島国 バエル王国 農村の男と武門の男
「トリスさんはどうして今回の依頼を引き受けたのですか?」
リーシアは今まで気になっていたことをトリスに訪ねた。彼らが今いるところは王都から少し離れた町の宿屋だ。部屋にはトリスとリーシア、そしてアルフェルトが滞在していた。
トリス達の今後の行動は補給部隊の護衛し、反乱軍の遊撃隊が強襲してきた際の撃退、または殲滅させることだ。相手が何処にいるのか判らないため今は動かず、ボルフェルトから補給部隊の補給路についての連絡を待っていた。
無論相手が襲ってくるのもただ待っているだけではない。遊撃隊を待ち伏せするのではなく、逆に襲撃できるようにボルフェルトは諜報部隊に反乱軍の遊撃隊の居場所を探らせていた。どちらにしろ情報が集まるまで動くことはできないのでリーシアは今まで疑問に思っていたことをトリスに訪ねた。
「気になるのか?」
「はい。いろいろなことかあったので聞く機会がなかったのと、トリスさんの機嫌を損ねるのが怖くて聞けませんでした。いい機会なので確認しておこうと思いました」
「大した理由ではない。とても個人的なことだ」
「個人的なことですか? それはトリスさんが提示した報酬のことですか?」
「海産物のことか? 確かに一度は食べてみたいと思っていたが、金をかければ購入することもできる。それが理由じゃない」
「では、どうしてなのですか? 床に零した葡萄酒を飲めと私に強要したのに次の日には依頼を受けることを承諾したのは不自然です」
トリスとリーシアの会話にアルフェルトが割って入ってきた。あのときトリスから受けた屈辱は忘れた訳ではないが、トリスの心境の変化が気になっているので今はそのことについては一旦忘れることにした。
「……そうだな。昔の目標を思い出した」
「昔の目標?」
「なんですかそれは?」
トリスの返答にリーシアとアルフェルトは訝しむとトリスは昔話をするように話し始めた。
「二十年以上も前だ。二人の冒険者がいた。二人は生まれも育ちも全く違っていた。一人は農村の村に生まれた平凡な男。もう一人は武門の貴族に生まれた非凡な男だった。二人は冒険者になったときにある出来事がきっかけで知り合った。生まれも育ちも考え方すら違っていたのに妙に馬が合った」
「それはあなたのことですか?」
アルフェルトの質問にトリスは寂しそうに笑い話を続けた。
「二人は既に別々のパーティーを持っていたから一緒に冒険に行くことは少なかった。だが、三日に一度はお互いに近状を話したり、食事に出かけたりしていた。冒険者と言う共通点があったから模擬戦を何度もしたことがあった。二人は武器は互いに剣だったが農村の男は一度も武門の男に勝つことはできなかった。軽くあしらわれ、恥を忍んで何度も剣の稽古をつけてもらったが結局一勝もできなかった。二人の交流は約一年続いた。お互い冒険者として大成するのを目標にしていたがあるとき農村の男は事件に巻き込まれ冒険者を辞めることになった」
「どうしてですか?」
「農村の男は事件に巻き込まれたせいでアルカリスを離れることになったんだ。男は冒険者を辞めることになり別の場所で生活することになった。その場所には男ともう一人の老人がいて、男は老人から様々なことを学ぶことができた。生活していた環境も過酷な場所だったのも影響していた。老人の教えと生活環境のおかげで剣の腕も上がり一流以上の剣の腕前になった。男は二十年近くもそんな生活していたが二十年ぶりに帰ることができた」
「――ッ」
トリスの話を聞いてリーシアは思わず息を飲んだ。トリスの話す農村の男はトリス自身のことで武門の男はイーラのことだと判った。フレイヤの夫であり、クレアの父親。そして、剣聖と呼ばれた男のことだと気がついたのだ。
「農村の男が二十年ぶりに帰ってきたときに武門の男は亡くなっていた。あれだけ強かったのに野盗に殺されたと知ったときは農村の男は驚いた。いや、それ以上に悲しかった。男にとって親友と言える相手でいつか超えるべき目標でもあり恩人でもあった」
「それで男の人はどうなったのです? 自暴自棄になったりしていませんよね?」
「アルフェルトの予想とは違って普通に生活をしているよ。今は何処かの王子様の依頼で南の島で厄介事に巻き込まれているけどな」
「あっ」
アルフェルトはよやく農村の男がトリスのことだと気が付き赤面した。
「農村の男は王子様の依頼の内容が気になった。正規の軍人を圧倒する猛者の話を聞いて、武門の男と同じくらい強いのかもしれないと思った。昔自分が果たせなかった決着がつけられる。そう思っただけだ」
「…………それって腕試しってことですか?」
「そうだな。強い奴に何処まで対抗できるのか知りたくて依頼を受けた。かつて超えられなかった目標に何処まで到達できているか知りたいだけの代償行動だ」
「だ、代償行動って………… クスッ」
トリスの目的が代償行動だと聞いてアルフェルトは思わず吹き出してしまった。
「クスッ、クスッ、クスッ。アッハッハハハハハハハ」
笑ってしまった。そして一度笑い始めると止まらなかった。トリスの行動目的があまりにも自分勝手でどうしようもない理由だと知っておかしくなった。自分達にとっては一国の命運に関わることなのに、重要な役割を持つ者の行動理由が、愛国心でも名誉でもましてや金でもなくただの代償行動なのだ。そのあまりにも自由で身勝手な理由にアルフェルトは思わず笑ってしまった。
アルフェルトは今まで国のため、国民のため、父親である国王のために行動してきた。女であることを隠し、国の繁栄のために尽くしてきた。王族として生まれたのでそれは仕方がないことだと思っていた。
