プロローグ2
ーーー俺、高原誠也には親友がいる。
自分で言うのもなんだが、俺は友達が多い。でも、完全に素の自分を見せられる、親友と呼べるのはあいつ1人だけだと断言できる。
そうだったんだけど…。
◆ ◆ ◆ ◆
「あーはははははは!!!お前、お前っっ、あっはっはっ!!!」
目の前で1人の男が大声で笑う。
「いい加減笑うのやめろよ…。」
流石に笑われるのが嫌になってきて、その男性に文句を言う。
ーーーーそう、笑っている人こそ俺の親友である高原誠也、いやこの世界では《タカヤ》と呼ぶべきだろうか、なのである。
誠也も、名前の付け方は俺と同じ付け方らしく、苗字と名前を組み合わせているようだ。
そんな《タカヤ》は俺の文句に対して、
「いや、だって、笑うしかないだろ!今まで聞いたことないぞ、性別違うアバターつかまされたやつなんて!」
と答え、そのまま笑い続けていた。
◆◆◆◆
「いやー…、悪かったって。いい加減機嫌なおしてくれよ。」
しばらくして、《タカヤ》が俺に謝ってきた。
しっかりと腰から折って頭を下げているので、本当に反省してはいるらしい。
しかし、タダで許す気にはなれない。
なぜならコイツ、アバターの件で10分笑い続け、その後の20分間、こちらを見るごとに笑ってきたのだ。
流石の俺も傷ついた。
「…肉まん1個な。」
だからこそ、謝罪料金を要求してやる。
「いや、今月これ買ったから俺金ないんだけ「肉まん1個な。」…はい、分かりました。
はぁ…、本当に金ないんだぞ…。」
俺の断固とした姿勢に折れたようで、無事謝罪料金を獲得することができ、少し機嫌が直る。
しかし、自分が単純過ぎると実感し、少し落ち込む。
そんな気持ちなんて露知らず落ち込んでいた《タカヤ》が再起動して話を切り出してきた。
「っとまあ、それはそれで置いといて、そろそろ冒険、始めようぜ。」
「いや、俺、慌ててここまで来たからチュートリアルとかも飛ばしちゃったし、やり方全くわかんないんだけど。」
俺の言葉に、《タカヤ》は信じられないと言いたげに目を丸くする。
その様子は、まるで『当然そのくらいやってきているだろ、普通。』とでも言いたげだ。
ーーーなんだよ、お前が早く来いって言ったんじゃないか。
文句の1つも言いたくなるが、俺が文句を切り出す前に《タカヤ》が話し出した。
「え、まじ?うーんと、じゃあ取り敢えず右手の人差し指と中指だけ立たせて、縦に振ってみて?」
◆ ◆ ◆ ◆
《タカヤ》side
「おもしれー!!何これ、楽し過ぎる!!」
あまりの面白さに歓喜の声を上げる《マナツ》。
そんな《マナツ》とは違い、俺は苦笑いを浮かべている。
「いや、楽しんでくれるのはいいんだけどさ…。もっと普通に楽しんでもいいんじゃ?」
「え?これが普通だろ?」
「んなわけあるか!!!どこのゲームクリエイターがやるのに最低限、現実世界での格闘技の経験が必要なゲームを作るんだよ!!」
たぶん《マナツ》は冗談で言ったと思うけど、冗談だとしてもスルーすることが出来なかった。
第3者から見たとしても、奈津希の動きは明らかに異常だと思う。
ーーBrave Heart Onlineの基本的な戦闘の仕方はモーションを起こすことだ。
モーションを起こすことでアーツシステムと呼ばれるプログラムが作用し、プログラムが体を自分の思った通りに動かしてくれる。
これによって運動神経の差により発生するプレイヤースキルの差の振れ幅を小さくすることを可能にし、誰でも満足に遊べるようになった、らしい。
そのシステムを用いるのが普通、なんだけど…。
「なんでアーツシステムを攻撃手段じゃなくて牽制技に使ってんだよ!?」
声を大にして言う。
それに対して、《マナツ》は平然とおかしい答えを返してくる。
「いや、普通に攻撃手段としてるけど?」
「それはとどめを刺すときだけだろ!?このゲームやってて初めて見たぞ!初手で自分の武器を思いっきり投げるの!!」
先程説明したアーツシステムは武器を持っていないと発動しない。普通の殴る、蹴るでもダメージを与えられるには与えられるけど、やっぱりシステムを使用した時のそれと比べると小さく、決定的なものとはならない、というのが普通でありこのゲームの常識なんだけど…。
「それよりもさ、まじで気持ちいいんだけど!一本背負い綺麗に入れるの!!」
奈津希の場合、現実世界での柔道の経験があることによって、初手で剣を投げて敵の武器を弾く、または相手の次の行動を遅らせ、2手目で相手の懐に入り一本背負い、3手目で2本目の武器でアーツシステムを使っての攻撃で倒す、という異端中の異端の戦闘スタイルが出来上がっているのだ。
「ああ、お前が短剣2本買ったのを見たときは二刀流かなんかをやろうとしてるのかな、かっこいいもんな二刀流、とか思ってたのに。」
「えー、だってこの世界じゃせっかく背が縮んでるんだぞ!背負い投げしなきゃ勿体無いだろ!」
そう言うのも、もともと奈津希は小柄で背負い投げなどを主な技として活用していた。
大まかに言えば、背負い投げは自分の腰を相手の腰より下に持っていき、腰で持ち上げて投げる技であり、どちらかというと小柄な選手が大柄や選手に対してやりやすい技なのだ。
でも、奈津希は中2の冬から成長期に入り、身長が175を超えてしまい、同じ階級の選手で奈津希より背の高い選手は市で1人しかいないという状況になってしまい、渋々別の技の練習をするようになった。
だからこそ、この世界では好きなだけ背負い投げに入れる身長になったので舞い上がっているのだろう。
その様子は、今の姿が女性であることも相まってとても可愛らしい。
っと、いけない。それでも戦闘中のアーツシステムの発動の練習ぐらいはさせないと。
「それでも、モンスターは人型だけじゃないんだから、アーツシステムだけで倒せるようにしとけよ。」
「はーい」
◆ ◆ ◆ ◆
本当に分かっているかどうか怪しい返事をもらった後、30分程遊び続け、辺りは夕日のオレンジ色に染まるようになってきていた。
「夕方になったみたいだけど、これって現実世界でも夕方になってんの?」
「うーん、このゲームは6時から日の出、17時から日の入りっていう設定になってるから、現実はもう少し太陽が高いかな?」
「ふーん、まあ17時は回ってるってことだろ?じゃあ俺そろそろ落ちるわ。今日母さん飲み会行くらしいから、晩飯買ってこないといけないし。ログアウトボタンってメニューウィンドウの1番下だったよな?」
「そうそう、じゃあまたな。次やるときはここだけじゃなくて色々回ってみようぜ。」
「りょーかい。」
そんなやり取りをしながら、『俺』という見た目にあまりにも合っていない1人称を使う少女は右手を振り下ろし、メニューウィンドウを出し、ログアウトしようとした。
だが、それは叶わなかった。
「あれ?ログアウトボタンがない?」