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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
暗殺者としての時間
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島国 バエル王国 やり残したこと

「バエル王国に行くことにした。暫く家を留守のでよろしく頼む」

「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」


 アルフェルトがトリスの家に訪れた翌日、朝食の場でトリスが皆に告げた。昨夜までトリスの態度はバエル王国に行くことを否定的だった。それなのに一晩明けるとバエル王国に行くと表明した。一晩の間にいったに何があったのか、皆が不思議に思っているのをよそにトリスは自分が留守中の話を始めた。


「俺は早ければ今日の午後には家を出る。留守中の家の管理は皆に任せる。フレイヤとローザが仕切って欲しい」

「は、はい、かしこまりました」

「判りました」

「家の警備はダグラスとザックに一任する」

「はい」

「了解しました」

「ロバートとベネットはいつも通りフレイヤ達の手伝いを頼む」

「「はい!」」

「朔夜はクレア達に稽古をつけてくれ。その代わり今月の家賃は免除する」

「あいよ。腕が鈍らないよう鍛えておくよ」

「クレア、フェリス、ヴァン、エル、ナルは朔夜と稽古以外は好きに過ごしていいが、フレイヤ達が困っていたら手伝って欲しい」

「「「「「はいっ」」」」」


 その他にもトリスは皆に自分が留守になった際の細かい指示を出し、一通りの指示を出し終えると最後にロバートの方を向きバエル王国に行く理由を話した。


「ロバート、俺がバエル王国に行くのはロバートの願いを聞くためじゃない。別の理由だ」

「別の理由ですか?」

「個人的な理由だ。だか、やることは変わらない。反乱軍が雇った傭兵と戦う」

「…………詳しく聞いてもいいですか?」

「大層な理由じゃない。鎮魂、証明、約束、聞こえのいい言葉はいろいろあるが、ただの俺の未練。やり残したことだ」


 トリスはそう言うと寂しく微笑み、旅支度をするために自分の部屋に戻っていった。そして、トリスは昼前になると宣言通り家を出って行った。




 アルフェルトは昨日から泊まっている宿屋の一室にいた。トリスに依頼を断られてからずっと部屋に籠もっていた。リーシア達が食事を部屋に運んでくれるが一口、二口を口にするだけだ。何もする気がなくベットに横になっていると扉をノックする音が聞こえた。


『リーシアです。今よろしいですか?』

『…………鍵は開いているから入ってよい』

『失礼します』


 リーシアは部屋の扉を開け部屋に入った。アルフェルトはベットから起き上がるが気怠さを隠すことせずリーシアの方を向いた。


『アルフェルト様、幾ら部屋の中とはいえそのような格好は控えてください』


 アルフェルトの今の姿は下着に薄い上着を羽織っただけの格好だった。


『いいでわないか。ここには余と事情を知っているそなたしかおらん』

『そうですが、御自重は心掛けてください。もしもアルフェルト様の秘密が漏れたら大変なことになります』

『…………判った。それよりも何か用か? 昼食ならさっき持ってきただろう』

『はい、実はアルフェルト様にお客様が来られました』

『客? 誰だ』

『トリスさんです。昨日の依頼を受けるから契約を確かめに来たと言っています』

『なに!』


 予想もしなかった出来事にアルフェルトは一瞬驚きそして激昂した。昨日あれだけ無礼な態度をとった相手が今日になって依頼を受けにきたと言うのだ。アルフェルトすぐにでも怒鳴りにつけようと部屋を出ようとしたがリーシアに止められた。


『どけ、リーシア』

『アルフェルト様、そのような格好で部屋を出てはいけません』

『あっ』


 アルフェルトは自分の格好を思い出し踏みとどまった。


『トリスさんが帰らないように私が引き留めておくのでアルフェルト様は着替えて食堂に来て下さい』

『判った。すぐに着替えていくからあの者を帰らせるなよ』


 リーシアはアルフェルトの指示に頷き部屋を出て行った。リーシアが部屋を出て行くとアルフェルトは急いで身なりを整え始めた。髪を櫛で整え、部屋に備え付けの桶の水で顔を洗った。洋服棚に掛けてあった服に袖を通して身なりを完璧に整えた。


