はなみづ
「だめだぁ・・・なんもやる気せえへんー」
ファミレスのテーブルにうつ伏せになり、右手の鉛筆でアイデアをまとめるノートにぐちゃぐちゃと線を描く。
「なんでなんだろ、やっぱ創作向いてないのかなぁ。うぅ・・・」
「そ、そんなことないよ。ミツは勉強すっごいできるし、運動神経だっていいんだからきっと小説だってうまくいくよ。」
「ほんとにぃ?村上春樹みたいな小説つくれるー?」
「あ、あの人レベルはわからないかなー」
ハナは私にそういうと、気まずそうに眼をそらす。だよね。
悲しくなった私はテーブルに顔をうずめる。もうヤダ。
「何回やっても小説が完成しないよぉ」
もうかれこれ4日間ほど、同じ題材の同じ場面で時が止まっている。
とはいえ今回の題材は書いてからまだ一週間とちょっと。しかし今まで完成しなかったものといえば数知れず・・・
「わたしも今やってる絵、何が書きたいかわかんなくなっちゃって止まってるんだよね・・・」
ちらりとハナの方を見るとちびちびとリアルゴールドを飲みながら、憂鬱そうな顔をする。
「色々考えたり参考になりそうなもの探してくるんだけど、なんかパッとしなくて。」
「そうそう!全然進まないから似たような作品探してきても、いざ本編書くとなるとどこをどうしたら良いのかなわかんなくなっちゃうのよね。」
私が強く同意を示すとハナはストローをチューチューしながらうんうんと頷く。かわいいな。
「加えて私は飽き性だからなぁ、すーぐ小説以外のことしちゃう。ゆーちゅーぶとかの方が楽しいもん。」
ハナは今度は同意の強さを示すようにゆっくりと重くうんうんした。
「それもわかるなあ、よーし頑張るぞーって時に限って興味のある動画がおすすめに出てきたり。」
「わかるー」
今度は私がぶんぶんと同意を示す。わかりみが深い。
「だからわたしは絵を描くの終わるまでネット禁止!って自分に言い聞かせてるんだ。」
「なるほどなぁ、やっぱアナログで描いたほうがいいのかな。パソコンで執筆してると他の欲がすごくてすごくて。」
「そうでもないよーアナログだと消すの面倒だし消しかす出たりデジタル化が面倒だったりするから。」
「確かに・・・それはそれでめんどいな。」
はぁ・・・
一向に書く気にもならない自分にため息をつきながら、ふと2ヶ月くらい前にした約束を思い出す。
「今年のコミケの同人とかも当たったらなんかしようって言って何にも考えてないもんね。」
「あ、そいえばそうだったね。」
「もー!」
このまま行ったら一生作品の完成しない作家未満な人間になってしまう!
なんとか・・・・なんとかして作品を完成させないと・・・
「でもどーしたらいいのー!」
「あはは、まぁまぁヒーコーでも飲んで落ち着きなよ。」
「うんっ。」ズズーッ
自分好みに甘ったるくしたコーヒーを飲みながら頭とか視野とかをクリアにしていく。
「さっきもちょっと言ったけど、私も絵で悩んでて。」
「ほうほう。この人気作家(希望)ミツ様にどーんと相談しなさい。」
激甘コーヒーでメンタルをちょっと回復した私は胸を張って自信満々なことを言うと、ハナは苦笑していた。くそう。
「うーん。なんて言ったらいいかわからないんだけどね、一応絵を作品として完成させることはできるんだ。できるんだけど・・・なんかその。」
「なんかその?」
「パッとしないというか、違うというかー、完成した!って感じがなくて。」
ハナは何度も首をかしげながら難しそうな顔をする。
「ううーん?」
「芯が通ってないって言うのかなあ。」
自分の絵に納得いかないということ・・・?うーん?
