買い物1
いよいよ買い物回です。(今回出発するとは言っていない。)
とうとう俺はこの日を迎えてしまった。
何度確認しても、何度確認しても、時計が示すのは約束した日の日付のまま変わることはなかった。
ーーーうん。多分時計が壊れたんだな。
そう判断して布団の中へと戻る。
母さんが、引っ越して来た時に布団も買い替えてくれたので、布団はとてもふかふかで寝心地は最高なのだ。半分に折りたたんだ掛け布団の下へと足を入れ、掛け布団を広げて頭まで被り、そのまま二度寝を始めーーー
「お兄ちゃん起きてよ!今日は買い物に行く日だよ!」
ーーーようとしたところで、亜希が起こしにやってきた。
そう、今日は亜希と約束したショッピングに出かける日なのだ。
病院に来て、姉のように振る舞う亜希を見て、少しは頼ってあげてもいいかな?と思い、こちらから頼み込んだことで決まった今日の予定。
ーーー正直言って、あまり行きたくはない。
時間が経てば経つほど、何であの時あんなこと言ったんだろうと思う。
俺は覚えていたはずだ、亜希と母さんが大型ショッピングモールに行った時のことを。
信じられないほど長い間、服を見ていて、しかも一緒に来ちゃったからと、興味もない女性服売り場にひたすらついていくことになってしまい、2時間もの間拘束されたことを。更に、帰りの車で2人が「今日は奈津希が居たから普段より短めにした。」と言っていたことを。
ーーーああ、何であんな約束してしまったんだろう。
思わず頭を抱えて、過去の自分の発言を悔やむ。
掛け布団から目元あたりまで出して確認すると、亜希はとても目を輝かせながら、両手を膝に乗せて、こちらを覗いてきていた。
ーーーうう、こんなに期待していると、嫌だと言いにくい。
そんなことを思っていると、亜希が俺が起きていることに気づいた。
「ほら、お兄ちゃん。今日はイロンモールまで行くんだから、早く行かないと混んじゃうよ?」
顔を近づけながら言ってくる亜希。
ーーーくそっ、何て言ったら断ることが出来るだろうか?
布団で顔を隠しながら悩んでいると、1つのアイデアが俺の頭に降ってきた。
俺は上半身を起こしながら口を開く。
「き、今日は誠也のやつと遊ぶ約束がしてあるんだよ。だから、また今度に延期してくれないか?
ほら、もう夏休みも短いし、俺と亜希は一緒に住んでるから、誠也よりも予定がずっと合わせやすいし。
だから、今日は誠也と遊ばせてくれないか?」
両手を顔の前で合わせ、片目を瞑りながらそう言う。
ーーーふふん、完璧だろう。
夏休みももう残り少しだし、俺と亜希は俺と誠也よりも予定が合わせやすい。この2つは両方とも事実だから、嘘を疑われることもないだろう。
俺が自分で自分の発言に関心していると、亜希から予想だにしない言葉が飛んできた。
「そっか…、じゃあ誠也くんも一緒に行こっか!
誠也くんに電話で確認してみて。」
ーーーえ、まじ?
今日誠也と遊ぶ約束なんかしてないのに、「今日の約束なんだけど、買い物にしない?」って電話しなきゃいけないのか?それも亜希の目の前で。
ーーーえ、まじ?
そろそろ流石に亜希の視線が痛いので、動き出さない訳にはいかない。
ーーー頼む誠也、なんとかしてくれ。
そう祈りながら、無料通話アプリの中にある誠也の名前を押した。
ーーープルルルル
ーーープルルルル
ーーープルル『はい、もしもし?』
「お、おう誠也か?俺だ。奈津希だ。」
そう返事をしつつ、無料通話アプリのスピーカーをオンにする。
亜希が俺って言っちゃだめでしょ?と睨んできているがそこは今は気にしないで進める。
『おう、奈津希か。どうかしたのか?』
「今日なんだけどさ、普通にお前ん家で遊ぶ予定だったじゃん?」
『ん?ーーーーあ、おう。そうだったな。』
ーーーおおお!!合わせてくれると信じてたぞ!!
