初日6
5000文字オーバー久しぶりな気がする。
というわけで長めです。
「へぇ、誠也のやつが俺のこと話してたんだ。」
「そ、そうなんですよ。」
今自分が女だと、翔平のやつとほとんど面識がないことを素で忘れて翔平に話しかけるなんて凡ミスをした後、俺はものすごい無理矢理な言い訳をしていた。
ーーー曰く、学校に通うまでの準備期間の間に、唯一これから通う学校に通っている友達の誠也に色々と話を聞いていた。
誠也が話す内容は、誠也が男ということもあってか、男子に関わることが多くて、正直通い始めた後でも、誠也が話していた内容を実感することはなかった。
そんな中見かけた翔平は、誠也の話していた内容と合致していた。
そのことが嬉しくて、つい声をかけてしまった。
ーーー正直、自分で言ってても突っ込みどころ満載なんだが、翔平が信じてくれたので良しとしよう。
…後で誠也に設定の補強のお願いしとかないとな。
「まあ、誠也からの話で知ってるかもだけど改めて、俺は秋山翔平、部活は柔道をやってる。
よろしくな。」
「はい。じゃあこっちも改めて、西山奈津希です。部活は、料理部に入る予定です。
よろしくお願いします。」
もうこれ以上ボロは出せないと、敬語の意識を最大限高めて自己紹介をする。
すると、なぜか翔平はプッと吹き出すように笑った。
「え、ど、どうしましたか?」
ーーーまた、変なところでもあったかな?
もう自分自身を信用出来なくて不安で仕方なく、慌てて聞き返す。
すると、翔平は右手をまっすぐ伸ばしてこちらを制しながら、口を開いた。
「いや、違う違う。
西山さんは何にも悪くないんだよ。」
「え、じゃあ、どうして笑ったんですか?」
ーーー俺が悪くないと笑う原因になるものなんて、この場にはないだろ?
そう思い聞き返すと、俺の心臓を大きく揺さぶる発言が、翔平の口から飛び出してきた。
「いや、改めて名前を聞いて驚いちゃってな。
実は、この学校にはな、西山さんと全く同じ名前の、『西山奈津希』って名前の男子がいるんだよ。
全く同じ名前の異性が、同じ学校に存在するなんてことあるんだなって思ったことを思い出しちまって、ついつい笑っちまったんだ。」
「ーーーへ、へぇー。
私と同じ名前の生徒、しかも男子生徒がこの学校に在籍してるんですか?
それはすごいですね。」
翔平の発言に、ワンテンポ返すのが遅れつつもなんとか返す。
返すことこそできたが、俺の心臓はバクバクバクバクと普段よりもテンポ早めに、かつうるさく音を鳴らしていた。
なぜワンテンポ遅れたのか、それは明確な答えがある。
ーーーその男子生徒、俺本人です。
そう、俺の名前だが、完全に別人として見た目も声も性別さえも変わった状態になったので、流石にそこから正体を見抜ける人なんて、普段の挙動を見ている家族以外にはいないだろうということで、『西山奈津希』という男時代と一切変わらない名前を使っているのだ。
小柳さんの話を聞いたその時は、学校に女の子として通う姿を想像出来ていなかったのも相まって、俺自身も大丈夫だろうと思ってしまい、特に行動を起こさなかったのだ。
だが、翔平や他の柔道部員、そして俺の所属していたクラスの奴らからしてみれば、同じ名前の、しかも性別まで違うやつが入ってきたなんて、驚かない訳がないだろう。
もう過去を嘆いても仕方ない。
ーーーこんな状況を乗り切る方法は1つしかない。
同じ名前の西山奈津希さんとやらについて少し踏み込んで聞く、そうすれば男の俺と女の俺は別の存在と、改めて意識させることが出来るはずだ。
「それで、その男子の西山奈津希さんはどんな人なんですか?」
「え、気になる?」
焦らしているという訳じゃなく、素で聞いてくると思わなかったという反応を翔平が示す。
ーーーやべ、これは悪手だったか。
後悔しても、時間は戻らない。
悪手を打ってしまったとしても、少しでも良い方へと持っていかないと。
「はい。同姓同名の人なんて、今まで会ったのとなかったので、少し気になっちゃいまして。」
「そっか、そうだなぁ。
ーーー奈津希は、あいつはとりあえず柔道が強かった。中学の時点で、うちの県でベスト8になるくらい強かったんだ。」
「へ、へぇー。」
「柔道は団体戦もあるけど、突き詰めれば結局は1対1のスポーツだから、やっぱり強い人と練習しないとあんまり強くなれないんだ。
だから、あいつがうちの高校にいるって聞いた時は嬉しかったな。」
「そ、そうなんですね。」
ーーーくそ、無茶苦茶恥ずかしい。
こいつ、目の前で俺のことを心の底から褒めちぎってきやがる。
翔平にこうして面と向かって褒められるなんてことは過去なかったので、正直今はなんとかなっているが、今にも表情に『照れている』と出てしまいそうだ。
ーーーなんとか、少しでも方向転換させないと。
「性格とか、見た目とかはどんな感じなんですか?」
「性格と見た目?