 着替えを終えたアルフェルトはすぐに部屋を出て食堂に向かった。食堂に着くと一番奥の席でリーシアとトリスを見つけた。アルフェルトはできるだけ冷静を装いながら二人がいる席に近づいた。


『待たせたな』


 アルフェルトが声を掛けるとトリスは立ち上がり一礼した。その態度は昨日の横暴な態度とは違っていた。


『急な訪問で迷惑をかけた』

『…………気にするな。それよりもどういうつもりだ。昨日は断っておいて今日になって依頼を引き受けるとはどういう了見だ』


 アルフェルトはそこまで言うとリーシアの隣に座り、まずはトリスの話を聞くことにした。身なりを整えたことで一旦落ち着きを取り戻したアルフェルトは感情を一旦抑えることに成功した。


『事情が変わった。個人的な都合だが昨日の言った依頼を受ける。この紙に依頼を受ける条件と報酬が書いてある』


 トリスはそう言うと数枚の紙をアルフェルトに渡した。紙にはトリスがバエル王国で自由に行動できるように身分の証明と地理に詳しい案内人の補佐、バエル国内でトリスが巻き込まれたり、起こした事故やその損害に対する刑罰や賠償、そして報酬に関する内容がまとめられていた。


 内容を見る限り不可解な点はなかった。トリスの提示したことは至極まっとうなことでありアルフェルトやリーシアが考えていた内容とも一致していた。報酬の件を除いて。


『トリスさん、この報酬に書かれている内容ですがお聞きしてもいいですか?』

『どうぞ』

『報酬に書かれている海産物に関しては問題ありませんが、この木材に関することは本当に良いのですか?』


 トリスが提示した報酬はアルフェルトやリーシアが思っていたことよりもずっと安価な物だった。海産物に関しては確かに貴重な物も含まれている。年に数百匹しか捕れない魚を隔月で一匹収める。それを十年間要求してきているが、成功報酬と考えると安い対価だ。それよりも気になっているのは木材の件だ。


 報酬に書かれている木材は確かにバエル王国で自生している。だがその木材は加工に不向きだった。緻密がなく焼いて使用する以外の用途がないため輸出も行っていない。個人的な報酬なので問題はなかったが、全体的にアルフェルト達が提示した報酬に比べると些少だった。


『木材は私が個人的に欲しい物です。バエルでは輸出規制になっているのですか?』

『いえ、報酬に関しては問題はないかと思います。アルフェルト様も同意見ですよね?』

『…………余は納得がいかない』

『ど、どうしてですか? トリスさんが提示した内容に何か問題であるのですか?』

『昨日、余やリーシアが出した報酬には目もくれずに断っておったのに今日はこんな報酬を提示してきたのだぞ。きっと裏があるにちがいな』


 アルフェルトはトリスをキツく睨んだ。アルフォンスは今は感情を抑えているが昨日受けた仕打ちは忘れた訳ではなかった。


『では正直に言えば納得するのか?』

『ああ、腹を割って話そう。交渉に駆け引きが必要なことは判るが、こちらにとってあまりにも有利な条件だ。バエル王国で行った後で貴殿が反乱軍と接触して裏切る可能性だってある』

『なるほど王族の必要な教育は一応受けているのだな』

『莫迦にするでない。余は第一王位継承者だ。王に必要な教育や教養は身につけている』

『だが、王に着くことはできない。バエル王国の風習が許さない』

『…………どういうことだ?』

『アルフェルト王子、あなたは女性だ。そして、バエル王国の風習では女性は王位に就けない』

『なっ!』

『どうしてそれを…………』


 リーシアはすぐに自分の口を押さえたが遅かった。リーシアの失言でトリスの指摘が正しいと証明してしまった。


『……………………何故、余が女性だと見破った』


 長い沈黙の後にアルフェルトが口を開いた。


『始めてあったときから気が付いていた。身体の線が出ないような服装はしているが生憎俺は目だけでは人を見ることはしない』


 トリスがアルフェルトを女性と見分けたのは探索魔術を使用したからだ。探索魔術は周囲の状況が判るだけでなく、トリスほどの使い手になると周囲の人間の心音や体温を検知することができる。女性の身体は、男性よりも熱を産生しにくい傾向がありそこからアルフェルトの性別を疑っていた。


