自宅にて
またまた遅れてすいません。
「あー、つかれたー」
体育祭が終わった後、俺は翌日の文化祭の出し物に向けて、保護者会の人と協力してテントを設営してから、1人で帰路についていた。
ーーーもう、本当に疲れた。
思わず疲れやらなんやらを含んだため息が漏れる。
下手すれば、男だった頃にテントを立てた時よりも疲れたかもしれない。
というのも、今回は保護者会の人と、保護者と協力してテントを設営したのだ。
男だった頃、俺が中学校に通っていた頃にこういう複数人が協力してやることは、必ず顧問なり担任なりの先生が音頭をとっていた。
しかし、今回は生徒だけではなく、大人も一緒にやっている。ーーーしかも、保護者会として前に出てきていることもあり、同じような経験をしたことがある人がだ。
過去にやった経験があるのだから、保護者の方たちは『こうした方がいいんじゃない?』『あっちの方がいいと思う』と先生に意見を出す。
その話し合いによって設営を開始するのが遅れ、また始まった後でも『先にそっちやるべきじゃない?』と意見が出て作業が止まる。
そうやって遅れに遅れて、終わった頃には秋で日が暮れるのが早いとはいえ、周りは真っ暗になっていた。
ーーー指示待ち人間は社会じゃ通用しないだとかよく言われるの耳にするけど、単純作業を行う場合は、指示待ち人間ばっかの方が都合が良かったりするんだな。
というか、ただただ待たされる時間って何でこんなに疲れるんだろう。
伸びをしながらふと疑問が漏れる。
ただ待っていただけの時間の方が多いのに、普通にキビキビと動いていた中学の時のテント設営より疲れているのは、本当に訳がわからない。
そんなことを考えながらポテポテと歩いていると、自分の家のあるマンションへとたどり着いた。
ーーーもう、なんでもいいや。今日は早くお風呂入って、明日に備えてさっさと寝よう。
そう思い、俺は中へと足を進めた。
◆◆◆◆
「ただいま〜」
「「お帰りー」」
ーーーえ?
「ただいま」と挨拶するだけして、とっとと自分の部屋に向かおうとしたのだが、返事が2つ返ってきたことに驚き、自分の部屋に向かうのを止め、声のしたリビングへと足を向けた。
「あれ?母さん。帰ってきてたんだ?今日は早いね」
「うん。実は、今日は久しぶりに早めに上がっていいよって言われたのよ」
リビングには、亜希と母さんの姿があった。
何でリビングから2つ声が返ってきたことに驚いたか、それは家にいるのは亜希だけだと思っていたからである。
母さんの仕事は、朝早く、そして夜遅くまで続く大変なものだ。
怖いもの知らずだった中学生の頃、1度母さんに「そんな辛いなら、今の仕事辞めて別の仕事始めたら?」と聞いてみたところ、「そうしたいのは山々なんだけどね。私ももうおばさんだからね。正社員で雇ってくれるところはなかなかないから、難しいかな…」と返ってきたことがある。
そんな帰りの遅い母さんのためにも、俺と亜希は俺が男だった時から洗濯や料理など、家事を手伝ったりしていたーーーって、話が逸れたな。
まあそんな訳で、我が家では母さんがこの時間に家にいるのは珍しいのだ。
「そっか。ーーーで、亜希はリビングで何やってんだ?」
「え?私?」
「え?じゃねぇよ。お前、まだテスト終わってないんだろ?テスト勉強に集中しろよ」
俺がそう突っ込むと、亜希は「えーー」と声を上げた。
「少し休憩くらいいいでしょー。お兄ちゃんもテスト週間に全く休憩しなかったって訳じゃないんだから」
「む…」
ぶっちゃけ、自分も今だから亜希に対して言ってるけど、中学時代はテストが始まるまでは頑張っていたのに、いざテストが始まるとやる気が出ず、家でグデーとしているという謎ムーブをしていたので、そう言われてしまうと強く出ることができない。
ーーーでも、そのおかげで俺は高校受験で痛い目を見たんだから、亜希のためにも少し言っておかないとだめか。
「わかったよ。でも、30分経ったら勉強に戻れよ?」
「はーい」
その後何でもない会話を続けていると、亜希が突然「あっ」と声を上げた。
「亜希?どうかした?」
「いや、お兄ちゃん今日体育祭だったんでしょ?文化祭はいつやるの?」
亜希が何でそんなこと聞いてきたのか分からないが、とりあえず「明日だよ。だから、明日はだいぶ早めに出るから」と口にする。
言っている最中に明日は弁当がいらないということに気づき、「だから、母さん。明日は弁当はいらないから」と口にした後、亜希の方を向き直すと、その亜希は目をキラキラと輝かせていた。
「あ、亜希?どうした?」
「それならさ、明日も私に髪いじらせてくれない?」
ーーーは?
