撃、二撃と攻撃を防いでいるようだ。


(強がるだけあってやっぱり僕の攻撃を防いでいる。口先だけじゃない。けどいつまで続くことやら)


 薄笑いを浮かべながらシーダンはトリスへの攻撃を続けた。上下左右至るところから多角的に攻撃を行いトリスを翻弄した。


(十撃目まで耐えたか。でも、ここからが本領だよ。耐えられなくなったらすぐに切り刻んでやる)


 シーダンはトリスをいたぶるために少しずつ攻撃の速度を上げていた。シーダンがこの戦法を使って十撃以上耐えた者はいない。大抵の人間は数撃を耐えるのがやっとで、希に五撃目まで耐える者が数人いた。そう考えると十撃目まで耐えたトリスは賞賛する。だが、シーダンの本気はこんなものではない。シーダンはトリスを追い詰めるために攻撃の速度を更に上げた。




 街道に剣と刀がぶつかる甲高い音が響く。その回数はもう三十回を超えていた。トリスは両目を閉じて四方八方からくる攻撃を防いでいた。最初の頃に浮かべていた笑みは既になく、無表情に機械的にシーダンの攻撃を防いでいた。


「凄いね。まさかこんなにも防ぐなんて思わなかったよ」

「…………」

「あれ、言い返せないの? もう疲れちゃった?」

「…………」

「黙りか。――ならもう死んじゃえよ」


 何も言い返さないトリスにシーダンは興味を失い殺すことにした。今度こそトリスを殺すために最高の一撃をトリスの首を目掛けて剣を振るった。


 金属同士がぶつかる甲高い音が辺りに鳴り響く。シーダンの一撃をトリスは刀で受け止めた。


「嘘だ……」


 シーダンは驚きとも困惑ともつかない言葉が口から漏れた。今まで本気の攻撃で相手を仕留められなかったことはない。それなのにトリスはシーダンの本気の攻撃を受け止めた。


「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 まるで駄々をこねる子供のようにシーダンは全力で剣を振るった。勢いに任せるだけじゃなく有りと有らゆる方法を使いトリスを攻撃した。しかし。シーダンの攻撃がトリスに届くことはなかった。


「五」


 不意にトリスが口を開いた。


「…………四、…………三、…………二」


 シーダンの攻撃を受けながら秒読みをするように数を数え始めた。そして……


「一、…………終わりだ」


 トリスがそう言うとシーダンから足の力が抜け地面に倒れた。


「なん……で……?」


 シーダンは自分が何故倒れたのか判らずにいた。最初は足から力が抜け地面に倒れた。地面に倒れると手の握力がなくなり剣を手放した。剣を手放すと今度は息苦しさに襲われまともに息をするのも苦しくなった。


「魔素切れだ」

「魔……素……切れ?」


 聞き慣れない言葉にシーダンはオウム返しのようにトリスに訪ねた。


「体内にある魔素を使いすぎたのだ。身体の維持に必要な魔素までも魔力として使用してしまい。体内の生命維持にまで支障が出ている状態だ。暫くはまともに立つことも剣を握ることもできない。駆け出しの魔術師や見習いの魔術師がよくなる」

「僕は…………、魔術師じゃない……」

「そうだ。だが、使っていた力は魔術だ。魔素を魔力に変換して身体強化行う『身体強化の魔術』だ」

「――身体強化? 魔術? ……何のことだ?」

「お前がさっきまで常人ではあり得ない速度、力を発揮できたのは無意識で『身体強化の魔術』を発動していたのさ。もっともお前は力よりも速度の方に重点をおいていたようだ。俺は人から学びその力を十全に扱えるようになった。もっとも今の領域に至るまで二十年近くもかかったがな」

