買い物2
バスに乗ること15分、現在バスは終点かつ今日の俺たちの目的地である大型施設、大型ショッピングモールの駐車場に停車している。
「ほら、お姉ちゃんついたよ。降りないの?」
そう覗きこみながら亜希が言ってくる。
再度右を向き、確認をする。
ーーうん。確かに着いてる。亜希もああ言ってるし、俺が幻覚を見てるんじゃなくて、本当に着いているんだな。
運転手さんがこちらを見て、何かあったのか?と確認してくる。
流石に周りの人にまで迷惑をかけるわけにはいかない。
そう思い、俺は重い腰を上げバスを降りた。
◆◆◆◆
「おおう…。」
ーーー人多すぎだろ。
モールの中へと入るとあまりの人の多さに圧倒された。さらには、すれ違う人ほぼ全員が俺の方を見てきているのを感じる。
ーーーうう、視線が痛い。
自分自身、目立つ容姿になってしまった自覚はある。でも、今までほとんど人前に出ていなかったため、ここまで見られることはなかった。
右を見ても左を見ても、人と目が合う。
ーーーそんな感覚が気持ち悪い。
思わず足が止まってしまう。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
そんな俺の反応に、亜希が振り向きながら確認を取ってくる。ただでさえ張り切っている亜希に、これ以上無理をさせるわけにはいかないと「なんでもないよ。」と気丈に振る舞う。
「そっか、じゃあ人多いところ行くから逸れないようにね。」
そう言って少し小走りで俺の手を引く亜希。
斜め後ろから見る亜希の顔には、見間違いようのないぐらいに輝いた笑みがたしかにあった。
ーーーそうだよな。これは元々亜希のために、俺から行くって決めたんだ。自分で決めたんだから、きちんとやりきらないといけない。
それに、こんなに喜んでいる亜希の笑顔を裏切るわけにはいかない。
俺は再度気持ちを決め、精一杯亜希に付き合おうと決めた。
◆◆◆◆
ーーーまじか。
衝撃的な値段に、そんな感想しか出てこない。
秋用ワンピースで、それ1枚で8000円もするの!?こっちのカーディガンはこれ1枚で4000円!?
俺の中で価値観が崩壊する。
信じられない高さに、ついていくことができない。
ーーーそして何より、そんな俺が驚く値段に対して亜希が「え〜!?これがこの値段で!?安い!」と言っているのが信じられなかった。
「なあ、亜希。女子の服の値段ってこんなもんが普通なの?」
夢中でこれがいいかな?あれがいいかな?と選んでいる亜希に対して顔を引攣らせながら質問する。
「あー、場合によるかな?良い物を選ぼうと思えばもっと高いものも全然あるし、安いのを選ぼうと思えばもっと安いのもあるし。
でも、質と値段、両方考えるならこんくらいが普通かな?」
「は、はぁ、そうですか…。」
思わず敬語になりながら返してしまう。
これ以上高いのもあるというところに引きながらも、安いものもあるということに落ち着く。
自分でいうのもなんだが、俺は服の値段事情に男女関係なく疎いのだ。
なぜここまで俺が服の値段事情に疎いかというと、俺の身体のことが深く関わってくる。
ーーーあ、今の女の子の身体のことじゃないぞ?
