病院暮らし18
遅くなってしまった分長め、というわけではなく普通に書いてたらなんか今までで最長になりました。
2日後、今度は亜希と誠也が一緒に病室を訪れた。
「お前ら2人が一緒って珍しいな。」
ーーそう、珍しいのだ。
はっきり言って、誠也と亜希の関係は非常に良好である。
だからといって、誠也と亜希は高1と中2で、歳なんか2つも違う。そして、当然ながら性別も違う。
いくら関係が良好といっても、性別も歳も違う者同士が2人で会うなんてことは珍しい。
そんな珍しいケースが、たった今、目の前にあるのだ。
思わず心構えしてしまう。
「いや、今日はね、お兄ちゃんに大事な話があってね、私だけで来てもはぐらかされちゃうかもだから、誠也くんにも来てもらったの。」
そこまで亜希が真剣に言いたいことって何なんだ?
こちらまで、真剣になっていく。
「私がお兄ちゃんに話したいのはね、『口調』についてなの!」
ーーーは?口調?
「え、口調がどうかしたのか?
男だったときから何も変わってないだろ?」
誠也がそう言いながら俺の方を見てくる。
誠也の言う通り、俺の口調は男の時と全くもって変わってない。
声の高さや質なんかは変わってしまっても変わっていない部分の1つだ。
「違う!いや、その通りなんだけど、そこが問題なの!」
え、口調がそのままなのが問題?
「別に、入院している間なら、私たち以外の他の人と会わない間ならそのままで構わないよ?
でも、退院したらお兄ちゃんは病弱な西山家の長女として振舞わなきゃいけないんだよ?
偏見かもだけど、病弱な女の子が『俺』なんて使わないと思うし、そんな乱暴な言葉遣いじゃないと思うよ?
なら、お兄ちゃんもそう振舞わなきゃいけないでしょ?」
胸が痛い。まるで、亜希に背後から槍でグサグサと何度も刺されているようだ。
そんな痛みが胸を襲う訳は、亜希の言う事が全て正しかったからだ。
病弱な、という設定がなかったとしても、『俺』なんて一人称を女の子が使っていたら違和感しかないだろう。
僕っ娘ですら、それほど人権を得ている訳ではない。それが俺っ娘ならば、なおさらのことだ。
亜希の言う通り、口調を女の子らしく変える方が今の口調を貫くより、確実に正しいだろう。
ーーーでも、変えたくない。
今、俺の精神は確実に女の方へと引きずり込まれ始めている。
もし口調を変えたならば、その進行は間違いなく進むだろう。
いや、ただ口調を変えるだけならば進行はしないか。俺が恐れているのは、口調を意図的に変えてる、日本語から英語への変換のように頭の中で文章を作ってから話すならば大丈夫だろう。
ーーーだが、慣れが進み、頭の中での変換なしでできるようになってしまったならばどうなるだろうか?
間違いなく進行は大きく、大きく進む。
俺は、それが怖いのだ。
何か反論したい。
でも、亜希の話していることが正しいと、俺自身理解しているから、反論することができない。
ならばいっそ、俺の精神が女に近づいていることを2人にぶちまけてみてはどうだろうか?
