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初日4

時間は進んで昼放課。

この放課も、終わるとすぐに弘や…鈴香が話しかけてきて、そこに由佳が加わる形になっている。

ーーー頭の中だから良かったけど、呼び方をすぐに直すのって難しいな。

ついつい弘山さんと考えてしまい、ダメダメと自分を戒める。

前々から思っていたが、俺の頭には柔軟性というものがないらしい。

これと決めたらずっとこれで、変わったりした際には適応できないなんてことを繰り返している。

俺がそんな思考に陥っていると、鈴香が俺に話しかけてきた。


「なっちゃんはお昼は学食?売店?それとも弁当を持ってきた?」

「え?…あ、弁当です。退院したてだからか、母さんが自分でバランス良いご飯作らないと心配みたいで。」


考え事で、ワンテンポ反応が遅れつつも冷静に返す。

こんな事を言っているが、昼ご飯は男の時からずっと母さんの手作りのものだ。

働いてるのに大変じゃないの?と聞いても、母さんの中でご飯を作る、弁当を持たせるということは、妻として、母として譲れない部分のようで、家族で外にご飯に出かける時を除いて、意地でもご飯を作っている。

なのに、なんで嘘を付け加えているかというと、電話で自己紹介などの確認をしている時に、「何かもう少し情報を補強出来た方が良いですね。」と先生に言われ、家族で話し合ったところ、母さんからこうしたら?と言ってきてくれたからだ。


「え?お母さんが?

凄いね、うちと大違いだよ。

うちなんか、毎日500円渡して終了だよ?

まあ、お母さんも働いてるから忙しいのは分かるんだけどね。」

「そんなこと言い出さないの。

なっちゃんが弁当なら、お昼は教室で食べよっか。」

「じゃあ、私は売店でパンでも買ってくるね。」


そう言って、すぐさま売店へと飛んで行こうとする鈴香を、由佳が止めた。


「それなら、メロンパン1つ買ってきてくれない。

急に食べたくなっちゃって。」

「えー!なら、由佳が行ってきてよ!

私がここに残って、なっちゃんと話してるから!」


鈴香はそう返すものの、由佳は一切の動揺を見せず、言葉を投げ返す。


「私はもう買ってきて欲しいもの決まってるけど、あんたは決まってないでしょ?

だったら、あんたが行った方が良いでしょ。」

「むー、確かにそうかもだけど…。

まあ、いっか。じゃあ行ってくるよ。」


ーー2人のやり取りが、互いに理解し合っているからこそ、なんの遠慮もなく話し合えているんだな、と感じさせる。

そんな関係に、思わずこっちも微笑んでしまう。

そんな風に和んでいると、鈴香は由佳からメロンパン代の60円を受け取り、教室を飛び出して行った。


「にしても、由佳はメロンパン1個で足りるんですか?」


飛び出して行くや否や、俺は由佳に問いを投げる。

ーーー正直、気になって気になって仕方なかったのだ。

女子の中にたまにいる全然お昼を食べてない人は、本当に足りているのかどうか。

俺が男だったら時は、大会前以外はそれなりに大きい弁当を食べていたのに、それでも足らず売店でパンやらおにぎりやらを追加で買っていたのだ。

それなのに、女子の中にいる、いや男子でもたまにいる、幼稚園児、保育園児向けじゃないの?というくらい小さい弁当を持ってきている人は本当にお腹を満たせているのだろうか?

由佳はメロンパンだけを頼んでいたし、多分そういう人なんだろうと思い、問いを投げたのだがーーーー


「え?ああ、私は弁当持ってきてるから、メロンパンは今日なんかお腹凄い空いてるから、追加で頼んだだけよ。」


ーーー由佳はどちらかというと俺側の人間だったので、全く意味を成さなかった。


◆◆◆◆


「ただいま〜。」


そう声を上げながら、教室に入ってくる鈴香。

ただいまと言っているんだから、あの決まり文句、というか返事の挨拶をしなければと思い口を開く。

ーーーその言葉に、問題があった。


「おかえり。」「おかえりなさい。」


俺と由佳の言葉が被る。

すると、2人とも俺の方へと視線を向けてくる。

ーーーえ、なんで?


