買い物3
「お姉ちゃん、私が買ってくるから席とって待ってて。」
フードコートに着くなり、亜希がそう言った。
女性差別というわけじゃないが、以前読んだ漫画か何かでは、男の方が動いていたはずだ。
ならばこの場合、俺が動いた方がいいんじゃないか?
「いや、俺が買ってくるよ。亜希こそ座って待ってなよ。」
咄嗟にそう口から出る。
亜希はそんな俺を見て、両手を腰に当てて胸を張りながら息を吐く。
「いや、でもお姉ちゃん疲れてるでしょ?
連れ回した私が言うのも何だけど、ちょっとの間だけだけど休んでなよ?
それに、今のお姉ちゃんにご飯運ばせるの不安だしね。」
少し笑いながら、冗談のように亜希が言った。
いくらなんでも最近は筋トレしてるし、そこまで貧弱じゃないぞ!?
そう少しムッとするものの、確かに亜希の言う通りで、身体は正直ヘトヘトだ。
亜希の言う通り、座っているとしよう。
ーーーでも、「そこまで筋肉落ちてないから!大丈夫だから!」とは言っておく。
「じゃあ、お姉ちゃんなにが食べたい?
うどん?ラーメン?ハンバーガー?」
「ええっと…、ハンバーガーにしよう。
ビックリマックセット買ってきて、ドリンクはグレープソーダで。」
そう言うと、亜希は少し口を開けたまま目を見開いてこっちを見た。
「え、お姉ちゃんそんなに食べれる?残したりしない?」
天丼ネタのように繰り返す亜希に、再度ムッとする。それを表すように、身体が無意識に亜希から目を逸らした。
そんな俺を見て、亜希は「ああ、冗談だよ!弄りすぎちゃってごめんね?すぐ買ってくるから待ってて。」と言って、小走りでハンバーガー屋さんへ向かっていった。
ーーーふん、始めからそうしてればいいのに。
つい、そんなことを思う。
何も考えず亜希を待っているのも暇なので、俺はさっきの俺と亜希の会話を思い返していると、ある1つのことに気がついた。
ーーーあれ?これ、弄りすぎちゃって反省する姉と、拗ねた妹みたいな構図じゃない?
自分の行動が無意識に妹のようになっていたことに、なんか傷ついた。
そんなことに夢中になっていて、周囲の視線に俺は気づいていなかった。
◆◆◆◆
「君、外国人??日本語喋れんの??」
「へ?」
亜希が帰ってくるまで、特にすることもないのでボーっとしていると、突然声をかけられた。
声のした方を見ると、金髪にピアス、明るい色のYシャツを黒いTシャツの上から羽織り、かつ銀色のネックレスをしている、いわゆる『チャラ男』がいた。
「日本人です。なので勿論、日本語も喋れます。」
そんな人に声をかけられたので、思わず警戒の意を込めて、強めに返してしまう。すると、『チャラ男』さんは俺の返事を聞いて、なぜかテンションを上げた。
「え、まじで??なのに銀髪なの??ってことは、もしかして染めてんの??」
「え、えっと地毛です。なんか私の曾曾曾祖母さんがロシアの人だったらしくて、それが出てきたみたいです。」
「へえ、そうなんだ〜。良かった〜〜。俺、てっきり言葉分かんなくて困ってるかと思っちゃった〜」
『チャラ男』さんは、そう言って目を細める。
つまりは、チャラ男さんは俺が日本語が喋れなくて困ってると思って声をかけてくれたということか。
正直、チャラ男というか不良?に良いイメージを持っていなかったので少し警戒してしまっていた。
ーーーダメだな。見た目だけで人を判断するなんて。
男だったとき、俺も背が高く、筋肉が付いているので肩幅も広かったため、子どもに怖がられることが多くてよく凹んだものだ。
ーー自分が凹んだのに、他の人に対して同じことをしてしまうなんてダメだな俺。
「あの、すいませんでした。突然のことだったのでつい警戒してしまって。」
そう謝ると、チャラ男さんは驚いたように目を見開いた後、大きく笑った。
「全然大丈夫大丈夫!それよりも君、この後暇??一緒にお茶行かない??」
ーーえ、もしかしてこれって…。
「妹と一緒に来てるので、ちょっと無理だと思います。ごめんなさい。」