ーーーいや、そんなことこそ絶対にありえない。
俺がそんな状態だなんて、誠也に知られてしまったなら、俺たちは親友では、対等な関係ではいられなくなる。
そんなことは絶対に嫌だ。
ーーー仕方ないか。
俺は亜希の意見に同意することを決めた。
もちろん、同意するだけだ。完全な女の精神になんてなるつもりは一切ない。
俺は、少しでも精神の変化を抑えられるよう、男時代やっていたことをやり始めようと決心しつつ、俺は口を開いた。
「…分かったよ。女の口調にすればいいんだろ、すれば。」
「うんうん。じゃあお兄ちゃんにはどんな口調が合うか、考えてみよう。」
「はいはい。……え?」
「私的にはね、『◯◯ですわ』とかいいと思うんだけど。」
「おい、亜希。」
「それに合わせて、『◯◯だわ』とかも言ったらいいと思うな。」
「おい、こっちを見ろ。
お前、ふざけてるだろ?」
亜希は、俺の怒気に当てられたからか、一歩後退した後、再度口を開く。
「いや、本気も本気だよ?マジマジ。」
こちらを真っ直ぐ見据え、右手を銃で脅されたように上にあげながら、亜希は言う。
ーーーでもな。
「なら、なんでお前、左手で頰をかいているんだ?」
「え?」
「嘘をつく時、頰をかくのはお前の悪い癖だぞ。」
「え、本当に!?」
「馬鹿、嘘だよ。」
亜希は、俺のブラフに綺麗に引っかかった。
「んな分かりやすい癖とかある訳ないだろ、バーカ。」
「え、あ、騙したの!?酷いよお兄ちゃん!」
「大事な問題でふざけたことを言ってくるお前の方が酷いからな?」
そうやって、うまく俺と亜希の兄妹喧嘩の方向へと持っていく。
よし、これで口調の件はなかった方向に持っていけるかもしれない。
口調は直さなければいけないかもしれないが、俺的には直さないで良いことに越したことはない。
ーーーだがしかし、この場にはもう1人いるのだ。
「いや、亜希のやつは流石におふざけが過ぎてるけど、口調を直すってのはやっぱり必要だろ。」
ーーー誠也だ。
このやろう、本気で真面目にそう思って口にしてやがる。
抵抗の意を込めて嫌な顔をするが、逆に「そんな嫌な顔するなんて、何か理由でもあるのか?」と聞かれて、追い込まれてしまう。
いや、言える訳ないだろ。精神が女になりかけてるからやだ、なんて。
結局、誠也によって俺は口調を直す方向に丸め込まれてしまった。
◆◆◆◆
「んで、結局どうするのがいいの?」
俺がそう口にすると、誠也は頭を抱えた。
誠也は、女の言葉遣いについて、自分から違和感には気づけるものの、それをどう直せばいいのかは分からない。
それは、まあ普通のことだろう。
女の口調で、自分が話す訳ではないのだ。
他者が話す時に違和感を覚えるのと、自分が話す時に違和感なく話せるのは、勝手が違う。
ーーーつまりは、女の口調というものがどんなものか、誠也には分からないのだ。
それはつまり、ほとんど同じ立場である俺も、ほとんど同じ状況だと言っていい。
ーーー2人して下を向き、場を沈黙が支配する。
そこへ、場の空気を変える1つの声が飛んだ。
「あの、意見があるんですけど発言しても良いですか?」
亜希だ。
亜希は先程の反省か丁寧語を使いつつも、目をこれでもかと輝かせて授業での発言のように手を挙げて言った。
ーーーむぅ…。
亜希は、はっきりいって劇薬だ。
亜希自身が女の子ということもあり、当然女の子として最低限の言葉遣いなんかも理解している。
しかし、亜希が本当のことを言うかどうかが分からない。
こいつのさっきのふざける気満々の態度を見る限り、発言を信用できない。
ーーーよし、ここは脅し文句の1つでも言ってから聞くか。
「亜希、言ってくれ。
ーーーでも、テキトーなこと言うようなら、頭ぶつからな?」
そう言って脅したのだが、亜希は脅しに反応を示すことなく、むしろ口をニマニマとさせている。
なんでだ?と思ったところで、1つの答えが浮かび上がった。
ーーーあ、俺今筋力無茶苦茶落ちてるんだった。
そんな状態の俺から『頭ぶつからな?』と言われたとしても怯むなんてことはない。
むしろ、今の俺の姿が亜希の身長よりも低いのも相まって、子どもがはしゃいでいるような感覚なのかもしれない。
ーーーむむっ。
今まで出来ていたことが出来ないのは、なんか嫌だ。
「ーーーーーー誠也が。」
先程のセリフに少し付け加える。
付け加えた言葉に、亜希だけでなく、名前を呼ばれた誠也も驚きを表した。
「もう…。はいはい、ちゃんと答えるからぶつだのぶたないだのの話は止めて。」
亜希が諦めたように声を出す。
少しばかり、冗談半分で言った発言に本当に残念そうにする亜希の態度から、そこまで弄りたかったの?と驚く。
そんなことに気づいていないのか、亜希は間を置かず口を開いた。
「えっとね、お兄ちゃんたちは『女性の言葉遣い』ってのを意識し過ぎなんだと思うよ?」
「「え、意識し過ぎ?」」
「そう、『女性の言葉遣い』と聞くと、男は絶対に使わないようなもの、って意識があるのか、言葉遣いを完全に変えようとし過ぎて、アイデアが出てこないんじゃない?
