来客と確認
9月も終盤に差し掛かった水曜日の昼過ぎ、俺は自宅でとある人物を待っていた。
格好は上は白の長袖ワイシャツに、下は黒の足首辺りまで伸びるロングスカート、一言で言うならば、しっかりとした格好だろう。
何故そんな格好をしているかといえば、今日は俺が学校に通うための大事なやり取りが行われるのだ。
とはいっても、相手は見知った相手であるために、俺は別に普段着でも良いんじゃないか?と思っていたのだが、母さんに「大事な話をするんだから、しっかりとした格好で臨むのも相手への礼儀なんだから、着ときなさい。」と言われ、特に反論も思いつかなかったので、この格好で待っている。
そんな思考でいると、家のチャイムがピンポーンと鳴った。
あ、もう来たのかと慌てて立ち上がり、少し小走りで玄関へと向かい、扉を開けようとしてーーー一旦止まった。
ーーー母さんから、誰が来るか分からないから、必ず扉の前にいるのが誰か、確認してからじゃないと扉を開けちゃダメって言われてるんだよな。
正直めんどくさいし、心配しすぎだろと思うけれども、やらなくて怒られるのも嫌なので、覗き穴(これで表現合ってんのかな?)から扉の外を見ると、俺が待っていた人物だったので扉を開けた。
「お久しぶりです、山崎先生。」
扉の前にいる人物、それはーーー
「おう、奈津希。元気にしてたか?」
ーーー学校で1、2を争うレベルでお世話になっていた先生、柔道部の顧問であり、またうちの学校の生徒指導部長である山崎正昭先生だった。
◆◆◆◆
「つまらないものですが、どうぞ。」
そう言いながら、お茶とお茶菓子(饅頭)を先生の前に出す。
「え、いや、そんなの用意して貰わなくても良かったのに…。って、こうやって断るのは逆に失礼だな。有り難くいただくよ。」
その言葉を聞いた後、おぼんを片付けて、先生と対面の椅子に腰をかけた。
「奈津希、色々大変だったな。
だいぶ勝手は違うと思うが、前の身体との違いには、もう慣れたか?」
「はい。最初は色々戸惑いましたけど、もう大丈夫です。」
「そうか、それは良かった。」
そう言って、大きく笑う山崎先生。
ーーーああ、前会った時と何も変わっていない。
その事実に、胸があったかくなる。
ーー俺、やっぱりこの姿になってから、人の目や態度を気にしちゃってるな。
家族や誠也に始まって、明梨おばさんに山崎先生まで、ビクビクしながら相手の反応を待って、相手の反応が以前のものと変わっていなければ、喜ぶ。
それを一体、どれだけやっているんだろう。
1人で出掛けた時には、周りの人にジロジロ見られるのを気にして涙目になったり、事情を知らないと思っていた明梨おばさんの名前を呼んでしまったり、今の俺、周りの反応に気を遣いすぎだな。
そこで思考をやめて、先生の方を改めて見る。
先生は、俺の視線に気づくとニカッと笑い、強い眼差しで俺を見返して、「じゃあ、話を始めるか。」と言った。
◆◆◆◆
「まあ、話をするといっても、そんなに数があるわけじゃないんだけどな。」
「え?そうなんですか?」
「ああ。こういう場は、編入する生徒に対してうちの高校はこんな学校ですよって紹介をするために会いに来るんだが、お前の場合、学校に通ってたんだから、それ関係は必要ないからな。
まあ、お前の場合は、別の件で伝えなきゃいけないことがあるんだけどな。」
「別の件、ですか?」
「ああ。お前の姿が変わって、別人として編入するっていう事情を知っている人を紹介したり、お前の学校生活の過ごし方について紹介とかな。」
「は、はぁ。」
俺の事情を知っている人を紹介するのは分かるけど、俺の学校生活の過ごし方なんて、男の時と変わらないんじゃないのか?と頭の中に?が浮かぶ。
そんな思考が表情に出てしまっていたのか、山崎先生は大きく笑った。
「はははっ。まあ、これだけ聞いても訳わかんないよな?まあ、話をしていけば分かるから安心しとけ。」
そんな反応に少しむっとするも、俺は先生の方を向き、話を聞いた。
◆◆◆◆
「まず、お前の事情を知っている先生は、校長の高橋誠先生に教頭の水島有義先生、生徒指導部の代表として俺、教務部の代表として山井美琴先生、保健室に常駐してくれている保健医の相沢早希先生と加藤梨紗先生、そしてお前の入るクラスの担任の金子千尋先生、この7人になる。
校長、教頭は忙しいから、以前との違いで何か困ったことがあったら、普段は俺か保健室、担任の先生に相談に行くようにしてくれ。」
山崎先生は、自分を含め今紹介した7人の顔写真と名前が書かれているプリントを出しながらそう言った。
それに対して、俺も「はい。」と返事をする。
それを聞くと、「じゃあ、次の話題にいくか!」とすぐさま次の話題に行こうとする先生に、思わず「え?こんな早く済ましていいんですか?」と聞いてしまう。
そんな俺の問いに先生は嫌な顔1つせず、答えてくれた。
「いや〜、こればっかりはお前に覚えて貰えれば、それで大丈夫だからな。
お前は真面目だし、自分の身に関わることだから覚えてくれるだろ?
