島国 バエル王国 糸を引く者
見回す限り水平線のが広がる風景にトリスは感動していた。山里に生まれ育ったため海を見る機会はほとんどなく、旅の途中で海を何度も見ることはあった。だが見渡す限り海と空に囲まれる体験は始めてだった。
トリスはリーシアとアルフェルトと契約を交わしてすぐにサリーシャに向かった。サリーシャの街でラロックに会い、アルフェルトとの依頼を引き受けたことをラロックに伝えた。ラロックはトリスが引き受けるとは思っていなかったが、船の手配や船員の手配は進めていた。
船は小型船だが足の速い物を選択し、船員も信用がおける者を三人雇っていた。雇われた船員の一人は初老の男性だが何度もバエル王国と行き来した経験者で彼が船長として雇われた。他の二人は三十歳手前の若者で船長の弟子達だ。
ラロックと船長は古くからの付き合いで口も堅く信用もおける人物だ。トリスは早速彼らと会い出発の打ち合わせと航海の日程などを詳しく聞いた。そして、トリスがサリーシャの街に着いて二日後、リーシアとアルフェルトがサリーシャの街に着いた。
船の準備は既にできていた。ラロックが手配した船は魔鉱石から発生する風を帆に受けて進む。無風状態でも船を走らせることができるので、急を要するトリス達にとって打って付けの船で、リーシア達と合流したトリス達はすぐに出港し、バエル王国に向かった。
「なるほど、風に向かって直接進むことはできない。だからこのような手法で進むのか」
「そうだ。この手法は国や地域によって呼び名は違うがやっていることは同じだ。漕ぎ手がいれば多少は進むことはできるが人力は限界がくる。だからこう言う手法が生まれたんだ」
バエル王国に向かう船内でトリスは船員と航海の話をしていた。トリスが知っている船の知識や航海の知識が正しいか確認がてら船員達が経験した航海の話などをしていた。
「それにしても航海をしたことのない人がここまで知識を持っているのも不思議だ。何処で教わったんだ?」
「師匠からだ。師匠は冒険者だったがいろいろな知識を貪欲に集めていた。船や航海に関する知識も持っていて雑談程度の話を聞いていた」
トリスは船の知識や航海の知識はウォールドから教わっていた。ウォールドの知識は豊富で船の知識や航海の知識などもあり、『迷宮』での日々でウォールドは様々な知識をトリスに伝えていた。トリスもその内容を全て記憶していた。
「トリスさん、少しよろしいですか?」
トリスと船員の話しているところに声を掛けてきたのはリーシアだ。ちょうど話も一区切り付いた所だったのでトリスは頷きリーシアとともに甲板に向かった。
「単刀直入に言います。アルフェルト様を元気づけて貰えますか?」
「…………っ」
あまりにも以外な言葉にトリスは一瞬言葉を失った。どのように返答をすれば良いか困っているとリーシアが先に言葉を紡いだ。
「アルフェルト様はかなり疲弊しています。私が何とか身の回りのお世話をしているので身体は問題ないのですが心が弱っています。何とかして貰えませんでしょうか」
アルフェルトはトリスに女性と見破られてからすっかり気落ちしていた。今まで隠していたことを看破されて張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだ。
「どうして俺が?」
「他に頼る人がいません。幸いなことに航海は順調です。あと二日もあればバエル王国に辿り着きます。それまでにアルフェルト様に元気になって貰いませんと今後の行動に支障をきたします」
バエル王国に着いた後はリーシア達と王城に行く予定だ。そこに気落ちしている王子の姿を見たら家臣達の信頼や兵士達に士気に影響する。それに王城は権謀術数渦巻く魔境でもあり、特に有事に際に弱みを見せるのは悪手であった。
「理由は判るが俺がどうにかできる事ではないぞ。最悪、今よりも悪化するかもしれないぞ」
「確かにその可能性はありますが、何もしないよりは良いです」
「…………判った。どうせバエル王国に着くまではすることがない。今から会って話をしてみる」
「よろしくお願いします」
リーシアからのとんでもない依頼をトリスは引き受けアルフェルトと話をすることにした。
アルフェルトがいるのは二つある船室の一つだ。トリスはアルフェルトがいる船室の扉をノックした。
『……はい』
『トリスだ。少し話がしたいがいいか?』
『……………………どうぞ』
少しの間があったがアルフェルトはトリスの入室を許可した。トリスは船室の扉を開け船室に入った。アルフェルトは下着に薄い上着を着ただけの軽装で船室のベットに腰掛けていた。
『何かご用ですか?』
『リーシアに頼まれて様子を見にきた。気落ちしていると聞いていたがどうやらそのようだな』
アルフェルトから以前のような覇気は感じられず病人のように覇気がない。さらに男装すらしていないく、自分の身分を取り繕うことすらしていなかった。
