文化祭6
すぐさまエプロンを身にまとい、髪をまとめてテントへと行き、助っ人として入っていた先生方に対して「先生ありがとうございました!変わります!」と声をかけて、先生に代わり場所につくと、そこで目に入ってきたのは、客、客、客、圧倒的なまでの客の姿だった。
―――今は11時半、つまりはお昼時だ。当然お腹も減ってくる時間帯、お昼ご飯代わりに食べようという人が集まっているのだろう。
―――って、予想なんて今はどうでもいいや!すぐ、作業に移らないと!
そうやって頭を切り替えつつ冷蔵庫を開け、中から解凍されたフランクフルトを5本取り出し、それぞれに串を刺し、網の上へと移す。すると、俺と同じように助っ人の先生と代わって入った由佳から、「フランクフルト3本、全部からし抜きでよろしく」と注文が飛んできた。その声に「了解です!」と返事をして、交代する前、先生が焼いていたものから3本を網の上から取り出し、プラスチックのパックに入れて、その上でパックに輪ゴムをかける。そして、フランクフルトの本数の分だけ市販のケチャップとマスタードをパックの上に置き、由佳に渡す。由佳はそれを受け取ると、注文をした客に「こちらが商品になります。ありがとうございました」と口にして手渡す。
そこで一旦ひと段落―――なんて訳はない。目の前には、長く、長く伸びた客の列があるのだ。これが消化できるまで、ひと段落なんてつけるわけがない。次の客から注文が入り、由佳から「なっちゃん、次は4本お願い!」と声が飛んでくる。先ほどと同じように、網の空いたところにフランクフルトを補充しつつ、パックを開き、4本その中に入れたところで、後ろから「なっちゃん!」と声をかけられた。
――その声の主はというと、鈴香だった。
「串の補充分、ここに置いておくね!それと、パック詰めは私がやるよ!」
「えっ!?」
「しばらく串とかの補充はいらないしね。だから、なっちゃんは焼くのに集中して!」
「―――うん、わかった!」
俺は鈴香の提案に賛同すると共にパックとフランクフルトを渡す。
そこから、完成したフランクフルトの仮置き場を作成して、ちょくちょく鈴香が串とプラスチックパックの補充に席を外しつつ(ケチャップ、からしと輪ゴムはあまりかさばらないので、あらかじめ全て調理場においてある)、注文があった数だけフランクフルトを出す作業が続いた。
◆◆◆◆
「「「あー、やっと列全部無くなった!!!」」」
俺たち3人は思わず3人で手を合わせ、その喜びを味わう。
―――もう、いったい何なんだよ。あの客の行列は。
そんなことを思いつつ、ついさっきまで行列が存在していたところに目をやってしまう。間違いなく、あんなに長かった行列の姿はなくなっており、もう確認することはできない。消化したと思ったら増えて、消化したと思ったら上手を繰り返して、最終的にはもうなんかゲームに出てくるモンスターか何かじゃないかと思ってしまうほどにきつかった。
あまりのきつさから勝手に、さっき交代した助っ人の先生方にまで困難を一緒に乗り越えた仲間として、つい仲間意識を持ってしまう。
―――って、いかんいかん。今はまだ13時50分だ。文化祭が終わったわけでも、自分の部活としての活動が終わったわけでもない。
大きく息を吐き気合を入れ直す。そんなタイミングで、石田先生が声をかけてきた。
「もうお客さんも減ったし、うん。これならみんなだけに任せても大丈夫かしらね。今からみんなが仕事を終える14時半まで、みんなだけに任せるわね。必ず誰か先生がついているから、何かあったらその時ついている先生を頼ってね?」
―――俺たちだけで店を回す。
その言葉の責任に、かかってくる重圧に、思わず体がひるんでしまう。
商売を行っているわけではないので、労働基準法なんてものは該当しないだろうが、該当しないにしたって、定年間近な石田先生は特にだが、先生方が休憩もなしでずっと働くというのは問題だ。
だから、石田先生がいなくなる状況はしょうがない。そう頭で分かっていても、どうしても何かあった場合を、もしもの場合を考えてついひるんでしまう。
そんなとき、鈴香からこちらへ視線が飛んできた。
―――大丈夫。私たちならできるよ。
―――ああ、そうだな。
鈴香の視線から訴えられてきた言葉のおかげで、自分もだんだんと自信が出てきてひるんでいた体も元に戻る。
鈴香に対して肯定の意を示すためコクンと首を1回縦に振り、その後、鈴香と2人で今度は由佳に対してアイコンタクトを送る。
由佳も、俺たちからの視線を受け取ると、しばし時間がたったのち、俺がやったのと同じように首を縦に振った。
そして、そのうえで改めて再度アイコンタクトを飛ばしあった後、由佳が3人の代表として、先生に「はい!任せてください!」と口にした。
先生は俺たちの反応を確認した後、「じゃあ、よろしくね」などと口にして去って行った―――なんてことはなく、先生は了解の合図として「うんうん」と2回うなずいた後は、なぜかもじもじとしながらその場にとどまっていた。
―――え?まだ何かあるのかな?
