生理2
昼休みに人目を避け連絡を入れてみると、『今日の18時に来てくれ』と言われて、今現在17時55分、俺は仲山総合病院の前にいた。
ーーーいや、本当に大丈夫だよね?
病院の一階は真っ暗だった。
いや、非常時に備えてか多少の明かりはついているので、真っ暗というのは誤用か。
でも、普段のそれと比べると格段に暗い。
入院患者用の二階の電気は普通についているが、受付を行う一階の電気が消えているということは、今日の営業は終了したということではないだろうか?
ーーーもしかして、夜の18時じゃなくて、朝の6時のことだった?
時間を置けば置くほど、本当に合っているのか?大丈夫なのか?と不安になり、ついついその場から、正面玄関前から動くことができず、一歩進めば一歩下がる、そんな無意味な行動を起こすことしかできなかった。
そんな風に立ち尽くしていると、後ろから何かに背中をつつかれた。
反射的に半円を描くようにステップを踏んでその場から離れ、構えてつつかれた方を向くとーーー
「久しぶりだね、奈津希くん。元気にしてたかな?」
「ーーみ、美春さん!」
ーーーこげ茶色の髪を1つにまとめ、ナース服の上から紺色のカーディガンを羽織った女性、俺がこの姿になった時に散々お世話になった女性、原田美春さんが笑顔で立っていた。
「お、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。
顔色も悪くないし、隈とかもないね…。
うん、結構元気そうで安心したよ」
そう言う美春さんの姿は、以前と変わらず綺麗なのだが、夜ということもあってか、どこか大人の女性らしい雰囲気を漂わせている。
そんな美春さんに、ついつい「かっこいい…」と見惚れてしまう。
ーーーって、そうじゃないだろ!
「あの、どうして美春さんが?」
夜の病院の周りに寒さ対策としてカーディガンは羽織っているものの、ナース服のまま出てきているということもあり、なんとなく想像通りな気もするが、問いを投げてみる。
俺の問いに対して、美春さんは笑顔で返してくれる。
「受付は閉まってる時間に呼び出しちゃった訳だし、病院の外で困ってるかもしれないから見て回ってたんだ」
「って言うことは…」
「うん。山村先生のところまで、君を案内するように頼まれて来たんだ」
俺の予想は当たっていたようだ。
美春さんは、俺の反応を確認した後、「それじゃ、もう夜は寒くなって来ちゃったし、そろそろ移動しようか」と切り出してくる。
俺は「はい」と頷く。
そうして俺たちは、病院の中へと足を進めた。
◆◆◆◆
「学校はどう?友達とかはできた?」
「あ、はい。そこら辺は、なんとかなりました」
「そっか。それなら良かった。
仲良くなったのは男の子?それとも、女の子?」
「両方ともですね。
女の子との方が喋る機会は多いですけど」
こう言った後に、ふと翔平のやつはカウントしても良いのだろうか?と、疑問が頭に浮かぶ。
翔平は間違いなく友達なんだけど、美春さんは多分新しく友達ができたか確認取りたかったんだと思うんだけど、翔平は俺の事情を知らないから、翔平からすれば新しい友達なんだけど、俺からすればもともと友達だから、新しくできた友達としてカウントしていいのか?いや、ダメかな?
ーーーまあ、翔平除外しても、広瀬くんで一応男の友達もいる訳だから、さっきのは嘘にならないし、いっか。
そこで、そのことについて考えるのを止めて、再度、美春さんとの会話を再開する。
そうして話していると、あっという間に目的地に、精神科の診察室に到着した。
◆◆◆◆
「久しぶりだね、奈津希さん。元気にしてたかな?」
「お久しぶりです、山村先生。
なんとか、それなりに元気にやってます」
美春さんとやったやり取りと、ほとんど同じやり取りに、「ああ、人って久しぶりに会うと、出てくる言葉って一緒なんだな」なんて思い、少し笑みが漏れる。
「そういえば、どうしてこんな時間に呼び出されたんですか?
