土曜日 3
今回は、初めて奈津希と誠也以外のキャラ視点でも書いてみました。
「あれ?広瀬くん?」
「ん、え?西山さん?」
誰だろなーとテキトーに顔を覗いた相手がまさかの知り合いで、思わず口に出してしまった。
ーーー向こうが俺の言葉に返事を返してきたので、ここでぶった切るのはおかしいから、どうにかしないと。
そう意気込んで俺は口を開く。
「あ…、その、久しぶり広瀬くん。広瀬くんはどうして土曜日のこんな時間に学校に?」
「ああ、部活だよ。秋の大会が終わったばっかだから、顧問の先生気合い入っててこんな時間になったんだ。母さんが迎えにきてくれるから、待ってるところ」
「ーーー気合いって、終わった後に入るものなんですか?てっきり、運動部って大会直前に気合いを入れるものかと…」
「ああ、普通はそうだし、俺たちもそうだったんだけど、今回は準決勝で僅差で負けちまってな。そんなことがあったから先生も悔しくなっちまったみたいでな…」
「ああー…、なるほど」
ーーー俺も男だった時、そんなことがあったな。
中1の秋頃にあった新人戦。
部内で先輩たちにも勝てるようになってきて自信を持っていた当時の俺だったが、いざ大会に出てみると結果は一回戦負けという無様なものだった。
ーーーその時の俺は、強くなったというわけではなくて、ただ先輩達とばかりやるものだから、先輩達の出す技を、そしてその技を出す挙動を覚えていったからいい勝負ができるようになっただけだったのだ。
俺はその悔しさをバネにしてひたすら練習に励み、その結果次の大会では4位入賞し、個人で県大会にも出ることが出来た。
でも、今度は県大会でボロ負けしてそこで必死に練習して強くなる。
そうして頑張ったことで、俺は最終的に県大会でベスト8にまで行くことができたのだ。
そんな中学の俺と同じような思考に顧問の先生が、そして広瀬くんがなっているのだろう。
その証拠に、彼は部活の話をした際、笑いながらも瞳は燃えていた。
そんな彼に、思わず共感してしまう。
「そういえば西山さんは?」
「ああ、私も部活です。今日は料理部で実習があったので」
「へー、西山さん料理部なんだ。実習って何作ったの?」
「フランクフルトです。もう学園祭も近いですしね。余ってるけど食べます?」
「いや、大丈夫だよ」
ーーーここまでは何の問題もなかった。
しかし、広瀬くんが「いや、大丈夫だよ」と言い終わった瞬間、問題は起こった。
ぐ〜〜。
広瀬くんのお腹が、そう音を鳴らしたのだ。
「…」
「あ、えっと、違うんだ!これはその、部活終わりで何も食べてないから鳴っただけで…!」
必死に弁解をする広瀬くん。
まるで「くれ」と要求しているようなタイミングでお腹が鳴ったことに焦ったのだろう。
自分の中で整理もつかないまま喋り出したのが、言葉から伝わってくる。
ーーーそんな様子が、思わず可愛らしい、かわいいなと感じてしまう。
ーーーあれ?なんか価値観も変わってきちゃったのか?
