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ゲームをしたら女になった件  作者: シロツミ
現実帰還と身の回り
27/72

退院

カーテンを開き、日光を浴びる。

時刻は9時、意識ももうはっきりと覚醒し、ポカポカとした陽気に右腕を上にあげ伸びをしながら病室に目をやる。

あくまで涼しい病室の中にいるからこう思うだけで、外に出たら暑いだろうなと思いつつ、病室を見渡す。

ーーーとうとう、今日が退院日だ。


正直、昨日までは入院生活にウンザリしていて、今日が来るのを今か今かと待っていた。

そりゃ当然だろう。毎日毎日視界に入るのは同じ光景、真っ白な病室の様子ばかりで、好きな身体を動かすことも場所を貸し切りに出来ない限りまともに動かすことが出来ない、といったような周囲の状況にガチガチに拘束されているような日々を過ごしていたのだ。

辛かったはずなのに、いざ最終日となるとどこか寂しく感じられてしまう。

そんな感傷に浸っていると部屋の扉がノックされた。

ーーー入ってきたのは父さん、母さん、亜希、そして誠也だった。




◆◆◆◆




「奈津希の場合はこう言っていいのかよく分からないが、とりあえず退院おめでとう。」


父さんが4人を代表して言う。

それに対して、「ありがとう。」と返すことで、どこか緊張した、いやこの場合は真面目なって方が合ってるかな?まあともかく、そんな空気は去っていった。


「というか、なんで誠也も来てるんだ?」

「なんだよ。お前の退院日に俺が来ちゃダメか?」

「いや、そういうわけじゃなくて、なんで誠也もみんなと一緒に来たんだ?」

「あー、そういうことな?

俺も自転車で来ようと思ってたんだけど、昨日の夕方に亜希から電話がかかってきたんだよ?」

「え、亜希から?」


思わず亜希の方を見ると、亜希は待ってましたとばかりに口を開いた。


「やったのは私だけど、決めたのは3人でだよ。

誠也くん、私たちの今の家、書類上でしか知らないでしょ?だから、誠也くんも一緒に家に来て確認してくれたら遊びに来やすくなると思って。」


なるほどと思い、思わず口が「ほー」と言うように開く。

ーーーもう既に、父さんたち3人は今までの家から新しい家へと引っ越している。

俺たちが引っ越しをするのは、俺の姿が変わっていることを周囲の人に知られて懐疑的な目で見られないようにするためなので、俺が退院する前に引っ越すのは、当然といえば当然なんだが。

引っ越しているということは、誠也は俺の家、新しい家に訪れたことがないので、新しい家の正確な位置を知らないということになる。

別に俺が誠也の家に遊びに行けばいいから、誠也のやつは俺の家について事前に知っておく必要はないのだが、遊ぶ時間という意味では知っていて貰わないと困るのだ。

というのも引っ越しをしたと母さんが有給を取って報告に来た時、俺に門限が設定されたのだ。

当然、俺は「何で!?」と聞いたのだが、返ってきた言葉がかなり的を得ていた。


「奈津希は女の子になったばかりだから、他の女の子より不審者なんかへの知識がないから心配なのよ。普通の女の子なら小中とずっと言われてることを、奈津希は小学校の間しか言われてないから。

それに、これが一番心配なんだけれど、奈津希、身体能力かなり落ちちゃってるでしょ?

もし、不審者に襲われた時、身体能力が落ちてることを忘れて、声を上げるんじゃなくてやっつけようとしちゃって、でも、身体能力落ちてるからやられちゃうみたいなことになりかねないから、怖いのよ。

不審者だけじゃなくて、間を置いたからもう大丈夫かもだけど、性別転換者保護団体っていうのもあるし、出来るだけ外をうろついて欲しくないの。

だから、今年だけでいいから、門限は17時半までにさせて。」


力が落ちているということは俺自身が一番理解しているが、だからといって思考まで、本能まで理解しきれているとは言い難いだろう。

柔道をやっていたのは3年、その期間で県大会で入賞したりと経験と実績、そして確かな自信を得た。

3年間で得たものを失って1ヶ月で実感しろ理解しろ、と言われても頭でどうにか出来てもそれ以外、本能などといった部分は出来るはずがない。

分かっているので同意したいのだが、こちらは遊びたい盛りの高校生、17時半までと言われたらちょっと待ってと言いたくなる。

そんな風に葛藤している俺を見て、母さんは妥協してくれた。

俺が出る場合は17時半までだが、うちに来る場合は特に指定はないという。

うちに来るという条件を満たすために、誠也には家の位置を知っていてもらう必要があるのだ。


「でも、お父さんと誠也くんは一旦外に出てて?」

「「?」」


父さんと誠也が首を傾げた。


「いや、お兄ちゃん、患者衣のまま外に出て行くわけにはいかないでしょ?

ほら、服変えないと。」


亜希が続けた言葉に、2人は「ああ…。」と納得して速やかに部屋を出て行った。

ーーーそれと同時に、女性陣の、母さんと亜希、そして病室に待機していた美春さんの目の色が変わった。


ーーーえ、目がこわいんですけど。



「よし、お兄ちゃんどれ着る?

