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文化祭2

「1年5組、お化け屋敷やってまーす」


プラカードを持ちやすいように広告のすぐ下を持ちながら、声を張り上げて廊下を歩き廻る。

ーーーあ〜、疲れるな…。

やっぱり、客寄せは人に声をかけないと意味がないため、人を探して学校中を歩き回らないといけない。

だけど、正直言って、こうやって歩き回りたくはない。

いや、仕事なんだから当然歩き回るけれども、やっぱりどうしても歩き回るというのは疲れる。

今がお昼時だったなら、売店が立ち並ぶ昇降口付近に大量の人が溢れかえるために、そこで立って声を張り上げるだけで充分なんだけど、今はまだ始まってたった数十分、人はほとんど集まっていない。

なら今は一体みんな何しているかというと、クラスの出し物を見に行っているのだろう。

つまりは、人だかりになっているわけではなく、バラバラにばらけているのだ。

というわけで、俺は学校中を看板持ちながら歩いているのだ。

ーーー早く昼にならないかな?

そんなことを考えつつ階段を降りると、廊下の1番向こうにかなりの人だかりが出来ているのを見つけた。

ーーーえ?何であんな人だかりが?一体何やってんの?

プラカード持って人の多い方に行くから、クラスの宣伝になるしいいでしょ、と自分に対して言い訳をしつつ、そのクラスへと向かう。

並んでいる列の横を抜けて、扉の横に置いてある看板を見つけた時、俺はびっくりして声すら上げられなかった。

ーーー2年7組、ジェットコースター。

どういうこと?どういうこと?と頭の中で繰り返す。

ジェットコースターと言われて1番最初に出てくるのは、某夢の国の『大きい雷(ビッグサ◯ダー)(マウンテン)』だ。

でも、あれだけの規模にするにはまず土地が、面積が足りないし、材料も高校生といっても所詮子供じゃ出せる金額というのも限られている。

ーーーそんな中、ジェットコースターなんてどうやって作ったんだろう?

あっという間に頭の中は(はてな)マークでいっぱいになった。

ーーーやばい。一目でいいから見てみたい。

そうやって覗こうとするものの、ネタバレを避けるためか、教室の扉は前の方しか空いておらず、その空いている前の扉も、これもネタバレ防止のためにブルーシートの黒版なのかな?ともかく、黒いシートを潜って入るようになっているのでとても覗くことは出来ない。

ーーー仕事もあるし、諦めるか。

こんな長い列に並ぶなんて、それこそ仕事を全部放棄しなきゃ無理だ。

大きく深呼吸をすることで気分を入れ替え、客寄せの仕事へと戻ろうとする。

すると、すぐ近くの階段のところに、とある知り合いの姿を捉えた。

ーーーそれは、カメラを首からかけている誠也だった。

そうか、誠也は写真部だ。写真部として、文化祭の様子を撮影して回っているのだろう。

そこまで考えたところで、あることが頭の中に浮かんだ。

ーーーあれ?誠也がここにいるということは、もしかしたら誠也、2年7組のジェットコースターの写真、撮ってるんじゃないか?

もしそうなら、見せてもらえないだろうか?

そう思ってしまうと、俺の立ち止まっていられなかった。

反射的に、俺は誠也に向かって歩き出していた。


◆◆◆◆


「おい、誠也」

「え?…って、奈津希か?どうかしたか?」

「ここにいるってことは誠也、もしかしてジェットコースターの写真とか撮ってる?撮ってたら、少しでいいから見してくれない?」


もう、口調が崩れていることなんかも忘れて、思わず誠也に問いを投げる。


「ああ、お前もジェットコースター覗きにきたのか」

「うん、そうそう。それで、撮ってるの?」


そう聞くと、誠也はしょんぼりとしたように眉を下げた。


「それなんだけど、別の写真部のやつに先越されてな、取材できなかった」

「えー、そっか…。というか、写真部内でもそういう競争ってあるもんなんだな」

「いや、なんか昨日の俺のリレー見て、部員全員火が着いちゃったみたいで、先生が『それなら、誰が1番いい写真できるか勝負だ!』って言い出してだから、今回だけだと思うぞ?」

「へー」


思わず声を漏らすと、その後誠也の目つきが変わった。


「え?誠也どうした?」

「ーーーあのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「え?何?」

「ーーー今俺、この文化祭で12を争う良いネタを逃したばっかでさ、次のネタを見つけなきゃいけないんだ」

「え、うん」

「ーーーだからさ…、写真撮らせてくれない?」

「ーーーーーえ?」


写真ね、写真写真。ーーー写真!!??


