買い物4
俺と若菜さんは黙ったまま、席に座っていた。
その理由は簡単だ。周りを見ればすぐに分かる。
ーーー気まず過ぎる。
あれだけ派手なことをやったのだ。
周りからは注目され、かつ少しあれなものを見る目で見られるのは当然だろう。
そんな視線に必死に耐えていると、亜希が買い物を終えて帰ってきた。
亜希は場の空気の異常さを察すると、カバンから買い物袋を取り出し、そこへ買ってきたハンバーガー、フライドポテトにハッシュドポテト、ドリンクの入ったケースを入れて、お盆をすぐに店へと返し、そこでこちらとアイコンタクトをし、それに合わせて俺と若菜さんは立ち上がる。
そうして、俺たちはいそいそとフードコートを去って行った。
◆◆◆◆
「本当にありがとうございました。」
一旦モールの外に出て、隣接している公園へと足を運んで、ベンチに腰を下ろしたところで、若菜さんに再度感謝の言葉を述べた。
「あの時若菜さんが来てくれなかったら、どうなっていたことか…。」
「いやいや、謙遜しないでよ。
奈津希くん、普通に相手を圧倒してたよ?
あれなら、普通にやってても何とか出来たでしょ?
私はそれより、相手に怪我を負わせちゃって、傷害罪かなんかでしょっぴかなきゃいけなくなる方が怖くて止めに入っちゃったよ。」
「えっ?」と思い、思わず亜希とアイコンタクトを取る。
ーーーあ、そうか。若菜さんは俺の今の状態を、ゲームの中と同じ状態だと思っているのか。
「あ、若菜さん、実はーーーーーーー
◆◆◆◆
「え!奈津希くん、そんなことになってたの!?」
若菜さんは、声を上げて驚いた。
その反動で、お礼にと分けていたハッシュドポテトを地面に落としてしまった。
「え、じゃあ、もしあのまま止めてなかったら…?」
「多分、普通にやられてました。」
若菜さんは目を見開いた後、胸に手を当てながら深呼吸をして落ち着いた後、口を開ける。
「じゃあ、あれは結果オーライだったんだ。」
「はい。だから本当にありがとうございました。」
俺の言葉を聞き、若菜さんは胸を撫で下ろし、ベンチに深くもたれかかった。
「あー、それなら良かった。
正直、余計なことしたかな?とすら思ってたのにお礼にポテトなんかくれて、何でだろうって思ってたんだ。
…でも、それ聞いたらなんか不安になっちゃった。
亜希ちゃんも可愛いし、奈津希くんに関しては可愛いだけじゃなく目立っちゃうから、またナンパに狙われちゃうかもだもんね。」
若菜さんはそう呟き、顎に手を当てしばらく考えた後、「よし!」と声を上げながら立った。
「午後は、私も一緒に回っちゃダメかな?
なんか、2人だけで回るって聞いたら、不安になっちゃって。」
俺と亜希はアイコンタクトを取った後、同時に口を開く。
「「ぜひ、お願いします。」」
「来る前は特に警戒していなかったんですけど、よくよく考えてみたらお姉ちゃん、今すっごい可愛いしナンパされ易いですもんね。
こういう時頼りになってたお兄ちゃんは、今こんなことになっちゃってますし。」
「こんなこと言うな。
てな訳なんで、むしろこっちからお願いしたいくらいです。」
「良かった…。じゃあ、今日1日、いや半日かな?よろしくね。」
「「はい。よろしくお願いします。」」
そんなやりとりを経て、若菜さんが一緒に回ることになった。
「あ、1つだけお願いがあるんですけど…。」
「え、何?」
「あの、元男だってバレないように、くん付けするのやめて貰ってもいいですか?」
「ああ、そんなことね。分かった。
じゃあ、亜希ちゃんと奈津希くん、あんまり年変わらないのに呼び方分けてたらおかしいから…、『奈津希ちゃん』って呼ぶね。」
「うっーーーーーは、はい。」
ーーーこっちからお願いしたことだけど、ちゃん付けされるのって改めて女の子になったのを実感するから、なんかやだな。
そんなことで『さんにして欲しい』とお願い出来ないので(若菜さんが事前に『さん』じゃおかしい理由も言ってたし)、1人でこっそり傷ついていた。
◆◆◆◆
「さて、じゃあどこから行こうか?」
若菜さんが声を出す。その表情は少しばかりにやけている。
ーーーあ、そういえばこの人、俺にゲームの中でミニスカート履くように勧めてきたりしてたな。
そう、若菜さんは可愛らしい服、というか可愛らしいものが大好きなのだ。
今の俺の姿は、自分で言うのもなんだがとても可愛らしい。
だからといって、大人しく可愛らしい服を着るなんて論外だ。