「あの、私何かしちゃいました?」


思わずそう返すと、由佳が重々しく唇を上下させた。


「いや、何かしたとかいうことではないんだけど…、なっちゃんは敬語なんだな、って思ってさ。」

「やっぱり、敬語だと壁を感じちゃうな、なんて思っちゃってさ。」


ーーーう、やべ。無茶苦茶痛いところを突かれた。

俺の喋り方、女の子言葉というのは、基準は敬語である。敬語ならば、男の時でも多少は使っていたし、あまり違和感を感じずに喋ることが出来たのだ。

逆に言えば、他人とは女の子として喋ることは出来るのだが、友人として、親しい人としては喋ることは出来ないのだ。

上手い言い訳も思いつかないので、正直な心境を僅かのフィクションを交えて口にする。


「すいません。

私、敬語で話すのが癖になっちゃってまして…。」


そう言うと、2人の表情が暗くなる。

何で、と思った後、1つの考えが頭に浮かんだ。

ーーー体調が優れていなかった設定と、敬語で話すのが癖になってるのが結びついちゃってるのか。

体調が悪いから、同年代というより年上の人と接する機会が増えてしまったと勘違いして、言いにくいことを言わせてしまったと思っているのか。

ーーーやばいやばい、早く訂正しないと。


「あ、いや、これは学校に通っていた時からの癖でーーー」

「大丈夫、無理に言わなくていいよ。」


そう言って、鈴香は俺の口を塞いだ。


「無理して嘘ついたりしなくて良いからね?

少しずつ、ちょっとずつで良いから、慣れて、敬語じゃなくてってくれると嬉しいな。」

「そうよ。なっちゃんにそういう事情があるなんて知らないで、変な事言っちゃってごめんね?

このクラスも、まだ半年以上もあるんだし、少しずつ慣れていこう。」


ーーーおお、完全に勘違いしちゃってる。

これじゃ、本当のことを言っても信じて貰えないかもな…。

ーーーよし、もうこの勘違いに便乗しちゃおう。


「すいません。

頑張って慣れていきたいと思います。

いや、思うって言った方が良いかな?」


みんなから笑いが漏れ、場になんとも言えない空気が流れる。

ーーーこうして俺は、学校でのバレそうなきっかけを1つ乗り越えることが出来た。


◆◆◆◆


「にしても、弁当ってことは、また由佳は自分で作ってきたの?」


買ってきたあんぱんにかぶりつきながら、鈴香が口を開いた。


「そうだけど…、何?」

「良くやるよね、毎日早起きして弁当作るなんてさ。しかも、親にやらされるとかではなく、自発的にやるなんて、私じゃ絶対出来ないよ。」


ーーーえ、どういうこと!?

頭の中にひたすら?が浮かぶだけ浮かぶ。

もう我慢できないと、思わず口を開く。


「え、由佳って弁当、毎日自分で作ってるの!?」

「そうだけど…、そんなに驚くこと?」

「驚くよ、そりゃ!!」


弁当を作るってことは、1時間はかかると踏めば最低でも毎日6時起きで、毎日キッチンにそんな早くから立っているなんて、寝坊助の俺からしたら信じられない。

ーーーもう、由佳に対してなんというか畏怖すら抱くレベルだ。


「慣れちゃえば、そんなに辛くないのよ?

私、料理部だし、折角部活で腕を磨くんだから、どこかで試していきたいなって、思った、だけで…。」


あれ?由佳の目の色が途中から変わり、話すのも途切れ途切れになる。

ーーーえ、何?

思わず鈴香の方を見ると、どこか「うわぁ、またきたよ。」と言いたそうな表情で口を開けたまま固まっている。

え、どういうこと?と、再度由佳の方を向くと、俺は由佳に突然、両肩を掴まれた。


「うわっ!…何、どうしたの!?」

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、なっちゃんはさ、部活ってどこ入るかもう決めてる?」

「え、いや、まだ決めてませんけど…。」

「本当に!?」

「うわわわわっ、本当、本当です!!」


そう言いながら前後に揺さぶられるので、もうびっくりしてすぐさま返事をする。


「だったらさ、1つお願いがあるんだけど…。」

「な、何ですか?」


突然豹変した由佳の様子に若干引きつつも、返事をする。

すると、由佳はこっちをまっすぐ見つめて、大きく口を開いて、ある言葉を口にした。


「なっちゃん、料理部に入ってくれない!?」

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