やっぱり女の子らしくしなきゃいけないからスカートで意識しとく?」

「亜希、とりあえず落ち着きなさい。

奈津希も一度履いたとはいえ、スカートは辛いのは変わりないでしょう。

だから、ここはパンツで行くべきです。」

「でも、このパンツだと奈津希くんのイメージに合わないんじゃないですか?

それなら、こっちのショートパンツがいいんじゃ?」


頭から亜希、母さん、美春さんが服を取り出し相談し始める。俺は、その様子に絶句していた。

ーーーねえ、それトランクケースだぞ?

服を入れてきたのは父さんが海外出張の際に使うトランクケース、しかも中でも1番デカイサイズのものだ。

ーーーあれに服って、一体どれだけ入るんだ?

ーーーーしかも、あの服全部うちで2人が着てるの見たことないぞ?今回買い揃えたってこと?

頭が明後日の方向に回転を始め、思わず服を買うのにかかった値段を計算してしまう。

女物ってなんでか知らないけど、男物より高かったよな?男物でも1着2000ぐらいはするから、プラス1000して3000ぐらい?それが20ぐらいあるから、えっと…単純計算6万円!?


「お兄ちゃん、このショートパンツなんかどう?

…お兄ちゃん?」

「え?あ、うん。それで良いよ。」

「分かった。じゃあこれを軸にしてくね。」


あ、金額に驚いてたから、無意識に質問の内容も把握せず返しちゃった。

慌てて訂正しようにも、3人の会話は更に盛り上がっており、とてもとても入って行くのは無理だった。


◆◆◆◆



「ねぇ、本当にこんな格好で退院するの?」


少し涙目になりながら俺は抗議する。

変なスイッチが入っていたあの時とは違う。女物の服を着るという抵抗感を覚える行為を、落ち着いた精神状態の今、自分の手で行わなければならないのだ。

そんな状況に追い詰められ、思わず弱音を吐いても仕方がないだろう。


「お母さんたちだって、奈津希に意地悪したくて女物の服を持ってきたわけじゃないのよ?

もしこのまま10月まで元に戻れなかったら、奈津希は女の子として高校に通うのよ?

今慣れておかないでどうするの?

それに、下着姿のまんまじゃ風邪ひいちゃうわよ。」


母さんの言うことは何から何まで正論だった。

昨今は制服も男でもスカートを、女でもズボンを選べるところが出てきているらしいが、俺が通っている三田西高校はそんなものは採用していない。それなのにズボンを履いて行ったりしたらとても目立って、俺の編入時期も重なって性別転換者保護団体に見つかるかもしれない。

そのために、女の子の格好をすることは必須なのだ。というか、小柳さんと約束した必須事項にもそれはあった。

ーーーでも、3人が楽しそうに服を選んでいた事実は変わらないじゃないか。

そんな風に目で訴えると母さんは目を逸らした。

ーーー流石に母さんもあれはやりすぎと思っているのか。

少し落ち着くも、今度は亜希が、後ろから背中を押して俺を扉の方へ運んだ。

それに合わせて、美春さんが病室の扉を開く。

ーーーくそ、何でこの2人こんなに息ピッタリなんだよ!

そうして俺は、部屋の外で待っていた誠也や父さんの前へと運び出された。



◆◆◆◆



《side誠也》


視界に入った瞬間、思わず息が止まった。

奈津希が着ていたのは、茶色のTシャツに白のショートパンツ、上からベージュのかなり大きめのブラウスをアウターとして羽織っていた。

Tシャツはウエストのところでショートパンツの中に入れ、そのショートパンツはかなりゆったりしていてこちらに柔らかい印象を与えてくれる。

確かに服装は可愛らしいし、とても今の奈津希の姿に合っている。

それより何より、1番は奈津希の様子だった。

まっすぐ下ろした右腕の二の腕あたりを左の掌が優しく包んでおり、頰はほんのり赤く染まっている。

恥ずかしがっている奈津希、その可愛い様子に、俺は思わず呼吸をすることを忘れてしまった。


「おお、奈津希。似合ってるじゃないか。

これなら女の子にしか見えないから、最悪その姿のまま学校に通うようなことになっても大丈夫だな。

誠也くんもそう思うだろ?」


貴之おじさんの声で一気に現実へと引き戻される。

ハッとして周りに目をやると、みんな俺の反応を待つ体制に入っていた。

中でも奈津希は、俺の方を上目遣いで見つめ、とても不安そうだった。

ーーーやばい。早く答えないと。


「そうですね。本当に似合っていて、とてもびっくりしました。」


そう言ってから、俺は失言に気づいた。

ーーー奈津希が恥ずかしがってたのは、男なのに女物を着るなんてって葛藤があったからの筈だ。

なのに、女の子の格好をした奈津希を似合ってるなんていうなんて、俺何やってんだ。


俺は失言の後ろめたさから、奈津希が病院を出るまで、奈津希と目を合わすことが出来なかった。



◆◆◆◆



《奈津希side》


「そうですね。本当に似合っていて、とてもびっくりしました。」


誠也のその言葉が聞こえた瞬間、俺の胸は暖かくなった。

誠也が似合っていると言ってくれてホッとしたのだろう。身体から無意識に力が抜けてしまい、少しよろけた。慌ててバランスを取り直したところで、俺は自分自身に1つの疑問を持った。

ーーーあれ?なんで俺、誠也が似合ってるって言ってくれてホッとしてるんだ?