「描いてるときはちゃんと楽しいの?」
「描くことは好きだよ?描いてる間は他のこと考えなくていいし。」
「じゃあ被写体という描いてるものは?題材的な。」
「あー。にゃんことかデフォルメしたキャラかぁ。うーん好きな・・・はず!」
ん、結構迷った?しかもはず・・・
「そう思い込んでるだけで実は全然好きじゃなかったりして。」
「な!そ、そんなことは・・・ない・・・はずだよ。」
「はずねぇ・・・本当にそうかな?」
「ど、どういうことですか・・・ミツ先生。」
「うーん。」
たぶんこれなんじゃないかという原因は見当はついた。
少しこの考えを実証するにはどうしたらいいか考える。
「むーん。」
やっぱりここは描いてもらうしかないか。
「ちょっとこの紙にさ、絵描いて見てよ。」
「え?このナプキン?」
「そうそう、"落書き"でいいから。」
そういうと、ハナは筆箱の中からペンを取り出し絵を描いていく。
「こ、こんな感じでいい?」
「えっ、こわなにそれ。」
ハナは禍々しいオーラをまとったリアルな骸骨を描いていた。
「え、何でもいいって言ってたのに・・・」
「あ、いやこれでいいよ。うんいい感じ。」
「じゃあ次はもう一枚の紙に"作品"を描いて見て。」
「うぅ・・・わかったー」
今度は色々考えてるのか、あれこれ唸りながら苦労して描いてるようだった。
「はい。できました。」
「ほうほう・・・」
今度は可愛いうさぎさん。目もくりくりしててポーズもあざとい感じ・・・ん?でもこれ・・・
「なんか可愛くない。」
「うぐっ・・・」
「なんか、心がこもってない?」
「やっぱり・・・」
「さっき描いたこわいやつの方が心がこもってたような。」
「そうなんだ。わたし結構こういう骸骨好きで描きたいんだけど、授業中とかに描いてたらみんなにちょっと引かれて・・・それからあんまり描いてない。」
「それだー!」
「なんで描かないの!?」
「え、やっぱり仕事として描くならこっちの方が需要があるのかなーとか。おもって・・・」
「趣味で描いてる人間が需要とか考えるなー!」
「ひいっ!」
「好きで描いてるんなら好きなもん描くのが一番!仕事とか将来とか考えるな!芸術系ってだけでもう社会的には死んでるも同然なんだ!」
どや!クリエーターっぽいこと言った。
「お、おお!」
「じゃ、じゃあ骸骨とか眼球とかモヒカンとか鼻血とか肉塊とか描いていいってこと!?」
「え?あ、うん!」
ちょっとだけ本当のハナに引いたが、自分の欲望を解放できてうれしそうなハナを見たらどうでもよくなった。
「じゃあとりあえずハナはどんどんそういうの描いてく方針で。」
「うん!わかったー!」
「んで、だ。私の悩みになるんだけど、作品が完成しない!とにかく完成しない!」
うーと唸り頭を抱えながら、完成させられない自分に嘆く。
「例えば今やってるのはどういうストーリーなの?」
よくぞ聞いてくれた。これには結構自信がある。世に出たらたぶん大ヒット間違いなし。
「まぁざっくりいうと、記憶喪失の少年が見知らぬ世界で少女と出会っていろんな町によっていろんな仲間と出会いながら成長したり記憶を取り戻したりする話だね。」
「ほうほう、それは大作だね。で、どんくらい進んだの?」
「え?あ、それはそのー。なんというかー大作ゆえといいますかー?」
「ど、どうだったかな。結構最近忙しかったし、時間撮れなかったからなあー」
「パーセンテージで。」
「2%」
「えっ」
「ごめん嘘、1%未満。」
「あー」
そういってハナは空虚な眼をしていた。泣いちゃう。
「ふえええん、だって長文書くのめんどくさいんだもん!情景描写とかようわからん人物のセリフとかキャラ意識した喋り方とか!」
あとでやろうと時間たったらどういうのだったか忘れちゃうし!
「まさかそこまで進んでないとは。じゃ・・・じゃあ1話も出来ていないということ?」
「うん。」
「ほ、ほかの未完成作品達は?」
「えーと、少女が不思議な指輪を拾ってそれを巡って世界に危機が訪れる大作とか、青年と少女が入れ替わって最後にはっていう大作とか、ごく普通のサラリーマンが地球外生命体に改造されて世界のヒーローになるまでの大作とか・・・」
「大作ばっかり!」
「だってぇ・・・書くんだったら見た小説とか映画とか見たいなもの書きたくなるじゃない?」
特に面白い映画見たときに何かしたい!っておもうしアイデアもわいてくる。
「た、確かに気持ちは分からなくもないけど。」
「作品が完成しない。って自分の弱点がわかってるのならそれに合わせた作品をつくるところから始めた方がいいとおもうよ?」
「う、おっしゃる通り・・・」
「絵で例えるとするなら、ノートの隅っこにアンパンマンを描くのがやっとな人が、いきなりテニスコートぐらいの紙に絵を描こうとするのと同じだよ。」
何それ超わかりやすい。
「そりゃ無理だ・・・」
「そんなのずっとやってても完成しないし、達成したぞー!って感覚もないから続かないはずだよ。」
「そうだね・・・ハナの言う通りまず一話で完結するような物語を考えてみるよ・・・」
自分だったら登場する舞台とか町とかから考えて場面をころころ変えちゃうから、それが必要ないように一部屋で完結して、登場人物を少なくするとか・・・
「じゃあいまからそれぞれ作業しよう!」
「え?今から?」
「うん。今から。」
時刻は午後8時。講義も早く終わってだべりたいから入ったものの、こんなに長くなるとは。
「なんかひーこーと軽食だけで席陣取ってるのも申し訳ないから、なんか頼もうか。」
「うん!わたしパフェ食べたいー、期間限定のブリュレのやつ!」
「あ、じゃあ私もそれたのも。」
最初はどうしようもないことでそれは自分の才能がないだけだと思ってたけど、こうやって問題を話し合うと、それっぽい解決策が見えてきた。定期的にこういう会は開こうと思った。
「よーし、今度こそは完成させて作家名乗ってやる!」
こうして私たちは果てのない砂漠への旅を、また一歩踏み出した。
この文章を書ききって仕上げるまで二週間放置していたという事実。