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告白と返事の重さ

実習をしたり、素直に休んだりしながら週末を過ごして月曜日。

ある程度、女として学校生活を送るのにも慣れ、なんとかやっていけそうだと自信を付けた矢先に、予想外の展開が俺の身を襲った。

ーーーそう、いつも通りに朝ランニングをして、その後、シャワーを浴びてから制服を着て、いつもの公園に集まって誠也と一緒に登校した。

もう、一緒に登校することで『付き合ってるんじゃないか?』と、疑われる視線を受けることにも若干慣れて(これは良いことなのか分からないけど)、苦笑いしながら下駄箱を開けた瞬間、異変は起こった。


「ん?あれ?」


ーーー下駄箱の中に、靴以外の何かが入ってる。

何だろうかと疑いながらそれを取り出すと、それは手紙だった。


「ーーーえ?」


俺は思わず、その場に固まってしまった。


◆◆◆◆


「どうかしたのか?奈津希」


あまりに挙動不審なものだから、誠也が心配してくる。


「いやいや、大丈夫!大丈夫だよ!」


気が動転して、思わず何でもない、大丈夫だと、明らかに何でもなくない態度で言ってしまう。

誠也も、そんな俺の反応に驚きつつも、大丈夫と言ってるので、「お、おう」と、とりあえず取り繕っただけの返事を返してくる。

ーーー早く、早くこれが何なんか確認しないと。


「あ!ごめん、誠也!

私、英語の課題やり忘れてた!

先に行ってやってるね!」

「え?お、おい!?」


てきとうな理由を見つけると、俺は誠也の反応に一切の興味を示さず、教室へと小走りで駆けて行った。


◆◆◆◆


ーーーこれってやっぱり、ラブレターってやつだろうか?

教室に辿り着き、周りが俺の方を見ていないのを確認した上で、手紙を開く。

ーーー後から思えば、そんな周りに注意を払いながら、コソコソと机で何かを隠しながら見るなんて行動、むしろ周りからの視線を集めてしまうんじゃないか?と思うのだが、残念ながら気が動転していたその時の俺は、そんな事実に一切気づいてなかった。

真っ白の封筒の中から、一枚の折りたたんである紙を取り出し開くと、そこには俺の名前と出した本人のものと思われる『広瀬祐樹(ひろせゆうき)』という名前、そして『放課後、中庭で待っています』という文面だった。

ーーーうん。やっぱりこれ、ラブレターだ。

あまり字は綺麗ではないが、必死に丁寧に書いたと伝わってくる文字、わざわざこのために買ったであろう、ピンッとまっすぐな手紙の封筒に便箋、そのどれもが、『これはラブレターです』と訴えていた。


ーーーさて、ラブレターということは理解したが、この後どうしよう。

俺は思わず、再度硬直する。

そんなタイミングで、1人の女の子が俺に話しかけてきた。


「なっちゃん、おはよう!」


ーーー鈴香だ。

鈴香は、俺の肩を軽く叩きながら挨拶してきた。

そんな状況を予想していなかった俺は、思わず「わっひゃう!?」と、よく分からない声を上げてしまう。

そんな過剰反応を示したのだから、鈴香は当然疑問に思って「どうしたの?」と聞いてくる。

鈴香に対して、「後で話すから今は見逃して」と小声で返事をする事で、鈴香はその場は引き下がり、なんとかその場を乗り切ることができた。


◆◆◆◆


そして、さっき言った()がやってきた。

時間にして13時05分、4時間目まで終わり昼放課に突入すると、すぐに移動を開始して、今は空き教室に俺と鈴香、そして「何々?どうしたの?」とついて来た由佳の3人だけで、お昼を別の場所で食べようという建前のために弁当箱を持参して、やって来ていた。


「それで、朝からなんか挙動不審だけど、何があったの?」


話を切り出したのは、なんと由佳だった。

由佳は、俺が何かを隠しているという事実を知らないはず、なのにそんなことを言うんだから、今日の俺はとことん挙動不審だったようだ。

今日の、今までの自分に嫌気がさしながらも、俺は弁当を包むナプキンの下に隠していた手紙を取り出しながら、口を開いた。


「あの、実はーーーーーーー」


◆◆◆◆


「それって」

「やっぱり」

「「ラブレターだよね?」」

「やっぱり、そうですよね…」


打ち合わせしたかのように交互に言葉を紡ぐ息ぴったりな2人の言葉に、思わず自然と言葉が漏れる。


「差出人の広瀬祐樹って、あの3組の野球部のイケメンだよね?」

「ああ!聞き覚えあると思ったら、入学したばっかのころに話題になってた彼ね!」

「話題になってた、ですか?」


ーーーえ、何それ。俺、その頃も学校通ってたはずなのに知らないんですけど…。

そんなことを思い、つい思わず聞いてしまう。


「ああ、なっちゃんはその頃、まだ学校にいなかったわよね?」

「入学したての頃、女子の間ですっごい話題になってたんだよ。

無茶苦茶カッコいい人が、野球部にいるって。」


ーーーおお、女子だけの間だったのか。

つい、ハブられちゃったかと、被害妄想が俺の中で膨らんじゃったよ。


「でも、広瀬くんって誰とも付き合わないって話じゃなかったっけ?」


ーーーえ?


「あー、そうじゃん。なんか、今は本気で野球やりたいからって、誰から告白されても断ってたわよね」


ーーーー本当に?


「そんな広瀬くんからラブレター貰うなんて、なっちゃん凄いじゃん!」


ーーーーーあ…、なんか断る理由作るの、難しくなっちゃったな。

そんな真面目なイケメン君の告白を断るんだから、それなりに誠実に返さないと、下手すれば広瀬君とやらを好きな娘たちに、詰められるんじゃないか?

