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衣装合わせと異性と誠也 1

そんなこんなありながらも、時間はあっという間に過ぎていき、いよいよ来週に学園祭を迎えることになった。

学園祭を来週に備えた木曜日、そう今日が学園祭前最後の7時間目なのである。

だからか、授業は普通に行っているため全体としてみれば教室に違和感はないが、よくよく見てみると明らかにお化け屋敷で使用する黒色のビニールシートや段ボール、そしてお化け役の人が着る衣装やなんかが教室の裏側に置かれていた。

そういう訳で、今や学校中でお祭り騒ぎと言うほどではないが、どこかみんな浮き足立っているというのがもう空気からも伝わってくる。


ーーー周りだけではなく、俺もどこか浮き足立っていたようだ。

ふと顔を上げて時計を見ると、時刻は15時55分、即ち7時間目の始まる5分前を指していた。

ーーーこりゃ周りに対して浮かれ過ぎだなんて思っていられないな。


そう思っていると、金子先生が入ってきて、生徒からの懇願もあって少し早めに7時間目が始まった。


◆◆◆◆


「西山さーん、それじゃあこっちにきて」


クラスメイトの山藤さんに呼ばれて、「は、はい」と少しどもりながらも返事をして駆け寄っていく。

ーーどもってしまったのは、正直仕方ないんじゃないかと思う。

俺はこれから、文化祭当日に着る衣装の試着を、衣装合わせをするのだ。

こう言ってみるとある程度格好はつくが、俗っぽく言い換えるならば、コスプレと言えるだろう。

ーーーつまり、俺はこれからクラスメイトの前でコスプレを見せびらかすのと、同義の行動をするのだ。

こんなの、身体に拒否反応が走ってもおかしくはないと思う。


「ほらー、西山さん早く早く」


俺があまりに来ないから、山藤さんが再度声を上げた。

ーーーやっぱり、行かない訳にはいかないよな。

どうせ文化祭当日には着ることになる衣装なんだーーーえ?ていうことは、俺、文化祭当日、コスプレ姿で学校中うろついて客寄せして、学校中の人たちにコスプレ姿を見られるっていうことか?

踏み出しかけた足が思わずその場で停止する。

ーーー嫌だな。

身体にさっきよりも強い拒否反応が走る。

でも、やらない訳にはいかない。俺はこれをやるということで、準備班に入るというわけでもないのに当日に拘束時間を少ししか取らないでいられるようにしてもらえたのだ。

ーーーや、やらない訳にはいかない。

やりたくないなー、とどうしても思ってしまいながらも、再度俺は山藤さんに向けて足を踏み出した。


「よし、じゃあこれを着てみて。おかしいところとかあったらすぐ直すから」


山藤さんはそう言うと、少しボロボロの緑色の布を差し出してきた。

俺はそれを持って、教室を4分割してカーテンをかけて作った簡易試着室へと入っていく。

ーーーもちろん、入る前に「失礼します」と声をかけることを忘れない。

返事が聞こえなかったので、今は1人だけなんだなと安心をして、カーテンを横にスライドさせ、中に入る。

制服を脱ぎ、上は下着、いわゆるスポーツブラの上から黒色のタンクトップを着た状態に、下はスパッツを履いた状態になる。

ーーー文化祭の日は1日中コスプレしていることになるんだ。何があるかわからないから、最悪の状態に備えて最低限人前に出れる格好をしておかないと。

最初は、俺は上下体操服で挑もうとしていたのだが、先週山藤さんに「体操服だと上から中に来てる服のラインや、場合によっては生地も見えちゃうかもだからやめてほしいです」と止められ、本当に最低限人前を歩ける今の状態になった。

ーーー正直、歩けはするもののこの格好で人前を歩きたいとは思わないけど。

そんなことを思いつつも、俺は貰った服を広げて、どんなものかと確認しようとしてーーーー


「西山さん、どう?上手く着れた?」

「わっひゃう!?」


ーーー突然入ってきた山藤さんの声にビビって変な声を上げながら、貰った服を広げて自分の身体を隠すようにして山藤さんと反対方向へと下がっていった。

少し落ち込みながら山藤さんが口を開いた。


「突然入ってきたのはわるかったけど、そこまでビックリしなくてもいいんじゃない?」

「ご、ごめんなさい!いきなりのことだったんで、つい…」

「ーーーはぁ…、それなら良かった。改めて、突然入ったりしてごめんね」

「あ、いえ。全然大丈夫です」


服で身体を隠したまま、返す。

ーーーっていうか、あれ?何で山藤さん、試着室に入ってきたんだ?