今日都合が悪いなら、後日出直しましたけど…?」
「それは、こっちとしても事情があってですね」
「事情、ですか?」
「はい。奈津希さんの状態について、院内の者でも事情を知っている人は限られていますんで、もし仮に事情の知らない者が聞いてしまった時を警戒して、こんな時間に呼び出すことになってしまいました。
本当にすいません」
「い、いえ、こちらこそ突然すいませんでした」
医者である山村先生に頭を下げられたことで、つられてこちらも頭を下げてしまう。
「それで、今日はどうされたんですか?」
顔を上げた後、山村先生がそう言う。
ーーー当然であろう。
患者が電話でアポを取って、医者に会いに来たのだ。
何があったのか、聞いてくるのは当たり前のことだ。
それなのに、ついビクッと反応してしまう。
ーーーそれは、自分にとって言いにくいことを言わなければならないからだろう。
ーーーそれでも、言わなくては。
俺は意を決して、再度口を開いた。
「実はーーーー、まだ来ていないんです、生理が」
そう口にした途端、山村先生がどこか居心地の悪そうな顔を一瞬見せる。
医者なんだからこういうことを言われるのも慣れている、と思いがちだけど、山村先生は精神科の先生なのだ。
女性のそういう問題について、言われることはあまりなかったのだろう。
ゴホンと咳払いをして、目をパチパチとまぶたを上下させた後、普段の顔へと戻り、口を開いた。
「ーーどういうことか、詳しく説明してもらってもいいですか?」
先生の言葉を聞き、思わずゴクリと息を呑む。
右手を胸元に、胸元というよりは首元の方が近いか?まあ、胸と首の中間あたりに当て深呼吸をした後、口を開く。
「ーーー女になってから、もうすぐ3ヶ月が経つんですが、まだ生理が来ないんです。
一月目は、『まだ来ないや、ラッキー』なんて感じてたんですが、2ヶ月目に入ったところでだんだん不安になってきまして…。
ーーー以前、本当に初期の頃なんですが、確か先生、俺の身体には子宮なんかはあるって言ってたと思うんです。
その話を思い出したことで、よりおかしいなと思うようになって、でも、自分に生理が来るということをあまり考えたくなかったのもあって、なかなか来れなくて、友達が、女になってから新しくできた女友達が生理痛で苦しんでるのを見て、いい加減覚悟を決めないとと、ここに足を運んだ形です」
そう言うと、山村先生は顎に手をしばし当てた後、まっすぐとこちらを見ながら口を開いた。
「僕はあくまでも精神科の医者です。
なので、はっきりと言い切ることはできませんが、現状、ここまで生理が来ていないことへの理由は、2つが挙げられると思います」
「2つ、ですか?」
「はい。
まず1つ目は、奈津希さんの女性としての身体が、『遅発月経』や『原発無月経』である場合です。
かしこまった言い方をしていますが、具体的には『遅発月経』の場合は15から18歳の間に初経が来ることを言い、『原発無月経』の場合は、18歳を超えても初経が来ないことを言います。
これである場合は、ホルモン治療などにより改善することもあります。
次に2つ目は、奈津希さんの身体が、まだ生理が来るまで成長していない場合です」
「え?俺、16ですよ?
さっき言ってたのだと、『遅発月経』にカウントされる歳なのに、成長していないってどういうことですか?」
思わず遮って、声を上げてしまう。
山村先生はそんな俺に動揺することなく、一度瞬きをした後、再度口を開く。
「たしかに奈津希さんは16歳です。
でも、奈津希さんの身体は16歳だと断言できますか?」
「え?」
「奈津希さんの今の身体は、突然男の身体が女のものへと変わったものです。
男性としての奈津希さんの身体は、間違いなく16歳、歳をとったものですが、女性のものはそうと言えますか?
それに、子宮などといった器官は、男の頃はなく、女に変わった時に作られたものです。
それを考慮すると、女性としての奈津希さんの身体の機能は、16歳のものと言い切ることはできないと思います」
俺は山村先生の言葉から、いつか亜希の言っていたことを思い出していた。
『ーーーお兄ちゃんくらいの身長の高校生もいるから言い切れないけど、お兄ちゃん、性別というか姿が変わる時に身体の年齢も弄られてんじゃないの?
お兄ちゃんの姿には、銀髪とか見た目とか曾曾曾祖母さんだっけ?のロシアの血が色濃く出てるよね?
ロシアの方の人って、高校生くらいになると肩幅が大きかったり、身体がしっかりしてるイメージなんだよ。
そのイメージと、お兄ちゃんの今の姿は合わないな、と思ってさ。
お兄ちゃんの今の姿が中学生だったらしっくりくるなって思って。
それだったら、ロシアの血もあるし、まだまだ身長伸びるんじゃない?』
いつか亜希が言っていたことも含めて、そうかもと、本当に肉体の年齢も下がっているかもと思うことが多々ある。
ーーーこれは本当にもしかして…。
「まあ、自分じゃどういう症状かの判断まではいけないので、とりあえず上に相談して、近日中に婦人科の医者に診てもらえるよう手配しますね」
「あ、何から何まですいません」
「いやいや、全然力になれなくてすいません。
それまでは、同じ女性として相談乗れる原田にでも相談してください」
「わかりました」
そう言った後、頭を下げて「失礼します」と口にして病室を出て、美春さんの付き添いの元、病院の外へと出る。
その後、美春さんとトークアプリのIDを交換して、仕事から直接迎えに来た母さんの車に乗って、自宅へと帰宅した。
ちなみに後日、婦人科の先生の問診や血液検査の結果、おそらくまだ身体が出来上がっていないだけだと診断された。
◆◆◆◆
病院に行った翌日、一緒に登校しながら誠也に質問をする。
「そういえば、今日の7時間目ってなにやるんだ?」
うちの学校は木曜日に7時間目がある。
7時間目といっても、勉強をするというわけではなく、30分だけのホームルーム、クラスでの話し合いの時間だ。
ーーーまあ、テスト直前とかだと、自習時間になったりもするけど。
世間話のように話を振ると、誠也から予想外の言葉が飛び出した。
「今日の7時間目だろ?あれだろ、学園祭の話し合い」
「学園祭!?」
女性の医者による診察も書こうと思ったけど、あまりに下ネタだらけになりそうだったので省略。
また、次話から第3章にあたる『学園祭編』が始まります。
これからも、読み続けてくれると嬉しいです。
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