島国 バエル王国 招かれざる客
誤字脱字の報告ありがとうございます。
それでは新章の突入です。
港街サリーシャの埠頭に一隻の中型船が辿り着いた。この船はサリーシャよりも南東に位置する島国から来た客船だ。その島国は内乱状態のため客船だが旅行客を乗せて行き来することはなかった。全ての船が内乱に使われこの船も人ではなく物資を運ぶ物に使われていた。
船が到着したのはまだ日が昇ったばかりだが、港には多くの人が出入りしていた。港の朝は早く忙しい。そのため関係者以外に入港した船に気を取られている人は誰もいなかった。
『ようやく着いたか』
船から一人の青年が出てきた。どこか気品のある青年だが中性的な雰囲気を持ち、まだあどけなさが残る顔つきなので少年といっても差し支えがなかった。甲板から降りる青年はようやく目的地に着いたことに安堵していた。
『お疲れ様でした。船の乗り心地は如何でしたか?」
『出迎え御苦労。天候がよく海も荒れていなかったので悪くはなかった』
『そうでしたか』
青年を出迎えたのはリーシアだった。リーシアは昨夜から船が来るのを待っていた。事前に祖国から手紙が送られ、近日中に祖国から青年が訪れるので出迎えるよう指示が書かれていた。
『それでこれからの予定だがどうなっている?」
『はい、まずはこの街にある宿屋に宿泊して頂きます。信用のおける人物が経営している宿ですので御安心ください』
『そっか、余の身分については秘密にしているな』
『当然でございます』
『なら、いい。今後の行動についてはそなたに一任する』
『ありがとうございます』
『だが、一つだけ余の我が儘を聞いて欲しい』
青年はそう言うとリーシアの真っ直ぐ見つめた。青年の真剣な眼差しにリーシアはたじろぐが、礼節をもって接しなければならない相手なので、リーシアは姿勢を正し青年に要望を尋ねた。
『どのような御用件でしょうか? 私ができることであれば御指示に従います』
『強者を紹介して欲しい。若しくは探し出して欲しい』
『強者ですか?」
『ああ、人を殺すことに躊躇せず、圧倒的な強さを誇る者と余を合わせて欲しい』
青年の言葉にリーシアすぐにある人物を思い出した。青年の要望に応えられる強さを持ち、目的のためなら人殺しを厭わない人物を一人だけ知っていた。
大都市アルカリスは夏真っ盛りだ。一年の中で一番暑い時期が訪れ、子供達は水遊びをして楽しみ、大人達も病気にならないようこの時期の仕事は手を緩めている。冒険者達もそれは一緒で夏のこの時期と冬場は『塔』の攻略を控えていた。
「暑いねぇ」
「暑いよぉ」
「暑すぎだよぉ」
クレア、エル、ナルは薄着のまま家の木陰で休んでいた。部屋にいれば暑さで蒸し焼きになってしまうため、少しでも涼しい場所を求めこの場所にきていた。家の中ではフレイヤ達が忙しなく働いているが、居候のクレア達は当番でなければ働く必要はないのでこうして休んでいた。
「フレイヤさん達の服ってやっぱり便利だよね」
「あんなに動いているの辛そうじゃないもんね」
「羨ましい」
エルとナル、クレアは遠目で働くフレイヤ達を見ていた。フレイヤ達はこの暑さの中いつも通り働いている。普通なら暑さで働くどころではないが、フレイヤ、ローザ、ダグラス、ザック、ロバート、ベネット達はトリスの指示で仕事をしているので、空調服が支給されていた。
「何か、ここで居候しているよりトリスさんの下で働いた方がいいよな気がする……」
「確かにそう思うときあるよね。ロバートくんやベネットちゃんの給金。下手をすると私達の稼ぎよりも多いかも……」
「そ、それはないと思うよ」
エルのぼやきにナルも羨み、クレアは何とか否定しようとするが自分の稼ぎの少なさに自信はなかった。C階級未満の冒険者は基本的に薄給である。一般の働く人よりも低賃金であり、金に困らないようになるのはB階級の上位からだ。
「三人ともここにいたのか」
「探していよ」
暑さでだらけている三人に声をかけたのはヴァンとフェリスだ。二人は人数分の皿と数種類の小瓶をトレイに乗せて三人を探していた。
「はい、かき氷だよ。暑くなってきたからローザさんからの差し入れだよ」
