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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
人としての時間
10/140

港街サリーシャ 思わぬ事態

「トリスさんに監視がばれていただと!?」


 ラロックは先ほどまで金木犀で仕事をしていた。一つ目の夜の鐘が鳴り終わり、そろそろ帰ろうかと思っていたところリーシアが血相を変えて報告に戻ってきた。リーシアは先ほどあった出来事をラロックに報告した。


「はい、昨日の夜から、つまり最初からトリスさんに監視はばれていました」


 トリスがあんな化け物と判っていたら最初から監視を反対すれば良かったとリーシアは後悔しながら事情を話した。


 リーシアは昨日のラロックの指示で複数人と昨日の夜からトリスの監視をしていた。酒場 ウミネコの旅路で情報屋の一見でトリスがこの街で何かする動きは掴んでいた。近々何かしらトラブルがあると思った矢先にトラブルが起きるとはリーシアも予想できなかった。


 何やらレイラと言う娼婦を探し、娘と接触して借金があると判るとその借金を肩代わりした。だがレイラを手放したくない店のオーナーが暴走して用心棒をけしかけた。並の用心棒ならトリスの技量を測るためリーシアは手助けするつもりはなかった。だが店のオーナーが雇っていたのは『悪漢の三人組』だった。


 正直分が悪いとリーシアは思った。


 あの三人組は数年前にこのサリーシャにある裏組織の一つが雇い始めた手勢で、その実力はかなりのものだった。傭兵をしていた経験があるのでかなりの実力者で、この街で彼らと対等に渡りあえるのはサリーシャ一の槍使いと言われる憲兵隊長しかいなかった。


 その彼らを瞬殺して再起不能まで追い込んだトリスの実力は想像以上だった。しかも剣を使用せず魔術か飛び道具で仕留めた。


 リーシアはトリスの主体は剣と予想している。用心棒との戦闘を見た後でもその予想は変えていない。昨日からトリスを監視しているが、時折見せる何気ない動作の中に剣で培った動きが見え隠れしていた。そう考えるとトリスは主体の剣を使わず、別の方法で用心棒達を再起不能にしたことになる。主体の武器を使わずに一瞬で『悪漢の三人組』を倒したトリスの技量はリーシアが測れるものではなかった。


 リーシアはすぐにラロックに報告する必要があると思いこの場を離れることにした。幸いなことに悪漢の三人組を倒したトリスはレイラ達の荷物をまとめ宿に移るようだ。トリスの宿は銀木犀なので一旦監視を部下に任せてリーシアは一度ラロックに報告することを決めた。


 監視で使用していた黒猫の使役動物(ファミリア)との感覚共有(パス)を切り離しこの場を離れようとしたとき、誤ってバランスを崩した。踏み出した足元に小動物がいたのか不可解な感触が足裏を刺激した。足を踏み外し片膝を地面に着いてしまった。幸い転倒することはなかったが一瞬周囲の警戒が緩んだ。


 その直後後ろから声が聞こえた。


「大丈夫ですか?」


 トリスがいつの間にか自分の後ろにいて手を差し伸べていた。


 リーシア全身に鳥肌がたった。自分の今いる場所はレイラの家の裏路地だ。家の中からここに来るにはかなり時間がかかる。だがトリスは自分のすぐそばにいる。


 使役動物(ファミリア)との感覚共有(パス)を切る直前までトリスの姿はあった。自分が足を踏み外して声をかけられるまでに二十を数えるほどの時間しかない。玄関から走ったとしても絶対に間に合わない距離だ。それなのにトリスが自分の背後にいた。


「――トリスさんどうしてここに」


 あまりの衝撃で思わず口から疑問の声が出てしまった。失態だ。


「ラロックさんにお願いごとがあり、取り次ぎをお願いしようと思いまして…… あっ、そう言えばお名前を伺っていませんでしたね」

「リ、リーシアと言います」

「では、リーシアさん。この後ラロックさんにお会いしたいのですが、何時頃にお店に行けばよろしいですか?」

「か、確認してきますので宿でお待ちください。私が責任を持って伝えます」

「よろしくお願いします」


 そう言ってトリスはレイラ達に合流するため裏路地を去ろうとした。リーシアは黙って見送ろうと思ったがどうしても聞きたく質問をしてしまった。


「――いつから気がついていました」


 監視対象に『いつから監視に気が付いていた』などを聞くのは失態どころの話ではない。しかし、自分の技量に自信があったリーシアは自分が気が付かれたのか、それとも部下が気づかれたのかどうしても知りたかった。


