体育祭1
長めです。
調味料や食材の準備をしているうちに時間は過ぎていき、いよいよ学園祭、体育祭当日となった。
そんな日の朝、俺はついつい早く起き過ぎてしまっていた。
というのも、今日はいよいよ体育祭ということで、毎日やっていた誠也とのランニングを無しにしたのだ。
しかし、身体に身に付いてしまった習慣というのはうまく取れないらしく、ついつい早起きをしてしまったのだ。
ーーーしまった。せっかくたくさん寝れるんだから、しっかり寝ておきたかったのに。
俺は意識的に二度寝が出来ない性質なので、しょうがなく水分でも取ろうとベッドから飛び出してリビングに入った瞬間、予想外のものが視界に飛び込んで来た。
「え?亜希?」
「あ、お兄ちゃんおはよー」
ーーーそう、視界に入ってきたのは俺の妹の亜希だった。
「え?何でこんな時間に起きてるんだ?」
「ああ、テスト勉強だよ。うちの中学、昨日からテスト始まったんだ」
「だからって、それと今起きてることが何の関係があるんだよ?」
俺がそう聞くと、亜希は「てへっ」と言わんばかりに舌を出した後、口を開いた。
「いやー、昨日もテストだったから早めに学校終わるでしょ?ちょっとベッドでゴロゴロしてからやろうと思ってたら、うっかり寝ちゃってね。だから、徹夜しちゃいました」
「はぁ…、何やってんだよお前」
ニシシッと笑う亜希に、思わず言葉が出てこない。
「お前、明日からもテストあるんだぞ?なのに、タイムサイクル崩してどうすんだよ?」
「えー、明日からも毎日昼に寝て夜は徹夜?」
「まあ、それしかないか…。ーーーテスト中に寝たりすんなよ?」
俺のそんな言葉に、亜希は「はーい」とまるで学校での発言のように手を挙げながら答えてくる。
ーーーもう、本当に大丈夫だろうな?
そう思っていると、今度は亜希から質問を投げてきた。
「そういえば、お兄ちゃんこそ話してていいの?」
「え?」
「ほら、誠也くん。待たせてるんじゃないの?」
ーーーああ、亜希のやつ、今日も外走ってくると思って、誠也のこと待たせてるんじゃないのかって心配してるのか。
何故亜希は今日から学園祭ということを知らないかというと、ただ単純に俺が伝えていないからだ。
ーーーうちの高校の学園祭は平日開催だ。
私立の高校なら、売名も込めて土日にやるのかもしれないが、うちは公立なのでそんなことはない。
なので、亜希は学校が普通にあるし、父さん母さんは仕事で学園祭に来ることはできない。
だから、別に伝えなくてもいいかな?と思い、今日がそうだと伝えていなかったのだ。
「ああ、大丈夫だよ。今日は体育祭だから、ランニングは無しにしてあるから」
「え?今日、体育祭なの?」
俺の発言に亜希は驚きを示した。
「えー、それなら教えてくれてたっていいじゃん」
「いや、どうせ見にこれないんだから、教えても教えなくても一緒だろ?」
「例えそうでも、なんか気になるでしょ。お兄ちゃんは何に出るの?」
そういうものなのかと思いつつ、とりあえず返す。
「3人4脚と、クラス競技の大縄飛びだよ」
「へー、珍しいね。お兄ちゃんがそれだけしか出ないなんて」
「まあな」
ーーー昔、男だった時は運動神経が良かったから、体育祭、運動会の時は複数、個人種目に出るのは当たり前だった。
ところが、今は運動神経はあまり差は無いようだけれど、それでも筋力やらリーチやら、男の頃よりも圧倒的に落ちてしまっているため、頑張って鍛えた今でもせいぜい女子の平均辺りだ。
男だった頃を思い返していると、亜希がなにやらブツブツと独り言を言った後、改めて口を開いた。
「だったらさ、お兄ちゃん私に髪弄らせてくれない?」
「え?またか?」
「うん、また!」
いつかも、そうやってまとめてくれたことがあったはずだが、何度もやってみたいものなのだろうか?
