日常 基本と応用
二回目の投稿です。
まだ前回を読んでいない方は前の回を読んでください。
そして、記念すべき100回目の投稿です。
「はあぁ」
クレアは木剣を中段の構えから突きを繰り出しトリスの喉元を狙った。トリスはクレアの突きを紙一重で躱しクレアの後ろに回り込みクレアの後頭部を狙って木剣を振り下ろした。クレアは瞬時に身体を屈め前転しトリスの木剣を躱した。
クレアはトリスの追撃を防ぐためにすぐに体制を整え木剣を中段に構えた。トリスもクレアの素早い対応に追撃することはせず、一旦後ろに下がり同じく木剣を中段に構えた。二人の距離は五、六歩ほど離れているが一足で間合いに入れる距離だ。
二人はお互いの動きを観察しながら切り込むタイミングを計った。暫くその状態が続いたが先に動いたのはトリスだった。トリスは木剣を上段に構えクレアの頭部めがけて剣を振り下ろした。クレアはトリスの剣の動きに合わせ自身木剣を横に薙いだ。
「…………」
「…………」
クレアの剣はトリスの眼前で停止し、トリスの木剣の先は地面の手前で停止していた。クレアはトリスの剣を横から薙いで剣筋をずらし、木剣を薙いだ反動を利用して上段から木剣を振り下ろした。稽古の規則に従いトリスの眼前で木剣を寸止めし、対してトリスの木剣は剣筋がずれたことにより地面の手前で停止していた。
「できたの?」
「ああ、上手くできたな」
クレアの呟きにトリスが答えた。クレアはトリスの言葉を聞くと両手を挙げて喜んだ。
「やったぁ!」
クレアは木剣を持って庭中を走り回った。幼い頃から練習してきた父イーラから教わった技ができたことを素直に喜び、子犬のように走り回った。クレアの歓喜の声を聞きつけた子犬のルイも庭に飛び出しクレアの後をついて走った。一人と一匹の子犬達は体力がなくなるまで庭を走り回った。
「次は実戦だね。必ず成功させるよ!」
一頻り庭を走り体力が尽きたクレアはトリスの元に戻りそう宣言した。しかし、トリスは渋い顔をしてクレアの意気込みを制止させた。
「それは止めておいた方がいい。多分失敗する」
「失敗? 上手くいくとは思ってないけどやる前から決めつけないでよ!」
「その意気込みは買うが俺でも成功させるのは難しい。止めた方がいい」
「えっ」
トリスの意外な言葉にクレアは驚いた。冗談だと思ったがトリスの顔は真剣だった。
「そもそもこの技は対人用の技だ。イーラの奴は体格に恵まれていたから魔物にも使用していたが、イーラよりも体格が劣る俺やクレアが使っても成功する確率は低い。よしんば成功しても対してダメージを与えることはできない」
「パパが特別なの?」
「あいつの大剣使いだ。しかも両手持ちの大剣を片手で扱えるほど体格が良かった。片手剣を使う俺やクレアでは最初の横薙ぎで魔物の突進を止められない」
「どういうこと?」
可愛く首を傾げるクレアにトリスは丁寧に説明した。
「イーラはこの技を使うときは腰を落とし両手で大剣をしっかり持ち魔物が襲ってくるのを待つんだ。襲ってきた魔物に合わせ、標的をなぎ倒すように剣を振るう。イーラの力と剣の重量が上手く合わさり確実に魔物にダメージを与え、止めとして上段からの一撃で仕留める。力を主体とした技だから中量級の俺や軽量級のクレアではイーラほど威力は出ない」
「『身体強化の魔術』を使っても何とかならないの?」
クレアの質問にトリスは答えず、変わりに魔導鞄から一振りの大剣を取り出した。その大きさはトリスの身長ほどあり、剣の厚みもかなりあった。
「イーラが使っていた剣と同じ大きさの物だ。この剣を片手で持つのは至難だ。『身体強化の魔術』を使えば確かに片手で扱えるが常に魔術を発動する必要がある。『身体強化の魔術』は魔力の消費は激しくないが常時使うのは得策ではない。それに身体に合わない武器を使っても体力の消耗や怪我の誘発に繋がるだけだ」
「じゃあ、私が今まで練習していたのは無駄だったの!」
「――無駄になるかはクレアの今後次第だな」
トリスはそう言うと大剣を魔導鞄にしまい今度は大きな丸太を取り出した。取り出した丸太を地面に立たせてトリスは剣の届く位置から一歩下がった距離をとった。