「昨日の夜からです」


 トリスは意地悪そうな笑顔を浮かべながらそう答え、レイラの家に戻った。

 

 その言葉を聞きリーシアは全身に再度鳥肌が立った。リスを監視し始めたのは昨日の夜から。宿 銀木犀から出たときから監視している。そのときに監視をしていたのは自分ともう一人の部下だ。そのときの監視では特にこちらに気が付いたようには思えなかった。しかし、トリスは気が付いていた。


 唯一自分の監視が気が付かれる可能性があったのはレイラと言う娼婦の家でもめ事があったとき、悪漢の三人組を見たときに僅かに殺気を漏らしてしまい、気が付かれたとしたらそのときだと思っていた。だが、トリスに捕捉されていたのは監視を始めたときからだった。そして問題が起きてラロックの助力が必要になったからトリスから接触したのだ。


 そして、それらの一連の出来事をリーシアはラロックに報告した。聞かされたラロックはまさかバレるとは思わなかったのかひどく驚いていた。


「とにかくトリスさんは今宿で待っていますから。私がそう約束しましたのでオーナーは今から銀木犀に行って下さい」

「……判った。だがお前も一緒に来い。逃げたら今回の監視の件はお前が言い出したことにする」

「酷い。私は飽くまでオーナーの命令で動いただけなのに」

「監視がバレろとは言っていない。恨むなら自分の未熟さを恨め」


 ラロックはそう言いながら外出の準備を始めた。リーシアも渋々ながらラロックについて行くこと決めた。




 クレアは軽装に着替えベットの上をゴロゴロしていた。ベットの感触が気持ちよくずっとベットの感触を楽しんでいた。母親のレイラは別のベットで気持ち良さそうに眠っているので、なるべく音を立てないようにベット感触を楽しんでいた。


 トリス、レイラ、クレアの三人は銀木犀の三人部屋に滞在している。レイラの宿を出て大通りを通ってこの銀木犀に戻った。トリスは一人部屋を解約して三人部屋に移った。レイラとクレアと同室になるのは気が引けたが不測の事態が起きた際に別の部屋だと対処が遅くなるのを警戒して同室にした。


 トリスは部屋に案内されると複数の眷属粘性動物(ファミリア)を使用して周囲の監視を始めた。傍からみると瞑想しているように見えていたが、眷属粘性動物(ファミリア)を通じて宿の全体をトリスは警戒していた。


 一方のレイラとクレアは特にすることがなかった。トリスの邪魔をするのは気が引けたので部屋で大人しくしていた。レイラはベットに横になると、ウトウトと眠気に襲われそのまま寝てしまった。病み上がりの身でしかも今までクレアのことで気苦労をしていた。それらの問題が一気になくなったのだ。


 レイラはクレアが家で荷造りしている最中にトリスに身体を診断して貰った。トリスにいきなり上着を脱いで欲しいと言われたときは焦ったがトリスが診断することを伝えた。身体を診てもらうと体調不良の原因も分かった。原因については思うところがあったがトリスの魔術で病の原因はなくなり体調は回復した。


 レイラは心身ともに疲弊していた。体力を回復させるために寝心地の良いベットに横たわるとレイラはそのまま眠ってしまった。一人残されたクレアはベットに横たわり、ベットの感触を楽しんだ。いつものただ硬いベットとは違い、柔らかく反発力があるベットの感触を楽しんでいた。




 二つ目の夜の鐘が鳴る少し前にトリスが目を開きクレアに話しかけてきた。


「クレア。すまないがレイラを起こしてくれ」

「え、せっかく気持ちよく寝ているのに起こすの?」

「ああ、このまま寝かせてやりたいが夕飯を食べさせたい。それにラロックさんが来た。これからお前たちをラロックさんに紹介する。この街を出るのにラロックさんに助力を得る必要がある」

