島国 バエル王国 傭兵 対 冒険者
GWで曜日を一日間違えました!
トリスが護衛の三人を斬ると先ほどまでの騒がしさがなくなった。斬られた隊員は首の頸動脈を斬られており激しい出血が続くと動かなくなった。凄惨な状況にトリスの正面にいる遊撃隊もトリスの背後にいる補給部隊も声を発することができなくなったのだ。
そんな状況の中で唯一動いたのはベルディアだった。ベルディアは護衛が斬られたのを見ると自己防衛のために光の魔術を継続するのを止めた。光の魔術が解除されたことによって、補給部隊の兵士が見ていた化け物や巨人が消えた。
「やはり、その女の魔術だったか」
トリスは独り言を呟きながら刀をベルディアに向け追撃を行おうとした。
「貴様は誰だ!」
トリスとベルディアの間にアージェが割って入った。トリスは追撃は諦めアージェに目を向けた。アージェはトリスよりも背が高く肉付きもよく顔も整っており、戦士とは思えない品性もあった。
「答える義理はないが、敢えて言うならお前達と同じだ」
「同じ?」
「金で雇われ大陸から来た。それだけだ」
トリスはアージェに合わせて大陸の言葉を使った。大陸の言葉を流暢に使うトリスの声を聞いたアージェはギレルの話を思い出した。
「第二王子が雇った傭兵はお前だったのか?」
「正確に言えば違う。俺は冒険者だ」
「冒険者だと」
トリスの言葉を聞いてアージェは驚いた。アージェにとって冒険者はアルカリスで活動するだけで人の争いには関与しない人種だと思っていた。自分達を動揺させる嘘かと思ったが、トリスの装備は兵士や傭兵のような防御力を重点した装備ではなく、冒険者が好む動きやすさを重点においた装備だと気が付き嘘ではないと思い直した。
「冒険者が金で雇われて海を渡ったのか。冒険者は暇な職業のようだな。それとも金がなくて傭兵のまねでもしたのか?」
「だだの酔狂だ。気にするな」
「酔狂で人を殺すのか? 随分狂った人生だな」
「貴族の生まれであるお前からすればそうだな」
「なっ」
トリスから『貴族の生まれ』と言われアージェは驚いた。アージェは確かに貴族の嫡男として生まれた。その後、お家騒動で家を出ることになって傭兵に身をやつした。そのことは団長のギレルしか知らない事実だ。
「貴様は何を知っている」
「知っている? 俺は何も知らないぞ。お前を貴族の生まれだと言ったのは推測だ。一般人にしては姿勢が良すぎる。上流階級が教育をされたときの姿勢だ。さらに言葉の発音がいい。言葉のアクセントが整って訛りなどがない。一般的で育ったのではなく、きちんと教育を受けた証拠だ」
「…………」
トリスの指摘にアージェは反論することができなかった。生まれを隠すために粗野な態度を取り隠していたつもりだったが、それは無意味だと言われた。幼い頃から受けてきた教育はそう簡単に隠せるものではなかった。
「それよりもいつまで話をするつもりだ? お前達の奇襲は失敗した。こちらの兵士達は士気も陣形も元に戻ったぞ」
トリスはそう言うとバエルの言葉で補給部隊の指揮官に『守りに徹しろ』と伝えた。指揮官達もトリスの実力を目の当たりにして素直にそれに従い部下達に指示を出した。その状況にギレルやアージェ達は危機感を抱いていた。
ギレルは何とかしてこの状況を打破しようと考えるが思考が上手くまとまらなかった。ギレルの勘が全ての行動に警告をしていた。このまま攻め続けることも引くことにも警告を示し、こんなことはギレルの人生で二回しかなかった。
一度目は子供の頃に森で狼と出会ったときだった。群れからはぐれたのか、それとも一匹で行動していたのか判らないが森で一匹の狼と遭遇した。そのときも逃げることも、留まることも、全ての行動が危険だとギレルの勘が警鐘を鳴らしていた。結局、狼がギレルを襲うことなくその場から立ち去ったのでギレルは生き延びることができた。絶対的強者に命を握られている状況でギレルは必死に生き残る手段を考えた。
「アージェを援護しつつ目の前の男を攻撃しろ!」
