島国 バエル王国 淡い気持ち
「結局、内通者や黒幕のことは何も判りませんでした……」
肩を落としながらアルフェルトは残念そうに呟いた。補給部隊の輸送路が決まり明日からいよいよ行動することになったが、黒幕や内通者など裏で手を引く者のことは何も判らなかった。
アルフェルトがこの宿にいる間に様々な貴族や軍の関係者が訪れた。挨拶をするだけに来た者やアルフェルトが雇った者について聞いてくる者もいた。興味本位で聞いていくるのか、探りを入れているのかはその場では判断できなかった。疑わしき人物は密偵を使い探ってみたが決定的な確証を得ることはできなかった。
「アルフェルト様、気を落とさないでください。疑わしい者は何人かおりました。内乱が終わった後に尋問するか、ナジム伯爵を捕らえて内乱に加担した者を吐かせましょう」
肩を落とすアルフェルトにリーシアが声をかけるがアルフェルトの気持ちは回復しない。自分が囮になる作戦が失敗し、作戦の提案者であるトリスを横目で見た。トリスは自分の作戦が失敗したのに気にしている様子はなく、地図と補給部隊の輸送路が書かれた書類を見比べ、白紙の紙に今後の行動を書き込んでいた。
「どうかしたか?」
自分の視線に気が付いたトリスはアルフェルトに声をかけた。
「いえ、囮の作戦が失敗したので今後の行動に支障が出るのと思いまして……」
「ああ、そのことなら心配するな。作戦は必ず上手くいくとは限らない。失敗したとしてもそれはそれで経験として学べばいい。本当の失敗は足を止め行動をしなくなることだ」
トリスはそう言うと視線を地図に戻して作業に戻った。トリスは自身の経験から学んだことをアルフェルトに伝えただけだが、アルフェルトはトリスの言葉に胸が温かくなった。アルフェルトを気遣った言葉ではないのにアルフェルトは気持ちの高まっているのを感じていた。
トリスの言葉で気持ちが高ぶるのは始めてではない。王と会談をして城から出た後からこのような気持ちの高ぶりは多々あった。そのときはいつもトリスが絡んでいた。今のように声をかけて貰ったときや躓いて転びそうになったときに助けて貰ったとき。トリスが水浴びしているところを間違って目撃したときなどは顔が真っ赤になるほど慌てたが嫌な気持ちではなかった。それらは今まで味わったことのない高揚感だった。
アルフェルトにとってトリスはある意味特別な存在だった。リーシアや家臣達はアルフェルトと王族として扱い敬意を持って接してくるが、トリスは町娘を扱うような接し方をしてくる。ボルフェルトと接したときの対応を見る限り礼儀作法を知らない訳ではないのに。
トリスの接し方が嫌な訳ではないが気になったので一度トリスに聞いてみると「今更取り繕っても意味はない」と言われた。最初に身分を隠していたのはアルフェルトでトリスにとっては招かれざる客だった。トリスが改めて礼節をつくした接し方をされるとそれはそれで違和感がでるので今の接し方の方がアルフェルトにとって心地よかった。
(お父様以外に男性にぞんざいに扱われるのが慣れていないだけかな?)