自分で言っといてなんだけど、語尾に『わ』や『わよ』をつけるのなんて、今時女性でもやってないよ?
むしろ、2人はそんな言葉遣いの女性と話したことあるの?」
そう言われて思わず誠也と目を合わせる。
『わよ』なんていうのは、漫画のお嬢様キャラしか使わないようなものだ。
アニメで聞いたことあっても、現実じゃ聞いたことなんてない。
ーーーでもな。
「亜希、俺たちの考え方がおかしいのは分かったけど、結局どうやればいいんだ?」
そんな俺の発言に亜希はやれやれと言わんばかりに手のひらを上にあげて、両手を横に開いた。
「一人称を私にして、常に敬語、いや丁寧語かな?ですます口調でしゃべったらいいんじゃない?」
「「おおーー!!」」
確かにそれなら、病弱で入院していた女の子という設定も相まってそれっぽく聞こえる気がする。
俺たちが亜希に対して『すごいな。』『さすが女の子!』と声をかけるも、亜希はなぜか落ち込んでいた。
「え、何その反応?俺たち、亜希のこと褒めたのに…?」
「2人ともなかなか褒めないのに、久しぶりに褒められたと思ったら、言っちゃ悪いけど私からしたら簡単に分かることだったから、なんかむしろ落ち込んでるの!!」
ーーーそういうことらしい。
女心、妹心というのはとても難しい。
「ていうか、お兄ちゃんも分かったんなら早く実践していったら?
さっきも俺って言ってたし。」
「そ、それもそうだな。
…よし。」
よし、言うぞ。
そう思うと、なぜか緊張して言葉がうまく出てこない。
ーーー落ち着け、俺。
よし、女言葉を使うと考えるんじゃなく、社会に出てからのための練習と考えよう。
一人称を私にしたり、ですます口調や敬語を使うのなんかは、社会に出た時必ず必要とされる能力だ。この考え方なら、なんかうまく出来そうだ。
「『私は、西山奈津希っていいます。
転入という形になったのは、先月まで体調が優れず、入退院を繰り返していたからです。
とは言っても、今はもう大丈夫なので、気を遣わず、普段通りに接してください。
よろしくお願いします。』
…こんな感じかな?」
「おおー!自己紹介ならまさしくそれでいいと思うよ!でも、最後の一言は意識するのやめたでしょ?さっきのは女の子でも使いそうだから大丈夫だったけど、男の子しか使わないような言葉が出ちゃったらまずいから、常に心がけて癖になるようにしなきゃダメだよ?
ね、誠也くんもそう思うよね?」
「え、あ、うん。」
えー、普段からそれやらないといけないの?と不満を少し覚えつつも、それよりも誠也の反応へ意識が持っていかれた。
「誠也、なんかやけにどもってるけど大丈夫か?
あ、いや、大丈夫ですか?」
「お兄ちゃん、そこまで『ですます』入れ過ぎても違和感あるよ?今のなら『大丈夫?』でいいと思うよ。」
「むー、難しいな。
って誠也、本当に大丈夫か?
顔もなんか赤いし、なんか変だぞ?」
俺のセリフに対し、誠也はなぜか半歩後ろへ下がりながら「ああ、大丈夫。」と答えた。
「誠也くん、本当に大丈夫?なんか変だよ?」
「亜希の言う通りだぞ?
…もしかして、病院の中で風邪かなんか貰ったか?それなら、俺のことなんかいいから、早く家に帰って安静にしろよ。」
俺の発言に誠也は、「悪いな、今日はそうしとくよ。体調良くなったらまた来るな。」と言って帰って行った。
「誠也のやつ、本当に大丈夫かな?」
「どうだろう…。でも、きっと大丈夫だよ。
また、3日後ぐらいには元気な顔見せてくれるんじゃない?
ーーーそれよりもお兄ちゃん?