『放っておいてくれ。余は…………、私はもう疲れました。継げない王位を守るために必死に虚勢を張り、己を律してきました。ですが、あなたの言うとおり建前だけの言葉、薄い氷のような覚悟でした。今思えば滑稽な事だったと思えてきます』
『祖国のことはもういいのか?』
『あなたが協力してくれるのであれば最低限の私の責務は終わりました。後は反乱軍………… お兄様が勝利するのか、お父様が勝利するのか私には関係ありません』
『なら、内乱が終わったらおまえはどうする?』
『神殿に行こうかと思っています。元々はそう言う予定でしたから……』
アルフェルトが言う神殿とは王族が身を隠すために作られた隠れ蓑だ。バエル王の計画では数年以内にアルフェルトが病を患い、神殿で静養することにする。病は回復することはなく代わりにアルフェルトの子が誕生する計画だ。子供はバエル王が新たに作るのか、それともアルフェルトに産ませるのかは不明だが男子が出産されるまで行われる。
『好きでもない男が宛がわれて子を成すのか? 出産は母胎にかなりの負担を与えるぞ』
アルフェルトからバエル王の計画を聞いたトリスが忠告すると寂しそうに笑った。
『民の税で生活するのですからそれくらいの覚悟はあります。それに子を成すのは王族の責務です。それすら逃げ出したらお母様に顔向けができません』
アルフェルトの母は既に他界している。アルフェルトが十歳の時に流行病でこの世を去ってしまった。王としての仕事があるため、父親であるバエル王とはあまり接点はない。代わりにアルフェルトは母親に育てられた。今では母親のことは誰よりも慕っていた。
『そこまで覚悟が決まっているならこれ以上は何も言わないが、黒幕に一矢報いることはしなくていいのか?』
『黒幕? どう言うことですか?』
トリスの言葉にアルフェルトが始めて興味を持った。
『この内乱はどこか奇怪しい。そもそも第一王子どうして内乱を犯した。いや、そもそもなぜ第一王位継承権を奪われることになった』
『それは兄様の妄想が行き過ぎて…………』
『確かに生まれつきや病の所為で正常な判断ができない人はいる。だが、本当に第一王子は妄想に取り憑かれたのか? 誰かに疑心を埋め込まれ正常な判断ができなくなったと否定できるのか?』
『!?』
『それに王子が挙兵した理由も変だ。王が病に倒れたのが切っ掛けと言うが第二王妃、アルフェルトの母親が死んだときは何もしなかったのか?』
第一王妃は第一王子の母親であるが第一王子を出産して体調を崩し、残念なことに一年間の静養したがこの世を去った。第二王妃アルフェルトの母親だが王が病で倒れる一年前に他界した。王が倒れた原因は第二王妃が死んだことによる心労よるとされている。
『憶測の域をでない事だが、第一王子の乱心。挙兵に至った経緯を詳しく調べなくていいのか? この内乱を裏で糸を引いている者を見つけないとまた同じ事が繰り返すぞ』
『…………………………………………それは嫌だ』
『嫌なら少しは抗ってみたらどうだ? 神殿に行くのなら失う物はあまりないのだろう?』
トリスの言葉にアルフェルトは静かに頷きこの内乱が起きた理由を調査することにした。
「ありがとうございました」
アルフェルトと話をした夜。甲板で夜空を見ていたトリスにリーシアが話し掛けてきた。アルフェルトが立ち直ったことについてお礼を言いにきたのだ。
「気にするな。どうせ暇つぶしの一環だ」
「そうですか。では正直なところを聞かせてください。バエル王国の内乱を裏で糸を引いている者がいると思いますか?」
「アルフェルトにも言ったが憶測の域をでない。俺から見て違和感を感じたから言っただけだ。だが、第一王子に手を貸している貴族達の思考が読めない。正常な判断ができない第一王子を王にしてもその後の統制が面倒だ」
「第一王子を傀儡にする算段ではないのですか?」
「そう考えられるが、王位に就いた第一王子が突拍子もないことを仕出かしでかしたらどうする? 臣下として諫める必要があるが、そもそも正常な判断ができない者を王位に就かせた責任が出てくる。第一王子がどれくらいの判断ができるか知らないからこれも憶測でしかないが……」
「そう言われますと確かに内乱を起こした割には成功した後のことが杜撰な気がします」
「ここで口論しても推測でしかない。バエル王国に着いたら調べるしかない」
「手伝って頂けますか?」
「乗りかかった船だある程度は手伝うが、依頼が終わって秋が来れば俺はアルカリスに戻る」
「それは重々承知しています」
そこまで話したトリスはまた夜空を見上げた。星空の位置から明日にはバエル王国に着く。内乱が起きている王国にトリスは足を踏み入れるのだ。
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