生理1
広瀬くんの告白から2日が経った。
そこから、何かが変わった、などということはそれほどなく、せいぜいたまにすれ違う時に、広瀬くんが声をかけてきたりするくらいだろう。
ーーーそう、あくまでも、広瀬くん関係はだが。
というのも、最近激しく変わっているものがある。
ーーーそれは、誠也との関係だ。
あの日、そう広瀬くんにラブレターを靴箱の中に入れられたあの日から、俺たちの間にはどこか気まずい雰囲気が漂っている。
別に会話をしないという訳でも、今までやっていた朝のランニングや一緒に登下校をやらないという訳ではない。
ただ、どこか会話やなんかになんとも言えない違和感が、俺と誠也の間に何か隔たりがあると感じるだけだ。
ーーーその原因は分かりきっている。
あの日、ラブレターを隠してこっそり見ようとテキトーな言い訳をしたあの時から、俺と誠也の間にその何とも言えぬ隔たりはできたのだ。
それ以来、会話も態度も、単純な距離感でさえも、どこか遠く感じるのだ。
原因は分かっているので、即急に関係を元に戻したい。
そう思い俺は、口を開いた。
「誠也、なんか私に言いたいこととかないかな?」
…。
仕方ないだろ!
特にきっかけもなく話し出したら流れ上おかしいから、何かしら話題提起しなきゃいけないんだけど、うまくラブレターの件に繋がる話題なんて出せなかったんだよ!
そう自分自身に言い訳するものの、予想外に誠也は、こんなアバウトな質問に対して、俺の期待した方向に舵をきってくれた。
「えっ?聞きたいこと?
…そうだな。昨日、昇降口でなんか態度おかしかったけど、何かあったのか?」
ーーー思わず、心の中でガッツポーズをする。
まさかの、俺が返ってこないかな?何とか引き出せないかな?と思っていた質問が、そのまま返ってきたのだ。
ーーーよし、いける。
そう思い、俺は再度口を開く。
「ああ、実はラブレター貰っちゃって、テンパっちゃってたんだ」
えへへ、と笑いながらそう言うと、誠也もそれに釣られてか、少し笑みを含みながら返してくる。
「ーー、お前が、ラブレターかよ。
それでどうなんだ?女子として男子からラブレターを気分って。
嬉しいもん?嫌なもん?」
「そりゃ、相手への罪悪感とか、多少は嬉しい気持ちもあったりするけど、なんとも言えねえよ」
そこから、以前のように話しだす俺たち。
ーーー良かった、いつも通りに戻れた。
そう思うといい気分になり、何も気にせず歩きだす。
そう、この時俺は気づかなかったのだ。
ーーー誠也の笑顔が、強引に作った表情だったことに。
そんな会話をはさみつつ歩みを進めていると、いつのまにか学校へとついていた。
そうして昇降口へと入り、下駄箱で靴を交換していると、廊下を歩く鈴香の姿を見かけた。
「じゃあ、私先に教室行ってるね」
「おう、またな」
そう声を掛け合った後、俺は声をかけようと思い、鈴香の背中を追いかけた。
◆◆◆◆
鈴香に声をかけて一緒に教室へと行き、荷物の整理をしながら話していると、ふと普段と何か違うなと思い当たった。
そう、由佳の存在だ。
今日は偶々俺と鈴香の来るタイミングが一緒だったが、普段は由佳、鈴香、俺の順に来ているようで(由佳と鈴香の順番までは知らない)、俺と鈴香がしゃべっているところに由佳がやってきて、そこから3人で話出すというのが、今までの流れだったのだ。
ーーーなのに、今日は由佳が俺たちの席までやってこない。
どうしたのかな?と由佳の方を見てみると、由佳は自分の机に突っ伏して寝ていた。
多分寝ているんだな、と自分の中でその事案を片付け、そのまま鈴香と話していたのだが、1時間目が終わった後も、2時間目が終わった後も、鈴香はこちらに来ることなく、自分の机に突っ伏していたのだ。
そこまでいくと流石に心配になり、3時間目終了と同時に、俺は由佳の席へと足を運んだ。
「由佳、どうしたの?寝不足?」
そう声をかけると由佳は首を振って否定する。
え?寝不足じゃないの?