フェリスのかき氷という言葉に三人は反応し、ローザからの差し入れを我先にと皿を取った。皿の上に乗っていたのは細かく削られた氷が山盛りに盛られ、小瓶には練乳やジャムが入っていた。三人は好きな練乳やジャムを氷の上にかけかき氷を食べ始めた。
「美味しい」
「夏にこんな冷たい物が食べられるなんて幸せ!」
「生きていてよかった」
クレアが歓喜の言葉を上げるとエルとナルも続き、三人はかき氷を美味しそうに口に運んだ。ヴァンとフェリスも近くに腰を下ろしてかき氷を食べ始めた。
「うまいな。夏場にこれを売れば商売になるよな?」
「氷を作れれば可能だけど魔術の氷は硬いから削るのは一苦労だよ。やっぱり冷凍庫で冷やした氷じゃないとこの舌触りは出せないよ」
「商売用の冷凍庫を作るのってどれくらいの金額が必要なんだ?」
「最低でもC級品の魔鉱石は必要だね。夏場を売り続けるならB級品だね」
「B級品か、俺達の稼ぎじゃ無理だな」
ヴァンとフェリスが商売の話をしているとクレア達も話に混ざってきた。
「アレは駄目なの? トリスがよくやっている魔鉱石に魔素を供給して再利用する方法。あれができれば品質が低い魔鉱石でもいいでしょ!」
「無理だよ。あの魔術式は精巧過ぎて私達じゃ真似できない」
クレアは妙案だと思って提示するがナルが即座に却下した。
トリスの家には魔鉱石を使った様々な魔術道具がある。魔術道具は核に魔鉱石を使用しているので魔鉱石に蓄積されている魔素がなくなると使えなくなってしまう。トリスの作る魔術道具はその欠点を補うように設計されており、魔素のを送り込むことで再利用できる仕組みになっていた。
「それと自分の魔素や魔力を他人や物に送るなんて普通はできないよ」
「そうなの?」
「自分の体力を他人に渡すようなものだから」
フェリスが更に詳しい内容を付け加える。今度はヴァンが質問してきた。
「それは凄いね、教えて貰うことはできない?」
「前に聞いたけど無理だった。未熟な人が使うと魔力の放出量を間違えて、魔鉱石が暴走したり、術者が命を落とす危険性もあるって言われた」
「そっか残念だね……」
フェリスのその言葉を聞いてヴァンはそれ以上この話をすることのを止めた。暑さのために五人の思考回路はそれ以上回らないのだ。五人はローザからの差し入れのかき氷を食べ続け、かき氷を食べた後はその余韻に浸り続けた。
クレア達が外でだらけている一方トリスの所には珍しい客が来ていた。リーシアとルーラ、レベッカの三人が客としてきていた。普段はロバートに会うため個別で訪れるが、三人揃ってトリスのところに来るのはロバートを確保したとき以来だ。更に今日は一人の青年も同伴していた。いや、正確にはこの青年に三人が同伴してきたと言った方が正しい。
「トリスさん、お久しぶりです」
「「お久しぶりです」」
リーシアの挨拶に続き双子も揃って挨拶をした。
「お久しぶりです。今日は皆さんお揃いでどうされました?」
「はい、事前に連絡したとおり、トリスさんにお願いがあってきました」
「…………お願いですか」
トリスは事前にリーシアから訪問することが書かれた手紙を受け取っていた。その手紙には祖国の友人も連れて行くことが書かれていた。きっとその青年に関わることだとトリスは推測し、すぐに返事をした。
「私でできることであれば検討させて頂きます。内容が判らないうちに返事することはできません。まずは要件をお話しください」
「はい、ではお願いを言う前にこちらの方を御紹介させてください。私の祖国の友人です」
リーシアはそう言うと青年に耳打ちした。青年は立ち上がりゆっくり自己紹介を始めた。
「ハジメマシテ。私ハせるせたト言イマス。今日ハ私ノ依頼ヲ受ケテクダサイ」
辿々しい言葉でセルセタと名乗った青年はトリスにお辞儀をした。セルセタはこの国の言葉が不慣れでリーシア達が通訳しながら話をすることになった。
「セルセタがトリスさんお願いしたいのは私達の祖国であるバエルに来て欲しいのです」
「バエル王国に! 正気ですか?」