「それなんだけどさ、今日実は、亜希と買い物行く約束しちゃってたみたいで、今日誠也とも約束してるって言ったら、誠也も一緒に買い物来ないか?って言い出したんだよ。」
「お兄ちゃん、今日逃したらこのままはぐらかしてきそうで、絶対に今日行きたいんだ!
誠也くん、なんとかならないかな!?」
俺のそばに寄ってきて、俺と誠也の会話を遮るようにして、亜希はそう言った。
誠也は「え!?亜希もそこにいたの!?」と声に出して驚いていた。その後、しばらく黙った後、口を開いた。
『あー、今日に関しては、実は俺も外せない用事が入っちゃってさ。もうちょっとしたら、断りの電話を入れようと思ってたところだからさ、2人で行って来てくれよ。』
「え、ほんと!?」
ーーーなんでだよ!俺が今日約束あるって嘘ついたところから、俺がピンチだって察してくれたんじゃなかったのか!?
だったら助けてくれよ!
『でもさ、この後すぐに買い物行くのはやめておいた方がいいんじゃないか?』
「え!なんで!?」
誠也、俺に助け舟を出してくれたのか?
さっき行って来たら?と言われたばかりだから、少し疑うような気持ちで、スマホの画面を見つめる。
『いやさ、流石に直しておかないとまずいだろ?』
「直すって何を?」
亜希が不機嫌になりながら言う。
そこまでお姉ちゃんぶりたいのか?と思わず考えてしまう。
そんな亜希の態度を気にした様子もなく、誠也は続けた。
『いや、亜希の奈津希の呼び方だよ。
今の奈津希、見かけだけとはいえ完全に女の子なんだから、流石にお兄ちゃんって呼び方のままはまずいだろ。
亜希が奈津希のことなんて呼ぶか、決めてから出かけた方がいいんじゃないか?』
誠也のセリフに、兄妹揃って「おお…。」と声を上げてしまう。
ーーーまったくもって誠也の言う通りじゃないか。むしろ、何で今の今までこんな重大なことに気づいていなかったのだろう。
今の俺の見た目は、どこからどう見ても女の子だ。しかも、銀髪なんてまず日本じゃ見ないだろう髪色をしているし、自分で言うのもなんだが顔も整っているので、街に出た場合は凄く目立ってしまうだろう。
そんな目立つ女の子が、妹らしき人物に《お兄ちゃん》なんて、普通あり得ない呼び方をされる。
そんなのは目立つどころの話じゃないだろう。
最悪の場合、俺が手塚清秀の事件の被害者だとバレてしまうだろう。
ーーーやばい。少しでも早く直さないと。
「どうしよう、急いで直さないと…。
お兄ちゃんのこと、何て呼べばいい?
奈津希?それとも、お姉ちゃん?
いや、奈津希ちゃんとか呼んだ方がいいかな?」
「えっと、どれがいいんだろ?」
思わず電話しているなんてことを忘れて、亜希と話し合う。
それに対して誠也から、声が飛んできた。
『あー、悪いんだけどさ。昨日充電しないまま寝ちゃったから、スマホの充電ちょっとまずいんだ。切ってから話し合って貰ってもいいか?』
「あ、おう。分かった。
また今度一緒に遊ぼうな。」
『おう、またな。』
こうして、誠也との通話が終わった。
その後、亜希と互いの目を見つめ、同時に口を開いた。
「「で、どうしよっか?」」
その30分後、亜希は俺のことを《お姉ちゃん》と呼ぶことに決まり、結局その後に俺は買い物に行くことになった。
最後に挟んだ亜希の奈津希の呼び方指摘ですが、実は前回のエレベーターの中で決める予定でした。
ですが、その後の展開が上手くいかなかったので、ここに来ることになりました。
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