「そういえば、何で山藤さん試着室の中に入ってきたんですか?」


気になったので、とりあえず聞いてみる。

すると、謝罪をしたまま、試着室の外に出て行こうとした山藤さんは「あっ」と言いながらこっちに振り返った。


「きちんと着れてるか、大丈夫かな?と思ってね。着物、今回の場合はどちらかというと浴衣だけど、そういうのは着るのって難しいからね」


そこでやっと理解が出来て、「あー」と思わず声を漏らす。


「大丈夫です。多分着方は分かると思うんで、後で帯の結び方だけ教えて下さい」

「え?すごいね西山さん。高校生で浴衣の着方分かる人なんて、正直そんなにいないと思うよ」


俺は思わず苦笑いをこぼす。

ーーー正直、小学校入るか入らないかの頃に1度子ども用浴衣を買ってきてくれたことはあったが、その時のことすらもう記憶が薄れかかっていて、浴衣の着方なんてぶっちゃけ覚えていない。

なのになぜ着れると思うと言ったかといえば、中学時代、そして高校の夏休み前までは、俺は柔道部だったのだ。柔道は日本発祥の武道であるから、柔道の道着は昔、日本で着られていた着物と同じ着方だと思うのだ。

ただし、あくまでも推測なので多分(・・)着方は分かると言ったのだ。


「じゃあ、ちょっと出てるから、帯結ぶだけの状態まで行ったら呼んでね」


山藤さんは、俺がずっと貰った服、浴衣で自分の身体を隠していたことから、恥ずかしがっていると思ったのか、カーテンの外へ出て行ってくれた。

ーーーいや、反射的に隠しちゃっただけで、恥ずかしいとかじゃなかったんだけどな。

俺は心の中で山藤さんに「無駄に行き来させちゃってごめんなさい」と謝りつつ、着替えに取り掛かる。

とりあえず、両袖に腕を通してから襟を掴む。

左側の襟を、身体に密着させた右側のそれの上に重ねて、こちらも身体に密着させる。

ーーーなんか、自分で出来るのこれだけだったな。

なんか、これだけのために追い出した山藤さんに対して申し訳なく感じつつ、「すいませーん」と声を上げ、山藤さんを呼んだ。


「はいはーい。帯結ぶところまでは終わった?」

「あ、はい。一応終わったんですが、心配なので確認してもらっても良いですか?」

「りょーかいね」


俺がそう言うと、山藤さんは袖やらなんやら少しずつ直してくれた後、「こうやるんだよ?」と解説をしながら帯を結んでいき、髪も鬱陶しくないようにポニーテールで纏めてくれた上で、「よし、完成!」と声をあげた。

山藤さんはこちらをチラチラと見て、アイコンタクトで俺に試着室にある鏡を見るように勧めてくる。

それに従って、俺は鏡の前へと行き、自分の今の姿を確認した。

ーーーそこに写った姿は、まるでこの世のものとは思えないものだった。

緑色の浴衣が、意外にも銀髪という髪色とマッチしている。

少しボロボロになっている浴衣と若干、病弱な人というイメージを持っている銀髪が相まって、貧困で痩せ細ってそのまま亡くなったお化けという設定そのままのようだった。

ーーーでも、どこかでこれ見たことあるんだよな。

そんな、現実に考えられないような姿でありながら、既視感があるという矛盾。

必死に頭を働かせて考えてみると、その理由らしきものが浮かび上がってきた。

ーーーああ、ゲームの中での格好だ。

ゲームの中、俺がこの姿になった原因である手塚清秀が作り上げたゲーム『Brave Heart Online』の中で閉じ込められていた時に着ていた俺の格好だ。

閉じ込められたと気付く前に、小太刀と合う服と思って買って、それから結局変えることなくずっとそのままだったーーーあの服に、似ているんだ。

勿論、あっちは袴でこっちは浴衣であるとか、あっちは新品のように綺麗だが、こっちの方が演出のためにボロボロにしてあるとか、細かい違いは多々あるのだけれど、それでも、それを踏まえた上でもどこか似ていると感じられた。

ーーーああ、あれからもう3ヶ月も経つんだな。

あっちの世界で着ていたものと似た服を着ることで、改めて時間の経過を実感する。

ーーーあっちでの生活、よくよく考えればエリート女性警察官複数人に付きっ切りで乱取りやらせて貰えるなんて、すごい経験させてもらってたんだな。

そうやって、自分の姿を鏡で見ながら向こうでの生活を思い返していく内に、ふと、とあることに気付く。

ーーー向こうの世界と姿形(すがたかたち)は一緒のはずなのに、結構違うもんなんだな。

いつか誠也のやつも言ってたっけ?向こうの世界と同じだけど、画素数かなんかの違いなのか、向こうとこっちじゃ若干違うみたいなこと。

確かに、向こうでのよりこっちの俺の方がかわいい気がする…ーーーーって、何考えてんだ、俺!