俺は、俺の心は、間違いなく男のものだ。

さっきまで、人前に出たくなかったのは、女物を着て人前に出るなんてことが耐えられなかったからのはずだ。

ーーーなのに、誠也に褒められてホッとするなんて、喜ぶなんて。

自分自身が信じられない。

そのことが、余計に恐怖を煽った。

ーーー俺の精神、想像以上に女性側に引っ張られてるんじゃないか?


そう考えた瞬間、身体に電流が走った。

怖い。怖い怖い怖い。

もし、完全に精神が女性のものになったら、俺は俺でいられるのか?果たしてそれは俺と言っていいのか?

そんな恐怖で胸がいっぱいになり、俺は考えるのをやめた。

ーーー考えすぎだ。不安になってるから、悪い方悪い方にと考えちゃうだけだ。

自分自身にそう言い聞かせ、強引に恐怖を引き払った。



◆◆◆◆


しばらく時間が経過して、病室の時計は11時45分を指した。

その時、俺の病室の扉がノックされた。

反射的に「はーい。」と口にすると、入ってきたのは山村先生だった。それに合わせて、美春さんが山村先生の方へと移動した。

ーーーきっと、最後の挨拶ということなのだろう。


「改めてということになりますが、奈津希くん、退院おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

「奈津希くんの場合、かなり特殊なケースのため、これ言おうかどうか悩んだんですよね。」


山村先生がそう言うことで、場に笑い声が響く。

そうやって俺たちをリラックスさせた後、再度口を開いた。


「奈津希くんの場合は、先程も言いましたが、かなり特殊ですので、退院という形を取りますが、いつでもここにいらしてください。

本当にちょっとしたことから大きな問題に繋がるケースも、精神の問題ではあります。

退院後も月1回の定期検診、それになにかちょっとした違和感や相談したいことなんかがあったら、すぐにここに来てください。」


山村先生の言葉が、俺の胸を貫く。

ちょっとした問題、いやもう既に大きくなりかけている問題を、俺は今抱えているからだ。

ーーー言った方がいいんじゃないか?

そんな思考が流れるも、『周りに知られたくない。』という気持ちが勝り、相談はせず、「分かりました。」と口にした。

山村先生は、俺の言葉にうんうんと頷き、後ろに下がり、美春さんが「それじゃあ私について来てください。」と手を挙げながら口にした。

俺は部屋を出るときに再度部屋に目をやった。

やっぱり、どんなに辛くても長い間いると愛着が湧くもんだな。

俺は小声で「ありがとう。」と口にして部屋を出た。





廊下を歩いていて、美春さんの背中を見ていて、改めて感じた。

ーーー美春さんには本当に感謝しかないな。

本来、2週間ごとに日勤夜勤を交代するはずなのに、俺の応対をするために美春さんはシフトをずらしてずっと俺の面倒を見てくれていた。

しかも、俺が責任を感じないように「全然大丈夫だよ。むしろ日勤だけの方が起きる時間変えなくていいから楽なくらいだよ。」とジョークまで交えてくれた。

本当に美春さんには、感謝しかない。


「美春さん、今までありがとうございました。」


そう口にした時、振り返った美春さんの瞳が潤んでいることに気がついた。

ーーーすごく辛かったんだろう。

日頃から命に関わる仕事をしている人でも、厚生労働省からの依頼なんて辛いに決まってる。

ましてや美春さんは、俺の事情が事情なので、山村先生と院長以外に俺の話を出来ない。

つまりは、身近の人に相談出来なかったのだ。

重い問題を抱えたのに、それを誰にも相談出来ない、話せない。

それは、俺なんかには想像出来ないくらい辛かったのだろう。


俺は再度、感謝を込めて「今まで本当に、ありがとうございました。」と口にした。



◆◆◆◆


そしてとうとう、出入り口へとたどり着いた。

山村先生と美春さんは受付の方に、俺たちは入り口の方へ俺を中心にして並んだ。


「山村先生も、今まで本当にありがとうございました。」


山村先生にもそう伝えると、山村先生は少し笑った後に、「奈津希さんは退院はしますけど、これからも月1回も検診はしますからね。

だから、これからもよろしくお願いします。」と言ってきた。

それに対して「よろしくお願いします。」と返し、そこで俺たちの会話は終わった。


頭をぺこりと下げた後、出入り口から外へと出て、出た後も手を振る2人に向けて手を振った。

ーーーこうして俺は、仲山総合病院を退院した。




とうとう退院です。

この作品では、奈津希はバレたくないと言いだせませんでしたが、皆さんはお医者さんには躊躇いなくなんでも相談してください。


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