「何言ってるんだ?明日朝早いんだぞ?お前起きれるのかよ?」
思わずそう聞き返すものの、亜希は狼狽えるどころか、口角をニンマリと上げた。
ーーーってことは、つまり…。
「お前、今日もテストから帰ってすぐに寝たのか?」
「うん!ベッドの上でゴロゴロしてたらうっかりね」
「そんなに堂々と言うなよ!ーーまあ、昨日も寝ちゃったんだからしょうがないかもだけど、テスト中には絶対寝るなよ?というか、明日は無理だぞ」
「え!何で!」
「そりゃ…ーーーー」
そこまで言ってから、慌てて止める。
ーーーやっば、あぶねー。
俺は今まで、明日が文化祭であるということは伝えてなかった。
理由は、特に話す機会がなかったというのもあるが、あまり家族には、文化祭で俺のすることを伝えたくなかったのだ。
ーーー言いたくない。俺はお化け屋敷のお化け役で客寄せを、すなわちお化けのコスプレをするなんて。
でも、この流れから訳を言わずに逃れられるとは思えない。
俺は意を決して、口を開いた。
「ーー俺のクラス、文化祭でお化け屋敷やるんだよ。俺も客寄せだけど、それにちなんだ格好をすることになったから、髪型も学校で衣装着るときにセットしてもらう約束なんだ」
言い切ってから、恐る恐る2人の方を見る。
するとーーーーーーーー
「「えーーー!?」」
ーーーー声を荒げる2人の姿があった。
すかさず、亜希が前のめりに質問を投げてくる。
「お兄ちゃん、明日お化けの格好するの!?私、見に行きたい!」
「バカ、お前の学校テストだろーが」
「大丈夫!いや、むしろテストだから午前だけで学校終わって、午後にお兄ちゃんの高校まで文化祭見に行けるからちょうどいいまであるよ!」
「いいや、無理だって。うちの高校、俺と同じ中学のやつも少なからずいるんだぞ?ただでさえ名前一緒なのに、妹の姿まで見られたら、流石に誤魔化しようがないから無理。それに、来たとしても、部活で店出すから忙しくてお前のこと見てらんないから来るな」
そうやって断ると、亜希は頰を膨らませながら黙った。
でも、黙ってはいるものの、亜希は行けないことに納得こそしても、それを許容したくはないらしい。
「えーー。じゃあ、せめて写真ちょうだいよ!」
「えー…」
「お願いお願いお願い〜」
ーーーあ〜、すごい鬱陶しい。
亜希は駄々っ子のようにうだうだうだうだと繰り返してくる。
ーーーこれは、妥協しなきゃダメかな?
母さんの方を確認すると、母さんも亜希の後ろからすごいプレッシャーで「写真でいいから見せてよ」とオーラを放ってきている。
ーーーうーん、これはしょうがないか。
しょうがないというか、俺にはこの状態に陥った2人を説得して納得させることはできない。
俺は意を決して、口を開けた。
「もー、わかったよ。明日帰ってきたら写真見せるから来んなよ?しっかり家で勉強してろよ?」
「やった!絶対だからね!」
そう言うと、亜希はリビングを出て自分の部屋へと駆けて行った。
時計を確認すると、俺が言った時間からきっちり30分経っていた。
ーーーおお、そんなに経ってたんだ。
そんなこんなありながら、学園祭2日目、文化祭当日を迎えた。
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