「イーラの技は返し技としてはかなり有効だが、イーラよりも体格が劣る俺が同じ技を使っても劣化版にしかならない。だから俺はイーラから教わった技を自分の体格や武器に合った形にした。それがこれだ!」
トリスは刀を一振り取り出し鞘に収めた状態で帯刀した。手が柄を掴むと瞬間にトリスは一気に足を踏み出した。横で見ていたクレアですらトリスの姿を見失った。クレアは慌てて丸太の方を見るとトリスは丸太を通り越し、右手には鞘から抜かれた刀を持っていた。
「えっ!」
クレアがトリスに近づこうと一歩踏み出す丸太がひとりでに斬れた。丸太の上の部分が地面に落ち、その断面は恐ろしく綺麗だった。
「踏み出した足力と腰の回転、腕の動きとなど身体全体の力と刀の切れ味を合わせた技だ。イーラの技では一撃目は相手にダメージを与えるだけだが、俺は一撃目で仕留められるようにした。斬る場所や間合いを間違えなければ大抵の魔物を切り裂くことができる」
豪語するだけあってトリスの切った丸太の断面はとてもは綺麗で手で触ると吸い付くような感触だ。
「朔夜から聞いた話だとこの技は大陸の東では抜刀術と呼ばれているらしい」
「らしいってトリスは知らないの?」
「ああ、この技は自分で考えて生み出した物だ。本来の抜刀術とは細部が違うかもしれない」
「わ、私にもできるかな?」
「できるかもしれないし、できないかもしれない。さっきも言った通りクレアの今後の努力次第だ。だが俺はこの技はお前に教えるつもりはない」
「何でぇ!」
「俺とクレアでは体格が違うからだ。この技は俺の体型や武器に合わせて生み出したものだ。クレアの体型にはあってない」
クレアは自分の体型とトリスを比較してみた。トリスは男性の平均身長よりも小さいが女性のような弱々しさは感じない。長年に亘り鍛えているので身体は引き締まっているため力強い印象だ。それに比べてクレアは女性らしい体型であった。弱々しくはないが男性のような力強い印象はない。力強さを比較するならクレアは明らかにトリスに劣っている。
「じゃあ、私はどうすればいいの? 何年も意味のない練習をしてきたの?」
「人の技をそのまま使うだけなら意味はない。だから自分の長所にあった技を生み出すしかない」
「自分の長所?」
「そうだ。クレアは確かに力の面では俺やイーラよりも劣る。だが、身体の柔軟性はかなり高い。稽古でもクレアは身体の柔軟さには驚かされる。俺やイーラでは決して真似できないことだ」
「身体が柔らかくても攻撃には役に立たないよ!」
「それはお前の誤りだ。自覚はしていないと思うがクレアが繰り出す攻撃で肝を冷やすことがある」
「本当?」
「ああ、極希だが全身の力を上手く利用して繰り出す突きは俺やイーラよりも上だ」
トリスの言葉に嘘はなかった。柔軟な身体は身体の可動域が広いため、しなやかなバネのように身体を使うことができる。その身体を利用して繰り出す突きはトリスはかなり評価している。
クレア自身が未熟なためにその突きがトリスを仕留めることはないが、クレアがこのまま成長すれば恐ろしい攻撃に手段になるとトリスは思っていた。
「ど、どうすればいいの?」
「自分で試行錯誤するしかない。自分の身体は自分でしか判らない。何度も何度も試行錯誤を繰り返して答えに辿り着くしかないんだ。その際にイーラから教えて貰った技が役に立つかもしれない」
トリスはそう言うとクレアの頭を撫でた。
「俺やイーラの真似をするのもいいが、そろそろ自分にあった戦い方を模索しろ。基本は教えたから後は応用だ。相談に乗ることはできるし、稽古の相手もする。本当の強さを手に入れるには他人に教えて貰うのではなく、自分で見つけ出すしかない。判ったな」
「はいっ!」
トリスの言葉にクレアは元気に返事をした。巣立つにはまだまだ幼いが雛だが、少しずつだが確実に成長している。いつか自分の力で大きく羽ばたけるとトリスは思っていた。
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