ギレルは戦って生き延びる方法を選択した。ギレルの指示に遊撃隊員達はアージェを中心にトリスと対峙した。主力のベルディアはいつでも魔術を発動できるように杖を構え、アージェはトリスの隙をうかがった。
闇雲にトリスに斬りかかれば先ほどの護衛の三人と同じ末路をたどる。だが、このまま動かなければトリスから攻めてくる可能性もあった。アージェは最も自分が得意とする戦法でトリスを攻撃することにした。
アージェは大きく剣を振り上げトリスに斬りかかった。胴ががら空きの状態での突進。普通に考えれば胴を斬られるか、剣を突き立てられる。だが、アージェはそれを狙っていた。アージェは剣だけが使える戦士ではなかった。
トリスは斬りかかってきたアージェの策に敢えて乗ることにした。アージェから垣間見える『揺らぎ』に興味が湧き誘いに乗った。トリスはアージェの胴を薙ぎ払うため間合いを詰めた。
「くらえ!」
トリスが間合いを詰めるために前に出た瞬間、アージェは剣を振り下ろした。剣の間合いにトリスはまだ届いていない。だが問題はなかった。アージェの剣の先から火球が生まれトリスを襲った。アージェが生み出した火球は魔術師が使用する火の魔術と遜色がない速さと威力を持っていた。
アージェは大陸の中央にある国の貴族の出身だった。貴族の嫡男として生まれ、更に魔術師の素質も持ち合わせていた。当主である父親はアージェの才能を驚喜し、アージェを溺愛した。
勿論ただ甘やかすだけではない。貴族に必要な教養や礼儀作法、更に魔術の才能を伸ばすために魔術師の家庭教師を雇いアージェの才能を伸ばした。アージェは成人するまで最高の生活環境で過ごしていた。
順風満帆だったアージェの人生が変わったのは三歳年下の弟が十二歳になったときだった。アージェの弟も魔術の才能を開花したのだ。アージェが魔術の才能を開花したのは五歳のときだったのでそれに比べれば遅い開花だった。アージェは弟も同じ才能を得たことに素直に喜び自分が弟の家庭教師になろうとも思っていた。しかし、それは叶わなかった。
アージェの母親は弟を溺愛していた。才能豊かな兄に比べ平凡な弟を不備に思っていたのか母親はアージェよりも弟を溺愛し、更に弟が魔術の才能を開花したことで次期当主の座をアージェではなく、弟に譲るよう夫に直談判した。当然そんなことは受け入れる筈がないと思っていたが、アージェの父親はアージェが十六歳になったときに家督を弟に譲ると宣言した。
家督を継ぐべき今まで努力してきたアージェはその言葉を聞いていて発狂しかけた。何故嫡男である自分が家督を継ぐことができず、弟が継ぐなどと父親が宣言したのかと父親に問いただそうとしたがアージェはすぐに家から追放させられた。食事に薬を盛られ気が付いたら見知らぬ土地にいた。
そこは他国でアージェは婿入りする形で違う国の貴族に売られた。アージェはそのことを知ると貴族の家を抜け出した。自分の家の家督を継げないのであればアージェは貴族でいる意味がないと判断し、ましてや異国の地で縛られて生きるより自由に生きることを望んだ。
後に判ったことだがアージェの弟は母親の不義理でできた子供だった。不義理の相手は夫の弟であり、夫の弟とアージェの母親は共謀してアージェを不義理でできた子供だと夫に暴露した。アージェの父親はそのことを知りアージェを廃嫡し、アージェの弟を当主の座に就けた。本来なら逆だったのにアージェの父親はまんまと騙されたのだ。
だが、当時のアージェはそんなことは知らなかったので家に戻ることはせず自分の力で生きていくことを決めた。幸いなことに護身で学んでいた剣術と魔術の腕がすぐに人から認められた。貴族の家を抜け出して数日後、魔獣に襲われていた傭兵団と遭遇した。傭兵団に援護しながら魔獣と戦いその功績が傭兵団の団長ギレルに認められ、アージェは傭兵団に入ることになった。
傭兵団に入った後は魔術を使いながら団長のギレルから剣術を学んだ。剣術は護身程度の腕前だったがギレルの教え方が良かったのかアージェは剣術でも傭兵団の中では上位の実力を持つようになった。それからはアージェは剣術と魔術を駆使した傭兵と生きるようになった。大概の敵は剣術で事足り、強者と出会ったときは魔術と剣術を使って退けてきた。