「判った。……ママ、ママ、起きて」


 クレアはレイラのを揺すり起こした。レイラは三度ほど身体を揺すられると目を覚ました。


「…………おはようございます」

「気持ちよく眠っていた所をすまないが、これからラロックさんに紹介する。それと夕食をきちんと食べて、身体を治さないといけないからな」

「はい。そう言えばお腹が空いてきました。お茶のときにあんなにお菓子を食べたのに恥ずかしいです……」

「それだけ体調が良くなった証拠だ。後は適度な運動をすれば元気になる」

「ママ、良かったね」


 クレアは嬉しそうに濡れた布をレイラに渡した。レイラは布を受け取り顔を拭いた。これから人に会うのに寝起きの顔で会うのは少し恥ずかしいので軽く身なりを整えた。


 トントントンと扉がノックされた。


「ラロック様がお見えになりました。一階にあります食堂の木蓮にいらしています」

「判りました。今、行きます」


 従業員がラロックの到着を伝えにきた。トリス達はそのまま従業員と一緒に一階の食堂に移動した。木蓮は銀木犀の食堂の一つで、大人数用の大部屋『水連』と少人数用の小部屋『木蓮』の二つある。木蓮は丸いテーブルが中央にあり十人が座って食事ができる作りになっていた。部屋にはラロックとリーシアが既におり、トリス達を迎え入れた。


「トリスさん、こんばんは。そしてこのたびは申し訳ありませんでした」


 ラロックはトリスに挨拶と謝罪の言葉を口にした。トリスの許可を取らずに監視していたのはラロックの非であり、下手に誤魔化すよりも素直に謝罪をして傷口をこれ以上広げないようにした。だがそんなラロックの殊勝な態度とは裏腹にトリスは感謝の言葉を述べた。


「いえ、こちらこそありがとうございます。わざわざ護衛を付けていただき感謝しています」

「……護衛ですか!?」

「リーシアさんや他の方を護衛につけていただいた、と思ったのですが違いましたか? 用心棒に襲われるときにリーシアさんは援護する様子だったので護衛と思いました」

「…………はい、そうです。そうなんですよ。トリスさんに何かあったら、せっかくの縁が無駄になってしまいます。お節介かと思いましたが影ながら護衛するようにリーシアに指示しました」


 ラロックはトリスの話に乗った。多分トリスはワザとそのような言い方をして今回の件は有耶無耶にするつもりだ。それはラロックに頼み事があり、今後の取り引きに影響が出ないように拝領してくれたのだ。


 これからのトリスの頼み事次第では積極的に協力して、今回の件を清算すれば良いとラロックは心に決めた。なお、横にいるリーシアはものすごい得意顔になっていた。事情をきちんと把握していないのに、自分の手柄のように誇っていた。後でリーシアの給金を減俸することもラロックは心に決めた。


「互助は大変助かりました。そして厚かましいのですが今日はラロックさんにお願いがあってお呼びしました」

「お聞きしましょう。ですがまずはそちらの御婦人とお嬢さんを御紹介ください。リーシアから報告は聞いていますがお願いします」

「はい、昔の知り合いの御家族で縁があってこの街で会いました」

「レイラです。この街の娼館で働いていました」

「娘のクレアです」

「ありがとうございます。私はラロックと言いこの街で商人として働いています。こちらのリーシアはうちの従業員です」


 そう言ってラロックはリーシア共々頭を下げた。レイラとクレアも頭を下げたがどこかクレアは不機嫌だった。トリスもクレアの態度に気が付いたが、今はそのことより今後のことについての話し合いの方が優先なのであえて気が付かないことにした。


 挨拶が終わり皆席に着いたところを見計らいトリスは話を始めた。


「ラロックさん、本日はお呼びしたのはこの二人の紹介状を書いて頂きたいからです。御存じと思いますが彼女たちは娼館のオーナーに目をつけられています。どこか別の街で生活させたいのです。商人のあなたからの紹介状があれば他の街でもそれなりに信用が得られます。今後の職を探すのにも有利になります。なのでどうかお願いを聞き入れて貰えませんでしょうか。勿論それに見合ったお代もお渡しします」

「――こちらとしても協力は惜しみませんが、私は商人です。損得を計算して行動しますし、何よりも信用を一番に考えています。確かにトリスさんには良い魔鉱石を売って頂きましたがそれだけでは信用することはできません」