そこら辺は俺にはよく分からない。
「そんなことしてて大丈夫なのか?お前、今日テストなのに昨日うっかり寝ちゃったから、あんまり勉強出来てないんじゃないか?」
「休憩だよ、休憩!お兄ちゃんの髪纏めたら、また始めるから!ね、いいでしょ?」
そういう訳なら、まあいいか。
別に俺にとっては髪をまとめてもらうだけで悪いことはない訳だし、拒む理由はない。
俺は「わかったよ」と声を上げた。
◆◆◆◆
「ふん、ふんふんふ〜ん」
「鼻歌まで歌って…、そんなに他の人の髪いじるのって楽しいもんなの?」
あまりにご機嫌な亜希に、思わず問いを投げる。
「まあ、楽しいもんだよ。ほら、私は髪短いじゃん?だから、やっぱり長い髪っていうのは憧れるかな」
「なら、亜希も伸ばせばいいのに」
そう、何にも考えずに口にした途端、亜希のスイッチが切り替わった。
「あ、の、ね!お兄ちゃんはパッてこんな綺麗な銀髪のロングヘアに変わっちゃったから分かんないかもだけど、綺麗に髪を伸ばすのってすごい難しいんだからね!特に私は癖っ毛だし、かといって縮毛強制とかしちゃったら髪にダメージいっちゃうし…。ともかく、そんな簡単じゃないんだからね!!」
「お、おう。なんか、パッて変わっちゃってごめんなさい…」
思わず反射的に謝るとうんうんと頷き、納得したようだったが、その後、一気に亜希の顔色が青く変わった。
「え?あ、亜希?どうかしたのか?」
俺が思わず聞き返すと、亜希は勢いよく頭を下げた。
「お兄ちゃん、ごめんっ!望んで女の子になった訳じゃないのに、髪の毛について褒めるなんて嫌だったよね…?」
頭を下げたことで、俺より背の大きい亜希が、上目遣いになりながらこっちを伺ってくるという状況になった。
ビクビクと震える亜希に対し、俺は笑って返す。
「全然、大丈夫だよ。私もこの姿になってもう結構経つからね。やっぱり突然変わった訳だから、自分の身体って認識は男の身体の方が強いけど、それでもこの身体も私の身体の1つなんだから、むしろ褒められたら嬉しいぐらいだよ」
それを聞いて、亜希は目を丸くした。
「ーーーお兄ちゃん、変わってきたね」
「え?そうか?」
「うん、そうだよ。今の姿になったばかりの頃は、少しでも女の子扱いされると怒ってたけど、今はそんな感じしないもん」
ーーー確かに、変わったと言われれば変わったのかもしれない。
毎日制服でスカートを履いていたからか、昔より女性物の服への拒絶感はなくなっているし、服のコーデも男の時よりは考えるようになった。
ーーー最近は色々あってあんまり考えることなかったけど、やっぱり精神は今も女性側に引っ張られてるんだな、と改めてそう認識する。
ーーーこのペースで引っ張られると考えると、5、6年後には完全に女の子になっちゃうんじゃ…。
それまでに、俺は男に戻ることは出来るんだろうか?