うーん、見た目は普通だな。
柔道やってるから、筋肉は付いてたし肩幅は広いけど、まあ顔が普通だったから別に女子にモテるなんてこともなかったし。」
「へー…。」
ーーーなんか、今度はすげームカつくな。
翔平のやつ、自分は顔が良くモテるからって、好き放題言いやがって。
…。
ーーー褒められてもダメ、貶してもダメって俺って結構めんどくさいな。
少し冷静になって考えてみて、自分に少し嫌気が差した。
そんな俺の様子には気づいてないようで、翔平は続ける。
「性格は、良いやつだな。
大会で負けて悔しかった時は、愚痴にも練習にも付き合ってくれたし、こっちの様子を察して向こうから飯に誘ってくれたりもしたな。
まだ、本格的に付き合いが始まって3ヶ月ぐらいだったってのに、ひたすら気を遣ってくれる、良いやつだよ。」
褒められて少し照れるものの、さっき程ではない。
そんなことよりも重大なことが、頭の中に浮かんだからだ。
「え、3ヶ月ですか?
4月からだとしても、今10月なんで半年は経ってますよ?」
ーーーそう、これだ。
これを言えば、「ああ、あいつ夏休みからオーストラリアの方に留学に行ってるんだ。」って翔平が返して、そこで話が終われる。
そう踏んで俺は言ったのだが、翔平の様子が俺の想像とは違った。
「…。」
翔平は黙りこんだまま、下を向いてしまった。
ーーーえ、何で?どうして?
戸惑うものの、今の空気じゃ勝手に出て行けないし、聞いてみるしかないか。
「どうしたんですか?」
そう言うと、翔平は重々しく口を動かした。
「ーーーあいつな、今オーストラリアの方に留学に行ってるんだ。
最初は『ふーん。』とか『行くんだったら先に言っといてくれれば良かったのに。』とか思ってたんだけどな、だんだん時間が経つうちに別の考えが浮かんできてな…。
『もしかして、俺らから離れたかったんじゃないか』って。
あいつは強いから、団体戦でいっつも頼ってばっかりだった。
あいつがなんとかしてくれる、あいつならなんとかなるだろう。
無意識にそんな視線を送っちまってた。
俺たちはずっとあいつに頼りきりで、それであいつは呆れてオーストラリアに行ったんじゃないかって思えてきて…。
ごめんな、あいつのことを知らないお前にする話じゃなかったな。」
ーーーいや、違います。ただ単に、俺自身もオーストラリアに行ってることになるなんて、知らなかっただけです。
そう思うものの、今の俺は、西山奈津希という男とは面識のない編入したての女の子なので、そんなこと言うわけにはいかない。
だから、あくまでも第3者としてそうではないという方向に持っていかなければ。
「きっと、そんなことないですよ。」
「えっ…。」
俺がそんなこと言うなんて思ってもみなかったのか、翔平が目を見開く。
それを確認した上で続ける。
「そんなことないですよ。
奈津希さんは、きっとそんなこと思ってなんかないですよ。」
そう言うものの、翔平は下を向く。
「ーーーいや、そう思ってたに決まってる。
それだけ、俺たちはあいつにプレッシャーをかけてたんだ。」
そう言う翔平の両手は、固く、固く握り込まれていた。
ーーーきっと、俺に対して『会ったこともないお前に何が分かる!?』と怒りを露わにしようとしたのを必死に我慢したんだろう。
そのことに関しては感謝するものの、それでも俺は翔平に対して再度口を開く。
「それだけだったんですか?」
「ーーえ?」
「奈津希さんとの思い出は、彼に大会で頼り切っただけだったんですか?
