プロローグ6
やっとプロローグ終わった。
切るところがなかったので今までで飛び抜けて長いです。
…感想嬉しくてにやけが止まらん。
あれから5日が経った。
未だ現実世界には戻れておらず、ほとんどの時間を街の中にある宿屋で過ごすこととなった。
この5日間で、ゲーム内の人はほとんどいなくなった。
世間に混乱を起こさないよう、サーバーメンテナンスという設定で特定アカウント以外のユーザーをログイン出来ないようにしたのだそうだ。
そんなことが出来るなら、俺の強制ログアウトも出来るのでは?と思ってしまうのだが、出来ないらしい。
というのも、俺のログアウト不可設定はこのゲームのマスターアカウントにしか操作できないようになっているそうだ。
これにより、姿をくらましている手塚清秀がこの事件の犯人である確証を得たらしく、ようやく警察も本腰を上げて捜査を開始出来るらしい。
そんなことになっているそうだが、俺は一切実感が持てていない。いや、一切というのは誤りか。
このゲームから人が明らかに減っているという事実しか確認出来ていない。
取り敢えず、気分転換に散歩に行くことにした。
この世界はどんなにリアリティがあっても作りもののデータであると、何日もゲームの中で過ごしていると実感する。
風が吹かないこと、景色がいつも同じこと、天気も常に一定なこと、要因は数多くあるが、これを思い浮かべるたび、1つの疑問が思い浮かぶ。
ーーーはたして普通にゲームとして遊べていたら、この事実に気づいたかだろうか?
答えはNOであろう。
あくまでこの思考はこのゲームを世界として、生活を送る舞台として見たために発生しているだけで、仮にゲームとして見ていたら「グラフィックすげぇ!!」と思っていただろう。
とどのつまり飽きたのだ。
部屋の中にいても飽き飽きするし、外に出ても飽き飽きする。さあ、どう過ごせばいいのだろうか?
「ねぇ《マナツ》さん!少しいいかしら?」
そんな思考に陥っていたら、女性アバターから声をかけられた。
なんて丁度いいタイミングなんだ、そう思いながら俺は声を掛けてくれた女性の方へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
「うらぁ!!」
その声と共に、人の体が宙を舞う。
「今のは1本かな?《マナツ》さんの勝ち!」
「「ありがとうございました。」」
俺と、向き合った女性の声が重なる。
現在この場には6人の女性、いや擬きである俺を除けば5人の女性がいる。
人はほとんどいなくなったと表現したが、そのほとんどに含まれていないのが俺の運動に付き合ってくれる警察の人たちだ。
俺は元々アウトドア好きなタイプなので、流石に何日も宿の中だけで過ごしていればストレスも溜まり身体を動かしたくなる。
街の外に出ればモンスターといくらでも戦えるのだが、ゲームに閉じ込められている状況での死が、人体にどのような影響を及ぼすか分かっていないため、街の外に出ることを禁止されているので安全圏内である街の中で動かすしかない。
そんなとき、声をかけてくれたのがこの人たちだった。
俺の情報を洗っている中で、俺が中学の頃柔道で県のベスト8まで行ったことを知ったらしく、「やらない?」と誘ってくれたのだ。
「いやー、それにしても《マナツ》さんは強いねー!これだけ強くてまだ高1でしょ?おばさん嫉妬しちゃうわー。」
「何言ってんですか、若菜さん。あなたまだ25でしょ?全然若いじゃないですか。
そんなん言っちゃダメですよ。
あと《マナツ》って呼ぶの、やめてもらえませんか?
自分が呼ばれているってイマイチ気づけないんで…。」
「そっかぁ…。うん、まあもうゲーム内には関係者しかいないし、大丈夫かな?
それじゃ何て呼べばいいかな?