そのため、信頼はしているものの、どこか若菜さんを警戒するような視線を送りながら、足を進める。
「じゃあ、この店にしよっか?」
若菜さんは、ある店を指差して歩みを止めた。
若菜さんの指先を目で追うようにして、俺はその店を見つめた。
ーーーあれ?これって…。
「あんまり、女の子女の子したような服を売ってなくて驚いた?」
「え、あ、はい。」
思わず思ったことをそのまま口にしてしまい、慌てて手で口を覆う。
正直、小学生の女の子が好きそうなフリフリのたくさん付いている店に連れて行かれると思ってしまっていた。
そんな俺に、若菜さんは少し苦笑いをしながら続ける。
「流石に私も奈津希く、ちゃんの状況を知った上で私好みの服を着てくれなんて言えないよ。
ゲームで言ってたのは、突っ込んで貰って、壁を少しでも早く取っ払おうとしたからやっただけだしね。
ーーーまあ、少しは着てくれるといいなって気持ちがあったけどね。」
そう言い、ニシシと笑う若菜さん。
ーーーああ、俺は勘違いしていたんだな。
俺は、あの世界で若菜さんは、素の若菜さんのままで振舞っていると思っていた。
でも、違った。若菜さんは、俺のことを考えて行動してくれていた。
勘違いしていたのを謝ろうと若菜さんの方に身体を向けるも、口を開く前にこっちの方が良いかな?と思い、話す内容を変えて口を開いた。
「若菜さん、ありがとうございました。」
若菜さんは俺の言葉に照れるように笑った後、「そんなことより今日はショッピングを楽しもう!奈津希ちゃんも、新しい発見があってきっと楽しいよ!」と言い、店の中へと入っていき、俺と亜希もそれを追うように入っていった。
◆◆◆◆
「奈津希ちゃんは、どんな服が好き?」
「動きやすい服です!」
「そ、そう…。」
俺のノータイムでの返事に、若菜さんは目を細めて、いわゆるジト目と言える状態で返事をした。
ーーーまあ、自分でも自覚はあるが、高校生にもなって動きやすい服が好きです、なんて言うなんて引かれてもおかしくないよな。
俺が動きやすい服が好きなのは、もちろん運動が好きというのもあるが、どちらかというと動きやすくない服が苦手というのがあるだろう。
小5の頃、俺は初めてジーンズというものを履いた。
ジーンズはいわゆる、どちらかというと比較的動きやすい服にカテゴライズされると思うのだが、そんなジーンズを初めて履いた時の感触が忘れられないのだ。
ーーーあれ、何これ?無茶苦茶きつい。
遊び盛りだったため、亜希と母さんの買い物について行くよりも、誠也とかと遊んでた方を優先して、母さんが買ってきたジーンズを履いたわけだが、それがダメな方へと転がった。
ーーーサイズが小さかったのだ。
ジーンズやなんかはタイトなものもあるが、タイトとかいうレベルじゃなくきつくて、足が90度のところまで上げることすら出来なかったのだ。
そこから、ジーンズというものに苦手意識を抱き、ファッションへの興味というのも芽生えてくるのが遅れた。(というか、今も正直芽生えてない。)
「ま、まあ着てみれば興味も出てくるかもだから、色々試着してみよっか?」
若菜さんは動揺しつつもそう言い、俺の腕を引いた。
◆◆◆◆
「きついです!無茶苦茶きついですよ、これ!」
「あー、これでもダメか…。」
俺の言葉に、若菜さんはどこか疲れたように返した。
「なんでこんなにきついんですか、女性のズボンって。動きにくいにも程がありますよ。」
「うーん、これはあんまり女性ものってのは関係ない気もするんだけどなぁ…。
ーーあれ?奈津希ちゃんって動きやすければ良いんだよね?」
「え、まぁそうですけど。」
「じゃあ、スカンツとかどうかな?」
「スカンツ?」
スカンツとは、いわゆるワイドパンツのことらしい。ズボンの裾が広いので、側から見るとズボンではなくスカートに見えるのが特徴で、スカートに見えるパンツだからスカンツというらしい。
響き自体には、あまり苦手意識はなかったので、とりあえず「試してみます。」と答えた。
◆◆◆◆
「あ、これなら大丈夫です!」
そう声をかけると、若菜さんと亜希は目に見えるように脱力した。
まあ、ズボンほとんど全般にケチをつけていたのだ。流石に過剰だと思うが、そんな反応を示してもおかしくないとは思う。
脱力から立ち直った若菜さんが、少し心配するようにこちらを向いて口を開いた。
「今回はこれでいいけど、少しタイトなズボンにも少しずつでいいから慣れていかないとダメだよ?
