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文化祭1

そんなこともありながら迎えた文化祭当日、俺は家族に宣言した通り、料理部で出すフランクフルトの準備をするべく、早めに家を出ていた。

準備とはいうが、一体何をするのかというと、延長コードを用いて小型の冷蔵庫に電気を繋ぎ、そこへと解凍してあるフランクフルトを移すことや、調理に用いる鉄板、串などといった器具を用意するなどといった、いわゆる単純作業がほとんどだ。

しかし、単純作業といっても、多くの人に振る舞うということで、量が量なのでそれなりに時間がかかる。

刻一刻と時間は過ぎていき、朝の7時半から準備を始めたというのにもう時計は8時45分、あと45分で文化祭本番が始まるという時刻を示していた。

ーーーやばい。俺、まだ着替えてない。

そう、準備は料理部だけでなく、クラスの出し物でもあるのだ。

俺のクラスでの役割なので、客寄せ用の衣装に着替えなければならない。

なのに、ずっと料理部に拘束されていて、クラスに顔を出す時間がなく、未だ着替えられていない。

客寄せの衣装は浴衣で、俺は1人じゃ衣装に着替えることはできない。なので、誰かに手伝って貰いながら着替えなければならないし、手伝ってもらっても、服以外にも髪を衣装に合わせてセットして貰ったり、薄くではあるが化粧を、これも衣装に合わせてしてもらわなければならないので、せめて30分前にはクラスの方に顔を出さないとまずい。

でも、料理部も料理部で手がいっぱいいっぱいなのだ。

こっちを置いて、向こうに行くというわけにもいかない。

ーーーやばいやばい、どうしよう。

そんな焦りから、無意識のうちに荷物を運ぶスピードがだんだんと早くなっていく。

ーーーあとどれくらいだ?

手は止めず、首を振ることで時刻をちょくちょく確認する。

確認するたびに、時計の針はどんどんと進んでいくのに、運ばなければならない荷物はなかなか減っていかない。

ーーーこのままじゃ、本当にやばい。

本格的に焦った、そんなタイミングで、俺に対して1つの声が飛んできた。


「なっちゃん、クラスの方に行ってきなよ」


あわてて首を振って、声のした方を確認する。

ーーー声の主は、鈴香だった。


「なっちゃん、そろそろ衣装着に行かないとまずいでしょ?こっちの方は私たちに任せて行ってきなよ」

「え、でも…」


鈴香が勧めてするものの、こっちの仕事を放棄して本当に大丈夫なのかという疑問が浮かんできて、思わず躊躇する。

そんな俺を見て、鈴香が口を開いた。


「こっちの方は、大丈夫だよ。まだ時間はあるし、最悪売り始めるのに必要不可欠なものだけ運んでおいて、出し物が始まってからも私と由佳が残ってどうにかするからさ」

「え、でも…」


それはつまり、2人の自由時間を削って荷物の運び出しに時間を割くということだ。

同じ料理部なのに、俺だけ協力しないなんてことを申し訳なく感じ、思わず声が漏れる。

すると、鈴香はニコリと口角を上げながら、再び口を開く。


「大丈夫だよ。ある程度終わる目処見えたから、なっちゃん無しでもすぐ終わると思うし、それに、こんな状況に陥るなんてことも考えず、なっちゃんが客寄せの役回りになることに私と由佳も賛同したんだから、その責任もあるしね。ね、由佳?」


鈴香の言葉に、由佳がうんうんと頷く。

ーーー2人の決意は固いようだ。

料理部の準備もクラスの仕事も同じようにやらなければいけないことなので、2人がそう言ってくれるなら、俺は鈴香の意見に従って、クラスの方の準備に行くべきだ。

俺は2人に対して「じゃあ、お願い!ごめんね、協力できなくて!」と言い残して、クラスの方へと、教室へと向かった。



◆◆◆◆


「山藤さん、すいません!遅れました!」


そう謝りながら教室へと入る。

教室は、文化祭に向けて装いがお化け屋敷のものへと変わっていた。

そんな中、俺の言葉に山藤さんは、「いいよいいよ。よかったー、全然来ないから事故にでもあったんじゃないかって、みんな心配してたんだから」と言って笑顔で迎えてくれた。

山藤さんのみんなという言葉に驚き、思わず首を振って周りを見る。

すると視界には、お化け屋敷に向けて、既に仮装へと着替えていたり、おそらく受付係なのだろう、頰や手などにハロウィンなんかの仮装でみる血やかぼちゃ、おばけのシールを貼ったクラスメイトたちと目が合った。

「ご迷惑おかけしてすいませんでした!」と90度に腰を折り、謝罪した後顔を上げると、目が合ったクラスメイトたち全員が優しく微笑み、さらにその中のひと握りは「大丈夫だった?何かあったの?」などと優しく聞いてきた。


「部活の方での準備がなかなか終わらなくて…。本当に遅れてすいませんでした!」


頭を下げながらそう口にする。


「じゃあ、早く着替えに行こう。流石に時間厳しいからさ」


山藤さんがそう言って教室を出て行ったので、俺は慌ててその背中を追いかけた。


◆◆◆◆


俺は山藤さんと共に、急ぎ足で教室を出て、俺たちのクラスのちょうど真下の位置にある空き教室へと足を運んだ。

ーーーえ?そんなところで着替えて大丈夫なのかって?

実は、この教室は文化祭の間、女子更衣室として学校側から提供されているのだ。

俺たちみたいな出し物の衣装以外にも、劇のための衣装に着替えたり、動きやすいように制服からクラスTシャツに着替えることなんかに使われている。

山藤さんが扉を開け、中に入るのに俺も続く。

幸い、中には誰もいなかった。

ーーー流石に、この姿になってだいぶ経つから、自分の姿をお風呂に入る時に鏡で見たりと、異性(今は同性かな?)の肌を見ることにも慣れたので、顔を赤くするなどの過剰な反応を示すことはないだろう。

それでも、今はこんな姿でもあくまでも俺は男なので、流石に向こうはこっちが男だと気づいていない状況で相手の肌を見るというのは抵抗がある。


「あれ?西山さん、早く着替えないと」

「あ、ごめんなさい」


持ってきたカバンから浴衣を出している間に、ブレザーを脱ぎ、リボンを外し、スカートを下ろして、ブラウスを脱いで、浴衣が着れるように、上はキャミソール、下はスパッツという格好になる。

そこから山藤さんに手伝ってもらいながら浴衣を着て、帯を閉める。

その後、髪を上げて薄く化粧をして、受付の人たちと同じように血が書かれたシールを貼る。

最後に、背中側の帯にクラスの宣伝を書いたうちわを2つ差し込んで完成だ。


「よし、なんとか間に合ったね」


山藤さんがある種苦笑いとも取れる笑顔を見せながら言った。


「本当に、ご迷惑おかけしてすいませんでした」


その言葉に、改めて申し訳なくなり謝罪するものの「良いって良いって」と軽く許してくれた。


「それじゃあ、これよろしくね」


そう言って、山藤さんは部屋の隅からとあるものを持ってきた。

というのも、女子更衣室の中は、着替えやそれに関わる荷物を置いておいてもいいことになっているのだ。

山藤さんが差し出してきたものを確認する。

ーーーそれは、プラカードだった。

ちなみに、このプラカードは由佳と鈴香が作ったものだったりする。


「これ持って学校の中歩きまわってくれればいいから」

「はい。わかりました」


時計を確認すると、もう出し物が始まろうとしていた。

俺は山藤さんに着せてもらったことなどへの感謝などで頭を少し下げた後、自分の仕事を、客寄せをするべく廊下へと飛び出した。

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