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土曜日 1

そんな部活を終えた翌日の土曜日、俺は珍しく早起きをしていた。

ーーーえ?8時半に起きるのは早起きに入らないって?

普段、土日は10時過ぎまでベッドの上から動かない人間が、8時半なんかに動き出したんだ。

これはもう、早起きといっても過言ではないだろう。

そんなくだらない自問自答をしながら朝ごはんを食べていると、目をこすりながら猫背の亜希がリビングへと入ってきた。


「おはよ〜…って、なんでお兄ちゃんこんな時間に着替えまで完了してんの?普段の学校にすらつけて行かない、色付きのリップまで塗ってるし」

「うっかり早起きしちゃったから、母さんが買ってきたリップ勿体無いし、せっかくだからやってみたんだ」

「お兄ちゃんが早起き!?」


ーーーなんだよ、その失礼な反応は。


「なんだよ、その失礼な反応は」


つい思ったことをそのまま口に出してみる。


「いやー、お兄ちゃん土日は普段10時過ぎまで寝てるから、ついついびっくりしちゃったよ」

「え?私は別に普段から土日だからって10時過ぎまで寝てなんかないけど?ただ、ベッドの上から動かないだけで」

「それなら、寝ているのと一緒でしょーが」


そこまで話したところで、俺と亜希の両方から同時に笑みが漏れる。

ーーー実はこのやり取り、何度も我が家じゃ何度も行われていることなのだ。

きっかけは確か俺が中2の頃、部活が休みの日に起きてからベッドの上から一度も出ずにゴロゴロしていて、12時ぐらいにトイレに降りていった時に父さんに言われたのだ。

ーーーお前、いくら休みだからって寝過ぎだぞ?

俺はそれに対して「いや、9時ぐらいから起きてたから!ベッドの上でスマホいじってただけで!」と反論した。

それに対して父さんは、「んなもん、洗面所で顔洗わなきゃ1日は始まんないんだから、寝ているのと一緒だ!」と返してきた。

ーーーこれが、父さんの失策だった。

俺はそんな父さんに、「だったら、今日の父さんもまだ起きてないじゃないか!今日顔洗ってないだろ!」と反論する。

父さんは「確かに」と納得してしまったのか黙り込み、母さんと亜希は大笑い。

そこから、これは我が家では定番のネタになっているのだ。


「それにしても、お兄ちゃんも少しずつ変わってきたんだね」


亜希が突然、話の流れを大きく変える言葉を放ってきた。


「え?どこが?」


亜希の言葉に思い当たるところがなく、思わず聞き返してしまう。



「うーん、口調とか一人称とか?さっきも、自然に『私』って使ってたし、言葉遣いも、敬語ばっかりじゃなくなったのに女の子が使ってもおかしくないものに変わってるし、しかもお兄ちゃん、それを無意識に出来てるみたいだし」


思わず自分にハッとする。

ーーー確かに俺、今自然な女言葉を無意識に使ってたな。

最近感じてなかったけど、徐々に精神が女性の方に引っ張られてるのって今も続いてるのか。

そう思ったものの、すぐに自分の考えに自信が持てなくなった。

ーーーだって、これはどっちかっていうと、普段の癖が出ただけなんじゃないか?

口調というものは、もちろん男女で違いがあるものだけれど、必ずしも身体に依存するというものではないはずだ。

すごい丁寧な言葉遣いの男の子もいれば、荒っぽい口調の女の子もいる。

これは、必ずしも精神が女性側に引っ張られていると考えなくてもいいんじゃないか?

でも、そうやって楽観視しすぎるのもまずいよな?


そんな風に、良いと悪いを振り子の様に行き来していると、そんな俺の思考には気づいていない亜希が口を開いた。


「そういえば、うっかり早起きしちゃったにしても、わざわざ学校の制服を着て、準備することなくない?土曜日だから、今日の部活って午後からでしょ?流石に早すぎるよ」


ーーーあれ?

亜希の言葉に、おかしいものがあると脳が反応を示す。


「いや、今日の部活は午後からじゃなくて、10時からで、夕方まであるよ?だから、あと10分くらいで家出るけど…」

「え、何で?料理部って文化部だから、大会前以外はって、料理部に大会があるかはしらないけど、まあともかくそれ以外は、きっちり同じスケジュールでやっていくんだと思ってたんだけど、違うの?」

「来月にうちの学校、学校祭やるからそれの予行練習」


困惑していたような様子だった亜希が、左手の手のひらの上に右手を握ってポンと乗せる、そんなオーバーリアクションを取って「なるほど」と声を上げた。どうやら納得したらしい。


「それじゃあ、お兄ちゃん部活頑張ってね。

私は、これからご飯食べたら二度寝でもするから」


ーーーむ。


「亜希。そういうこと言って、露骨にやる気を奪うのはやめろよ」

「ふふふ。バレた?」


◆◆◆◆


そんなことを経て、家を出て学校に着いたと思ったら、着いてすぐに学校を出て大型スーパーマーケットに行くために、石田先生の車に乗り込もうとしていた。

というのも、何を買うべきか、実際に商品を見て話し合いたいし、複数選択して味を比べてみて少しでもいい方にしたい。そのために、みんなでスーパーに向かうからだ。


「先生、よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」


助手席に乗り込みながら言った由佳の発言に続く様に、俺と鈴香も口を開く。

それに対して、石田先生は「うん。でも、私少し運転苦手だから、絶対シートベルトは締めててね」とおっしゃった。

ーーーそんなこと言わなくても、シートベルトぐらい普通に締めるのに。

昨今の高校生はそこまでシートベルトを締めないと思われているんだろうか?と、ついそう思ってしまったが、後からあくまでも念押しだということに、自分を下げて言うことで「シートベルトを締めないとまずい」と思わせて、締めさせようという意図があることに気づいた。