「やだよ、そんなの!」

「いや、頼むよ。この通り」


そう言って、誠也は身体の前で両手を合わせて頭を下げた。

男が女に対して頭を下げてお願いしてる、なんて目立つ行動が、ジェットコースターの長蛇の列のすぐ近くで行われているんだ。当然視線は集まる。


「いや、いやいやいや、ちょっと待って」


たくさんの視線に思わずたじろぎ、プラカードを両手で持っていたのを左手1本に変え、余った右手を誠也の背中に回してとりあえず階段を降りる。

そして、ひと息ついたところで、俺は誠也に問いを投げた。


「というか、何でお、私なんかの写真を撮るの?文化祭なんだから、他のクラスの出し物の写真でも撮ればいいのに。ほら、うちのクラスのとかだったら、交渉もスムーズにいくんじゃない?」


思わず、久しぶりに『()』と言いかけて慌てるものの、きっちり言い直す。

そんな問いに、誠也は頰をポリポリとかきながら口を開く。


「いや、確かにここ以外のクラスの出し物を撮れば良いかもだけど、それだとやっぱりジェットコースターのインパクトには劣っちゃうからさ。

それに、文化祭なんだから出し物以外にも撮る価値のあるものがあるだろ?」

「え?」

「ほら、生徒の楽しむ姿だよ。むしろ、先生が評価するんだから、ただ出し物を撮るよりも評価されるかもしれない」


ーーーこ、コイツ、部活の中での競争にもやる気出してんのかよ。

負けず嫌いにもほどがあるだろ、とつい思ってしまう。


「そんなこと言われたって、()なものは嫌だからな?」


誠也に多少何か言われたくらいじゃ、気持ちは揺らがない。

ーーーだって、今の俺の格好っておばけの衣装、詰まる所、コスプレ姿だぞ?

誠也が俺を撮ろうとする理由も、これが絡んでいるんだろう。

うちの文化祭は、制服やクラスTシャツで参加する分には何にも言われないが、それ以外の格好をする場合は、わざわざ申請を出さないといけない。

なので、俺みたいに仮装している生徒はかなり少ないのだ。(うちのクラスは、お化け屋敷のためにたくさんの人が仮装しているから例外かもだけど。)

今、この格好でいるだけでも、目立って恥ずかしいのに、その姿が学校の公的記録としてずっと残るなんて絶対に嫌だ。

そういう訳で、少し誠也を威嚇するべく睨んでいると、誠也から思いもよらぬ発言が飛び出した。


「なー、頼むよ?今断っても、他の写真部のやつにしつこく勧誘されるだろうからさ、今のうちに撮っておけば『もう、他の写真部の人に撮られたんで』って断る理由にもなるだろ?」

「え?ちょっと待って。何で他の写真部の人にも勧誘されるの?」

「え?いや、演技部とか部活の出し物で仮装してる人は部活単位で写真を撮るだろうし、クラスの出し物仮装している人もだけど、客寄せをするでもしない限り、自由時間になったら、衣装着替えるだろ?でも、お前は確か1日中その格好でいるんだろ?だったら、目つけられて勧誘されるだろ」


俺は思わず、額に手を当てる。

ーーーうーん…。正直、俺は人と話すのがそんなに得意ではない。そんな俺だから、面識もないであろう写真部の人に迫られたら、勢いに押されてOKしてしまうだろう。

そんな面識もない人に写真撮られるよりは、誠也に撮られた方がマシかな?

ちょっとばっかし行った思考の末、そっちの方がマシだと判断し、俺は誠也に対してYESと示すべく「わかったよ」と口にした。


「え?良いのか?」


自分から言い出したことだというのに、誠也は信じられないものを見たように目を見開いた。

ーーーこれ、もしかして嫌だと突っぱねても良かったんじゃないか?

まあ、言ってしまったものはしょうがないし、少し息をついて気分をリセットする。


「まあ、本当に他の写真部の人からもお願いされるなら、それを断る理由が出来るのは便利だし、それに、写真撮られるなら、まだ知り合いの誠也の方がマシだしね」

「本当か!?」


誠也は、胸元に下げたカメラに手をかけながら、パーっと効果音がつくように表情を輝かせた。

その様子は、今にも写真を取り出しそうだった。

そんな誠也に対して、俺はちょっと待っての意を込めて手のひらを誠也に向けて、口を開いた。


「でも、何個か条件は出させて」

「条件、か?」

「うん。今こうして喋ってるけど、一応今俺仕事中だからな。流石にこのまま写真撮り出しちゃ仕事放棄になっちゃうから後にしてくれ」

「お、おう」

「それともう1つ、写真を撮るのはいいけど、私単体で撮るんじゃなくて部活単位で、料理部として撮ってくれない?」


ーーーそう、納得したといっても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

せめて、他にも人がいないと辛い。


「うん、それぐらいなら全然大丈夫。えっと、奈津希って料理部にどれぐらい顔出す予定なんだ?」

「え?11時半から14時半までだよ」

「そっか…、じゃあ俺14時ぐらいに料理部に顔出すから、その後写真撮らせてくれ」

「分かった。2人にもそんな感じでお願いしとく。

ーーーあ、せっかく顔出すんだったら、フランクフルト買ってしっかり金落としてけよ?」

「ん、分かった分かった」


うちの学校の文化祭のシステムは、文化祭当日の金銭面のトラブルを避けるために、事前に食券を購入して、当日はその食券のやり取りのみなので、お金を落とすことなんか不可能なんだけども、冗談を含めて口にし、そんな言葉に対して、誠也は思わず苦笑いを見せる。

そんなやり取りもありつつ、スイッチを切り替えて、俺は再び声を張り上げ、客寄せの仕事へと戻った。

ーーーそう、俺はこの時、ある人が俺と誠也のことを見ていることに気づかなかった。

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