 トリスの願いにラロックは厳然として答えた。個人的にはトリスの願いを聞いても良かったが、一商人としては断りせざるを得なかった。仮に紹介状を出しこの二人が他の街へ行ったときに娼館のオーナーがラロックや従業員を目の敵にしないとも限らない。ラロックは店で働く従業員とその家族の生活も守らねばならないので安易に返事をすることはできなかった。


「それにトリスさんは娼館とのオーナーだけを問題視していますが事態はもっと深刻です」

「そうおっしゃいますと何か他にも問題があるのですか?」

「……もしかして『三人組の悪漢』ですか?」

「――レイラさんそれはいったい何のことですか?」


 今まで黙っていたレイラが突然口を開いた。『三人組の悪漢』と言う言葉にトリスは心当たりはなかったのでレイラに聞いた。


「詳しくは知りません。私も店の従業員やお客様から話を聞いたくらいです。数年前からこの街の裏組織が三人の用心棒を雇い、自分達の意に沿わない別の組織を潰しています。問題は三人組の用心棒の凶暴性です。敵対者は大体殺されて、生き残った人も大きな怪我を負っています。幸いですが、私は被害に遭ったことはありませんが、何人かの娼婦も被害にあったと聞いています。ラロックさんの先ほどの言葉を聞いてもしやと思いました」

「レイラさんの言うとおりです。その三人が倒れたことで、この街の裏組織は少し騒ぎになっています。明日になればもっと騒ぎになります」

「三人組の悪漢? ラロックさん、なぜそんな騒ぎになるのですか? そんな危険な三人組がどうして話題に出てくるのですか? そいつらが今回の件になぜ絡んでくるのですか?」


 レイラの話をラロックが肯定し補足したが、トリスには思い当たる節がなかった。


「――トリスさんはやはり自覚がないのですね。あれだけのことをしておいて……」

「……?」


 リーシアが呆れ気味に口を開いた。トリスにしてはそう言われても心当たりがなかった。三人組と言えばレイラの家で倒した用心棒の三人くらいしか思いつかないが、そこまで考えてトリスはようやく思い至った。


「私がレイラさんの家で倒した用心棒の三人組ってもしかして……」

「はい、そうです。あの倒された用心棒が『三人組の悪漢』だったのです」

「――彼らがそうなのか」


 トリスの問いにリーシアが回答したことでトリスは自分の認識と世間の認識にズレがあることを再認識した。長年に渡り『迷宮』で過ごしたために自分の実力がかなり上がっている。それは漁村リザで確認したつもりだったが、まだ世間の感覚に認識が追いついていなかった。


 トリスにとってあの三人組は脅威ではない。身体能力はそこそこあったがそれだけだ。あの三人組程度の実力では後れをとることはまずない。魔術や暗器などと言ったかく乱する要素や人質と言った戦闘におけるマイナス要素もない状況では当然の結果だと思っていた。


 だが、今はそんなことはどうでも良い。優先すべきはレイラとクレアの身の安全と今後の生活における援助だ。しかしそれを行うには少々周りが騒がしくなってきていた。そしてトリスにはこの街の情報が不足していた。


「ラロックさんとリーシアさん。現在の状況を把握したいのですがよろしいですか?」

「はい、私とリーシアが持っている情報は可能な限りお渡しします」


 ラロックの情報の元、トリス達は現状の確認をした。


 まず、トリスが倒した用心棒についてはこの街の裏組織が雇っていた。正確には裏組織の一つだ。

 このサリーシャの街には裏組織が三つの勢力で構成されており、各組織は必ず三つの勢力のどこかに取り込まれている。『三人組の悪漢』を用心棒として雇っていたのは三つの勢力で一番大きくその勢力でトップの地位にいた組織だった。


 この街の裏組織のトップにトリスは喧嘩を売ったことになる。


 次にトリス達が狙われる可能性だがかなり高いと言える。高い金を払って雇っていた用心棒達が再起不能にさせられたのだ。また、この報復を行わなかった場合は下部の組織から信頼がなくなる。腰抜けと罵られて組織の維持ができなくなる。面子を守るために何かしらの行動があるのは妥当だ。トリスは裏組織から標的にされていると思ってよいはずだ。