思わず3人で目を合わして相談するが、何も出てこない。
困り果てた、そんなタイミングで、再び石田先生が口を開いた。
「―――じゃあ、私の分をお願いしてもいいかな?1人前お願いします」
そう言って、先生は俺たちにフランクフルト購入に用いるチケットを差し出してきた。
―――ああ、さっき黙ってもじもじしていたのは、これを言い出しにくかったからか。
そうわかると、どうしても石田先生がかわいらしく見えてしまい、思わず頬が緩む。
そんな状態ながらも、2人に対してアイコンタクトをして、3人同時に口を開く。
「――はい!承りました!」
◆◆◆◆
「あ、やっと来たんだ」
「なんだよ。あらかじめ言っておいただろ?この時間辺りに来るって」
「いや、さっきまで忙しすぎてさ。時間間隔がちょっとおかしくなってて」
「ふーん、まあいいや。それでいつ頃上がれそうなんだ?」
「あー…、それなんだけどさ。ちょっとお願いがあって…」
◆◆◆◆
あの後、何事もなく俺たちのシフトは終わり、先生方と交代した。そこからさらに時間は過ぎて文化祭自体が終わる15時半を向かえ、もうお祭りムードは去って片付けへと入っていた。
俺たちも片づけをするために、再びテントへとやってきた。
「あ、みんな。片付けまでしっかりやって文化祭だから、最後まで頑張ろうね?―――って、え!?」
そんな到着した俺たちの姿を見て、石田先生は驚きを示した。
それはそうだろう。なんせ、ここには俺たち、つまりは助っ人に入ってくれた先生方も含めて、石田先生を除く店を出した全員でテントへとやってきたからだ。
「え?どうしたの?田中先生たちもご一緒になんて」
―――ちなみに、田中先生というのは、俺たちが入る前に助っ人として入ってくれていた先生のひとりのことだ。
そう驚く先生に対し、みんなを代表して俺が先生にお願いをした。
「すいません。ちょっとだけでいいんで、片付けをする前に時間もらえませんか?」
「え、ええ。それぐらい別に大丈夫だけど、どうしてなの?」
「ああ、実はちょっとやりたいことがありまして。――誠也!」
無事了承がもらえたところで、声を上げる。その声を聴いて、誠也が俺たちの後ろ側からカメラを携えた状態で現れる。
誠也の姿を見せたうえで、改めて口を開く。
「今日を記念して、みんなで写真を撮りたいなって思いまして…」
―――最初は、1人で映るのは恥ずかして、それで由佳と鈴香の2人にお願いしただけだった。
でも,文化祭全体を乗り越えたことで、少し自分の中で考えが変わった。
大変だったけれどやりがいもあったお店を構成したみんなで、1度記念に写真を撮っておきたいと思った。
今日という日が終わってしまえば、教師と生徒という立場があるため、もう今日のような感覚になることはないかもしれない。
―――だからこそ、仲間意識を覚えた今日、今、みんなで写真を撮っておきたかった。
そういうわけで、俺たちはシフトが終わってからの文化祭の時間、手伝ってくれた先生方を探して、一緒に写真を撮ってもらえないかと交渉したりしている。
向こうも、大変な状況を乗り越えたという境遇からか、「あれはきつかったよねー」や「あの後、もっときつかったんじゃないの?大丈夫だった?」と普段よりも友好的に接してくれたうえで、こちらのお願いを快く受け入れてくれた。
そんなわけで、写真を撮ってもいいかとお願いすると、石田先生はそれに対して「写真?――それなら全然大丈夫よ。むしろ、私からお願いしたいぐらいよ。それにしても、だから田中先生たちも一緒だったのね。最初、一緒の姿が目に入った時びっくりしちゃった」と快く了承してくれた。
―――ちなみに、なんで部長でも先生もない俺が、全員を代表として言ったかというと、俺からみんなに持ちかけたからだ。
―――そうして、俺たちは記念写真の撮影を始めた。
◆◆◆◆
ほかの部活など、この状況にかかわっていない生徒からすれば、この写真の集まりはいったい何の集まりなのかわからないかもしれない。なんせ、部活の集まりかと思いきや、部活の顧問でも副顧問でもない先生方が、その写真には含まれているからだ。
―――でも、そんな関係ない生徒からでもこれだけはわかるだろう。
この写真に写っているのは、文化祭という特殊な環境において、年齢や立場の壁なんてものは存在しない集団としての姿、『仲間』だと。
◆◆◆◆
ちなみに、文化祭の日から何日か経った後、実は誠也はあの片付けの時間帯に、写真部としての集合がかけられていたらしく、写真部の顧問にその後こってり怒られたことが判明した。
俺のわがままにつき合わせちゃって申し訳なくなり、誠也に対して謝罪をしたところ、あのとき撮った写真が文化祭中に写真部内で行われた大会において2位になったらしく、快く俺の謝罪を受け取ってくれるどころか、ありがとうとお礼を言われてまでいたりする。
また、2位になった結果、この写真が文化祭の様子として校内の掲示板で掲示されてしまうこととなって、俺は全校生徒に、しかも文化祭のテンションではなく、冷静な日の全校生徒に俺のコスプレ写真を見られてしまうことになったりもしてる。
これで、学園祭編は終わりとなります。
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