誠也くんを心配するのも分かるけど、さっき口調思いっきり男の子の時のまんまだったよ?
しっかり気をつけないとダメだよ?」
「う…、分かったよ。頑張るからさ、上から見下ろすのやめてくれない?
なんか、妹にまで見下ろされると悲しくなってきてさ…。」
「へー、お兄ちゃん私に見下ろされるのが嫌なんだ…。
じゃあ、お兄ちゃんがきっちり女の子として違和感のない口調に出来るまで、見下ろすの止めないね。」
「え、何で!?」
「見下ろされるのが嫌だったら、早い事マスターしてね〜。
じゃ、私も帰るね〜。」
「え、ちょ、ま、待ってよ!!」
俺、いや私の声に返事は返ってくることはなく、亜希はそのまま帰って行った。
ーーー口調のこと、本気で考えてみるか。
そう思いながらも、やはり変えるというのは抵抗を覚えるので、とりあえず保留の意を込めて掛け布団を頭まで被った。
◆◆◆◆
《誠也side》
「お帰り誠也〜、ってどうかしたの?」
「ただいま母さん、体調悪いからもう寝るよ。
ご飯もいらない。」
「え、本当に?でも、もうちょっとだけ頑張って。お粥と薬持って誠也の部屋に行くから、食べてから寝なさい。」
「分かった。じゃあ先に部屋行ってる。」
そうやり取りをし、階段を登り2階にある自分の部屋へと足を運び、躊躇なくベッドへと入る。
左腕で視界を遮り、深呼吸をする。
すると、さっきの、女の子らしさを少しだけ身につけた奈津希の様子を思い出した。
ーーーさっきの奈津希、可愛かったな。
そんな考えが浮かんできてしまう。
頭を思いっきり振り、強制的に忘れさせる。
ーーー何で俺が、奈津希を女の子にした原因の1つである俺が、そんなことを思っているんだ。
奈津希のあの姿は、俺の罪の象徴のはずだ。
それなのに、可愛いだなんて考えるなんて、俺はどうかしてる。
俺はベッドから出て、勉強机と向き合い勉強を始めた。
「あれ?誠也、体調悪いんじゃなかった?
もう大丈夫なの?」
「うん、多分大丈夫。
でも、お粥は置いてって貰ってもいい?
頭使うからお腹減っちゃって…。」
「それは良いけど…、誠也、本当に大丈夫?
夏休みに入ってからしっかり勉強してくれるのは嬉しいけど、本当に体調悪いんだったら、無理しなくて良いからね?」
「うん、だから大丈夫だって。
ーーーありがとね、母さん。」
母さんはお粥とお茶の入ったペットボトルがのったお盆だけを置いて、部屋を去って行った。
ペットボトルを手に取り、3分の1ぐらいになるまで一気飲みをする。
ーーー勉強はあの時から、奈津希と向こうで最後に会った日から始めた。
アイツに誓ったアイツを元に戻すという約束、それを実現するには工学にしろ生物学にしろ医学にしろ、手塚清秀と同等の知識が必要になるのは間違いないだろう。
ならば、その知識を蓄えるためには、手塚と同じルートを辿るのが最短距離であろう。
手塚は大犯罪を犯したが、天才だったことに関しては間違いない。
天才が幼い頃から目標を持って勉学に励んだ、それによってか手塚の卒業した大学は日本最高峰の理系大学だ。
ーーー今から勉強したぐらいで、どうにかなるだろうか?
そう思うことは2週間の短い間でも何度もあった。
ーーーでも、やらないわけにはいかない。
俺はアイツと、奈津希と対等な友人で、親友でいたい。
そのために、この俺の罪は絶対に晴らさないといけない。
俺はお粥を口にかきこむ。
その後、両手で自分の頰を思いっきり張り、気合いを入れる。
ーーー絶対、お前を元に戻すから。
再度そう誓い、勉強を再開した。
ちょっとだけ自分語り。
シリアスシーンを書いたつもりだったのに、誠也の思い悩んでる独白の、『奈津希を女の子にした原因の1つである俺が…』の所、最初『奈津希を女にしたのは…』って書いて、1人で大笑いしてました。
感想評価ブックマークいただけるととても嬉しいです。