 最後にレイラとクレアについてだ。借金は返せているので二人は自由の身だ。だがこの街で生きていくには今回の件がどうしても後を引く。ことの発端がレイラの家で起きているため、今後の彼女達の生活を考えるとこの街から立ち去った方が得策である。それに別の街で生活するなら何かしらの紹介状が必要になってくる。


 それに娼館のオーナーであるデリの暴走についても気になる。デリがレイラの家に来たときにこちらの有利になるように冷静さを欠くようにした。レイラにワザと色目を使って欲望を刺激したり、眷属粘性動物(ファミリア)を使用して金貨と契約書を持ち出し混乱させた。


 案の定デリは暴走したが、まさか用心棒をけしかけるとは思わなかった。そこまでしてレイラとクレアを手放したくないのは商品としての価値からか、それとも別に理由があるのか。どちらにしてもこの街から二人を連れ出す必要がある。


「以上の状況を確認すると取るべき行動は主に四つですね。一つ目は裏組織に詫びをいれる。しかしこれは何を要求されるかわかりません。最悪のことを考えるとトリスさんが裏組織の用心棒になり、レイラさんとクレアさんはまた元の生活に戻る。

 二つ目はこの街を出て行く。その際は夜逃げ同然になります。しかしそれでは私が紹介状を書く訳にもいきません。また、追っ手が来ないとも限りません」


 ラロックの言葉にトリスは渋い顔をした。一つ目の提案は当然受け入れられない。せっかく二人を自由の身にしたのにまた元の木阿弥に戻すのはありえない。二つ目の提案も当然却下だ。追っ手が来る可能性があるなら二人だけで生活させるのは危険だ。トリスがずっと警護することはできない。トリスには目的があり、そのために二人を連れ歩く訳にはいかなかった。


「そうなると残る選択肢はこちらから討って出るか、有力者に保護を求めるしかないですね」

「討って出るは可能なのですか。トリスさんの実力は判りませんが裏組織を潰すとなるとかなり大変です。仮に潰した後も後釜に回った組織がトリスさんを狙わないとも限りません」

「そうなると有力者に保護してもらうのが一番妥当ですね。兵士のリックスさんに保護して貰いますか……」


 トリスは自分でそう言ったがリックスに保護を求めても無駄だと思っていた。リックスの仕事は街の治安ではあるが、個人的な保護は一時で永続的ではない。根本的な解決をしないと意味がないのだ。


「話をまとめると領主にでも相談したい案件ですね。領主様なら保護もしてくれますし、裏組織に関しても対策をして貰えます」

「!?」


 領主に相談する。何げなく言ったリーシアの言葉にラロックはあることを思いついた。


「そうだ、リーシアの言う通りだ」


 うまく行けばこの問題が解決でき、街の幾つかの問題も同時に解決できる妙案が浮かんだ。それにはトリスが持っているであろう魔鉱石が必要になる。できれば質の良い物が数個は欲しい。ラロックは早速思いついたことをトリス達に話した。


「トリスさん。突然ですが昨日売っていただいた魔鉱石と同等かそれ以上の魔鉱石はお持ちですか?」

「――持っていますけど、何か案があるのですか?」

「その魔鉱石を献上品として領主のデイル様に渡します。渡す際は直接会うように取り次ぎをします。そしてデイル様に今回のことを話して協力を仰ぎます。領主のデイル様も今の街の状況、特に裏組織については対処したいと思っています」

「そうですね。確かにデイル様は今の裏組織の状況を何とかしたいと思っているはずです。『三人組の悪漢』のせいでここ数年、街の治安は悪くなりました。被害にあった市民は何人もいて、このまま放置しておくと領主の信用問題になります」

「リーシアの言う通りです。既に問題だった『三人組の悪漢』はトリスさんのおかげで再起不能です。これを機に裏組織を何とかできるかもしれません」

「それはいいですが、魔鉱石を渡すだけで会ってくれますか?」

「普通に考えるとまず無理です。私も街の商会で顔を合わせたことはありますが、それ以上の関係はありません。面会を要請しても却下されることはないと思いますが何日も待たされることになります。トリスさんにはそこまで待つ余裕はありませんよね?」


