病院暮らし17
連日の投稿なので見てない人は1つ前へどうぞ。
男と意識するために、女物の服を着たはずなのに、そんなこと素で忘れて喜んでいる、俺。
そんな俺に対して違和感を覚えたのは、俺ではなく誠也だった。
「っていうか、なんで女物の服に着替えたんだ?」
そう言われハッとした。
ーーなんで俺、喜んでるんだよ。
男に褒められて、女物を似合ってると褒められて、喜んでしまったことにショックを覚えつつも、質問されたんだ。答えないわけにはいかない。
ーーーでも、答えたくないな。
褒められて、『えへへ』と笑って喜んでいたのは、誠也のやつに知られてしまっている。
そんな状態で、本来の目的を、男なのに女物の服を着て違和感を覚えることで、男だということを再認識しようとした、なんて言いたくない。
目的を達成出来なかったというのもあるが、何より、誠也のやつに精神が女の方に引っ張られているなんて知られたくない。
ーーー俺と誠也は、対等な友達なんだ。親友なんだ。
いや、『だった』というべきだろうか。
この夏休みに入るまでは、間違いなくそうであった。
ーーそんな関係を、性転換なんてものが壊した。
あの日以降、俺と誠也の関係は対等とは言えなくなった。
俺はアイツと同等に動けなくなったし、アイツは俺に対して性転換のキッカケとなるゲームに誘ってしまったという負い目が出来てしまった。
今はまだ大丈夫だ。
でも、この溝が本格的に深くなってしまったならば、俺たちは元の関係のままで、親友のままでいられるだろうか?
ーーーそれが怖いのだ。
俺は誠也と、親友のままでいたい。
でも、これ以上溝が深くなってしまったら、今のままの関係ではいられないかもしれない。
だから、俺は精神が女の方に引っ張られていると、誠也のやつに知られたくないのだ。
だから、どうにか誤魔化したい。
「あ、いや、母さんたちが買ってきてさ。
ほら、俺の今の身体、女子と比べてみても小さいだろ?
俺のために買ってきてくれたらしいから、サイズも亜希や母さんには合わないらしいし、勿体無いじゃん?
せっかくだし、着てみてもいいかなぁ、なんて。」
「なんだよ、それ。
ーーーお前も変わんないな。
ちっちゃい頃、『もったいないばあさん』にハマって、もったいないもったいないって言って、牛乳パックで椅子作ったりしてたよな。」
ーーえ、なにそれ。覚えてないけど。
ちっちゃい頃から一緒にいると、俺が覚えてないことを相手が覚えていることが多い。
俺と誠也の間にも、もちろんそれはある。
というか、俺より誠也のやつの方が記憶力がいいから、必然的に誠也の方が覚えてる、というだけだが。
「っていうか、スカート履いてんだな?」
「うん。どうせ女になったんだから、男との違いに思い悩むだけじゃなく、女でしか出来ない体験をしてみてもいいんじゃないかな?って思ってさ。」
「へー。やっぱ、スカートって違和感あるもん?」
「いや、基本的にはないぞ?
って、俺が基本的にベッドの中にいるからか。
やっぱり、回ったり動いたりしてる時は違和感あるぞ。」
そう言いながら、再度くるくると回る。
それに合わせて、スカートがふわっと広がる。
「ほら、こんな風になるから、スカート履いてちゃ、おちおち走ることすら出来ないぞ?」
誠也は、スカートの動きに合わせて目線を動かす。
「うわー、面白いな。本当に回るとスカートって膨らむんだな…。」
そんな風に感動している誠也が面白い。
俺は、勢いをつけてぐるぐると回る。
ーーーただし、スカートがめくれ過ぎてパンツが見えないように気をつけながら。
(もう、パンツも女物だから)
「それそれそれそれっ!!」
「うおっ!すげぇ!」
誠也が面白がってくれる。
そのことが嬉しくて、どんどん勢いをつけていく。
ーー回りながら勢いをつけるということは、素早く、何度も何度も回るということである。
人はぐるぐると回り続けたらどうなるだろうか?
