病院暮らし6
連続更新が止まった途端、アクセス増えまくっててビビる…。つまりは、更新を一切しなければアクセス増え続ける!?(んなわけない)
「君たちはTSという言葉を知っているだろうか?」
TS。
何かの頭文字をくっつけたものだろうと推測はできるが、どんなものだろうか?
タイムストップ?
いや、アバター構成を自動で行うことで、時間を止めることに活かされることなんてあるだろうか?
それが違うなら、タイムスリップ?
それならありえるかも?
個人の脳を読み取り、それをアバターにて再現することで擬似的な過去の空間を作っている?
いや、流石に荒唐無稽すぎる想像か。
でも、今までの話を聞く限り、手塚清秀は俺みたいな人間とは丸っきり違う考え方を持っているようだから、ありえるのかもしれない。
TSと聞いて、まるでSF映画にしか出てこないような、現実にありえない技術のことしか出てこない自分の脳に驚く。
ーーーだが、それはあまり間違いではなかったということに、その後で言われて気づく。
「TSーーこれはTrans Sexualのそれぞれの単語の頭文字を取ったものだ。
Trans Sexual、つまりは性転換のことだ。」
性転換。
その単語を聞いて身体がビクビクッと反応する。
それは、今まさに俺の身に起きていることなのだ。
しっかり聞かなければと再度気を張り、身を引き締め、手塚の言葉を聞く。
「性転換技術なら、既にあるではないかと思う者もいるだろう。だが、この性転換というのはそれとは違う。現在ある性転換手術というのは後天的に性器を移植する、いわば直接的な手術が必要と言えるだろう。
ーーーしかし、これは私の求めるところではないのだ。」
手塚は続ける。
「私が求めるのは、完全なる性転換である。
現状のものでは、身体は元の性別のものがベースとなってしまうため、私の求めるそれとは違う。
ーーーああ、勘違いしないでほしい。
私は別に女になりたいわけではない。
私は、性別が変わってしまって慌てふためく女の子が見たいのだ。」
はい?と思わず口を開く。
「私が中学に入った頃、私はとある小説を読んだ。言い方は悪いが、その小説は技術、面白さという点では平凡であっただろう。
だが、その小説の内容は私の胸に強く、強く突き刺さった。
ーーー主人公の少年は、ある日目が覚めると、身体が少女の物となっていた。
その少年と、親友、家族が変化から受けた影響、立ち向かって行く姿、変わる考え方、惹かれてく感情、そんなものを描いたものだった。
その姿、その様子は私の胸を激しく揺さぶり、私の心は1つの夢を見出した。
ーーーこの主人公のような、突然女の子になってしまって慌てふためく女の子を、1度でいいから見てみたい、と。
だが、その夢には現実という途轍もなく高い壁が立ちはだかった。
無理かもしれない、そう思うことは何度もあった。
しかし、私は足掻き続けた。
まず、私は生物学を学んだ。
どうにか、どうにかならないかと足掻いた結果、25歳の時、私は脳に手を加え、その後5日間昏睡状態にしてホルモンバランス、身体の状態を少しずつ、徐々に進行させることで姿をifの姿に、その人のありえたかもしれない姿に変えることに成功した。
ーーーああ、勿論ここで成功したのはマウス実験だ。危険があるかもしれないのに、人体実験をしようだなんて、私はそこまで狂っていない。
その2年後、人間での実験もデータ上は成功し、その人物の生体情報から、ifの姿を調べ、3DCGにてデータとして表示することを可能とすることが出来た。
気持ちを高ぶらせ、私は周囲の者の生体情報を取らせてもらい、性転換を出来るかどうか調べた。
ーーーここで大きな、大きな壁が立ちはだかった。
ifの姿といっても必ず性別が変わるというものではなく、むしろ周囲の者には1人もいないという惨状だったのだ。
そこで私は考えた。
どうすれば、合法的に大量の生体情報を集めるシステムを作ることができるか、と。
ーーーその結果、思いついたのがBrave Heart Onlineだ。
いや、正確にはフルダイブ型VRMMOという新しい枠組み、というべきだろうか。
既存の枠組みで出した場合、生体情報は必ずしも必要ではないと世間は理解しているので、生体情報を集めることは難しくなる。