大会なんて長い部活動として見れば、何十日、何百日あるうちの1日2日でしかないですよ。
普段の部活から、奈津希さんはそんなに日頃からイライラしてたんですか?」
「ーーいや、してなかったけど。」
翔平は、思ってもみなかった言葉が飛んできたと、目を見開いて戸惑っている。
ーーーよし、ここで畳み掛けるぞ。
「きっと、いきなりいなくなっちゃって、自分が悪かったんじゃないかって思考でいっぱいになっちゃっただけですよ。
それに、例えそうだったとしても良いじゃないですかね。」
「ーーえ?それ、どういうことだ?」
「彼が例えそう思っていたとしても、彼がオーストラリアに行ってる間に練習して、彼より強くなっちゃえば良いんです。
オーストラリアで柔道はあまり練習出来ないでしょうし、向こうに行っている内に差をつけて、もうお前に頼り切るだけの存在じゃないぞ、と見せつけてやれば良いじゃないですか。」
俺のセリフを聞いて、翔平は再度目を見開いた。
しばらく固まった後、少し笑いながら翔平は口を開いた。
「ーーは、はは。そうだよな。
大会での自分に嫌気が差したのに、あいつより強くなってやる、あいつを見返してやるぐらいの気持ちでやらなくてどうするんだって話だよな。」
そう言った後の翔平の目は、目標を見つけ、静かに燃えていた。
「ーーーありがとな、西山さん。
お陰で、やるべきことが見えた気がするよ。」
感謝を言われて、いえいえと返しつつ照れる。
そんな思考や、ニヤニヤと笑みが漏れた表情は、翔平が次に口にした言葉によって吹き飛んでいった。
「ーーーなんか、こうして見てみると、西山さん奈津希に、あっ男の方の奈津希な、あいつに似てるな。
あいつもこんな風に、思い詰めた時励ましてくれたし。
同じ名前ってのもあるし、そういう運命の元に生まれたのかもな。」
笑いながらそう言う翔平。
俺の笑いは苦笑いへと変わり、内心はホクホクした気持ちは一気に消え去り、ビクビクと震えていた。
ーーーやっべぇ!!口調や見た目は以前と全然違うはずなのに、似ているって思われてる!!
これ以上一緒にいたら、俺だって、バレるかもしれない。
「そ、それじゃあ私、そろそろ教室に戻りますね。」
そう口にして、教室へと歩き出す。
「そっか、それじゃまたな。
あと、今日はありがとな。」
そんな翔平の声に、振り返り手を小さく振る。
こうして、俺は翔平と別れた。
◆◆◆◆
「ただいまー。あー、疲れたー。」
その後、順調に授業を消化して学校が終わり、自宅へと帰宅する。
肉体面にはそこまでだが、精神面は疲れ切ってしまい、リビングのソファへとダイブしようとする。
したのだが…ーーーー
「おい、亜希。お兄ちゃんが疲れ切って帰ってきたんだから、ソファを開けてくれてもいいんじゃないか?」
ーーーそう、ダイブしようとしたソファは、妹の亜希によって占拠されていたのだ。
亜希に対して苦情を言うものの、亜希は動く気は無いようだ。
「えー、亜希も疲れて帰ってきたんだよ?
条件は同じなんだから、ここは妹にソファを譲るのがいい兄ってもんじゃないの?」
ーーーああ、今のこいつに何を言っても無駄だな。
10年以上もの付き合いから、早々に不可能だと判断すると、諦めて自分のベッドに向かう。
俺のベッドの近くで充電されている男用のスマホを手に取りつつ、ベッドへとダイブをする。
すると、翔平から『今日、お前と同姓同名の西山奈津希って子が編入してきたぞ!』という報告と、『オーストラリア留学、精一杯楽しんでこいよ!その間に、お前よりも強くなっておくから!』という2つのメッセージが送られてきていた。
思わず苦笑いしつつ、『そう簡単に抜かれねーよ!』と返す。
「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてるの?」
「ニヤニヤなんかしてねぇよ。
あと、ベッドまで付いてくるんなら、ソファ開けてくれても良かったじゃないか。」
「いや〜、お兄ちゃんがいなくなった後でお兄ちゃんに聞きたいことが出てきてさ〜。」
「もー、何だよ?」
「学校、楽しかった?」
そう言われて、今日1日を振り返る。
ーーー色々あったけれど、出来るか不安だった女友達が一気に2人も増えたし、男の時に仲良かった翔平のやつと、別人としてだけど話せたのは嬉しかったし、楽しかった。
「ーーーまあ、楽しかったよ。」
そう言うと、亜希は腹が立つほどにニヤニヤと口角を上げ、口を開いた。
「何ニヤニヤしてんだよ。」
「えー、お兄ちゃんに言われたくないなぁ〜。」
「何だと?」
「だって、お兄ちゃんもニヤニヤしてるよ。」
今日1日を振り返った時に、ついつい楽しかった、嬉しかったことを思い出して、それが表情に出てしまったのか。
「うっせぇ。」
そう言って、すぐに俺は枕に顔を埋めた。
うちの主人公、色々とやらかしすぎじゃない?
『ドジっ娘』タグを付けた方がいいかな?とか考え中。
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