 トリスの滞在期間は十日となっている。既に一日が経過しているので残り九日。それを超えてしまうと憲兵に拘束される。更新を行おうにも更新のできる場所には裏組織の手が回っているだろう。明日の朝早くに行けばもしかすればまだ手が回っていない可能性はあるがリスクが大きすぎる。


「そこで、質の良い魔鉱石を幾つか献上できれば明日には面会ができます。そのまま保護をして貰い今後の対策を練りましょう。ただ、献上する魔鉱石はA級品が望ましいです。この街ではA級品の魔鉱石が余りありません。昨日売っていただいた物はA級品の値が付きましたが魔鉱石の質ではB級品でした」

「そう言うことでしたら幾つかお渡しします」


 トリスは魔導鞄(マジックバック)から三つの魔鉱石を取り出しラロックに渡した。ラロックは受け取った魔鉱石を早速鑑定した。


「素晴らしい。これは正にA級品の中でもかなりの品。大きさにしてもは申し分ありません。何より品質が私が今まで見てきた中で一番いい。これは私個人が買い取りたい程の品物です。明日の朝に早速デイル様の館に行き話をします。その日のうちに直接会っていただくようにします」

「お願いします。ラロックさんには今回の依頼料と同じ品を後でお譲りしますよ。その代わり旅の用具と路銀、彼女達の服の購入をお願いします」


 トリスは昨日のように幾つかの旅の用具と服を用立てて欲しいとラロックに伝え、ラロックも快く承諾した。用具に関しては昨日依頼されたものと一緒に手配することを伝え、服に関しては明日仕立屋を呼ぶことになった。


「判りました。では、後のことは明日次第になりますが、他に何かありますか? なければここで遅めの夕食でもどうですか? 私はまだ夕食を食べていないので良ければご一緒しませんか?」

「お誘いありがとうございます。レイラとクレアは御一緒させていただきます。私は少し出かけるので席を外させて頂きます」

「おや? トリスさんは今出歩かない方が良いのでは」

「そうなんですが、情報屋と会う約束があるのです。現状を伝える必要と今回の件から手を引くようにしないと彼の身に危険が生じます」


 ラロックの気遣いに感謝しつつトリスは席を立った。食堂を出る前にレイラとクレアに宿から出歩かないように釘をさした。話をするときに不機嫌そうなクレアの様子が気になったがザックと会うため昨日密会した酒場に向かった。


 残された者たちは取りあえず夕食を食べることにした。ラロックが進める料理を注文した。それぞれ各々注文した料理を食べながら会談を楽しんだ。もっとも男はラロック一人だけだったのでレイラ、クレア、リーシアが女性同士で会話に花を咲かせるのを眺めているだけだった。




「やはり、話題になっている人はトリスさんでしたか」

「噂はかなり広まっているな」


 トリスはザックと昨日の夜に訪れた酒場に来ていた。情報交換をするために昨日と同じ奥の部屋を使用していた。


「それは市井の人にとっては嬉しい話ですから。今まで暴虐の限りをつくていた三人組が今は再起不能になったんです」

「だが、そのおかげでこの街から出るのが難しくなった。さっさとケリをつけないと」

「ケリをつけるって具体的にどうするんですか?」

「ザックには悪いがその話はできない。これ以上は巻き込むことになる。今日一日でこれだけの情報を仕入れてくれて感謝する」


 先ほどトリスがザックから受け取った情報は十分価値があった。レイラの周辺の情報をきちんと押さえ、借金のことやクレアの件についても書かれていた。また、一番目を引いた情報はレイラが毒を盛られていたことだ。命に別状はないが体調が悪くなり眩暈や頭痛を伴う毒を少しずつ投与されていた。


 トリスがレイラの家で彼女を診たときにただの体調不良だけでなく毒を盛られていた形跡があった。トリスはレイラに心当たりはないかと尋ねたがレイラも心当たりはなかった。


 それがザックの情報には書かれており、投与していたのは娼館のお抱えの医者だった。毒を盛った理由は借金を返せないように毒を盛るように指示を受けていたらしい。しかし指示を出していたのはオーナーのデリではないようだ。流石に指示を出した人物までは辿り着けなかったが、この短期間では十分な成果だ。