ーーー先生方もいろいろと考えているんだな。

おそらく、過去に言ってもシートベルトを締めなかった生徒がいたことから、毎回こう言うようになったのだろう。

思わず、先生方の努力に頭が上がらなかった。


◆◆◆◆


その後、スーパーで3種類の冷凍フランクフルトと提供するときに使用するケチャップ、マスタードを購入した。

なんでフランクフルトを3種類も?と思うかもしれないが、それは味を比較するためだ。

効率やコストを抑えるためにも、冷凍食品を選択こそしたが、一応料理部のものとして提供するのだ。少しでも美味しいものを食べて貰いたい。

ということで、1番美味しいものを選ぶために3種類も袋を買ったのだ。

ちなみに、選ばれなかった2つの袋は、石田先生が自宅に持ち帰って消費するらしい。

ーーーよっ!石田先生の太っ腹!

決して口に出したりはしないが、心の中で石田先生を賞賛する。ーーーそれに、太っ腹って表現は、女性に用いるのは失礼ではないか?みたいな話もあったしね。


そうして買ったものを持ちながら店内を移動していると、石田先生が口を開いた。


「せっかくだから、軽く何か食べて行こうか?先生が代金は持つよ」


先生の言葉に俺たち3人は思わず目を合わす。

ーーーこれ、素直に「はい」と言って良いんだろうか?

どうする?どうする?とアイコンタクトをしたのち、由佳が3人を代表して口を開く。


「あ、自分たちの分くらいは自分たちでーーー」


そう言いかけたのを石田先生が止めた。


「良いわよ、一回のご飯くらい。男バレなんか、大会終わりに先生のおごりでみんなで焼肉に行くらしいし、それに比べれば全然大丈夫よ。あ、でも、あんまり高いものばかり頼んだりしないでね?フランクフルトの2、3本くらいは食べれるように、軽くでお願いね?」


そう言う石田先生の顔はとても嬉しそうだった。

ーーーさっきのフランクフルトのやつだけで太っ腹って思ったのが、逆に失礼に当たってしまってるんじゃないか、これ?

思わず、心の中でごめんなさいと謝る。

先生にここまで言われては、引き下がるのは逆に失礼になってしまうだろう。だったら、もうするべきか?

アイコンタクトをした上で、また3人を代表して由佳が口を開く。


「それじゃあ、石田先生ご馳走さまです」


ーーーこうして、俺たちは軽くご飯を食べていくことになった。


◆◆◆◆


「みんなは何が食べたいかな?」


ご飯屋さんやフードコートがあるところまで来て、石田先生が口を開いた。

とりあえず、見てみないことには判断がつかないので、フードコートへ目をやってみる。

すると、あるものが目に飛び込んできた。

ーーー多分、意識こそしてなかったが、長いこと食べてなかったので、心の奥底では食べたくて食べたくてしょうがなかったのだろう。


「ラーメン!ラーメンが食べたいです!」


俺は先生の方を向き、そう言う。

すると、先生から「え?」という声が漏れた。

嫌な予感がして、再度首を振り確認してみる。

ーーーあ、やっべ…。やらかしたわ。

まず第1に、ラーメンというものは女の子が、特にJKと呼ばれる女子高校生なんかはあまり選ばないものだろう。それを選んだというだけでも、まず失敗だ。それなのに、俺がやらかしたのはそれだけじゃないのだ。

俺は、フードコートを見て、その中にあったラーメンを食べたいと発言した。

しかし、よくよく見てみると、フードコートの右にはパンケーキ屋さん、左にはおしゃれなカフェ、それ以外にも色々と、女子高校生が行きたがりそうな店がたくさん立ち構えているのだ。

それは、おそらく女子高校生らしい店に行きたいと要求されると思っていた石田先生からすれば、「え?」と思って当然だろう。

ーーーやばい。なんとかしないと。

言い訳できる時間というのは、ある程度限られている。つまりは、考えている暇なんかない。

俺は慌てて何を話すか考えながら、つまりはノープランで、言い訳を始めた。


「あ、いや、その違うんです!なんというか、私あまり身体が丈夫じゃなかったので、お父さんもお母さんもすごく栄養バランスだとか、添加物だとか考えてくれてて、それであまりラーメン食べたことなかったんです!

だからえっと、なんというか、食べてみたいなぁ、なんて…」


ーーーおい、前に反省してたくせに、なんでまたやってんだ俺!?病弱って設定を便利だからって、嘘なのに使っちゃダメだろうが!!


石田先生は、どこか申し訳なさそうに笑いながら、「そっか…。それじゃあ、ラーメンにしようか」と俺に対して言うと、鈴香と由佳にも、「それじゃあ、フードコートでそれぞれ好きなものを選んで食べることにしましょう」と言ってくれた。2人も、先生の言葉に頷いて肯定を示す。


うまく誤解させ、誤魔化すことは出来たのだが、嘘をついたという罪悪感が俺を襲った。

ーーーもう、この設定使わないようにしよう。もう、出来るだけ嘘はつかないようにしよう。

俺は再度、そう心に誓った。

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