病院暮らし8
すいません。
一度書いたのが消えてしまい、心が折れかけ、遅れました。
「それを踏まえて、私共から提案させていただきます。」
小柳さんがそう言い、それによってこの部屋にいる全員からの視線が小柳さんに集まる。
小柳さんは、それに臆することなくこちらを、俺たち家族を見据え、再度口を開く。
「まず第一にですが、これから3週間の間、この病院、仲山総合病院に籠城のような形で、入院し続けていただきます。
このことは、既に高橋院長には了承を得ています。」
「なぜでしょうか?奈津希の目の前で言うべきことではないかもですけど、この子はだんだんとですが精神面では落ち着けて来ています。
あと数日で退院可能のところまで来てると素人ながら思うのですが…。」
父さんが小柳さんに質問を返す。
それに答えたのは小柳さんではなく、山村先生だった。
「はい。確かにお父さん、貴明さんの言う通りです。奈津希さんの容体ですが、最近、具体的にはご家族と会えるようになった頃からでしょうか、安定してきています。
明日明後日にすぐ、とは言えませんが1週間の間には退院できる状態になっていると言えます。」
え、じゃあ、なおさらなんで?
「それなら、なおさら何でなんですか?」
父さんも俺と同じ考えだったのか、俺の思いついた疑問と全く同じ文句を小柳さんに言う。
「先程も言いましたが、性別転換者保護団体を例に挙げるように、現在世間は想像だにしない展開、偉大な技術者である手塚清秀が人間を電脳世界に拉致し、かつその人間に了承を得ず手を加え今まで誰も成し遂げてこなかった完全な性転換を成し遂げた、そんな展開に動揺しています。
また、逮捕した手塚のパソコンのデータを漁ったところ、この病院の監視カメラのデータが見つかりました。」
やっぱりそうだったか。
どこかやっているはずだと理解していたけれども、やっぱり本当にやっていると分かると、思わず身体が拒否反応を示す。
小柳さんは、こちらを見て俺の反応を少し確認しつつ、再度話し始める。
「そこからどこに情報が漏れているかも分かりませんし、漏れていないとしても性別転換者保護団体が言い方は悪いですが、国、政府に対抗できるだけの素材を簡単に諦めるとは思えません。
どこかしらの大きめの病院にいるぐらいのことは知られていると思われていますので、報道の後にすぐさま退院という行動を起こせば、怪しまれて後をつけられる可能性があります。
なので団体の目から隠れる、そのために3週間という期間を設けるつもりです。
ここまではよろしいでしょうか?」
なるほど。
俺の想像をはるかに超える答えに、思わず『すごい』や『なるほど』としか出てこない。
それを聞いて、小柳さんは続ける。
「その上で、証人保護プログラムの一部利用を提案させていただきます。」
え、それって…。
「それじゃ、それじゃ結局お兄ちゃんとはバラバラになっちゃうじゃないですか!」
亜希の怒号が部屋に響く。
小柳さんは、それを想定していたかのように言葉をつむぎ続ける。
「いえ、それは大丈夫です。
半ば無理やり、そして奈津希さんの被害者としての立場を利用した例外的なものではありますが、一緒に暮らすことは可能です。」
「え、そんな、どうやって?」
「それは順に説明します。
まず、奈津希さんの、ああ、この言い方じゃ分かりにくいですね。男性としての奈津希くんの名義の話ですが、通われていた三田西高校の姉妹校であるオーストラリアのサウスシドニーハイスクールに、交換留学という形で旅立った、という設定にしておきます。
今から考えるのもなんですが、交換留学は9月末までなので、最悪そこまで元に戻れなかった場合は、奈津希くんに向こうの環境が合っており、能力を伸ばすために向こうで勉学に励むことにしたとでもして、周りに気づかれずに正体を隠しておけます。
今日、水島教頭にはこの事の相談かつ証明のために来ていただきました。」
おお、すごいな。さすが国家権力。その力の前には公立高校なんて、ただのYESマンだ。
国内と海外の高校2校をも巻き込んだ、壮大な、計画。
高校生かつ貧乏でもないが裕福でもない、そんな一般家庭の息子である俺にとっては壮大すぎる計画にそんなどこか抜けたような考えしか出てこない。
小柳さんは再度続ける。
「そして、これはあくまで最悪の自体の想定ではありますが、9月末までに元に戻れなかった場合、男の子としての奈津希くんが留学したことで空いた枠に、奈津希くんが転入するという形を取りたいと思っているのですが、ここまではよろしいでしょうか?」
俺は家族の方を見る。
すると、家族は全員、俺の方をまっすぐと強い眼差しで見つめ、大丈夫だと伝えてくれる。
その上で、「大丈夫です。」と返答する。
それを聞き、小柳さんは再度話し始めた。
「それでは、改めてこの方針のために、西山さんたちにしてもらわなければならないことを提案させていただきます。
大前提としてですが、西山さん一家には夏休みの間に引っ越しをしていただきたいです。」
「なぜ、引っ越しをするのでしょうか?」
「はい。現在の住所、家のまま、今の姿の奈津希くんが出入りをした場合、周囲の住民から疑いの視線を受けることになります。
まあ、これは当然でしょう。
突然長男がいなくなったと思ったら、見たこともない少女が出入りするようになった、なんて周りから見たら明らかにおかしいですから。」
そんな小柳さんの言葉を聞き、父さんが明らかに慌て出す。
「あ、あの、すいません。そうしたいのは山々なんですが、あの、資金面でそれはちょっと、厳しいかなぁ、なんて。」
ああ、そりゃ当然だ。
前述した通り、ウチはあくまで一般家庭である。
しかも、我が家、今まで俺たちが住んでいた家はまだローンが払い終わっておらず、そんな中、家を捨てて引っ越しなんて予算的に厳しいのは当たり前だろう。
そんな父さんを、母さんが冷たい目で見つめていた。
「貴明さん…、今は奈津希と一緒に暮らせるかがかかった大事な話をしているんですよ?