前までは、男に対してかわいいなんて思うことなんてなかったのに。
まあ、その話は1度置いておこう。
「いいですよ。よいしょっと…ーーーはい、どうぞ」
俺はリュックを下ろして中からフランクフルトが入ったパックを取り出すと、広瀬くんの前に差し出した。
「いやいや、貰えないよ」
「いや、ぜひ貰ってください。私も食べてたんですけど、途中でお腹いっぱいになっちゃって、もう食べれなくて、家に持ち帰って家族にでも食べてもらおうと思っていたんです。家に持ち帰ると、流石に冷え切って美味しくなくなっちゃうので、まだ温かい今のうちに食べてもらえると嬉しいです」
そう言って、俺は広瀬くんに食べることを勧める。
美味しいうちに食べて欲しいという気持ちは本当であるため、そこに躊躇はない。
ーーー正直、途中で「あれ?冷めちゃったら美味しくないのなら、家でレンジで温めてから食べて貰えばいいんじゃないか?」と思い少し躊躇しかけたが、もう言い出してしまったのだからやめるのはおかしいから続けた。
「そ、そっか。じゃあ貰うね。ありがとう」
そう声を上げ、広瀬くんは俺からフランクフルトの入ったパックを受け取った。
「いただきます」
広瀬くんは礼儀正しくそう口にしながら手を合わせてそう口にし、本体に刺さった串を持って、ケチャップとマスタードをかけてから、フランクフルトを食べ始めた。
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ、もぐもぐ。
ーーーう、なんかこうやって目の前で食べられるの、緊張するな。
正直、味に関してはフランクフルトは茹でてから焼いただけなので、美味しくなくても「ケチャップのかけ方を間違えただけだろ」と思うだけのはずだ。
ーーーなのに、なぜか緊張してしまう。
ーーー俺、どうかしたのか?訳わかんない思考になってるぞ!?
思わず自分自身にツッコミを入れるが、そんなもの関係なく、広瀬くんの口は動く。
ーーーそして、ゴクリと飲み込む音が聞こえた。
思わずビクビクと、少し上目遣いになるように広瀬くんを見上げる(というか、広瀬くんの方がかなり身長大きいから、いつも見上げてはいるんだけど)。
そして、広瀬くんはゆっくりと、閉じていた口を開いた。
「うん、おいしいよ」
「え?ほ、本当ですか?」
「うん、本当本当。えっと…、歯ごたえがあって食べ応えあるし、ケチャップとマスタードとも合ってるし」
ーーー感想は「おいしい」というものだった。
正直、感想は強引に絞り出した感満載であったから、本当においしいかどうかは分からないし、もしかしたら、おいしくなかったものを食べさせてもらった建前上、おいしいと口にしただけかもしれない。
ーーーそれでも、嬉しかった。
なぜか俺は、小学校の時のことを、自分で学校で育てたナスを家族に食べてもらった時のことや、調理実習で初めて自分で料理を作ってそれを家族に食べてもらった時のことを思い出した。
ーーーあ、調理実習の時は、亜希には「おいしくないっ!」て返されて落ち込んだっけ?
まあ、それはともかく、建前だとしても、ほぼ素材そのままの味だったとしても、誰かに「おいしい」と言われるのは、とても、とても嬉しかった。
「ありがとうございます!」
「え?なんで西山さんがお礼言うの?振る舞ってもらった俺が言うのが普通じゃない?」
「もう!なんでもいいですから!」
俺は喜びのあまり、無意識のうちに広瀬くんの背中をバシッと叩いていた。
◆◆◆◆
「すいませんっ!私、無意識に叩いちゃって…」
「あ、いいよいいよ。あんまり痛くなかったし」
正気に戻ると、俺は慌てて広瀬くんに謝った。
ーーー何やってんだよ、俺!
自分をそう責めるものの、肝心の広瀬くんはそこまで気にしていないようだ。
単純に、俺の力が弱かったから、ダメージが入らなかったのかもしれない。
ーーーむ、なんかそれはそれで嫌だな。
女になってから筋トレを始めて、それなりには筋肉がついたと思ってたのにーーって、そのおかげで今回、広瀬くんが痛くなかったんだから、良かったのか。
まあ、なんにせよどこか複雑だ。
そんな訳で、俺と広瀬くんの間にはどこか気まずい空気が漂っている。
そんな空気を払拭しようとしてか、広瀬くんが口を開いて話題を変える。
「そういえば、学園祭といえば、体育祭、西山ってなんの競技に出るんだ?」
ーーーあれ?広瀬くん、俺のこと呼び捨てにした?