「この短期間でこれだけの情報は有り難い。約束通りの報酬を出す。後はこの騒ぎが収まるまで姿を隠した方がいい。ザックにまで危害が及ぶかもしれない」

「トリスさんそれは……」


 ザックは何かを言いかけたが、トリスは気にせず懐から報酬の金貨を取り出しザックの目の前に置いた。しかし、ザックは金貨を受け取らずテーブルの上の金貨を見つめていた。膝の上に握り拳を作り必死に何かを訴えようとしていた。


 長い沈黙の後にザックから思いがけない言葉が出た。


「……………………俺もトリスさんの手伝いしていいですか?」

「何故だ? 下手をすると命を落とすぞ」

「俺はこの街にあったある組織に所属していました。十五歳のときにその組織に入り、情報の集め方や使い方をそこで学びました。しかし、組織は二年前に潰されました。実行したのは『三人組の悪漢』です」

「それならもうそいつは再起不能に……」

「でも、俺はまだ何もしていない。命令した奴はまだ何も罰を受けていない。組織が潰れた日は運よく他の街で仕事をしていて、仕事から帰ってきたら仲間はみんな殺されていた。

みんな気のいい連中で本当に大切な仲間だったのに……」

「…………」

「他に行くところがない俺は細々と情報屋として生活していました。下手にあいつらに手を出せば俺も殺される。死ぬのは怖くないと言えませんが無駄死にはしたくなかった。でも、トリスさんがあいつらを再起不能にしたと聞いて思ったんです。『このままでいいのか?』と。一矢報いるチャンスがあるのに何もしなくていいのかそう思いました。トリスさん。お願いします。どうか俺も手伝わせてください」


 ザックはトリスに胸の内を明かし手伝わせて欲しいと懇願した。自分は仲間の敵も討たずに生きていて、そのチャンスが目の前にあるのに何もせず、黙って見ていることはザックにできなかった。


 トリスはザックの気持ちが少なからず理解できる。自分もザックと同じ穴の狢だ。いや、ザックよりももっと深く暗く汚い場所にいる。今はそれを隠しているだけにすぎなかった。頭を下げるザックを見てトリスは決断した。


「……判った。ただし、裏切った場合は――」

「絶対に裏切りません」


 そう言ってザックは顔を上げトリスをまっすぐ見た。トリスはテーブルに置いた金貨を手に取りザックの手の上に置いた。


「取りあえず報酬は受け取れ。これは今回の情報に対する正当な報酬だ」

「は、はい。有り難く頂きます」

「ではまずは今後の行動について話そう。ザック、お前は今まで通りにレイラの身辺調査をしてもらう。報告にあった娼館の医者についても調べろ。確実な情報は掴まなくてもいい」

「敢えて俺を泳がすのですか?」

「話が早くて助かる。俺とザックは昨日の夜に酒場で話をしているところを複数の人に見られている。俺のことを調べようとすればザックに辿りつく。上手く行けば向こうからザックに接触してくるはずだ。それを狙う」

「そうですね。向こうはトリスさんのことを当然調べます。情報はどこまで流してよろしいですか?」

「宿の情報以外は全ていい。今はレイラ達と街を出るために動いていると伝えろ。だが潜伏先は知らない。毎日会う場所と時間を決めて情報を渡していることにする。明日の夜もどこかで会おう」

「では、明日は別の場所で落ち合うことにしましょう。三日連続で同じ場所は怪しまれます」

「どこかいい場所はあるか?」

「ここより機密性が高い場所は知りません。ですから待ち合わせをして重要な情報があるときだけ場所を変えることにします。もし、場所の指定がここ以外だった場合は何かあると思ってください」


 ザックは自分が脅されたり、尾行されたときのことを考慮して、トリスが気が付くよう他にも幾つかのサインを決めた。トリスも自分が何かあったときの対応をザックに話し二人は入念に今後の対応について話し合った。




 トリスは宿に戻り一人の食事をしていた。ザックに会っていたため夕食をとり損ね空腹だったが宿に戻ると従業員が夜食を用意していてくれた。台所の火は消してしまったので保存食のチーズと燻製肉だけだが葡萄酒も用意してあった。トリスは従業員の気遣いに感謝しながら夜食を食べていた。


