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体育2

「本当、男子って馬鹿だよね!」


俺から漏れた苦情に2人は思わず苦笑する。


「まあ、男子なんてそんなもんだし、諦めるしかないよ。」


鈴香が俺にそう口を開く。

口を開いた鈴香の表情は優れていなかった。

ーーーああ、そういえば鈴香は中学までは、男子に混じってサッカー部だったって言ってたな。

そんな情報と今の表情から察するに、過去、鈴香もそういう目(・・・・・)で見られた経験があるのだろう。

そんな過去を思い出させてしまったことで、申し訳なくなり、また鈴香も、口に出してしまい昔の嫌な思い出を思い出してしまったからか、ただでさえ優れていなかった表情がさらに悪くなり、場がどんよりとした空気に染まる。

そんな空気をなんとかしようとしたのか、由佳が声を出した。


「に、にしても、今日の体育って長距離走るんでしょ?めんどくさいよね。」


その言葉を聞いて、俺は別ベクトルで落ち込み、思わず反射的に下を向いてしまう。

そんな俺の過剰反応に、鈴香が驚いて、纏っていた落ち込みオーラも何処かへ飛ばしながら言葉を口にする。


「え!?なっちゃん、どうしたの!?」

「いや、私、本当に長距離走は無理なんです…。」


鈴香は、俺の言葉を聞きしばし悩んだ後、「あー。」と声を出した後、話しかけてきた。


「なっちゃん、入退院繰り返してたんだもんね。

それじゃ、運動するだけでも大変だよね…。」


そんな鈴香の言葉から何か思いついたようで、由佳が続けて口を開く。


「なっちゃん、一度高校やめることになったくらい身体弱かったんでしょ?

だったら、長距離走の時くらいは見学しても良いんじゃないの?」


そんな由佳の言葉を聞いて、表情はそのままを維持しつつも思考が停止する。

ーーーなるほど。そんなこと、考えすらしていなかった。

今の俺は病弱設定なんだから、体育の先生に掛け合ったら確かに見学出来るかもしれない。

頭の中で『そうですね。先生に掛け合ってみます。』と文章を作り切って、それを口に出そうとした瞬間、身体が止まる。

急に身体の動きが止まった俺を、2人が?を浮かべながら見てくる。

ーーーあぶね、今思いついたの、やること出来ないじゃん。

確かに、病弱という設定を用いれば普通、体育の授業は休めるかもしれない。

でも、俺のこの状況の場合、それは無理だ。

ーーーなぜなら、今日のウチのクラスの体育の教科担当は、俺の事情を知っている数少ない学校関係者の1人で、俺が男の時からすごくお世話になっていた人物ーーー柔道部の顧問の山崎正昭先生だからだ。

山崎先生は俺の事情を完全に把握しているので、俺がもし『身体が弱いんで、今日の授業見学させて下さい。』なんて言ったら、ただのサボりにしか思われないだろう。

なんせ、病弱はあくまで設定で、今の俺の身体は筋力などは相当低下したものの健康体なのだ。

かといって、山崎先生に話しかけられる状況というのは、他の生徒がすぐ近くにいるのだ。

そんな状況じゃ、身体弱い以外の言い訳を口にすることも出来ない。


「い、一応私、健康体になったっていうことで、この高校に編入したんで、だから体育も頑張らないといけないんです。」


そう口にすると、2人の目線が優しいものへと変わった。


「なっちゃん…、うん。長距離走、大変だけど頑張ろうね。」


鈴香はそう呟き、由佳は鈴香の発言に同意するように、うんうんと頷く。


こうして、俺は2人との距離が、また少し近くなった。

ーーーそのきっかけが、俺の嘘だというのはあれだが。


◆◆◆◆


「よし、じゃあ授業始めるぞ!

級長、挨拶!」


そんな山崎先生の掛け声の後、由佳が声を上げて授業が始まる。

ーーーああ、やっぱりやだな。

そう思ったすぐ後に、先生から飛び出した言葉に俺は驚くこととなった。


「じゃあ、体操して、その後1周トラックを走ってくれ。

走ったら、女子は手前のラインに、男子は奥のラインに並んでくれ。」


ーーーあれ?何で男子と女子、並ぶ位置が違うんだ?

そんな、俺の中に生まれた疑問に答えるように、先生が言葉を紡ぐ。


「男子は1500mだから、トラックを3周走った後、朝礼台の前のラインまで走ってゴール、女子も1000mだから、トラックを2周回った後に朝礼台前のラインまで走ってゴールになるからな。

今日はあくまでも練習だから、ミスしてもいいが、気をつけろよ。」


ーーーあ、そうか。長距離っていっても、男女で走る距離が違うんだ。

そんなこと、心の底から忘れて、1500m走る気満々だった。

ーーー1000mだから、それはつまり男子の頃よりも500mも減ることになる。

あれ?そうなると、少し自信が出てきた。

なんせ今までの人生、ずっと体育では1500mを走ってきたんだ。それと比べれば1000mなんてちょろいもちょろい。


「あれ?なっちゃん、なんか元気になってきたね。」

「もう、ここまで来たらやるしかないですからね。頑張りますよ。」


話しかけてきた鈴香に、若干取り繕いつつ返し、俺たちはアップのために、レーンを一周のんびりと走り出した。


◆◆◆◆


そうして始まった長距離のタイム計測。



ーーー酷いことになりました。

俺は今、レーンの中を1人で走っている。

もうヘロヘロもヘロヘロで、フォームなんてぐちゃぐちゃになっている。


「なっちゃん、頑張れー!」

「なっちゃん、あとちょっとだよ!」

「西山、あと少しだぞ!頑張れ!」


鈴香と由佳、誠也に、そして翔平が応援の声を上げたことから、走りきったクラスメイト全員から応援させる。

ーーー何?これ?24時間マラソンのゴール前か何か?

もう身体はヘロヘロなのに、思考は意外と回るもんだなと、よく分からないことに思考をやりつつも、一歩一歩、確かにゴールへと足取りを進め、今、ゴールした。

ーーーもう、ヘロヘロもヘロヘロどころか、ヘロヘロもヘロヘロもヘロヘロだ。

ヘロヘロって、重ねれば重ねるほど意味って強化されるのかな?と的外れなことに意識をやりつつ、朝礼台の上で動いていたタイマーに目をやる。

すると、タイマーが示すのは9分42秒という数字。

1000mという距離を走るのは初めてなので、このタイムがどれくらいなのかはいまいち分からないが、女子の中じゃビリなので、無茶苦茶遅いということだろう。

俺は自分自身の能力の大きな劣化にショックを受ける。

そんなショックを抱えつつも、まだ2人、男子が走っているのでレーンの内側へと避けてから、両手を自分の膝につく。

正直、これは性転換の影響もあるが、それだけではないだろう。

ーーー外出の少なさもあるし、この姿になってからランニングを一度もしなかった。

1ヶ月入院して、1ヶ月自宅待機、単純計算2ヶ月もの間、ランニングのような運動を行っていなかったのだ。

やったと言えるのは、せいぜい、女用のスマホを購入した時に、誠也の家まで行くときに、自分に集まる視線が嫌で、視線を避けようと少し走ったことぐらいだろう。

そんな状態じゃ体力なんて下がるに決まってる。

俺は大丈夫と心配してくる鈴香、由佳の声を聞きながら、明日以降、朝早く起きてランニングをしようという決意をした。



ーーー西山奈津希 1000mタイム 初回計測 9分38秒



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