答えは1つだ。ーーー目が回る。
普通の人でももちろん、まして今のこの身は前の身体より、普通の人より弱いのだ。
回り続けたがため、目を回してしまい、目を回してしまったがために、ふらっと倒れてしまった。
「奈津希っ!」
誠也が声を上げ、座っていた椅子から立ち上がり、俺が倒れた方へと向かってきた。
◆◆◆◆
「大丈夫か?奈津希。」
「お、おう、なんとか。まだ気持ち悪いけど…。」
「馬鹿やろう、無茶すんなよ。」
俺は気持ち悪かったがために、誠也は俺を助けるために必死だったがために、俺たちは今の俺たちの状態に気づけなかった。
ーーーあれ、今の俺たちの格好って…。
そう、今の俺たちの格好、正確に言うならば態勢は、普通ならばなるような態勢ではなかった。
ーーーそう、いわゆる『お姫様抱っこ』の態勢だったのだ。
ーーーえ、あっ、うっ。
俺たちの間に、微妙な空気が流れる。
お互いに気まずくて、この場の空気に耐えられない。
「あ、ありがとな、誠也。」
「いや、別にいいって。」
誠也は俺をベッドの上へと下ろしてくれる。
そこから、俺は上半身を起こし、ベッドを椅子のようにして座る。
ーーまた、微妙な空気は残っていた。
少し言葉を交わしても、まだ微妙な空気は場に残り続けていたようだ。
「うん。俺、そろそろ帰るな。」
誠也が声を上げる。
この場を脱したい、そんな気持ちが篭りに篭ったセリフに、俺も間を空けず返事する。
「お、おう。じゃあな。」
そう返事すると、誠也はささっと身支度(って言っても持ってきたカバンを持っただけだが)をして、「じゃあな。」と口にして、帰って行った。
誠也のやつが去って行っても、まだ心臓がバクバク言っている。
なんで俺、『じゃあな』って言うだけなのに、どもったんだろう?
お姫様抱っこなんていう慣れない態勢になったから、動揺したにしてもしすぎじゃないか。
未だバクバクと速いテンポで鳴り続ける心臓を抑えるため、大きく深呼吸をする。
少し落ち着いてきたところで、特に意味もなく扉の方を見たところ、予想外の人影があった。
ーーーそれは、亜希だった。
「え、亜希?お前、帰ったんじゃ…?」
「私帰るなんて言ってないよ?ただ、トイレに行ってただけだし。」
明らかに嘘だと分かる返事を返される。
アホか。誠也と2人だけになってから、何分経ってると思ってんだ。服着替えてるだけで5分だぞ?
全部合計したら、余裕で30分は行くわ。
そこまで考えたところで、1つの答えが導き出された。
ーーーまさか、こいつ、さっきまで覗いてやがったのか!?
心臓が跳ね、身体が無意識に後退する。
俺の心情を理解してか、亜希はテンションを爆上げして話し出した。
「ていうか今の何何何!?
お姫様抱っこなんて私もされたことないんだけど!?」
やっぱり見てた。
思わずうなだれながらも、返事をする。
「お姫様抱っこなんかじゃないから。
俺がうっかり倒れかけたのを、誠也のやつが支えてくれただけだから!」
「え〜、背中と太ももを支えて持ち上げるなんて、お姫様抱っこ以外のなんだっていうの〜?」
ええい、鬱陶しい。
そんなタイミングで、また部屋に人が入ってくる。
ーーって、母さん!?
「え、母さんも帰ってなかったの!?」
母さんは返事はせず、どこか含みを持った笑みを浮かべている。
「ねえねえ、お姫様抱っこの感触ってどんなんだったの?ねぇ、どんなんだったの?」
母さんが入ってきたことなんか気にも留めず、亜希はテンションそのまま問い詰めてくる。
俺は、母さんに助け船を出してくれ、と視線を送るも、母さんの状態が普通じゃないことに驚いた。
ーーー母さんの笑みが、ニコニコというよりニヤニヤになってきてる!
まさか、母さんも弄りこそはしないが、目的は亜希と一緒だったのか?
そんなタイミングでも、亜希の弄りは続いてくる。
弄る妹と助けてくれず、むしろニヤニヤしてる母。
「なんなんだよ、もうっ!!」
俺は思わず声を上げた。
2人の弄りは、この日の面会時間が終わるまで続いた。
『もったいないばあさん』は、もったいないおばけみたいなものです。(そのまま使うのはどうかなぁと思ったため変えた。)
また、これから忙しくなるので、更新ペースが落ちるかもしれません。
あらかじめご了承ください。