スカンツはオールシーズンいけるってわけじゃないから、ズボンが全般ダメなままだと残りの時期、ずっとスカートを履くことになっちゃうよ?
スカートだと冬にはタイツか、ニーハイか履かないと寒くて仕方ないだろうし、学校に通うようになったらずっと生足でいるのは辛いよ?」
若菜さんの言葉が胸に刺さる。
若菜さんの言葉は、何1つ嘘なんか言っておらず、こちらを心の底から心配した言葉だった。
そんな言葉を拒否することもできず、若菜さんに「頑張ります。」と口にした。
◆◆◆◆
とりあえずスカンツとズボンを2つずつと、それに合わせられるようにチェックのワイシャツと無地のパーカーを買い、その店を出て、フロアマップのある場所まで来て次の店の相談をする。
「奈津希ちゃんは、何か特別見たいものとかある?」
そう言われて、俺の頭には1つのものが浮かんだ。
「なんかとっても広い範囲になるかもですけど、良いですか?」
「うん。今日は奈津希ちゃんの服を買いに来たんだから、奈津希ちゃんの希望を聞かないと。」
「それじゃあ、スカートを見たいです。」
若菜さんと亜希の2人は思わず目を見開いてフリーズし、その後2人で目を合わせるのと俺の方を見るのを「え?え?え?」と言いながら、交互に繰り返していた。
「え!?お兄ちゃん、自分からスカート見たいって言うなんてどうしたの!?
女装に目覚めたの!?」
亜希が、思わず俺を『お姉ちゃん』と呼ぶことを素手忘れて聞いてくる。
「目覚めてないから。
さっき、ズボンに慣れないといけないっていう若菜さんの話に、学校の話が出てきただろ?
もう、学校に通えるまでひと月ぐらいしかないんだ。
少しでも慣れておかないとまずいだろ。
俺だって、できれば履きたくはないけど、履かないといけない状況になった時、焦って履くなんてことにはなりたくないから練習だよ。」
そう言うと、2人は少し納得したのか落ち着いた。
「じゃ、じゃあスカート見に行こっか。」
若菜さんのその声で、俺たちは再び足を進め始めた。
◆◆◆◆
その後、スカートを見るついでに若菜さんが俺に可愛い系の服を着せようと暴走したりもしつつ、スカートを2着、スカートに合うようなトップスを3着、そして秋から初冬、もしくは普通に冬まで使えるように、茶色のトレンチコートを買って、今回のショッピングはお開きとなった。
お別れの際、若菜さんが「送って行こうか?」と言ってくれたが、バスのチケットを往復で買ったからと遠慮し、トークアプリのIDを交換した後、解散となった。
「お兄ちゃん、今日は楽しかった?」
亜希が聞いてくる。
「まあ、色々知らなかったことも知れたし、多少はな。男だった時も、もうちょっと見る理由でもあったら、今日みたいに楽しめたかもな?とか思ったり。」
「そっか。」
「ていうか、今日の途中からずっと俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでるぞ?
そこんところ注意しろよ。」
「え…、本当だ。素で間違えてたよ。
っていうか、それを言うならおに、お姉ちゃんだって口調が男の時に戻ってるよ。
そこんところ気をつけないと。」
「俺はあえてやってんの。
バスの中、運転手さんしかいないし、大丈夫だろ。」
そう言った後、2人そろって笑い合い、その後場が静まる。
そうすると、亜希が神妙な顔つきで口を開いた。
「お姉ちゃん、少しは女の子としての生活に前向きに慣れた?」
思わず反射的に亜希の方を向いた。
亜希は口元こそ笑っているものの、目はまっすぐとこちらを見つめていた。
そんな亜希を見て、俺は少し脱力して口を開いた。
「ああ、2人のお陰で少しはなんとかなりそうだ。」
そうして、また場を静寂が支配する。
だが、気まづい雰囲気はなく、むしろどこか心地よい静寂だった。
ーーーこうして、俺の女になって初めてのショッピングは終わった。
買い物長くなり過ぎたので、スカート以降割愛。