ならば、新しい枠組みを作って当然のように要求することで、それが当たり前と錯覚させ集めるのが最も簡単だろう。
そこから、工業方面、ゲーム方面の知識を集め始め8年、やっとBrave Heart Online、そしてそれをプレイ出来るゲーム機『Nerve EV』が完成した。
やっと、やっと夢が叶う。
そんな私の希望は、現実によって押し潰された。
ーーーそう、1年間もの間、男から女になる可能性のある者は現れなかったのだ。
私はその事実に深く、深くショックを受け、私のやり方は、間違っていたのか?という疑問と常に向き合うこととなった。
そんな毎日が半年続き、もう諦めるか。別のやり方を探すか。そんな決心を迫られたほんの1週間前、奇跡が起きた。
ーーー元の性別とは違う、異性へと変わることができる者が見つかったのだ。
私は興奮した。警察に捕まることのないよう何重もロックをかけて引きこもり、『Nerve EV』に搭載していた姿を変える機能を作動させた。
ーーーまあ、そのことがキッカケで警察に追われることとなったのだがな。」
そう言って、手塚は1度話すことをやめた。
…。何故だろう。怒りを覚えているのに、途轍もなく怒っているのに、呆れが勝ってしまっている。
ーーー本当に、天才と馬鹿は紙一重という言葉は正しいんだな。
やっていることは、凄いという意味で頭おかしい。なんてったって、生物学と工学、2つのジャンルにおいて誰も見つけられなかった技術を見つけたのだ。まさしく天才という言葉が当てはまる。
しかし、それをもってやっていることが子供の頃夢見たものなのだ。
いや、子供の頃夢見たものを仕事にしていることを馬鹿にしたわけじゃない。昔、ロボットアニメにハマり、自分で作ってみたいと思った人が、日本のロボット工学の最前線で動いているなんて話はよく聞くし、そういう人は凄いと思っている。
でも、コイツに関しては、手塚清秀に関してはそんな尊敬の眼差しを向けることは出来ない。
まだ、手塚のこれがミスで、手塚が必死になって謝ってきていたのなら、俺は怒りも呆れも持たなかったのかもしれない。いや、持たないは言い過ぎか。今よりは少なくともマシなレベルであっただろう。
ーーーだが、手塚は一切反省などしてはいないのだ。
俺がこうして新しい姿になったことと必死になり向き合っていたのを、そんな光景を見たいがためにアイツは中学生から今までという莫大な年月、時間をかけたのだ。
こんな放送をしていることから分かるように、アイツは喜んでいるだけだ。
科学者、発明家としての本能なのか、その喜びを、達成出来たという事実を多くの人に知ってほしい。そんな欲求から放送をしているんだ。
いや、最悪の場合、俺のこれまでの姿、ゲームの中でゲームと現実の違いについて苦しんでいる姿、現実に戻ってから家族が自分を受け入れてくれるか不安になっている姿、そんな姿を遠目から見て楽しんでいたのかもしれない。
テレビ局、大手ネットメディアを同時ハッキングできるのだ。病院の監視カメラに侵入するのは容易だろう。
いや、慌てふためく姿を見たいと言っていたのだ。そうである可能性の方が高いんじゃないか?とすら思う。
そんな中で、手塚は再度喋り出した。
「そういうわけで、私はなんとか夢を叶えることが出来た。そのことを感謝したい。」
そこまで言ったところで、俺たちに電流が走る。
ーーーこの流れって、俺の名前を出す流れじゃないか?
そうなってしまっては、もう家族一緒にいるなんて絶対に叶わなくなる。
嘘だろ。やめてくれ。そんな願いのような、怒号のような考えが頭の中をグルグルと回る。
そして、手塚が口を開いた。
ーーーその瞬間、画面から莫大な音量が流れてきた。思わず耳を塞ぐ。
その正体はーーー警察だった。
「手塚清秀!!拉致監禁の指名手配により逮捕する!!」
そうやって近づいていく警察官。手塚も、『ああもう終わりか』と言わんばかりに眉をひそめるだけで、逃げるなどの行動は起こさず、手を腰にやり、立ち尽くしていた。
警察が間に合ったお陰で、俺の名前が、性転換させられた被害者の名前が世間に広まることは防ぐことが出来た。
ーーーそう、俺たちはそのことに安堵するばかりで、最悪の事態は避けたにしろ、まずい事態になっていることに気づくことが出来なかった。