そこまで考えたところで、頭を思いっきり左右に振り、思考を飛ばす。
ーーー大丈夫、きっとなんとかなるから。
自分に強引にそう言い聞かせ、心を落ち着かせる。
「お兄ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
急に挙動不審になったからか、亜希が心配してきた。
そんな亜希を「大丈夫!大丈夫!それより、早く始めなよ。じゃないと、休憩し過ぎになるぞ?」と言ってなんとか誤魔化そうとするものの、亜希の目はこちらを疑う目のままだ。俺は慌てて、なんとかしないとと口を開く。
「髪いじるのはいいけど、どんな髪型にするんだ?」
「え?」
「3人4脚はまだしも、大縄飛びもあるんだから、前みたいにふんわりまとめられたら困るぞ?」
そう言うと、なんとか誤魔化せたようで、亜希は顎に手を当てて少し考え始めた。
「そうだな…。編み込み少し混ぜたポニーテールとかどう?」
「編み込み混ぜたポニーテール?」
亜希が口にしたものをうまくイメージすることが出来ず、どんなものか想像がつかない。
漫画だったら、俺の上に?がついていたことだろう。
「んー…、だったら、とりあえず縛ってみるよ」
亜希は、百聞は一見にしかずと、説明するより見る方が早いと判断して、俺の髪の毛に手をつけた。
◆◆◆◆
「へぇ…、こんなのなんだ」
俺は思わず感嘆の声を上げる。
ーーーポニーテールの纏めるところに持ってくるまでに右と左に1つずつ三つ編みの場所を作って、ただのポニーテールではなく、1つ2つアクセントを加えたものに仕上がっている。
「どう?お兄ちゃん」
「うん…。いいと思う」
ーーーこれなら、ハチマキと合わせてもそこまで違和感はなさそうだし、いいんじゃないかな?
「ほへー、ほへー」と声を上げながらクルクルと回り、鏡で自分の後ろ姿を確認しながらそう言う。
そこまで鬱陶しくもないし、うん、いいなこれ。
「亜希、ありがーーー」
縛ってくれたことに対して振り向きながらお礼を言おうとすると、途中で後ろから抱きしめられて止められた。
「え…、亜希?」
思わず困惑して、名前を呼ぶ。
すると、亜希は先程までの明るいトーンとは違う、深刻な声で言葉を紡いだ。
「お兄ちゃん、何か悩み事があるんだったら何でも相談してね」
ーーー誤魔化されてなかったのか。
亜希は家族だから、ずっと一緒にいたから、俺がこの姿になってすぐから抱えてきた精神が身体に引っ張られることへの不安に薄々気づいていたのかもしれない。
「ありがとね。うん、いつか、いや、そのうち相談するよ」
そう口にすると、亜希はにっこりと微笑み、頷いた。
ーーー俺のことを本当に思ってくれる妹が、家族がいることを改めて嬉しく感じる。
そうしていると、俺が相談すると口にしたことで頼られていると感じ嬉しくなったのか、亜希のテンションが上がっていた。
「ふふふ、じゃあ今日頑張ってきてね!その髪型、すっごい似合ってるから!」
「いや、確かにこの姿でも褒められると嬉しいとは言ったけど、流石に無理に褒められても…」
「いやいや、お兄ちゃんその髪型、本当に似合ってるもん!もしかしたら、体育祭終わりに告白とかされちゃうんじゃない?」
亜希の言葉に、思わず広瀬くんのことが頭に浮かんでしまい、変な挙動を取ってしまう。
ーーーあっ…、やばい。
慌てて振り向いて亜希の様子を確認すると、亜希はにっこり微笑むというより、ニヤニヤと口を歪ませていた。
「え!?なになに!?お兄ちゃん、誰かに告白されたの!?」
「いや、違うから!そんなんじゃないから!」
そう否定するものの、亜希の勢いは止まることなく、むしろ増したようにすら思える。
ーーーあ、そうだ。あれを言えば…。
「ほら、休憩時間長すぎだろ?そろそろ勉強に戻らなくていいのか?」
「お兄ちゃんのことが気になりすぎて、勉強なんか手つけられないよ!ほらほら、教えて教えて!」
ーーーむしろ逆効果で勢いを増してきた。
「ほらほら、お兄ちゃんどんな人に告られたの!?カッコよかった!?優しそうだった!?教えて教えて!!」
「うー…、もう!!本当に違うから!!」
結局、亜希の勢いは止まることなく、亜希はこの後一切勉強をせずに学校へ行くこととなった。
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