なのに、お金の相談だなんて…。」
「なんでだよ!一緒に暮らすために、資金面も大事だろ!」
なんとか金銭面の負担を少なくしようとする父さんを、母さんが咎めるが、その意味をなくすように、小柳さんが口を開く。
「あ、大丈夫ですよ。引っ越しに関してもこちらから一部補助が出ますので、今のような一軒家は流石に無理ですが、家族で住める大型マンションの家賃ぐらいなら、出費なしで住めますよ。
まあ、何事もなくこの非常事態を乗り切れれば、またご家族で住めるようになるので、自宅のローンは今と変わらず払うことをオススメしておきます。部屋の管理を他者に任せる場合は、そこにも補助はでますし。」
それを聞いて、父さんと母さんは1度見つめあった後、恥ずかしそうに少し下を向いた。
ーーーそりゃ、そうだよな。
勘違いで口喧嘩する様を、人様に見られたんだから。
周りの山村先生や美春さんも、苦笑いをしている。ただ、教頭だけが分かるよ、と言いたげにうんうんと頷いていた。
ーーーー教頭の家計も火の車なのだろうか?
その空気を、小柳さんが咳払いを1度して吹き飛ばす。
「少しずれてしまいましたが、話を戻そうと思います。
引っ越し先ですが、こちらからも最善の補助を出来るかつ、妹さんの中学で噂になり拡散される可能性を排除するために、市内で三田南部中学の校区である、こちらの物件を紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」
そういい、小柳さんは俺の隣にいた母さんに、引っ越し場所候補の資料をくれる。
わあ、すげぇ。マンションのくせに3LDKだよ。
しかも中学まで徒歩5分、三田西高校までも徒歩10分だよ。周りはスーパー、カラオケ、スポーツ用品店などの商業施設も充実している。
ーーーあれ?もしかして、今の家より環境良くないか?
そんな感想が漏れそうになるが、慌てて飲み込む。
あの家だって、父さんが頑張って働いて買ってくれた家なのだ。感謝は忘れちゃいけない。
みんなの顔を見ると、概ね好評のようだ。
父さんも同じ思考にたどり着いたのか、俺たちの顔を見て確認して、「はい。大丈夫です。」と返答した。
「はい、ありがとうございます。
そして、奈津希さんの証人保護プログラム利用後の身分なのですが、現在と同じ、『西山奈津希』を名前として、利用してもらえればと思います。
同じ名前で転入すれば周囲は驚くとは思いますが、あまり声を大にしては言えませんが、奈津希くんの姿は男だったときとは大きく変わっているため、話題になることはあっても、真実まで迫れる人はいないと思います。
人間、ニュースの出来事が身近で起きているとはあまり思いませんし。
また、もし知り合いに奈津希さんは誰だ?と聞かれた場合は、西山家の第二子にして長女という設定で、生まれつき身体が弱く、あまり周囲を心配させたくなかったので秘密にしていた。体調が回復してきたのでこれから一緒に暮らせるようになった、とでも答え名前は言わないようにしたください。
また、この設定は最悪の事態、奈津希くんが女の子のまま、高校に通い始めるケースの場合にも使いますので注意してください。」
小柳さんは、そこで一旦話を切り、大きく息を吐いた。
ーーー彼も、緊張していたのだろう。
当然のことだと思う。こんな緊急事態、生きている間に数回起きる程度であろう。
そんなことを、初対面のときに聞こえてきた独り言から察するに、上司に押し付けられて、しかも若菜さんが先輩と呼んでいたので歳もそうとっていないのだろう。
そんな状態で、緊張しない訳がない。
俺は、少し小柳さんに同情していた。
そんな彼を見つめていると、彼は「あっ!!」と声を出して目を見開き、こちらに質問を投げてきた。
「一応確認ですが、このことをこの中の人以外に知られている人はいますか?
そこからバレたら、どんな綿密な計画を練っても、意味がなくなってしまいますので。」
小柳さんはそうやって1人1人に確認を取っていく。
俺以外の人が言った人物は、警察関係者、医療関係者、学校の関係者と、秘密を守るよう既にお願いしている人だったので、大丈夫だった。
そして、俺は「いないです。」と答えようとした時、あれ?と疑問符が浮かんだ。
ーーーどうして、俺はこの病院に運ばれたんだっけ?
その疑問の答えが導き出された時、1人の人物の名前が俺の頭に浮かんだ。
「誠也!!」
俺は、向こうの世界で背中に手を当て支えてくれた、俺を救おうと動いてくれた、危険かもしれないゲームの中に真実を伝えるために入ってきてくれた親友の存在をすっかり忘れていた。
奈津希が親友への感謝も忘れる嫌な奴、ということではなく、奈津希は気づかないのも無理はない、というレベルで色々あり、追い込まれていたため気づかなかったと解釈していただけると嬉しいです。