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初日3

ーーーああ、疲れた。

英語の授業中、思わず心の中で呟く。

正直、自分でいうのもなんだが、今日の俺は本当に良く頑張っていると思う。

もし、俺が男のままだったなら、あまりの疲労に机の上に肘をつき腕を立てて、手のひらの上に顔を置いてグデーと授業を聞いていただろう。

なのに、今の俺は違うのだ。

背筋をまっすぐ伸ばして、真面目にノートを取りながら授業を聞いているのだ。

ーーー女の子らしい振る舞いについて、亜希に指導してもらっている時に、『別に女子でもグデーってしてる人いるからいいじゃん』と反論したことがあった。

そんな俺の反論に対して、亜希は特に戸惑うこともなく、『でも、お兄ちゃんの場合は別でしょ?お兄ちゃんの設定は、病弱で学校もまともに通えなかった女の子だよ?

そんな子なら、みんなと一緒に勉強出来ることを喜ぶんじゃないかな?』と、普通に返してきた。

俺も、俺自身に関わることでなければ、確かになと思ってしまい、嫌々ながらも、渋々亜希の指示に従うことになった。


そんなことを思いながら、体勢を維持していると、突然後ろから何かにつつかれた。

思わず「え?」と声が漏れそうだったのを、授業中だからと何とか我慢しつつ後ろを見ると、後ろの席の女の子、少し茶色がかった黒髪をショートボブにした女の子が笑顔でメモ帳を差し出していた。

ーーーえ、これ受け取れってこと?

先生の方へ気を遣いつつ、メモを受け取る。

メモには、『私、弘山鈴香(ひろやますずか)っていいます。よろしくね』と、ご丁寧に名前にふりがなを振ってくれた上で、可愛い笑顔のイラストを後ろにつけて、書いてあった。

ーーー思わず、ふふっと笑顔が漏れる。

くれたってことは、これは返さないとまずいよな?と、『よろしくお願いします。』とこっちも笑顔のイラストを付けて返す。

少しして、また背中に刺激があり振り向くと、弘山さんが再度、メモ帳を差し出していた。

ーーー流石に何度も繰り返すと、先生にもバレるんじゃないか?

メモ帳を受け取った後、金子先生の方へ視線を向けると、目が合った後、露骨に目をそらした。

ーーーこれは、今回だけは見逃してくれるってことかな?

そこから、俺と弘山さんの授業中のメモ交換による筆談が始まった。


◆◆◆◆


『好きな食べ物って何ですか?』


『テレビって何見てる?』


『あの映画見た?』


『化粧品って何使ってる?』


そんなやり取りを四苦八苦しながら何度も繰り返していると、文章でも固さが取れていき、俺は女の子らしい文章だとか振る舞いなんてこと、心の底から忘れて、筆談ではあるものの会話を楽しむことが出来ていった。


◆◆◆◆


「ちょっと、何やってるのよ!」


授業が終わって金子先生が教室を出て行くと、怒号が教室に木霊(こだま)した。

その声により、俺に声をかけようとしていたと思われる人たちの足も止まる。

その声に驚きつつ、声のした方を向くと長い黒髪を2つにまとめた、いわゆるおさげの女の子が1人、こちらに向かって歩いてきた。

ーーーあ、授業の初めの挨拶の声かけをしていた女の子だ。

それはつまり、彼女がこのクラスの委員長だということを示しているだろう。

そんな委員長が、俺に向かって怒鳴ってくるなんてものの答えは1つしかないだろう。

ーーーさっきのメモ交換、バレてたのか。

クラス委員長といえば、クラスを任せられるだけあって真面目なことが多い。

授業中にそんなことするなんて、非常識極まりない、と怒っているのだろう。

俺は慌てて身体を彼女の方に向けて、『すいませんでした。』と謝る準備を整える。

彼女が、迫ってくる。

ーーーあと3歩したら、3歩近づいてきたら、先に謝ろう。

そう心に決め、彼女の足取りを確認する。

ーーーあと2歩。

ーーーあと1歩。

よし謝るぞ。そう思い、立とうとしたところで、彼女は身体の向きを俺の方から45度曲げてーーーーーー


「あんたは何やってんのよ!」


ーーーー弘山さんの頭をパシーンと叩いた。



え?




「痛っ…。何すんのさ、由佳(ゆか)!!」

「何すんのさも何もないでしょ!

あんた、何で西山さん(そそのか)して、授業中にメモのやり取りしてんのよ!」

「良いじゃないか、別に!」

「あんただけなら別に良いわよ!

でも、今回は怒られるときは西山さんも一緒なのよ!?

あんたのせいで、西山さんが目をつけられちゃったらどうするのよ!

そこのところ考えなさいよ!」



ーーーなんか、驚く事しか出来ない。

口をポカーンと開けて見ていると、俺の様子に気づいたのか、由佳さんとやらがこちらを向いて謝ってきた。


「もう本当に、このバカがごめんね。」

「あ、え、いえ。全然大丈夫です。」


この時の由佳さんとやらの叫び声によって気まずい雰囲気になり、教室内にはポツポツと小声での会話が飛び交うだけになった。

そんな状況の中、俺に声をかけてくる人はいなかった。



◆◆◆◆


「ありがとうございました。」

「「「ありがとうございました。」」」


2時間目の授業後の挨拶をして、先生が退出していくと、すぐさま、後ろの席の弘山さんが声をかけてきた。


「さっきはごめんね、西山さん。」

「いえ、全然大丈夫ですよ?」

「それでもごめんね?由佳のやつ、融通きかなくてさーーー」「誰が融通きかないって?」

「げ、由佳。」


後ろから少し凄みの含んだ声で、由佳さんがやってきた。


「さっきは本当にごめんね?