西山くん?奈津希くん?」
「奈津希で大丈夫です。」
俺のその返答に若菜さんは、「りょうかーい。」と間延びした返事をする。
中澤若菜さん、大学卒業後警察官になった所謂エリートコースに乗っている人であるらしい。
現実の姿は知らないが、アバターは少し青が混じったような綺麗な黒髪で、身長は170から175ほど、そしてとてもスタイルの良い美人さんである。
ちなみに、俺に「やらない?」と言ったのは彼女である。
時間が経った今、改めて考えると彼女たちは凄いと思う。
問答無用で閉じ込められた俺は置いておくとして、彼女たちが入ってきたのはBrave Heart Onlineが人を電子の世界に幽閉する可能性があるものと知ってからである。
もし自分がその立場になったとしたら怖くてやりたくないと思う。
でも、彼女たちはその状況からこのゲームの中に入ってきた。そして、怖い。やりたくない。やめたい。そんな感情をカケラすら見せず、俺の方を見て笑顔を見せてくれる。
俺が今、しっかりと意識を保てているのは彼女たちのお陰なんだ。
でも…、
「奈津希くーん、ちょっと、ほんのちょっとだけでいいからこれ着てみない?」
「嫌ですよ!俺男ですよ!?何が嬉しくてミニスカートなんて穿かなきゃいけないんですか!!」
こんなことされるから、感謝の思いがうすれちゃうんだよなぁ…。
他の警察の人に聞いたことによると、若菜さんの現実での姿はアバターと同じように身長が高いらしい。(確か176だと言っていた。)
それに加えて柔道に打ち込んでいたことで身体が出来上がり、女性にしては肩幅も広くなってしまった。
それによって若菜さんの好みの服であるかわいい系の服は一切似合わなくなってしまったらしい。(他の人たちは『身体が出来てるかつ背も高いから所謂モデル体型だし、顔も整っているんだから文句言ってんじゃねぇ!!』と言って同情なんかカケラもしていなかった)
かわいい服は自分には似合わない、でも好き。
そんな葛藤の果てに、若菜さんは1つの答えを出した。
『なら似合う人に着てもらおう。』
そんなこんなで俺は若菜さんに会うたびにかわいい格好をしないか、と言われている。
男としてのプライドを、尊厳を守るためにそんな事は意地でもしたくないのだが、少しだけ、ほんの少しだけなら若菜さんの気持ちも分からなくない。
理由は単純だ。
この世界における俺のアバター、つまりは《マナツ》の姿だが、とてつもなくかわいいのだ。
姿を表すのに若菜さんの言葉を借りると、
胸のあたりまで伸びた銀髪は現実のものと思えないほど(まあ、実際に現実のものではないのだが)美しく、見る人に神聖さすら感じさせる。
目は大きく睫毛は長く、顔も小顔で、全体としてかわいくまとまっている。
身長は145から150の間の大き過ぎず小さ過ぎずのベストな身長で、異性同性どちらの目から見ても守ってあげたい、支えてあげたいと感じる大きさである。
胸は小ぶりではあるが確実にあり、目測によるとBからCカップ、お尻もそこそこ出ており、スタイルもそこそこ整っている。
まさしくかわいい系ファッションが似合う女の子(しかもベストに近い形で)であるらしい。
ちなみに俺は巨乳派であったため、スタイルはあまり良くないのではないか?と聞いたところ、
「あのね!!!かわいい系の服っていうのはただスタイルが良ければ良いってものでもないの!!
胸が大き過ぎるとワンピースを着た時太って見えたり、着物を着た時汚く見えたりするし、背が大きすぎるとジャンルそのものの適性がかわいい系からカッコいい系になってしまったりして、その人の100%を生かすことはできないの!!
今の《マナツ》さんは、かわいい系の服の持つ魅力を100%引き出し、自分も輝ける数少ない存在なの!!!」
と熱弁された。
「えー、ちょっとぐらいいいじゃないの〜。
銀髪なのにその緑の袴だって似合ってるし、あなたは洋服和服を問わず、どんな服でも着こなせるんだから、1着だけしか着ないなんて勿体ないのに…。」
「嫌なものは嫌です。」
何度拒否しても繰り返し求めてくるので、このやり取りは彼女がご飯を食べに現実へと帰るまで続いた。
◆ ◆ ◆ ◆
俺は泊まっていた宿へと戻り、ベッドを椅子代わりにして座る。
ーーまた1日が終わる。
つまりはこの世界での6日目の生活を終えるわけだが、ここでの生活は退屈はしない。
警察の人とやる柔道の乱取りも、やればやるほど相手のことをよく分かってくるので、技の読み合いも激しくなってきてるから楽しい。
ーーーーでも、違うんだ。
俺が過ごしていた世界はここじゃないんだ。
俺の本当の姿は、こんなに小さくない。腕だって筋肉が付いているからこんなに柔らかくない。
ーーーーこれは俺じゃない。
そんな思考が日に日に強くなり、ついメニューウィンドウを開く。
分かっている。
ーーーーーーログアウトボタンがないことなんて。
気づいている。
ーーーーーー警察の人が俺の安全を確保した上で強制ログアウトできるまで、出ることが出来ないなんて。
それでも、ほんの僅か、むしろないと言った方が近い可能性を求めてメニューの1番下を覗くのが寝る前の日課になってしまっている。
指をスライドさせ、メニューの1番下を見る。
ーー嗚呼、今日もやっぱり1番下のボタンは《log out》となっている。
期待していた気持ちを打ち砕かられた。
そのショックで乱暴にメニューウィンドウを閉じて横になり、天井を見上げる。
…。
あれ?
「《log out》!!!???」
慌てて飛び起き、再びメニューを開く。
ーーー確かにログアウトボタンがある。
帰れる。その事実に歓喜するというよりも、ただただ驚愕しフリーズする。
えっと、こういう時どうすればいいんだっけ?