だから、これだけで大丈夫だ。」
「あ、ありがとうございます。」
俺を信頼してくれたことに対してお礼を言う。
信頼してくれたのは嬉しいが、その事が俺にプレッシャーをかけてきて、やらないとという意識にさせられる。
「それじゃあ、次に行こうか。
学校生活で、お前に守って欲しいことなんだが、3つあるんだ。」
「3つ、ですか?」
「ああ、1つ目は体育についてだ。
体育の時に、選択で水泳は選ばないでくれ。
いくら今は女だと言っても、男が女の子と一緒に着替えるっていうのは問題だって、教務部の山井先生がおっしゃってな。
そこんところ、なんとか頼む。」
「あ、はい。わかりました。」
たしかに流石に一緒に着替えるのはまずいな。
倫理的にもまずいし、それに俺の身的にもまずい。どこ見たら良いか分からず、変な挙動を取ってしまうだろう。
「2つ目は、トイレの利用についてだ。
これはただの念押しだが、絶対に女子トイレを使ってくれ。」
「はい。」
これに関しては俺もやるつもりだ。
俺が男子だとして、女子が男子トイレに入ってきたらビビるだろう。
「そして、1番大事な3つ目なんだが、ーーーーー何かあったらすぐに教員、さっき言った7人のうちの誰かに相談してくれ。」
「え、は、はい。」
1番大事と言ってる割に普通だな、と思っていると山崎先生が再度口を開いた。
「あんまり、お前にお願いするのも申し訳ないんだが、これはお前のためというより、俺たちのためのお願いだ。
もし、お前の事情が世間にバレたら、なんかよう分からん保護団体も押しかけてくるだろうし、生徒の保護者から、特に女子生徒の保護者からも苦情が来ると思う。
大人の事情が絡んでて、子どもであるお前にはあんまり言いたくないが、よろしく頼む。」
「ーー分かりました。」
先生の補足でやっと意味が分かった。
ーーもし、俺の事情が世間にバレたらどうなるだろうか?
性別転換者保護団体は学校に押しかけてくるだろうし、女子生徒の保護者は、女の姿だったとはいえ男子生徒を女子生徒として、女子生徒と一緒に体育などをやらせていたとなると苦情はたくさん来るだろう。
それは学校に多大な迷惑をかけるし、下手すれば国にも迷惑をかけることになってしまう。
ーーー俺は、山崎先生にはお世話になっているし、誠也や翔平が通っているという意味でも、学校には迷惑はかけたくないし、あれだけお世話になっている小柳さんにも、これ以上の迷惑はかけたくない。
「大丈夫です。俺もバレたくないですし、バレないように全力を尽くします。」
俺は笑顔でそう口にした。
◆◆◆◆
「ところでお前、部活はどうする気なんだ?」
話が一息ついたところで、先生が聞いてきた。
「もう1回、柔道部に入るか?それなら歓迎するが?」
「いえ、それはやめておきます。」
先生は「えっ?」という顔をした後、「なんでか聞いても良いか?」と言ってきた。
「はい。本当は自分も入ろうと思っていたんですけど、家族に、妹にすごい怒られちゃいまして。
知り合いが多い柔道部は、俺の事情がバレる可能性が1番高いですし。」
それを聞いて、先生は残念そうにしながら口を開いた。
「それもそうだな。
女子と男子の柔道は、結構勝手が違うから、男に戻れた時、女子としての柔道の経験も活きるぞ?って勧誘しようと思ってんだが、それじゃあ無理だな。
まあ、部活の顧問と生徒っていう関係はなくなるけれども、普通の先生と生徒っていう関係は残っているんだから、学校では頼ってくれよ?
困ったことがあったら、あの事情に関係なくてもすぐ相談に来い。」
ーー先生の言葉は、本当に心強い。
胸に言葉がジーンと響く。
先生の言葉に、俺は大きく「はい!」と返事した。
「それじゃ、俺はそろそろお暇するかな。」
先生はそう言うと、出してあった饅頭を口の中に放り込み、お茶をガーっと効果音がつくように一気飲みをして、立ち上がった。
お見送りのために俺も玄関へとついていく。
「じゃあ奈津希、また学校でな。
不慣れなことも多くて、戸惑うことも多いかもしれないが、頑張れよ。」
そう言い残して、先生は去っていった。
それを見送った後、俺はリビングへと戻り、かけてあるカレンダーに目を向けた。
ーーーいよいよ、来週から俺は女として学校に登校する。
第1章はここで終わり、次回からは第2章、学校生活が始まっていきます。
これからも応援、よろしくお願いします。
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