俺がまだ男だった頃、俺は周りよりも身長が大きかった。
それはもちろん始めから大きかったというわけではない。俺は中学に入ってから一気に伸びたのだ。
中1で買った服は中2の同じ時期にはピッチピッチになっており、そのために1年という周期で服を買い直さなければならなかった。
そんなこともあり、俺は男なのに珍しく、女の子である妹の亜希よりも服を買う機会が多かったのだ。買う機会が多かったからといって、我が家の予算は潤沢というわけではないので、増えるとは分かっていても、俺の服にかける予算は出来るだけ少なくしたい。
そんな俺にとっては、アパレル業界大手のUNIKLOの値段が基準で、しかもその中からできるだけ安いものを安いものをという基準で、服のデザインなんか全く考えずに選んでいたのだ。
だから、服の値段事情についてなんて、全く分からない。
今日、服の値段事情が分かったことで、俺の中に不安が生まれる。
「いや、何も考えずに来たけどお金ってどうなってるんだ?」
そう、俺は今日の財布の中身について一切知らないのだ。
『本当に行くのか、行きたくないな。』で頭がいっぱいになっていて、お金のことなんか全く考えていなかった。
元の男の頃、しかも出来るだけ抑えるようにしても、結構お金は飛んでいったのだ。
その頃よりもお金がかかることは、先程確認できた。
先程も言った通り、我が家の予算は潤沢ではない。なのに、引っ越しで予算を使い、さらにその際に家具を買っているのだ。
ーーーお金、大丈夫なの?
ーーーーというか、財布の中に買えるだけのお金入ってるの?
結果そんな思考に辿り着くのだ。
不安で不安で仕方ない。そんな俺の質問に対して、亜希はなんでもないように答えた。
「大丈夫だよ。お母さんからお金貰ってるし。
ほら、お母さん言ってたでしょ?引っ越しの時、予想外にお金余ったって言ってたって。
そのお金、私が今持ってるの。」
おお…。あの時余ったお金は、今後使うから手を付けていないって言ってたのは、俺の服を買うためだったのか。
ーー俺は思わずその場に立ち尽くしてしまった。
◆◆◆◆
「ふー、買えた買えた。お姉ちゃん次何買いたい?」
買い物を出来て満足気で、もう俺をお姉ちゃんと呼ぶのにもすっかり慣れた様子の亜希に、俺はちょっと遅れながらついて行く。
「やっぱり、次は下着を買おっか?」
「え、下着!?…いや、母さんが買ってきてくれたのがあるから良いよ。」
そう、下着は母さんが買ってきてくれたのがある。というか、この買い物自体、目的は秋以降のものである。
母さんが持ってきてくれた服は、いわゆる夏物、それも俺のために動きやすいものも含んだ服なのだ。(まあ、実際病院で着たのを含めて、数着、俺が自分では絶対選ばないような女の子女の子したものがあったが。というか、動きやすいのより多かった。)
なので、夏に着る服については困っていないので、今日の目的は秋以降の寒くなってきてからのものを手に入れることなのだ。
そんなことは忘れたように、亜希はニヤニヤと続けた。
「え〜。でも、全部親に買って貰った下着ってのもどうなの?お姉ちゃんが男、…夏休みに入るまでだって自分で下着は選んだんじゃない?」
「いや、全部母さんが勝手に買ってきたやつだぞ?」
「え、本当に!?」
「うん。」
思い出してみても、自分で買ったものはなかったはずだ。下着に対して特にこだわりはなかったし、中学時代は、部活漬けだったから、空いていた日は学校関係ない道場に行って練習してたか、誠也のやつと遊んでたから、自分で買いに行く時間もそんなになかったし。
ーーーあ。
「1枚だけあったな。」
「え、何で1枚だけ?」
「いや、中学の部活仲間と大会前に冗談半分で勝負パンツ買いに行ったことがあってさ。」
「へぇー、そんなことが…。」
ついついアイツら元気かなぁ?と考えてしまう。
特に、中学の部活仲間の1人は高校も同じで、『一緒にインターハイ目指すか』と冗談を言い合っていたのもあるし。
ちょっと話が逸れてしまったので、話を戻す。
「ってわけだから、俺は下着は買いに行く気ないからな?」
そう言うと、亜希は首を少し傾けて目を細めた。
「えー、買いたいけど、前からそれなら今のところまだいいかなぁ…。夏も終わるから人前で着替えることもそんなにないはずだし。
じゃあ、とりあえずお昼にしようか?」
「さんせーい。」
正直もうヘトヘトで、少しでもはやく休みたい気分なのだ。亜希の提案をノータイムで賛成し、俺たちはフードコートへ足を向けた。