お茶に誘われて、ようやく俺も気づいた。
俺、警戒したの間違ってなかったな。
ーーーこれ、間違いなくナンパってやつだ。
いくら柔道漬けで、そういうことに詳しくない俺でもここまでくればさすがに分かる。
お茶に誘うってのは、漫画でよく見るナンパの常套句だ。
ナンパと分かったからにはついて行く訳にはいかない。ただでさえ、俺は退院したての病弱な女の子なのだ。そんな設定の女の子が、ホイホイ不良男子についていくなんて、はたから見たら明らかに異常だ。
それに、そんなこと関係なく、ナンパされて連れて行かれる場所がどんなところか分からないので不安というのもある。
「えー良いじゃん良いじゃん。せっかくなんだから妹さんも一緒に行こうよ〜」
チャラ男さん、いやナンパ男はそんなこと気にも止めず、口を開き言葉を紡いでくる。
ーーーその次の行動が問題だった。
ナンパ男は腕を伸ばし、肩を組もうとしてきた。
ーーーそこからは、もう完全に無意識だった。
俺は男の手を潜るようし躱し、そのままの流れで手を掴み相手の背後へと回り関節を決めた。
そこまでならばまだ良かっただろう。
バカなことに、俺はそこまで無意識にやった後、「あっ。」と声を出し、決めた手を離してしまったのだ。
男は決めた手が離れると、ステップを踏んで俺から距離をとった。
「へぇ、君強いんだね?」
そう言いながら、男は構えをとった。
その瞬間、男の纏う雰囲気が変わる。
ーーーやばい。男がキレてる。しかも、構えからして格闘技、それもおそらく空手の経験がありそうだ。
男が構えをとっただけ、たったそれだけで俺は追い詰められてしまう。
ーーーさっきの関節技が決まったのは、男が完全に油断していたからだ。
いくら筋トレを始めたからといって、まだまだ俺の身体は貧弱だ。格闘技の経験がある男の相手なんか出来るはずがない。かといって手を出してしまったために、完全に男に怒りのスイッチが入ってしまっている。
ーーーこの状況は、母さんが想像していた最悪の事態と同じだ。
自分の身体のことなんか素で忘れて、相手を倒そうとしてしまい、やられてしまう。
スイッチの入った男に、今の俺が勝てるはずもない。
ーーああ、早いうちにナンパって気付けて拒否出来ていれば、こんな状況にはなっていなかったのかな?
そんな諦めのセリフが頭に浮かんでくる。
そんな状況を壊す声が、明後日の方向から飛んできた。
「ほら、その娘嫌がってるじゃないですか。そこら辺でやめておいた方がいいですよ?」
声が飛んできた方を思わず向く。
「何だよ!先に手を出してきたのは、あっちだぞ!?注意すんならそっちを注意しやがれ!」
「何言ってんですか?さっきのは、あなたが肩を組もうとしたからついやっちゃっただけじゃないですか?そんなの正当防衛ですよ。
むしろ嫌がられてるのにやり続けたあなたがダメじゃないですか。」
「ちっ…!」
男の荒げた声に怯える様子もなく、胸を張って言い返す女性。
その言葉に、男は舌打ちをして去って行った。
そんな男を見て息を吐いた後、女性はこっちを向いて口を開いた。
「奈津希くん、大丈夫だった?
ナンパされてたみたいだけど。」
ーーー俺の名前を知っている。
やっぱり、間違いじゃないみたいだ。
何で男は注意されたらすぐ去って行ったのか。
ーーー答えは単純だ。周囲から注目されていたのに加え、女性が肩幅や立ち方から、明らかに格闘技の経験があったと分かったからだろう。
ーーー俺の名前と姿が一致していて、格闘技の経験がある女性。そんなのは1人しかいない。
「ありがとうございました、若菜さん。」
そう、ゲームの中でも、こっちの世界でもお世話になった女性警察官、中澤若菜さんだ。
「いいよいいよ。強引なナンパに注意するのも、警察官の務めの範疇だからね。
ーーーまあ、今日は非番だけど。」
若菜さんは笑いながらそう答えた。
母親が想像した状況を全て達成していくスタイル