「僕は…………誰からも……そんなことは学んでいない…………この力は…………天賦の才能の筈……だ!」

「『身体強化の魔術』は普通の魔術と違い、極希に才能で開花する特異な魔術だ。魔素の感知を無意識に行い、魔素を魔力へと変換して身体の強化を行う。修練をせずに取得するのは天賦の才能と言ってもいいだろう。しかし、如何に優れた能力でもただ使っていても意味はない。どんなに美しい宝石も原石のままでは価値が低い。磨き、加工して始めて芸術品となる。お前は俺よりも遙かに優れた使い手になる可能性があったのに力に溺れ修練を怠った」


 トリスはシーダンを出来の悪い生徒を諭すように話を続けた。


「きちんと修練を積んでいれば五十回の打ち合い程度で魔素切れは起きない。制御が疎かになっていたから魔力を『留める』ことができなく、『垂れ流し』にしていた。子供が切れ味のいい剣をがむしゃらに振って体力がなくなるのと同じだ」

「僕が……子供と一緒……だと。力に……慢心……していた……」

「力は制御できて始めて真価を発揮し、さらにその先へと続く。……昔、お前と同じように天賦の才を持つ男がいた。独学で自分の才能を伸ばした」


 トリスは昔を思い出しながら親友の話をした。


「剣を扱う才能を持ち、身体強化の魔術を独自で取得し、才能に溺れることなく修練を行った。それらを兼ね備え男は剣の極みに達していた。俺が憧れもう一度剣を交えてみたいと思った相手だ。その男に比べればお前の実力は児戯に等しい」


 トリスはそう言うとシーダンが持っていた剣を拾い刀を数回振るった。シーダンの剣は野菜や果物のようにバラバラになった。


「魔素を魔力に変換し、魔力の制御がきちんとできれば短い時間で魔素切れを起こすことはない。それに自分の武器に魔力を与え、武器も強化することができる。武器の強化ができれば鉄を斬ることも用意だ。お前ができたのは力に任せて鉄を斬ることぐらいだ。とんだ期待はずれだ」


 トリスの指摘は全て正しかった。シーダンも全ては理解することはできなくともその指摘が正しいと理解した。そして、決して敵うことのできない相手だと悟った。


「ど、どうか……い、命だけは助けて……ください。お前の…………あなたの下僕になります。…………どうか命だけは……」


 シーダンは恥も外見も捨てて命乞いをした。トリスが靴を舐めろと言えば喜んで舐めただろう。しかし、トリスからの返答は残酷なものだった。


「生憎、獣よりも劣る者を下僕にする趣味はない」


 トリスはそう言い放つとシーダンの首を刎ねた。首を刎ねられたことでシーダンの身体は一瞬震えたが二度と動くことはなかった。


「うああぁぁぁぁ」

「この野郎ぉぉぉ」

「待て、お前達。落ち着け!」


 アージェとシーダンが死んだことにより他の遊撃隊員の理性が限界を超えた。ギレルの制止も振り切り残った遊撃隊員は一斉にトリスに向かった。アージェとシーダンが手も足もでず、命乞いをしたシーダンはあっけなく殺された。その事実が遊撃隊員の理性を崩壊させ、助かる道はトリスを殺すしかないと短絡的な思考に陥った、


 一斉に襲いかかってくる遊撃隊員をトリスは刀で答えた。




「降参だ。抵抗はしない。だが、この女だけはきちんと捕虜待遇で扱って欲しい」


 ギレルはベルディアを庇いながらトリスに降伏した。ギレルとベルディアを除く全ての遊撃隊員はトリスに襲いかかり返り討ちにあい、唯一生き残ったのがギレルとベルディアだけだった。


「判った。お前とそこの女は俺が責任をもって捕虜とする」

「……こんなことなら大人しく大陸で傭兵をしているんだった」

「団長」


 ギレルはそう言うとその場に腰を下ろして武器や持ち物を全て放棄した。ベルディアもそれに習って自分の武器と持ち物を全てトリスに差し出した。反乱軍の遊撃隊から補給部隊を守り、さらに遊撃隊を壊滅させたことでトリスはアルフェルトの依頼を見事に達成した。


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