この姿でずっといたせいか、感覚が狂ってナルシストみたいになってるぞ!

パチパチと瞬きをしながら大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。

ーーー俺はナルシストじゃない、ナルシストじゃないぞ!

そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせてから周りに目をやると、山藤さんが不安そうにこちらを覗いていた。


「ずっと黙ってるけど、どこかおかしかったかな?」


山藤さんの言葉に俺はハッとした。

ーーー馬鹿だろ!!浴衣を着てからひたすらおかしな挙動をしてたんだ。

準備した人からすれば、どこかおかしかったのかと心配になって仕方ない筈だ。

そのことに気付くと、俺は慌てて口を開いた。


「いやいや、全然大丈夫です!むしろ、浴衣のボロボロ具合にリアリティがあってすごいなって思ったぐらいです!劇用とかのものを買ったんですか?」


そう聞いてみると、山藤さんは今度は顔を赤くした。

ーーーえ?え?え?

俺が困惑していると、山藤さんは苦笑いしながら口を開いた。


「ーー実は、その服私が作ったんです」

「え!?すごいじゃないですか!!」


こんな服を高校生が作り上げるなんて、正直信じられない。

思わず色々と考えてみるのだが、その結果1つの理由らしきものが見えてきた。


「もしかして、山藤さんってそういう服を作ったりする部活に入っているんですか?」


俺が辿り着いたものはこれだった。

高校生でこれだけの服、しかも浴衣なんて難しそうなものを作れるってことは、常日頃から服を作っているということは間違いないだろう。

ーーー裁縫部?服飾部?家庭科部?いや、家庭科部なら料理部とくっついているか?

まあ、名前はなんにしろ、そんな感じの活動を行っている部活に入ってるんじゃないだろうか?

そう推測したのだが、山藤さんからは予想外の言葉が返ってきた。


「いや、確かそういった部はうちの学校にはないし、それに私は新聞部だよ」

「え?」


ーーー訳が分からなくなってきた。

部活動じゃないの?でも、あれだけのものが作れるんなら、普段から作ってないとおかしいよな?

そうやって悩んでいると、俺が悩んでいることに気づいたのか、山藤さんが微笑みながら口を開いた。


「私ね、中学も新聞部だったんだけど、学内新聞って本物と比べて取材に行くことも珍しいし、ネタとしてもそこら中に転がってるわけじゃないから難しいじゃん?

だから、何か書くものをと思って、母さんにやり方を聞いて裁縫コーナーを書いてみて隅っこに載せてスペース埋めてたら思いのほか好評で、本格的に連載するからにはそれなりに知識がないと難しいから、それから自分でも勉強を兼ねて裁縫をするようになってね。そこから、だんだんとハマっていった感じなんだ」


へー、と思わず関心する。

ーーーというか、完全に趣味なのにそれだけのものが作れるってすごいな。

俺が「すごいですね!」と口を開くと、山藤さんはなぜか顔を真っ赤にさせた。


「なんかごめんね。自分語りばっかりしちゃって…」


俺の「すごいですね!」という言葉を、話に飽きてとりあえず紡ぎだした言葉と解釈して、ひたすら喋っていたことに呆れたからだと思ったようで、謝ってきた。


「いえ、全然。むしろ、面白かったですから」


そう言うことで、多少は違うと理解したようだが、それでもまだ恥ずかしかったようで、山藤さんは「それじゃあ、当日は1日ずっと着ている訳だから、動いてみて違和感が出ないように、色々と動いて確認してみて!」と言って、顔を真っ赤にして試着室から出て行った。

ーーーどうしよう?

動いてみてと言われても、こんなコスプレ姿なのだ。出来るだけ動きたくはない。

ーーーそういえば、誠也も由佳も鈴香もみんな、準備班の一員だったな。

そこを見て回ろうと思い立ち、俺は自分の姿が問題ないか確認しつつ、カーテンを開けて簡易試着室の外に出た。

あまりに長すぎたため、半分で区切りました。


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