さっきのくだりで、俺に対する遠慮がなくなったのだろうか?まあ、さん付けされるよりも呼び捨てされる方が、距離が近くなったような感じがして嬉しいし、まあいっか。
「3人4脚です。由佳と鈴香ーーって、こう言っても分からないか。料理部の友達2人と一緒に出るんです。広瀬くんは何に出るんです?」
「俺はクラス対抗リレーとムカデ競争だな。まあ、クラスは違うけどお互い頑張ろうぜ」
「はい」
そこまで言ったところで、なぜかまた場が沈黙した。
ーーーあれ?なんでだろう?
改めて広瀬くんの顔を覗いてみると、広瀬くんは何か言い出そうとしているように見えた。
「どうかしたんですか?」
俺がそう聞くと、広瀬くんは意を決したように口を開いた。
「ーーー体育祭の日なんだけど、俺のこと、しっかり見てて欲しいんだ」
ーーーまっすぐ、こっちを見ながらそう口にする広瀬くん。
そういうことには疎かった俺でもなんとなくわかる。
ーーー体育祭の日、お前に良いところを見せるために頑張るから、しっかり見ててほしい。
例えるなら、サッカー部員が彼女を試合の日に呼ぶ時の謳い文句、「お前の為にゴール決めてやるから見に来いよ」と同じようなものだろう。
つまりは、「自分の頑張る姿を見てほしい」と、そう言ってきてるのだ。
あまりにまっすぐに自分に向けられた言葉に、恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「は、はい。分かりました」
返事しないなんて訳にもいかず、なんとかYESを示す言葉を紡ぎ出す。
ちょうどそんなタイミングで、一台の車が学校前の道の道路脇に止まった。
それを見て、広瀬くんが口を開いた。
「あ、あれうちの車だ」
そう言ってから1歩2歩と歩いた後、広瀬くんはこっちを振り向いて口を開いた。
「そうだ。西山も乗ってくか?乗るなら、母さんに西山の家まで送ってくようお願いするけど」
「あ、大丈夫です。大丈夫です。私の家、学校から歩いて5分もない距離なんで」
「そっか。じゃあ、気をつけて帰ってね」
俺の言葉から、何かしら拒絶が入っていることを感じ取ったのか、広瀬くんは何も言わずにすぐに身を引いた。
バイバイと手を振って、広瀬くんを乗せた車が出発すると、俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。
ーーーしょうがないだろ!あんなにまっすぐ好意を伝えられたら照れるに決まってるだろ!
1度告白を断っているのに、それでもまっすぐ好意をぶつけてくる広瀬くんに対して、思わず照れてしまい、しばらくその場に固まっていた。
◆◆◆◆
《広瀬くんside》
ーーーうわっ…。
俺は思わず車の中で下を向いた。
ーーー変な風に思われてないかな?嫌われてないかな?
正直、心配で心配で仕方ない。
「ーーー体育祭の日なんだけど、俺のこと、しっかり見てて欲しいんだ」
ーーーうおおぉ…。
俺、もうちょっと言い方なかったのかよ。
自分のボキャブラリーの貧困さに、思わず絶望する。
ーーーというか、もう暗くなったんだから、車は断られたにしても、家までは送ってった方が良かったんじゃないか?
でも、断られたのにつきまとったりしたら、嫌がられるかもしれないし…、あー!!もう!!どうすれば良かったんだ!!
思わず、心の中で吠える。
もう、さっきの出来事について、とにかく反省しかなかった。
「祐樹〜、そんなに下向いてると酔うわよ〜」
運転しつつ、母さんがそう言ってくる。
自分は車酔いしやすいタイプなので、一切反論することなく、顔を上げる。
そう、上げたのだが、その瞬間、母さんが口元をにやけさせながら口を開いた。
「で、学校で一緒にいたあの子は彼女?」
「ぶーーーっ」
思わず反射的に息を吹き出す。
何か口に含んでいなくてよかった…。」
「違うから!そんなんじゃないから!」
「え〜、本当に〜?」
そんな風に、母さんにいじられながら帰ることになった。
ーーーもう2度と、車で通学なんかするもんか!!
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