いきなり怒鳴っちゃって、びっくりしたよね?」

「あ、いえ。大丈夫でーー」「そうだぞ?初対面でいきなり怒鳴るなんて、非常識にも程があるぞ?」


俺への謝罪に、弘山さんが茶々を入れる。


「だからって、怒鳴るきっかけだったあんたに言われたくないわよ。」


それに由佳さんが反論して、そこからまたわちゃわちゃと2人は口論をしていく。

口論ーーーとはいっても、全くもって険悪な雰囲気ではない。

容赦なく相手に突っ込んでいける関係だから、互いを理解し合っている、だからこそ成り立つじゃれあい。



「お2人は、本当に仲が良いんですね。」


そんな2人の様子に、口元がにやけるのをこらえることができず、にやけながら言ってしまう、

2人はそんなことになんか気にした様子もなく、弘山さんはこちらに向かって聞いてきた。


「そう見える?」

「はい。お互いのことを分かってるからこそ、遠慮なく言い合えてるような感じがして、とても仲良く見えます。」

「「そ、そうかな?」」


2人揃って、頰をかきながら照れている。

ーーーそれが、ちょっと可愛い。

2人の様子を見て、俺と誠也の関係にも少し似てるかな、なんて思う。

ーーー俺もあいつも、仲良いねって面と向かって言われたら、恥ずかしくてテキトーに返すだろうし。

2人はあまりに照れくさかったのか、由佳さんがゴホンと大きく咳払いをして、空気を変えた上で口を開く。


「改めて、中野由佳(なかのゆか)です。

これからよろしくね。」

「私は、弘山鈴香(ひろやますずか)よろしくね。」

「じゃあ私も改めてーーー西山奈津希です。

よろしくお願いします。」


そんなやり取りを終えた後、弘山さんは自分の机に手をつき、俺の方へと乗り出してきた。

ーーーうおっ、顔が近い。

女子と部活以外でここまで近づいたことはなかったので、思わずドギマギしてしまう。

そんな俺の様子には気づいていないようで、弘山さんは口を開いた。


「突然なんだけど、『なっちゃん』って呼んでいい?」

「へ、なっちゃん?」


頭の中に水色のキャラがマスコットの清涼飲料水が浮かび上がってくる。

ーーーって、そういうことじゃないだろ。


「あだ名って、ことですか?」

「えへへ、ダメかな?」


あだ名というものに少し驚く。

俺は、あだ名で呼ばれたことがほとんどないのだ。

基本的に西山か奈津希と、呼び捨てにされることが多く、幼少期に少しだけ弘山さんが言ったように、『なっちゃん』と呼ばれていただけで、ちょうどその頃の俺はちゃん付けされるのが女の子みたいで嫌で、ものすごく拒絶していたのでそんな風に呼ばれることはなくなっていた。

ーーーそんなところからまさか10年近く経ってから、俺自身が女になるなんてことになるとは思っていなかったな。


そう思考が明後日の方向に行ってしまい、それを拒絶と判断したのか、由佳さんが弘山さんに対して口を開く。


「ほら、流石にいきなり過ぎるわよ。

ーーーごめんね。こいつ、仲良くしたいと思うと、相手の事情も考えずにドンドン行くから。

無理なら、拒否しても大丈夫だからね?」

「あ、いや、違うんです!

わ、私あんまりあだ名で呼ばれることがなかったので、ちょっとびっくりしまして…。」


俺のその発言に、2人は揃って、「へぇ〜」と口にした。


「意外だね。考えた私がいうのもなんだけど、奈津希に『なっちゃん』ってあだ名を付けるの、結構オーソドックスかと思ってたよ。

山口さんを『ぐっさん』っていうくらいに。」

「確かに、かなり意外ね。」

「ですので、ぜひあだ名で呼んでくれると嬉しいです。

弘山さん、由佳さん。」


2人は互いの顔を見合わせた後、こちらを向いて言ってきた。


「喜んでなっちゃんって呼ばせてもらうけど、こっちからも1つお願いしてもいい?」

「お願い、ですか?」

「うん。私たちのこと、下の名前で、呼び捨てで呼んでくれないかしら?」

「え?下の名前を、呼び捨てで、ですか?」

「そう。こいつもそうだけど、私も奈津希さんと仲良く、友達になりたいなと思うの。

苗字やさん付けでも友達ってのは全然ありだと思うけど、やっぱりどこか壁を感じちゃってね…。」

「むしろ、なんで私は苗字で、由佳は名前なんだってのも少し抗議したかったけどね。」


最後、少し笑いながらそういう2人に、俺は思わず絶句していた。

ーーー10月なんていうのは、クラス内ではもうグループなんかも作られており、正直友達を作れるか不安であった。

ーーーなのに、向こうから仲良くなりたいと、友達になろうと言ってきてくれた。

そのことが、ただただ嬉しい。


「本当に、本当にいいんですか?」


そう聞くと、2人は肯定の意を示すようにニカッと笑った。


「それじゃあ…、よろしくね。由佳、鈴香。」

「「うん。よろしく、なっちゃん。」」


こうして俺は、予想外の形で、初日から女友達を作ることが出来た。

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