『そうか、だから貴殿は始めから余の言葉を信用していなかったのだな』

『ああ、事情はあると判っているが国の存亡に関わると言いながら、性別を偽っている者の言葉は信用できない。他の王族なら多少は信用するが性別を重視する王族では無理だ』


 トリスの言葉を聞いてアルフェルトは項垂れた。先ほどまであった怒りの感情さえアルフェルトの中から消えていた。生まれたときからずっと隠していた事実を初見であった者に見破られたショックはそれほど大きかった。


『トリスさん、アルフェルト様の事情を知りつつも協力してくれるのはどうしてですか? 普通ならこの事実を使ってもっと高額な要求もできた筈です』

『報酬にあまり興味がない。強いて言えば反乱軍が雇った傭兵に興味がある』

『その傭兵に会うためにバエル王国に行くと?』

『そうだ。だからここで契約が成立しなくても俺はバエル王国に行く。安心しろ反乱軍に寝返るようなことはしない』

『判りました。では私が責任を持ちます。それと今後は私に敬語はもう使わないでください。現地での案内人は私が務めますので今のしゃべり方の方がいいです』

『了解した』


 リーシアはそう言うとトリスが書いた契約書に自ら署名を行った。本来ならアルフェルトが適任なのだが、リーシアも今回の件についてはかなりの権限をアルフェルトから譲渡されているので問題はなかった。


『トリスさんはこれからサリーシャに向かうのですか?』

『船を手配する必要があるからな。それとももう船の手配はできているのか?』

『アルフェルト様が使用していた船がありますが、足は速くはありません。なので今ラロック様に足の速い船と操縦のできる船員を探して頂いています』

『魔鉱石は使える船か?』

『はい、トリスさんが引き受けてくださることを考えて、移動は短時間で済むように手配しています』


 通常の船は帆を張り風の力と櫂を使って船を進ませるが、魔鉱石が使用できる船は魔鉱石の力を使い船を動かすことができる。風の影響で船足が鈍らないようするためだ。


『では俺はこれからサリーシャに向かいラロックさんに合う。リーシアはどうする?』

『私はアルフェルト様が落ち着いたら後から向かいます。サリーシャには三日後に着くようにします』

『ならそれまでに船が出発できるようにラロックさんと話を進める』


 トリスはそう言うと席を立ち宿屋の食堂から出て行った。残されたリーシアはいまだに項垂れているアルフェルトに声を掛けた。


『アルフェルト様、これで反乱軍の横暴を防ぐことができます。しっかりして下さい』

『……………………リーシアよ』

『はい』

『余は何のために国を支えておるのだろう。決して王になれないのに王族らしく振る舞い、臣下や民のために身を削る。こんなの道化と同じではないのか……』


 トリスに性別を見破られアルフェルトの中にあった王子と言う仮面が剥がれてしまった。今まではその仮面をよって守られていたアルフェルトの本性が表に出ている。年相応のか弱い少女に戻ってしまっていた。


 リーシアはアルフェルトに掛ける声が見つからなかった。王族として今まで身を削ってきたアルフェルトにこれ以上の重責を持たせるのはあまりにも酷だ。せめてバエル王国に戻るまではこのまま見守ることにした。また自分の力で立ち上がれるまでリーシアは側にいることを誓った。


誤字脱字の指摘や感想などを頂けると嬉しいです。

評価やブックマークをして頂けると励みになりますのでよろしくお願いします。


過去の投稿もちょくちょく修正を行おうと思っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正しています。


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