回らない頭で必死に考えて、となりの宿に警察の人がいつも待機していると言っていたことを思い出し、部屋を出る。
焦って走り出したからフォームが汚い。そのせいで息が切れるのがとても早く、ハァハァと呼吸の音が漏れる。
そうして、となりの宿へと辿り着く。
ノックは必要ないだろう。ーーーこの世界には俺と警察以外はいないのだから。
そう思い、扉を開く。
「すいません!!」
俺の出した大声に対して中に居た女性が驚く。
ーーーと思ったら、中にいたのは若菜さんだった。
「びっくりした…。あれ?どうしたの、奈津希くん。ーーーーもしかして女性ものの服、着てくれる決心がついた?」
驚愕で一時動きが止まりはしたが、硬直が解けるとすぐ冗談混じりにそう返してきた。
どう説明したものか。帰れると分かったことによるフリーズでただでさえ頭は回らず、その上走って酸素不足だ。
脳が仕事をしない。
結局、見てもらうのが最短だと思い、メニューウィンドウを今度は可視モードで開き、1番下までスライドさせる。そして向き合っていた状態から彼女の横に移動して、見えやすくする。
「これ、1番下、ログアウトボタンがあるんです!!」
それを聞くと、どこかおちゃらけていたような彼女の表情がスイッチが入ったような真剣なものへと変わる。
「え、うそ?本当に?
え、えっと、じゃあ今から5分後に押してみて!
私は今すぐ向こうに戻って病院側や上に報告するから!!」
それだけ告げるとすぐ、若菜さんはログアウトしていった。
彼女に相談した?報告した?ことにより、取り敢えずやることは決まった。
5分経たないと何も出来ないから、メニューに書かれている時間を気にしながら待つ。
ーードクンーードクンーードクンーードクンーー
心臓がうるさい。
慌ててここまで来たから、そのことによる息切れのせいもあるだろう。でも、はっきりと言い切ることができる。
ーーこれだけうるさいのは、緊張しているからだ。
ログアウトボタンが現れた。
これを押せば確かに現実に帰れるかもしれない。
でも、そうでなかったら?
今現在、俺はこの世界、Brave Heart Onlineの世界に生きていると表現できる。そして、現実は一体どうなっているのか、それは今の俺には一切知覚できない。
ーー下手したら死ぬのでは。
向こうの世界で読んだデスゲームものの小説の記憶が蘇る。あれでは仮想世界で死んだ時、現実世界の脳も電子レンジの要領で焼かれていた。
ログアウトするということは、この世界での肉体が一時消失するということ。
それはこの世界での死を意味するのではないか?
ネガティブな思考が続いてしまい、顔を平手打ちして目を覚まそうとする。
ーーー痛みはそんなにない。
これ、漫画で良く気合い入れる表現、気持ちを切り替える表現として使われるけど痛みもないしそこまで効果ないよな、とくだらないことが思い浮かぶ。
それのお陰で少し心を落ち着かせることができた。
時刻を見ると0時24分、若菜さんがログアウトしたのが21分だったから、まだ3分しか経ってない。
ーーーまあ、いいか。
楽観的な考え方が思い浮かぶがそれは楽観的ではない、怖いだけだ。
怖いから少しでも早くログアウトボタンを押したい。
怖いから少しでも落ち着いた今、ログアウトボタンを押したい。
だから、所詮2分なんて誤差だ。そう言い訳して俺はログアウトボタンを押した。
◆ ◆ ◆ ◆
ーー目を開くと機械が目の前にあった。
向こうの世界ではありえないものが視界に映る。
そのことが無事、現実に帰ってこれたことを実感させてくれ嬉しくなる。
取り敢えず、身体を起こし両手でゲーム機を上に押し上げて外す。
すると、髪の毛がふぁさっとおりてきて自分の顔、肩などに当たる。
向こうの世界では痛覚のカットのため、触覚を必要最小限しか再現していなかったためこの感触すら懐かしい。
あれ?
なんで髪の毛、こんなにながいんだ?
それに、なんで視界に映る髪の毛は銀色なんだ?
額を冷や汗が流れるのを感じる。
鏡、鏡はないかと俺は慌てて立ち上がり、枕元にあった電気スタンドに灯をともし、辺りを見渡す。
鏡はなかったが、窓を鏡代わりに使用することで、自身の姿を確認することができた。
ーーー信じられない、いや信じたくない。
そこに映し出されたのはこの世界においてありえないもの。
本当の俺の腕はもっと太いはず。
本当の俺の肩幅はもっと広いはず。
ありえない、なんで…。
そこには、銀髪の小柄な女の子、俺の向こうの世界でのアバターが映し出されていた。
やっとタイトルを回収できた…。