最初はそんなふうに思っていた自分の気持ちの高ぶりをそのように解釈していた。しかし、今はそれは違うと感じ始めていた。上手く言葉にできない気持ちにアルフェルトは戸惑いつつ今後についてトリスと話し合うことにした。
「ト、トリスさん、今後はどのように行動すればいいですか? 私にできることがあれば言ってください」
「特にないな」
「えっ」
「この後の行動は補給部隊を監視つつ反乱軍の遊撃隊に備え移動するだけだ。道案内はリーシアに頼むからアルフェルトは王城に戻っていい」
トリスは幾つかの印をつけた地図をリーシアとアルフェルトに見せた。トリスは印をつけた場所が襲撃される箇所だと予想していた。補給部隊の輸送路と日付を計算して大まかな時間帯の予測まで行っていた。
「補給部隊を三つに分けたが同じ物を輸送するわけではない。一つ目が食料を水などが主で、二つ目が治療用の道具や薬だ。三つ目は予備品だ。食料と水、薬の予備と予備の武器や天幕だ。ここで一番需要になるのは一つ目の食料と水だ。国王軍はタラス平原までの食料と水を兵士に持たせているが目的地に着いてからの食料は殆どない。補給部隊は最初の部隊が目的地に着いた次の日には到着しないと兵士の士気や不安を煽ってしまう。内通者がこのことを知っていれば必ず一つ目の補給部隊を襲撃する」
「確かにその予想は正しいかもしれませんが、内通者に情報が漏れていない場合はどの補給部隊が襲われるのか検討がつきません。最悪の状況は三つ全てが襲撃されて壊滅させられることです」
「リーシアの疑問はもっともだ。だから補給部隊の指揮官数名に魔術道具を持たせた」
トリスは魔術道具と偽って眷属粘性動物を渡していた。動力用の魔鉱石がはめ込んであるので一見すると魔術道具にしか見えないがトリスと感覚共有が繋がっている。補給部隊の指揮官達には警報用の魔術道具と説明しているので、魔術道具を動作させるとすぐにトリスが気が付くことができる。
トリスの眷属粘性動物は応用がかなり利く。普通の使役動物と同じように感覚共有があるため周囲の状況が理解することもできる。バエルの王都ではボルフェルトに会うために昼間のうちに眷属粘性動物を王城に侵入させ、ボルフェルトを探し行動を眷属粘性動物から視ていた。だからボルフェルトの寝室の場所やボルフェルトの顔を知っていたのだ。
眷属粘性動物のことはリーシアやアルフェルト、ボルフェルトにも詳細は話していない。起動すればトリスが周囲を瞬時に確認できる魔術道具だと説明しているだけだ。
「そうなると問題は襲撃があった際にトリスさんがどれだけ早く現場に着くことができるかですね」
「補給部隊同士の距離はそんなに離れていない。王城に侵入したときのように空か行けば障害物もない。場所と距離をきちんと把握していれば時間はかからない筈だ」
トリスの言葉にリーシアとアルフェルトは一瞬顔をこわばらせた。トリスの言った方法は言葉の通り上空を移動する。物語の魔女のように箒で空を飛ぶのではなく、跳躍と自由落下の繰り返しだ。
王城に潜入するときトリスはリーシアとアルフェルトを抱えて跳躍した。二人を抱えているのにトリスの跳躍は上空まで飛び、城壁を飛び越え見張りの兵士に気が付かれずに王の寝室に着地した。魔術でも空を移動する方法は確立されていないため、空から侵入するなど誰にも予想できずにいた。
昼間の晴れたときであれば壮大な景色に心を奪われるが、王城に潜入したのは夜だったためリーシアとアルフェルトは暗闇に飛び込むような感覚だった。何も見えない中で上空まで飛び、そのまま自由落下する感覚は二度と味わいたくなかった。
「上空を移動するかどうかは判らないが、アルフェルトの役目はもう終わった。このまま安全な王城に戻っても問題はない」
「あ、安全かどうか判りません、内通者が私から情報を聞き出すために襲撃する可能性があります。私はトリスさんを雇った責任があるので最後までついて行きます」
トリスの計画ではアルフェルトの役目は終えていた。この後は戦場に行くためアルフェルトは足手まといにしかならない。アルフェルトもそのことは判っているはずなのにトリスと行動をしたいと言う。