「トリスさんですか?」


 不意に声をかけられたのでそちらに目を向けるとランプを持った寝間着姿のレイラがいた。


「レイラか。どうした? 寝ないのか?」

「仮眠を取ったのでまだ目が冴えているのです。それにいつもならこの時間は起きていましたから……お水を飲んで気持ちを落ち着けようと思いここに来ました」


 そう言ってレイラはトリスの隣に座り、葡萄酒が入った酒瓶を手に取りトリスのグラスに注いだ。


「これからは普通に朝に起きて、昼に働き、夜に眠る。ずっと続く当たり前の日常だ」

「その当たり前の日常の生活に戻れて本当に感謝しています。改めてお礼を言わせて下さい」

「気にするな。これはイーラへの礼だ。感謝するならあいつにしろ」

「――そうですね。私がお婆さんになって寿命がつきて向こうで会えたら言います」

「ああ、それがいい」


 トリスはそう言いレイラが注いでくれた葡萄酒を飲み干した。そんなトリスの姿を見てレイラはずっと言えなかったことをトリスに伝えた。


「……トリスさん、私の本当の名前は『フレイヤ・エーデ』と言います。レイラはこの街に来たときにつけた仮名です」

「…………」

「もし、この街を無事に出られたら、フレイヤと呼んで下さい」

「それはいいが急にどうした?」

「私もクレアを見習って少し前向きに生きていこうと決めました。あの子はずっと冒険者になるって言い続け、夢を追いかけてきました。私もせっかくトリスさんに助けていただいたので、過去に捕らわれず前に進んでいくこと決めました」

「名前を戻すのはその決意か?」

「そんな大層なことではありませんが、昔みたいに親しい人にフレイヤと呼ばれたいのです」

「判った。この街を出られたらフレイヤと呼ぶ」

「はい。お願いします」


 トリスはそう言うと残りの夜食を平らげた。レイラは静かにトリスが食べ終わるのを待った。トリスは夜食を食べ終わると食器を従業員が指定した場所に置き、レイラと部屋に戻ることにした。


「そう言えばクレアの機嫌は直ったのか? 宿を出るときに少し気になっていた」

「ああ、あれは拗ねているのです。機嫌が悪かった訳ではありません」

「拗ねる? どうしてだ?」

「トリスさんの口調ですよ。ラロックさんとはずっと丁寧な口調で話していたから拗ねたんです」

「拗ねるって子供か。そう言えば口調も少し幼くなっている気がするが……」


 部屋に戻る道すがら気になっていたことをレイラに尋ねた。クレアの機嫌が悪いと思っていたのだが、拗ねているとは思いもしなかった。


「トリスさんが父親のように頼れる人だから安心しているのです。口調が幼くなっているのも安心しているからです。『ママ』と呼ばれたのは久しぶりだったので嬉しかったです。あの子は私に気を使ってずっと背伸びしていましたから」

「俺はイーラの代わりか」

「ええ。あの子はトリスさんのことを()()()()()()()()()()()()()()。ずっと憧れていましたから父親がいることに。トリスさんの普段の口調はイーラに似ていますから父親の面影に重ねているのだと思います」

「それならいいが、口調が変わるたびに拗ねられたらたまったもんじゃない」

「それなら明日から剣の稽古をつけて下さい。きっとあの子は喜びますよ。機嫌もすぐに良くなります」

「俺の剣は我流だが…… それでも良ければ明日から稽古をつける。クレアは朝の稽古をするのだろ?」

「日課ですからきっと稽古はします。私も早く起きて朝食の準備をします。久しぶりにあの子に朝食を作りたいのです。いつもあの子に任せていたから……」


 二人は静かに部屋にたどり着くと静かに扉を開け、部屋で寝ているクレアを起こさないようそれぞれのベットに入った。


ようやく10話まで投稿することが出来ました。

港街サリーシャでの物語はもう少し続きます。

目標の20話までには終わらせたいと思っています。


始めて書いているので誤字脱字。言い回しの不備があると思いますが、

ここまで読んでくださった方に感謝いたします。

もう少し書き慣れた感想や文章に対するコメントなどを受け取りたいと思います。

ここまでお付き合いして下さった方には感謝いたします。


2020年10月25日に誤字脱字と文章の校正を修正しました。

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