セルセタからの依頼にトリスは驚いた。バエル王国は内乱中であることはトリスも知っていた。現国王と王位継承権を剥奪された第一王子が争っており、そこに一般人であるトリスに行かせるなど普通の依頼ではない。
「私も新聞くらいは読むのでバエル王国が内乱中だとは知っています。そこに来て欲しいと言うのは観光や商業が目的ではないですよね」
「はい、セルセタは強者を探しています。なので傭兵と言う扱いでトリスさんを雇いたいと言っています」
「…………私一人を雇うよりも傭兵団を雇うか他国へ援軍を求めた方が良いと思います。個人の力で戦局が変わることはないですから」
トリスは遠回しであるがセルセタの依頼を断った。リーシアはトリスの返答は予想していたが、セルセタは違った。トリスの返事をルーラから訳して聞かされるとセルセタは辿々しい言葉でトリスを説得し始めた。
「個人ノ力ガ必要。軍ハ足リテイル。オ金ハ払ウ。依頼受ケテ」
セリセタは片言だが強い口調でトリスに詰め寄った。しかし、トリスは首を縦に振らなかった。
「何故、依頼ヲ受ケナイ。理由ヲ言ッテ! 私デキル限リ、アナタノ要望、応エル」
『理由は三つある』
熱心に詰め寄るセルセタにトリスは鬱陶しくなり、バエル王国の言葉で返答した。あまりにも流暢な言葉にリーシア達は驚いた。
『トリスさんはバエルの言葉を話せるのですか!」
『ああ、日常会話程度ならできる。それよりも俺が依頼を受けない理由を話そう。まず第一に俺は傭兵じゃない。金にも困っていないから無理だ』
トリスは人さし指を立てて強い口調で理由を話し始めた。
『次に安全についだ。仮に俺が内乱に関与し、恨みを残した場合、ここに住んでいる者達の身に危険が及ぶ可能性がある。雇用者として従業員の身の安全を守る必要がある』
トリスは中指を立て二つ目の理由を話し、薬指を立て最後の理由を告げた。
『最後にこれが最も重要なことだ。信用できない人物の依頼は受けるつもりはない。身分を隠したいのは判るが、人に物を頼むなら身分は明かすべきだ。バエル王国第二王子であり、王位継承者第一位のアルフェルト王子』
トリスの言葉にリーシア、ルーラ、レベッカ、そして正体を見破られたセルセタは驚いた。
『き、気付いていたのですか?」
『褐色の肌に青い瞳。銀色の髪はバエル王族の特徴だ。他にも気が付いた理由があるがそれは置いておこう。それよりもこの国では知られていないと高をくくるのはいいが、見破られる可能性は考慮した方がいい』
レベッカの言葉にトリスは自身が知っているバエル王族の特徴を告げた。
セルセタがアルフェルト王子、王族と判ってもトリスの強い口調は変わらなかった。トリスは身分を証さず、リーシアの友人として黙っていた彼をトリスは不審に思っているからだ。
『俺が依頼を受けない理由はこの三つだ』
『ま、待ってくれ。身分を隠したことは謝罪する。報酬についてもお金以外も用意する。我が国は貴重な鉱石や木材の製品になどもある。優先的にあなたに譲ることもする』
『俺が恨みをかう可能性はどうする?」
『元々あなたに行って欲しいことは傭兵として戦場に立つことではない。ある人物達のみを相手にして欲しいのだ』
『どう言うことだ?』
トリスの疑問にアルフェルトはバエル王国の情勢を話し始めた。
王国は第一王子の反乱は最初は軽視していた。王子が反乱しても付き従う貴族や兵士がいなければ意味はなかった。しかし、王子が滞在していた領地の領主は王子の要望に応えた。それからは泥沼の内乱が始まった。
国王はこの内乱を大きくしたくないため大軍での対応はしなかった。小競り合いを繰り返し、裏では反乱軍と話し合いによる解決も進めていた。だが、その姿勢が反乱軍を増長させ内乱を長引かせてしまった。そして、今年の春が終わりに近づいた頃に情勢がひっくり返る出来事が起きた。
『第一王子が外国からの傭兵を雇った。傭兵は五十人程度だが、その中に曲者が何人かいて、その者達の所為で王国軍は反乱軍に追い込まれてしまった』
たった数人で戦局が一変したとアルフェルトは語った。
『』の中がバエル国の言葉です。
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