確かにアルフェルトの言うとおり王城が安全だとは限らない。王城内では近衛騎士達が護衛するので襲撃さても問題ないと思われるが、近衛騎士の誰かが内通者若しくは内通者と繋がっている可能性もあった。そのことを考えるとアルフェルトを王城に戻すのはまだ早いと言えた。
「トリスさん、アルフェルトの同行を許可して貰えませんか」
トリスが判断に迷っているとリーシアがアルフェルトの同行を許可するように提案してきた。
「どうしてだ? アルフェルトを危険な場所へ連れて行くことになるぞ」
「内通者が判明していない状況ではアルフェルト様が王城に戻っても落ち着くことはできません。私達と行動していた方がアルフェルト様も安心な御様子です。それに戦闘になった際は私もトリスさんの足手まといになるのでアルフェルト様の護衛に専念します。それに国王軍の兵士や貴族と遭遇したときの身の証しを立てるときにアルフェルト様がいれば無用な問題は起きません」
「確かにその通りだが、戦場に王族を連れて行くのは危険だぞ」
「わ、私は大丈夫です。仮に命の危険があったとしてもそれを二人に償わせることはしません」
二人の言葉にトリスは困惑するが、結局このまま城に戻してもアルフェルトの安全は確保できない。それなら先ほどのリーシア言ったとおり無用な問題を避けるためにアルフェルトの同行を許可することにした。
反乱軍の遊撃隊を指揮するギレルはとある町の裏路地に一人で来ていた。指定された場所には人の気配はなかったが暫く待っていると一人の旅人が姿を現した。旅人は外套のフードを深く被っているため男か女か判らなかった。
「遊撃隊の隊長か?」
旅人の声は男だった。ギレルは男の言葉に頷くと男は一枚の紙をギレルに手渡した。
「補給部隊の輸送路について記してある。今度も確実に国王軍の補給を絶てとの命令だ」
男の言葉を聞きながらギレルは紙に書かれている内容を見た。そこには補給部隊の輸送路の他に補給物資の内容や護衛状況について書かれていた。
「前と同じでよくここまでの詳細が判るな。内通者はどんな人なんだ?」
「あまり詮索はするな。これを書いた人もかなり危険な橋を渡っている」
「そうだったな。それでここには第二王子が雇った者のことは書かれていないがそっちでも判らないのか?」
「第二王子が雇った者については第二王子本人と国王しかしらない。こちらも探ってみたが有益な情報は得られなかった」
「……そうか」
反乱軍の偵察部隊からもそれらしい情報は得られなかった。傭兵団が見た噂も巷にはないため本当に第二王子が傭兵を雇ったのか怪しくなってきた。
「第二王子と国王が共謀して虚偽の報告をしていないか? 雇ってもいない傭兵をいると周りに吹聴しているの可能性はないのか?」
「その可能性もあるが、否定する証拠がない。いることを念頭に置いて行動した方が得策だ」
「……そうだな」
男の言葉にギレルは納得するしかなかった。先ほどの言葉は自分の不安を払拭するための気休めだった。ギレルは日に日に言いようのない不安感に苛まれていた。自分が今まで培ってきた勘では今回の戦いは降りた方が良いと警鐘を鳴らしていた。
「他に何かあるか?」
「いや、大丈夫だ」
「では、襲撃が上手くいくことを願っている」
男はそう言うと来た道を戻っていった。ギレルは男の姿が見えなくなってもその場から動かずにいた。ギレルは近くにあった木箱の上に腰を下ろし、懐から地図を取り出し渡された紙と見比べた。輸送路から襲撃に最も適した場所をギレルは検討し始めた。
襲撃するのは本来は身動きが取れない狭い道が好ましい。だが主力戦力であるアージェ、ベルディア、シーダンの実力を遺憾なく発揮させるには開けた場所が適していた。ギレルはここからの移動距離と時間、そして襲撃に適した場所を探した。
ギレルが襲撃する場所を絞り込めたのは男と別れてから大分時間が経過してからだった。ギレルは今回の襲撃は絶対に失敗しないように念入りに計画を立てた。地図と渡された紙を何度も見直し計画を念入りに立てた。普段ならもう少し手を抜くのだが、ギレルに纏わり付く不安がそれを許さなかった。
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