心配になって来たものの、十中八九寝不足と踏んでいたので、予想外の返事に少し驚く。
寝不足でないのなら、一体何なのだろうか?
そう思い、必死に頭を回すものの、なんの結論も出てこない。
そんな風に必死に悩んでいると、遅れてやってきた鈴香から「あー…」という声が飛んできた。
おそらく、何かわかったということなのだろう。
俺は鈴香へと詰め寄り、鈴香の両肩に手を置く形でまっすぐと鈴香を見つめ、問いを投げる。
「鈴香、何かわかったの?」
そう聞くものの、鈴香は俺から目を逸らしてしまう。
ーーーもう、わかってるなら言ってくれればいいのに。
そう思いを込めて、体制を維持してじっと鈴香の瞳を見つめていると、鈴香が重々しく口を開いた。
「いや、わかったんだけど、そんな人前で話すようなことじゃ…」
そう言い再度目を逸らす鈴香に対して、少しイラっとして「じゃあ、小声でいいから教えてよ」と言う。
すると鈴香は、俺の手を外して横に回り、俺に耳打ちをしてきた。
「いや、多分由佳、あの日なんだよ、きっと」
ーーーあの日、あの日、あの日。
自分の中でその言葉が、何度も反響するように響き渡る。
そして、次第に身体に染み渡るように、ゆっくりと理解していく。
「あっ…」
思わず、声が漏れてしまう。
ーーーあの日って、生理ってこと!?
そう考えれば、全て辻褄が合う。
ーー朝から机に突っ伏していたのは、ただ単純に辛かったから。
ーー鈴香が言いにくそうにしていたのは、生理という答えは、異性の目がある中では言いにくい言葉であったから。
考えれば考えるほど、パズルのピースが埋まるように、もうそれでしか思えなくなっていく。
あ…、あ…ーーーー。
「すいません!私、何が何だか分からないまま、首突っ込んでいっちゃって…」
慌てて謝り、ヘコヘコと何度も頭を下げる。
ーーーなんで俺、あんなことやってんだよ。
生理なんてこと、異性の目がある中じゃ口にしにくいに決まってるじゃん。
なのに、なかなかハッキリ言わない鈴香に対して、強くあたるなんて、頭おかしいにもほどがある。
再度、何度も何度も頭を下げる。
「ちょ、ちょ、なっちゃん!そこまでやると逆に目立っちゃうから!」
鈴香にそう言われて止められるまで、俺は頭を下げ続けた。
◆◆◆◆
その後、結局由佳は一旦保健室へと休みに行き、それに付き添う形で、何とも言えない空気になった、いや、俺がそうな空気にした教室を、脱出することになった。
そんな保健室からの帰り道、鈴香は苦笑いしながら口を開く。
「実は由佳ね、いっつも2日目が重いらしくてこんな感じになるんだ」
「へ、へぇーそうなんですか」
俺は慌てて相槌を打つ。
鈴香はそれを聞いた後、何事も無いように言葉を続ける。
「そういえば、なっちゃんは生理って重い方?軽い方?」
「は、ははは。どうなんでしょう?
薬の都合で排卵抑制剤とか飲んだりしてたので、よくわかんないです」
「あー…、聞きにくいこと聞いちゃってごめんね?」
前々から打ち合わせていた、生理の話題になったら言う設定を聞くと、鈴香は申し訳なさそうに眉毛を下げた。
あくまで設定です。そんなことないです。と言うこともできないので、黙ったまま少し愛想笑いを浮かべて、歩みを進める。
しかし、今回のことで改めてあることを実感した。
ーーーそろそろ本気で、聞きに行かないとな。
俺はそう心に決めつつ、教室へと向かっていった。
奈津希が覚悟を決めた内容は、次話で書けると思います。
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