今回もその策で切り抜けようとした。トリスに対して隙をわざと作り、斬撃と見せかけて魔術を浴びせた。普通の戦士なら避けることもできず火の力だ重度の火傷を負う。仮に避けたとしてもベルディアからの援護もあるので傷を負わせることができるとアージェは確信していた。
トリスは自身に迫ってくる火球を見ながら刀を構えた。
「嘘、だろ……」
アージェの口から驚愕の言葉が漏れた。トリスはアージェの火球を斬った。火球を斬られるなんてことはアージェの経験では一度もなかった。アージェだけでなくベルディアも驚き目の前の光景が信じられなく魔術で援護することもできずにいた。
魔術で火を操り球状にしているが火は固体や液体ではない。斬るなどと言う芸当は普通はできないのにトリスは火球を斬った。斬られた火球はその場で霧散し、トリスは傷一つなくその場に立っている。
「なかなかいい攻撃だが魔術を発動する前にから魔素を操作していたら攻撃がバレるぞ」
「魔素の操作が見えるのか?」
「ああ、お前が攻撃する前から魔素の揺らぎが見えていた。魔術で攻撃してくるとすぐに判った。不意を突くなら一瞬で火球を作らないと意味がない」
トリスはそう言う一瞬で火球を作り、火球を遊撃隊員の一人に投げた。あまりの突然のことで遊撃隊員は反応することができず、顔面に火球をぶつかり顔が燃え上がった。燃え上がった火はすぐに鎮火したが遊撃隊員の顔は炭化するまで焼かれ一瞬でトリスに殺された。
それを見ていたアージェは恐怖のあまり全身が震え始めた。
「お、お前は魔術師なのか?」
「違う。元々は剣士だ。魔術は戦闘で使えるのが火と雷しかできない。こんなふうにな!」
トリスはそう言うと一気にアージェとの間合いを詰めた。アージェは反射的に剣でトリスの刀を受けとめたがそれは数秒しか持たなかった。トリスはアージェが剣を受け止めた瞬間、左手を刀の柄から離し、アージェの胸を押した。
胸を押された瞬間アージェは胸が焼ける苦しみを味わった。そのまま足からは力が抜け落ち地面に倒れた。
「アージェ!」
ギレルの声が辺りに響くがアージェはその声に応えることはできなかった。トリスの左手がアージェの胸に触れた瞬間にトリスは火の魔術を使った。トリスの火の魔術は一瞬でアージェの肺と心臓を焼いた。アージェは自分の胸が焼かれたことを認識することもできずに命を落とした。
「この男がお前達の中で一番の実力者か?」
トリスはアージェの死体を見ながらギレル達に問うた。ギレル達は答えることができなかった。アージェは実力は自他共に傭兵団で一番の実力者だった。剣術と魔術を巧みに操り他の誰よりも強い男だった。
一人の例外を除いて……
「へぇ、君は凄いんだね。アージェをあっさり殺すなんて」
楽しそうな声を出しながらトリスに近づいてきたのはシーダンだった。シーダンは右手で剣を持ち、左手で何かを掴んでいた。
「お前はこの男よりも強いのか?」
「どうだろうね。実際に本気で戦ったことはないけど、多分僕の方が強いと思うよ」
「本気で戦ったことがないのに判るのか?」
「だって、アージェは魔術が使えるといっても鈍足なのはこいつらと一緒だったし」
シーダンはそう言うと左手で持っていたモノをトリスに投げた。トリスの足下に五つのモノが転がった。それは人の首だった。
「なかなかの実力者だと思ったけどやっぱり大したことなかったよ。僕が本気を出す前に首を斬ることができたからね」
シーダンが殺したのは補給部隊の指揮官の一人とその部下達だった。彼らは補給部隊の中でも屈指の実力者だったがシーダンにとっては遊び相手の実力しかなかった。
「どんなに剣術や魔術ができても鈍足な奴らは僕の敵ではないよ。君はどうなのか? 僕が見定めるよ」
シーダンは満遍の笑みを浮かべながら血がついた剣をトリスに向けた。
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