他人のための生きてきたと言えば聞こえがいいが、アルフェルトは行動の責任までも他人に委ねていた。責任を全く負う必要はないとは言えないが、それでも何処か他人事であった。徹頭徹尾全てが自分の責任になるような行動はしたことがない。
だが、トリスは違った。全ての行動が自分本位の考えで他者の事情は二の次だ。自由と責任を自分で考え行動するとても人間らしい生き方だ。
アルフェルトとは全く逆の生き方にアルフェルトは惹かれ、自由で身勝手なトリスの行動、そして生き方に強い関心を持つようになった。それはただの興味なのかそれとも別の感情なのかはアルフェルトも判っていなかった
国王軍がタラス平原に進軍する情報は数日で反乱軍の全体にも伝わっていた。国王軍との全面対決がタラス平原で行われると兵士達の緊張は一気に高鳴っていた。この内乱もいよいよ終わる兆しが見え士気も否応無く上がっていた。
そんな状況の中一つの部隊は他人事のように兵舎で酒を飲んでいた。この部隊は反乱軍でも正規の部隊ではなく傭兵団からなる遊撃隊だ。連絡用の人員以外は皆傭兵団に所属しているので兵士のような規律を守る必要はない。従うのは傭兵団の団長の言葉だけだ。だから他の兵士達が戦の準備に追われている中で昼間から酒が飲めていた。
「いよいよ、この国での仕事も終わりか……」
「なんだ。愛着でもわいたか?」
「違えよ。金払いが良かったからもう少しやりたかっただけだ!」
「まあ、確かに金払いはいいが相手が温すぎる。もっと歯応えある相手と俺は戦いたい」
「楽して金を稼げた方がいいじゃないか」
「判ってないね。人生には刺激が大事なんだよ。刺激がない人生は塩がない料理と一緒なんだよ」
「なら、今回は少し気を引き締める必要があるぞ!」
二人の傭兵に会話を遮ったのはこの傭兵団の団長であるギレルだった。ギレルは今まで兵舎を離れ近くの砦で作戦会議に出て戻ってきたのだ。
「お頭、お帰りなさい。会議で何か言われたのですか?」
「ああ、今回も俺達の仕事は敵の補給部隊の襲撃だ」
「また同じことかよ。どうせ今までと同じように」
「それが今回は国王軍も外国から傭兵を雇ったようだ」
「「「「「!!」」」」」
ギレルの言葉に傭兵達に緊張が走った。大陸には自分達と同じかそれ以上の傭兵団が少なからずいる。そいつらが自分達と同じように雇われたのであれば今までのような楽な戦いではなくなる。
「傭兵の名前は判りますか?」
「いいや、第二王子が引き連れてきたことしか判っていない。今、偵察部隊がそれらしい傭兵団を探っているところだ」
「厄介ですね。もし、名の知れた傭兵団だったら苦戦しますよ」
「ああ、そうだな。だからアージェ、ベルディア、そして、シーダン。今回もおまえ達は要になるしっかり働いてくれ」
「あいよ」
「判ったわ」
「…………面倒くさ」
ギレルに呼ばれた三人はこの傭兵団の要の戦力になる。アージェは二十代半の男性でギレルからの信頼の厚い古参である。ベルディアは珍しい女性の傭兵で魔術師である。そして、最後に呼ばれたシーダンは態度こそ悪いがこの傭兵団の中で一番の強者だった。
ギレル率いるこの三人がいるおかげで傭兵団は大陸でも名が知れている。特にギレルは戦闘よりも指揮や傭兵の統率に優れており、実力ではアージェ、ベルディア、シーダンやその他の傭兵にも敵わないが、曲者揃いのこの傭兵団をきちんとまとめていた。
「それで出発はいつになるの?」
「シーダン。面倒だと言った割にはやる気があるのか?」
「……違うよ。もうすぐ秋になるから大陸に戻りたいんだ。冬もこんな島国で過ごすなんてごめんだからね」
「まあ、確かに今回の戦が終われば大陸に戻る予定だ。反乱軍が勝つにしろ負けるにしろ俺達はさっさとこの島から離れる。戦が終われば傭兵は用無しだからな。それと出発は三日後だ。準備しておけ」
「……判った」
「団長。私からも質問いいかしら?」
「なんだ?」
「王国軍が勝利したら私達は反乱軍と一緒に処罰される可能性はないの?」
「ベルディアの心配はもっともだが、戦が終わっても情勢は混乱する。混乱している最中に逃げる傭兵にそこまでしないさ。最もお前は容姿に優れているから慰みに者になる可能性がある」
「…………判った。気をつけるわ」
ギレルの言葉にベルディアは何げなく返事をするが、ギレルの気遣いはベルディアには嬉しかった。
「他に質問のある奴はいるか?」
「王国軍に雇われた傭兵に団長は心当たりはないのか?」
「アージェは難しい質問をするなぁ。確かに俺達に対抗できる傭兵は大陸でも限られている。大陸の東の部族で構成される剣客集団や大陸の北部で活動する重装歩兵団が来るとさすがにお手上げだ。だが、主要となる港には調査員を何人か待機させているのがそんな情報はきていない」
「じゃあ、大した連中では無いね」
「正直判らねぇ。国王が大戦を選んだんだ生半可な覚悟じゃない。勝機があるからこそ選択した筈だ。だから気を抜くんじゃねえぞ。お前ら!」
「「「「「はい!」」」」」
ギレルの号令に皆が返事をした。ギレルのその言葉を聞いて少しだけ安心した。砦の会議で今回の作戦を聞いてからずっと嫌な胸騒ぎがしていた。特に第二王子のアルフェルトが傭兵を連れてきたと聞いたとときから言いようのない不安にかられた。まるで十年前にあの男から感じた恐怖が再現したような錯覚がギレルの中で渦巻いていた。
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