断る前に知れて良かったと取るべきか、それとも、断る理由を考えるのが難しくなったと取るべきか。

ーーー当然、俺は告白に頷く気はない。

だって、俺は男なんだ。今はこんな見た目かも知れないけど、やっぱり男なんだ。

ホモやバイの人を否定するわけじゃないけど、自分の男としての姿が男と恋人らしく絡む姿を想像すると、やっぱり自分にはそういうのは無理だ。

ーーーそれに、相手の、手紙を出した広瀬くんとやらは、俺のことを純粋な女の子と思った上で手紙を出してくれたのだ。

女の子として「うん」と頷いて、後から「実は男なんだ」なんてことになったら、広瀬くんが可哀想すぎる。

よって、俺にはこの告白を断るという選択肢しかないわけなんだがーーー悪い点が2つあった。

1つ目は、断り方が分からないことだ。

俺は、男だった時は告白なんぞされたことすらない。

そんなくせに、どこか、男としての同情心なのか、出来るだけ広瀬くんを傷つけずに断りたいと思ってしまう。

そんな考えが絡まりあって、断り方というものが全くもって思いつかない。

そして、2つ目なんだがーーー


「ねえ、なっちゃんどうするの!?」

「広瀬くんなら、彼氏にしとくのには申し分ないわよね」

「え?由佳、何その発言?

自分が告白されたわけでもないくせに、何でそんな上から目線?」

「いや、なっちゃん可愛いから、下手にブサイクな男とくっつくなんて勿体無いじゃない?」

「あー、そういうことね。

たしかに、なっちゃんと釣り合うような男じゃないと、止めたいって思っちゃうかも」


ーーーこの、やけにハイテンションの2人への対処だ。

女子として振る舞う練習こそしてきたが、その実力は恋愛トークについて行けるほどのものではない。

しかも、今回は俺がラブレターを貰った側なのだ。

質問をされないわけがない。

ーーーああ、もう。なんで俺なんかに告白なんかしようとしてくるんだよ。

2人への対処に追われながら、思わず広瀬くんとやらに苦情を、頭の中で浮かべてしまった。


◆◆◆◆


結局そのまま、告白を断る言葉については纏まらず、6時間目までの授業を全て終えてしまった。

ーーーやばい、どうしよう。

そう思い、すっぽかしてしまおうかとすら思うものの、自分がそれをやられたら凹むよな?と、広瀬くん視点で考えるとそうする事もできず、とりあえず中庭に来た次第だ。

中庭に入ると、すぐにベンチの前で立っている青年を見つけた。

とりあえず、その青年に近づいてみる。


「あ、西山さん。今日は来てくれてありがとうございます。

手紙を出した広瀬です」


どうやら、当人だったようだ。

来たことに感謝を示す広瀬くんに、「あ、いえ。改めて、西山奈津希です」と返す。

ーーーその後、しばし沈黙が場を支配する。

男として、広瀬くんに頑張れと声援を送りつつも、女としてはなんとか断る理由を思いつこうと頭を回す。

そんな沈黙がどれだけ続いただろうか、広瀬くんが重い唇を開いた。


「西山さん、あなたが好きです!

先日、一目見た時に心を奪われました!

一目惚れです!

俺と、俺と付き合ってください!」


ーーーちょっと偏見が入るが、世間一般での甲子園球児(甲子園に行ってない野球部員もこう言うかは知らない)の印象そのままの、爽やかな、ただただまっすぐな告白の言葉。

そんな言葉に罪悪感を抱きつつも、ゆっくり、ゆっくりと口を開いて返事をする。


「ーーごめんなさい」


俺の言葉に、広瀬くんは少し顔をしかめるものの、すぐに笑顔を作り口を開く。


「…理由って、聞いても大丈夫かな?」


その表情が、あまりにも無理して作ったものであったため、それが胸を強く締めつける。

ーーーでも、言わないなんて選択肢は、こんな良い青年に告白された者としてあっちゃいけない。

息を呑み、覚悟を決めて、俺は口を開いた。


「ごめんなさい。

私はあなたのことを、広瀬さんのことをまだよく知らないです。

だから、頷けません」


ーーーそう、本当の事実を包み隠して、嘘の言葉を伝える。

そんな俺の言葉に、広瀬くんは少し嬉しそうな表情を浮かべ、「それじゃあ、お友達になってくれませんか?少しずつ、少しずつ、お互いのことを知っていきたいです」と口にする。

その言葉に、「大丈夫です」と返事をし、トークアプリのアカウントを交換して、一礼して、俺は中庭を去っていく。

それと同時に、どこからか見ていたのだろう、由佳と鈴香が俺に向かって近づいてくる。

ーーーあれで、あの返事で本当に良かったんだろうか?

今回の告白を通して、改めて自分が周りに嘘をついていると、見た目や身体はともかく、男であるはずの俺が女だと偽っているという事実を改めて実感することになった。

俺にとっての初めての告白というイベントは、自分が断る立場だというのに、少し後味の悪い、ビターなものとなった。

自分自身、少しTSものについて思うところを含めた回になります。

TSものでは、割と主人公がモテモテになる、ファンクラブができるなんていうことが多くありますが、それは主人公はどう受け取っているのだろうか?

精神は男だから断る!と割り切っているのも良いですが、やはり相手に対して、自分がつきたくてついている訳ではないとしても、性別を偽っていると罪悪感を抱くのではないかと、自分は思います。

ーーーまあ、かといってそういう小説が嫌いかと言われても、普通に好きですけど。


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